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貴女に贈る白き花 ~日常と戦いと~

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貴女に贈る白き花 ~日常と戦いと~
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第7章「日常・午後その1」
 
 
「陽子さん、買う物はこれで全部?」
 ツァンダのとあるスーパーマーケット。カートを押しながらレジに向かう霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)が隣にいる緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)に尋ねた。
 二人はせっかくの休日という事で、葦原島から必要な物を買う為にやって来ていた。昨年度の途中まで蒼空学園に所属していた彼らにとってツァンダはそれなりに馴染みのある街であり、食料品などを買う際にも目当ての店が挙がる程度には詳しかった。
「そうですね、透乃ちゃんが好きなお肉も入れましたし……あ、ちょっと待って下さい」
 陽子が生活用品のコーナーへと向かう。そして手に取ったのはスプレー、食べたらコロリな団子、粘着のついた組み立てると家っぽくなるアレなど。
「対策グッズ? それって全部ゴキ――」
「その名前は言わないで下さい、やっちゃん。ふふ……あの黒い悪魔達、今度は貴方達の好きにはさせませんよ……」
 どことなく黒い感じのする笑みを浮かべる陽子。彼女は先日、とある人物を護る為に大量の『G』と対峙した事があった。幸いその惨劇は他人の家で起きた出来事だったのだが、これからの時期、いつ自分達の周囲に奴らの姿が現れるとも限らないので万全の対策を取るつもりでいた。
 ちなみにその際、パートナーである霧雨 透乃(きりさめ・とうの)は『G』を捕食するという偉業――陽子から見れば暴挙か――を成し遂げていた。愛する者のする事だから許容はしても、喜んで受け入れるのはさすがにハードルが高過ぎる。あの光景を甦らせない為にも、あらゆる手段を講じる事に躊躇いは無いのであった。
 
