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学生たちの休日7

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学生たちの休日7

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空京の専門書

 
 
「それで、この木が狐樹廊だっていうの?」
 空京稲荷の境内で、一本の若木を前にしてリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)に聞き返した。
 若木の四方には紙垂棒が立てられ、それぞれを細い注連縄で繋げて結界が張られている。地球の本社から植え替えられた御神木だが、空京稲荷狐樹廊が言うには、この御神木が彼自身なのだという。
 本来地衣は場所に対して存在するものであるから、御神木が本体というのはちょっと首をかしげてしまうことなのだが、本人がそう言うのであるから自称であれどうであれそういうことにしておいても別にリカイン・フェルマータにとって何かがあるというわけではない。御神木自体は神が宿る場所でもあるのだから、そういうことがあってもいいのかなとは思う程度だ。
 ただ、地祇としての空京稲荷狐樹廊は、ここ最近のパラミタでの特に空京を巡る事件に関して思うことがあったらしい。
 さかのぼれば、ダークヴァルキリーの寝所が現れたとき、闇龍が現れたとき、彷徨う島が突っ込んできたとき……、それぞれに空京消滅の危機があった。
 それぞれの場面でリカイン・フェルマータも戦ってきたわけだが、それはそこにいた人々や自分たちを守るための戦いであった。だが、空京稲荷狐樹廊は違ったのだという。
「人は大切ですが、もし、空京とそこに住む人たちのどちらかを選べと言われたら、オレは迷うことなく土地を選びます。たとえ、誰に阻止されようとも……。幻滅しましたか?」
 そうは言われても、リカイン・フェルマータとしてもちょっと判断しかねる。おそらく、その誰かにはリカイン・フェルマータも含まれるのだろう。
 価値観にずれがあるのは間違いない。人は、別の土地でも生きていける。だが、地祇は自分の土地がなければ生きていけないのだから、もし自分を守るのであれば土地を最優先で守るのはごく自然なことだろう。アイデンティティーの違い、あるいは文化の違い、まして、種族の違いは言葉以上に大きい。だからといって、それを認めないのもどうかと思う。
「うーん、もっと早めに言ってほしかったというのはあるけれど、私が空京の敵、つまり狐樹廊の敵になるって言うのは想像できないから……」
「パートナーロストのことを言っているのであれば、パートナー解除をしてもいい……もっとも、その方法があればですが……」
「うーんうーん、だから、悩む論点がずれているような。どちらかだけしか助けられないなんて状況にならなければいいんじゃないの」
「そんな都合のいい状況に必ずなると言えますか?」
「そんな都合の悪い状態にしかならないとは思ってないから」
 微妙にずれているような会話ではあったが、その微妙な差にお互いの決意が垣間見えてもいるように思えた。
「とりあえず、心配しなくてもいいというよりは、心配させないから。だから心配しないで」
 リカイン・フェルマータがよく分からない言葉で保証した。そんな彼女を、空京稲荷狐樹廊は扇子の陰から細い目で仰ぎ見るだけであった。
「とりあえず隠居はなしよ」
「隠遁です」
 どんなじいさんだと、帰り道で空京稲荷狐樹廊がリカイン・フェルマータに言い返した。
 空京神社の参道を下っていくと、途中で道端からひょろひょろと出てきた花妖精が、参道のど真ん中でばったりと倒れた。
 行き倒れの瞬間という世にも珍しい物を目撃したリカイン・フェルマータたちであったが、さすがに空京稲荷狐樹廊が駆け寄ってその花妖精を助け起こした。頭の上には、元は花であったらしい何かの実の蔕のような物が被り笠のように広がっていた。
「ああ、ここで私の旅もついに終わりを迎えるのですね。そこの方、どうか、拙者を種籾戦死、もとい、種籾戦士として、どこか御神木の苗床に……」
 そう行き倒れがささやくように言ったとたん、彼のお腹がぎゅううーんと鳴った。
「もう、しょうがないわね。しゃきっといきなさい
 リカイン・フェルマータが、秘蔵のヴォルチのチョコレートを一欠片、彼の口に放り込んだ。
「こ、これは……。あ、ありがとうございます。あなた様は拙者の命の恩人です」
 復活した花妖精が、命の恩人と自己認定したリカイン・フェルマータに契約を申し込んできた。
「いいのではないのですか」
 自分の代わりになるかもしれないと言外に含めて、空京稲荷狐樹廊が言った。
「仕方ないわねえ」
 そう言うと、リカイン・フェルマータは花妖精にまたたび 明日風(またたび・あすか)と名づけて契約をすることにした。
「ありがとうでござんす。せっしゃ、これより、陰になり日なたになり、お二人の力添えとなる所存。何かあれば、点にむかって大声で拙者の名前を呼んでくだされ。では、それまでごめん」
「えっ、あの、ちょっと……」
 なんだか一方的に芝居がかった挨拶をすると、またたび明日風は空京の人混みへと走り込んでいって姿を消したのだった。
「どうしろって言うのよ……」
 思わず、リカイン・フェルマータが空京稲荷狐樹廊を見てつぶやいた。