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長雨の町を救え!

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長雨の町を救え!

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「ここは、とりあえず安全みたいだね」
 皆川 陽(みなかわ・よう)が、遺跡の一角、こぢんまりとした建物の中を確かめた。
「少しかび臭くない?」
 小さく鼻を鳴らして、テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)が問う。
「雨がずっと降ってるんだから仕方ないよ。それに、すぐにローズの香りでいっぱいになるもの」
 言いながら、陽は建物の中に積まれた箱の高さを整える。イスの代わりになるものはないか、目が探している。
「けど、驚いたな。観光地だって言うからどんなところかと思って来てみたのに、まさか女王器の暴走なんて」
 やれやれ、という表情でテディ。陽はゆっくり首を振る。
「みんなが困ってるんだし、何もしないわけにはいかないよ」
「何もしないのも問題だけど、大した事を考える人がいるよな、水を丸ごと凍らせて、遺跡の中に潜っちまうなんて」
 思い出し笑いにも似た顔で、テディが呟く。いかにも大胆な作戦を楽しみにしている、という様子だ。
「うん。ボクは力はないけど、その作戦のために頑張ってる人の助けになるくらいなら……」
「お邪魔しますよ」
 そのとき、建物の入り口(扉はすでに朽ちてなくなっている)をくぐって、日野 晶(ひの・あきら)が姿を現した。
「雨の中でお茶会とは、優雅なものですね」
「あ……ご、ごめん。こんな時に……」
 晶が準備を進める陽に向けて言う。臆したように、陽が縮こまった。
「いえ、皮肉で言ったのではないですよ。本心からです。私もお力添えをと思って、差し入れを」
 そう言って、晶は枕と見まごうような大きなマシュマロと、お茶菓子を次々と取り出す。まさに優雅な物腰だ。
「あ……ありがとうございます」
「助けがあってこそ、私たちも全力が出せますから」
 晶が端正な顔に、涼やかな笑みを浮かべる。見つめられて、陽は思わずどぎまぎした。
「それより、作戦の方はどうなってるんだ?」
 そのやりとりに、何故か不満げな色を浮かべてテディが割り込んだ。
「少し待ってください、そろそろ着くはずです」
 晶が入り口の外に目を向ける。
 と、その視線の先では、濁流と化した大通りを悠々と泳ぐ影が見えた。すわ敵影かとテディが構えかけたが、すぐにそうではないことが分かった。
「フタバちゃん、ここでオーケーですわ。もー、うんざりですの。雨雨雨雨水水水水、他に何かないのかってものですわよ!」
「そない言うても、雨が降る町言うてはるんやから、無理な相談いうものですえ」
 ぷりぷりと怒りながら、近づいてくる影。そのすぐ後ろから、ころころと笑いながら別の影が歩いてくる。荒巻 さけ(あらまき・さけ)信太の森 葛の葉(しのだのもり・くずのは)である。
「なんか、すごいもの使ってるんだね」
 ぼそりと、陽が言う。
「フタバスズキリュウのフタバちゃんですの。水の中ではとても頼りになる子ですわよ」
 さけが自慢げに答えた。さすがに、自力で川を昇るような真似はできないらしい。
「雲がお日様を隠してはるから、さぶぅなるわ。風邪ひかんように気をつけなあきまへんえ」
 濡れた毛皮を繕いながら、葛の葉が呟く。いきなり賑やかになる建物の中、テディは焦れた様子で、
「それより、作戦はどうなってるんだよ!」
「ですから、今周囲を見回って来ようと思ったのですけど……中心部に近づくほど、ゴーレムが多くなっていて。うかつに近づくことはできませんの。作戦のために、精神力は温存しないといけませんし」
 困り切った様子で、さけが答える。
「それは困りましたね。複数の術者が同時に、広範囲で氷術を使わなければならないのですから、ゴーレムに邪魔されるわけにはいきません」
 晶が口元に手を当てて呟く。
「となると、他の人たちがゴーレムを片付けてくれないと、作戦をはじめることもできないってわけか」
 テディがぼそりと呟く。さけが不本意そうに頷いた。
「そうなりますわね」
 しばらく沈黙が落ちる。陽が、そっと手を上げた。
「それじゃあ……お茶でも?」
「頂こう」
 晶が笑みを浮かべて答えた。
「待ってるだけかあ……」
 テディの呟きに、葛の葉の耳がぴくんと跳ねた。
「何か、不満どすか?」
「別に。早く雨がやまないかなって思ってるだけだよ」
「そのために、みんな集まってはるんですえ」
「分かってるよ」
 もやもやをかみ殺して、テディは答えた。
 しばらくして、部屋の中には陽の入れたローズティの香りが広がった。