 二人揃ってパンパンに膨らんだ袋を両手に提げながら店を出る。大食らいを養っている家庭としてはこのくらい買わないとすぐ足りなくなるのだ。
「それじゃあ帰りましょうか、やっちゃん。透乃ちゃん達は今日もお腹を空かせて帰ってくるでしょうから家に着いたらすぐ料理を――」
「ん? どうしたんだ? 陽子さん」
 こちらを振り向いた陽子の様子を不思議に思う泰宏。彼女の視線が自分の後ろへと向いていたので振り返ると、そこには火村 加夜(ひむら・かや)と一緒に買い物に出て来た篁 花梨の姿があった。
「あ……」
 花梨の方も陽子達に気付く。正直な所、陽子と泰宏にとって篁家の人間はあまり出会いたくない存在だった。
 というのも、二ヶ月ほど前に起きた空想世界に巻き込まれる出来事に両者が関わり、その際篁家の長男篁 透矢(たかむら・とうや)、四男篁 八雲(たかむら・やくも)の二人と、陽子達のパートナーである透乃の間で一つの意見を巡って主張が真っ二つに分かれた事があったからだ。そしてその切っ掛けを生んだのは陽子がある事をしようとしたからで、それが陽子にとっては余計に気まずさを感じさせる原因となっていた。
(とは言え、いつまでも引っ張り続ける訳にもいかないですね……)
 意を決して花梨達の方に歩み寄る。幸い向こうはごく普通に応対してくれるようだった。
「こんにちは。花梨さん達もお買い物ですか?」
「はい、いくつかお店を見て回ってからお夕飯の買い物をしようかと。陽子さん達の方は……凄い量ですね」
 陽子と、少し後ろに立っている泰宏の持つ袋を見る。篁家も兄弟九人が暮らす大家族だから一回の買い物で買う量は多いが、下手をするとそれ以上かもしれない。
「うちにはよく食べる人がいますから。それより、その……今日は八雲さんはご一緒に……?」
「八雲君ですか? 今日はお出掛けしていますけど」
 花梨の言葉に少し安堵する。本人に直接言いたい気持ちはあるが、今いきなり面と向かって話をするのには躊躇いがある事も事実だった。
「それでは、八雲さんに伝えて頂けませんか。あの時、不快感を与えてしまった事をお詫びします、と。カナンであったという出来事を知らず、お気持ちを考えずに勝手な事を言ってごめんなさいと」
 それを聞いてようやく花梨も陽子が言わんとしている事に思い至る。主張のぶつかる切っ掛けとなったそもそもの出来事、つまり、『ネクロマンサーとしての力を揮う事の是非』についてだ。特に、死者を操る忌まわしき力を行使する理由やその手段に関しては死霊術師の道を歩む者としては避けては通れぬ命題であるのだから、共にネクロマンサーとしての力を持つ八雲と陽子の間で『あの時』と言ったら、その話題が出た時の事を指すのは両者を知る者であれば予測出来る事だった。
「それじゃあ、陽子さんも亡くなった人達を無闇に操る事は反対に……?」
「いえ、それについては考え方が変わる事はありません。八雲さん達がカナンで死霊術師の方と戦われていたように、私達も死霊術師が占拠し、犠牲者が出た村で戦う事がありましたので。ですから万が一あの船の上で話した時に八雲さんの事情を知っていたとしても、私達の取った行動は同じだったと思います」
「そうですか……」
 少し残念そうな声で花梨がつぶやく。そんな二人のやり取りを、泰宏は距離を置いたまま無言で見ていた。この話題になった時、自分は意見を挟まないと決めていたからだ。
(あの『透』のつく二人の主張は私から見ればどっちも正しくて、どっちも正しく無いからな。現実と理想、利己的と利他的、そのバランスなんて人によってまちまちで、正解なんて無いんだ)
「ところで、花梨さん自身はどう思われているのですか? やはり透矢さんや八雲さんと同じく、自身の望みの為に人に手を掛ける事は反対ですか?」
「そうですね……やっぱり争う事はしないで、平和的に解決出来るのが一番だと思います……理想論だというのは分かってるんですけどね」
 でも、と花梨が付け加える。
「透矢さん達は一度家族を失っていますから。奪われた側の気持ちが分かるから、出来るだけそれをせずにいたい。大切な者を護りたい。そんな透矢さん達と家族になれた私も、同じ気持ちでいたいと思っています」
 透矢や八雲と違い、花梨の記憶の中に肉親を失ったという思い出は無かった。というのも、花梨は9年前に透矢によって封印を解かれた時には既に一人だったからだ。恐らく古代に生まれて、その後何らかの理由で封印についたのは間違い無いのだが、封印につく前の記憶が定かでは無い為、実の両親の存在やどうやって別れたかなどは全く分からなかった。
 だから二人のように大切な者を失った気持ちが分かる訳では無いが、今こうやって幸せに過ごしている家庭を壊されたくない事だけは他の兄弟達と同じ想いだった。
「さぁ、せっかくのお休みなんですから、こういう事よりももっと楽しいお話でもしましょうか」
 気分を変える為に心持ち明るめに花梨が言う。こういった話題よりは、と思ったのは同じだったのか、今まで離れて見ていた泰宏がようやく近づいてきた。
「そうだな。せっかく前々から聞いてみたい事があったんだ。この機会に話を振らせて貰うとするかな」
「聞きたい事ですか? 何でしょう」
「私達もそうなんだが、花梨達の家も皆左利きなんだろ? やっぱり普段の生活で苦労した事の一つや二つあるだろうから、それを聞こうと思ってたんだ」
「苦労した事ですか……字を書くときに手が汚れたり、お料理の道具で使い難い物があったり……ですかね」
「スポーツで道具が無かったりとかは?」
「あ、それは大樹君がよく言ってましたね。途中からは父が道具を揃えてくれたので解決しましたけど」
「そうか、だったら――」
 次々と左利き特有のエピソードが挙がる。一言に左利きと言っても人によってその程度は違うので、それぞれの個性的な面が現れるのだった。
 
 
「う〜ん、桂ちゃんどこに行ったのかなぁ」
 山南 桂(やまなみ・けい)とはぐれてしまった榊 花梨(さかき・かりん)はパートナーである神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)へのプレゼントを探すの半分、桂を捜すの半分でツァンダの街を歩き回っていた。
「贈るって言っても色々有り過ぎて迷っちゃうし……それに、ここどこだろう?」
 前後に振り向いて辺りの景色を確認するが、どちらに行くべきかも分からない。そうして不安げな表情を見せていたからだろうか、陽子達と別れた篁 花梨、加夜の二人が声をかけてきた。
「あの、何かお困りですか?」
「随分あちこちを見回していましたけど、道にでも迷いました?」
「あ、えっと、ちょっと一緒に来てた人とはぐれちゃって」
「お連れさんとですか。どこかで待ち合わせとかは?」
「それが、今あたしがいる場所がどこかも分からなくて……」
 困った上に道に迷っていた。図らずも両方当たった事に篁 花梨と加夜が苦笑するが、同時に解決方法を相談し始める。
「それでしたら……加夜ちゃん、この辺りで一番人通りが多いのってこの先でしたよね?」
「そうですよ。あそこならデパートとかの通り道ですし、はぐれた相手が見つかるかもしれないですね」
「と言う事ですので、一度そちらに行ってみませんか?」
「ありがと〜。それじゃ、お願いしま〜す」
 
 三人が少し歩くと、メインストリートと交差している場所に出た。角にある店の入り口の階段を登って交差点を見回してから少し、榊 花梨の目が黒髪の青年の姿を捉えた。
「いた! 桂ちゃん〜!」
 こちらをアピースするように手を振る。その声と仕草に反応した桂が早歩きでこちらへと近づいてきた。その表情はどこか恥ずかしそうだ。
「はぐれたからだというのは分かりますが、あまり大声で名前を叫ばないで頂けますか……おや、こちらの方々は?」
「場所が分からなくなったあたしを助けてくれた人達だよ」
「そうでしたか。貴方がたには、連れがお世話になりました」
 桂が礼儀正しくお辞儀をする。篁 花梨と加夜はそれに優しい微笑みで返した。
「気にしないで下さい。こういうのはお互い様ですから」
「はい、お二人が無事に会えただけで十分ですよ」
「そう言って頂けると助かります。さて、それでは参りましょうか、花梨殿」
「花梨……? 貴方のお名前も花梨なんですか?」
 篁 花梨が榊 花梨の方を見る。彼女も不思議そうな顔でこちらを見返してきた。
「も、って事はもしかして同じ名前?」
「みたいですね。私は篁 花梨と言います」
「あたしは榊 花梨。へぇ〜、まさか助けてくれた人が同じ名前だなんて思わなかったな」
「凄い偶然ですね。あ、私は火村 加夜です。宜しくお願いします」
「これは失礼しました。俺は山南 桂と申します」
 互いが自己紹介を済ませる。別れるはずだった二組は、意外な共通点を見出した事によりその場で話を続けていた。そして話題は次第に、榊 花梨がパートナーに贈る為のプレゼントを探している事へと移る。
「お世話になっている方への贈り物ですか……」
「うん、これだっていうのが中々見つからなくて」
 相談事に近くなった話題に、篁 花梨が考える。ちなみに、既に桂の意見で花以外の物で考えていた事と、会話の中で加夜がこまめに軌道修正を行った事もあり、幸いにも篁 花梨がシルフィスの花とそれにまつわるイベントに気付く事は無かった。
「せっかくですから普段使うような物などが良いとは思うのですがね。もしお勧めの店がありましたら、教えて頂いても宜しいでしょうか?」
「そうですねぇ……それでしたら、この前加夜ちゃんと行ったあのお店でしょうか。ここから近いので、良かったら案内しますよ」
「有り難うございます、篁殿。では花梨殿、そちらで何か良い物があるか探してみましょうか」
 四人が目的の店へと歩いて行く。色々と迷った末、榊 花梨はそこでみつけたある物をプレゼント用に購入するのだった。