 長雨の町が町として使われているのは、遺跡の外縁部のみである。中央に行くに従って、景色は古王国時代のものへと変わっていき、やがてはゴーレムが守る遺跡になる。
 ご多分に漏れず、入り組んだ地形である。迷路のような道のり。その上、激しい雨が降り続き、視界が確保できない。
「厳しいですね。女王器が沈んでいる場所に辿り着くまでに体力を使い果たしてしまいそうです」
 ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)がうなるように言った。
「でも、こうしてる間にも町の人たちが苦しんでいるかもしれません。早く、女王器を止めないと」
 ザカコのやや後ろを進みながら、ミーナ・ナナティア(みーな・ななてぃあ)が言った。雨を避けられる場所を探して、入り込む。
「ミーナの言うとおりです。一刻も早く、女王器を破壊しなければ」
 そのとなりに並んで、長原 淳二(ながはら・じゅんじ)が言う。
「待ってください。自分は女王器を破壊することには反対です」
 ザカコが二人の顔を見て、驚いたようにいった。
「何故ですか? みんなが苦しんでいるのに、早く雨を止めないと」
 ミーナが訴えるように言う。
「雨を止めるのには賛成です。ですが、できるだけ女王器を破壊しないで済む方法を探るべきです。元通りの環境を戻すように努めなければ」
「その方法を知っているの?」
 問いかけたのは、リネン・エルフト(りねん・えるふと)。パートナーたちと共に同行している。
「いえ……。ですが、調べてくれている人たちがいるはずです」
「……雨がずっと降ってるのは、よくない」
 頭上でぽつりと、空飛ぶ箒に跨がったスウェル・アルト(すうぇる・あると)が呟いた。
「……雨は上がるから、好き。降りっぱなしで、誰かが困って、その人が雨を嫌いになるのは、嫌」
「それじゃあ、女王器を元に戻すのは諦めろと?」
 ザカコが問うと、スウェルは困ったように目を伏せ、ひび割れの隙間から周囲を覗いた。
「こうして、話している時間だって惜しい位なのに……」
 近づくことすら困難な道のりに、思わず淳二が苛立ちを露わにする。そのとき、
「……近づいて、来てる!」
 スウェルが悲鳴にも似た声をあげた。間を置かず、ずしん、と重い足音。
「ゴーレム!」
 唱和するように声が上がる。思わずザカコがカタールを抜きかけ、淳二が刀を抜きそうになる。
「力は、女王器のところへ辿り着くために残しておいて。ここは、私たちに任せて!」
 叫ぶように言って、リネンが飛び出した。その手にはすでに銃が握られている。
「でも……」
「団長の言うこと、聞きなさい。早く行くのよ!」
 言いかけた準じに向け、ヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)が弓を構え、リネンの背からゴーレムに向けて放つ。
「……分かりました。行こう、ミーナ」
「は……はい!」
 淳二がミーナの手を引き、彼女らと別の方向へと駆け出す。その後をザカコとスウェルが追う。
「さあっ、やるわよ……」
 ゴーレムがのっそりとした動きで顔を向ける。雨に冷や汗を隠しながら、リネンは呟いた。