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 パーティもそろそろ終盤に差し掛かった頃、愛しい人の手は空かない物かとヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)はスタッフが出入りしそうな場所を重点的に歩き始める。学舎内でも暫くは忙しそうにしていたし、噂に続いてこのパーティ。何か意図があるような気がしてルドルフに声をかけるのは躊躇われた。けれど、今なら少しくらい会話をする時間は取れるかもしれない。いつも通りの派手なマントにマスク姿のおかげで簡単に見つけることのできた彼へ、背中からのし掛かるようにして引き止める。
「お疲れさまー、ちゃんと休憩は取ってるの?」
「それなりにね。みんなが美しく着飾ってくれたおかげで、少し忙しいかな」
「……何の意図かは知らないし、今は聞かないけど、楽しませてもらってるから。落ち着いたら1曲お願いするね」
 予約の印にと手の甲へ口づけるヴィナは、彼の仕事を邪魔をせず手伝うともせず、ただ待っていると伝えて見送る。けれど、この手のパーティで一人でいるのは、少し手持ちぶさただ。
「……あれ? ここ、どこだっけ?」
 同じくヴィスタを探して歩いていた白銀 司(しろがね・つかさ)も、もし彼が参加しているなら中央で踊っているよりも、どこかでスタッフとして仕事をしているんじゃないかと狙いを定めてみた。けれど、ここがどの辺りなのかさっぱりわからない。
「そっちは関係者用の通路だけど、誰かを捜しているのかな?」
「ええっ!? ごめんなさい、ちょっと憧れの人を捜しててっ!」
 呼び止められた司は急いでヴィナの元へ駆けていき、機材が積み上げられているスペースからフロアまで連れて行ってもらう。再び来ることの出来た明るい場所に目を細めながら、司はさっきまでの自分と同じようにキョロキョロとしている女の子を見つけた。
「あの子も迷子かな? おーいっ!」
 両腕を振れば、何の迷いもなくミラはトコトコとやってくる。そして、スカートの裾をつまみ一礼してみせた。
「わたくしをお呼びになりましたでしょうか。何か気付かぬうちに失礼でもありまして?」
「君が困ってそうだったからね。この子も心配になったんじゃないかな」
「まあ、お気遣い大変嬉しゅうございますわ。魔法が解ける前に素敵な出会いがあったこと、感謝しなくてはなりませんわね」
 司とそう変わらないくらいの年なのに、彼女は随分と夢見がちな印象を与える。世慣れてない彼女が一人でこんな場所へやってくるとは思えないし、連れがいるのなら放っておくこともないだろう。けれど、彼女は困っていることなど無いという。精々王子様が見つからないと零すだけ。
(まさか、何かの目的のために連れてこられた……? だとしたら何者なんだろうね、その人も、彼女も)
「ご歓談中に失礼します。何やら神妙な顔をされていますが、何かお困りでしょうか」
「困っているというか、少し不思議な子と出会ってね。世の中には色んな人がいるものだ」
 正体不明であったとしても、スタッフに突き出すほど怪しいとは思わない。顔見知りのスタッフならとも思うが、普段から仮面を付けている人でもなければそれも確認し辛い。
「今宵は仮面舞踏会、何かになりきるのも楽しいでしょう。宜しければパーティの思い出に、校長と踊ってはみませんか?」
「え、私が!? いいのかな……」
 校長と会えば、ヴィスタに会えるかもしれない。そんな風に考えて、恭しく差し出された手を取ろうとする。けれど、その口元を何処かで見たような気がした。フードを深く被り、目も合わせないで話しかけた相手。床から顔を上げ緊張しながら見上げた人に。
「――もしかしてっ、ヴィスタさんっ!?」
「きゃあっ!」
 動揺のあまり司がミラとぶつかってしまうと、その衝撃で二人の仮面は落ちてしまう。素早く彼女らを助けようと、仮面を拾って手を差し出すも、ヴィスタは司を連れて行こうと手を差し出したままのポーズで固まっている。
「フィア……?」
「あなた様は、わたくしを知っているのですか? もしかして、わたくしの王子様なのかしら」
「お忘れですか、この私を。ヴィスタ・ユド・ベルニオスの名は記憶にございませんか!」
「ヴィ……なんだか長いお名前ですのね。ベルってお呼びしても良いでしょうか?」
 申し訳無さそうに見上げる緑の瞳を、ヴィスタはよく知っている。ゆるく巻かれた銀の髪も何もかも、彼女の今の言葉でさえあのときとまるで変わっていない。20年近く前の、あのときと。
「――ミラ、少し踊らないか」
 取り乱すヴィスタから攫うように、エリオが彼女を連れて行く。ハッとしたようにエリオを取り押さえようとするが、彼はミラを自分の背後に隠し平然と言い放つ。
「この方を知っているなら身分を弁えるんだなベルニオス卿」
 おろおろと心配そうに二人の顔を覗き込むミラは、そのままエリオに連れ去られてしまう。人混みに紛れてもなお消えていった一点を見つめ続けるヴィスタに、おずおずと司は声をかけた。
「あの、ヴィスタさん……その、今の人って」
「……そんなワケがねぇ。他人のそら似つっても、限度があるだろ」
(学校が違うだけで地球とパラミタくらい離れているような気がするのに、大切な人がいるんじゃもっと遠いよ……)
 いっそのこと薔薇学に転校でもしてみようか、などと思いつつ頭を抱えて座り込むヴィスタを放っておけずに司は彼が落ち着くまで、それ以上何も言わずに側にいることにした。ヴィナは時折飲み物を差し入れて様子を見ながらも、あの少女を連れて来たのはエリオなのかと、接点の見えない会話を思い起こしているのだった。

 なんだか騒がしいスタッフがいるなと思っても、他校生であるロア・ドゥーエ(ろあ・どぅーえ)にとって、それほど大きな問題ではない。何かマナーか何かで指摘を受けているんだろうと、たいして気にする様子もなかった。
 自分のそれに自信があるのかと問われれば、あると言い切るのは難しいかもしれなお。けれども服装だって、わざわざレンタルすることなく仕立て屋にまで行って調達したし、薔薇学の来賓として最低限恥ずかしくのない格好をしているはずだ。引きずられるようにしてレヴィシュタール・グランマイア(れびしゅたーる・ぐらんまいあ)に店へ連れて行かれたときには少し面倒だと感じてしまったが、そのおかげで得られる出会いもあった。
 ロアと同じくこの仮面舞踏会に出席しようと思っていたグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は、以前行動を共にした彼と再び出会い、いつものように当たり障りのない会話だけで済まそうと思っていた。別段他人を苦手にしているとか、人見知りで関われないということではないのにパートナー以外とはある程度な付き合いで済ませてきていたのは、心のどこかで過去が起因して無意識に相手を守るために動いていたのかもしれない。
 それはパートナーを心配させるし、ベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)もこのパーティに参加出来ることを楽しみにしている。有意義な時間になるように、今日はお互いのパートナーを連れてロアとパーティにやってきていたのだ。
 目印はお互いの赤毛。それに2M近い長身のパートナーも連れているし仕立屋で互いに試着した姿も見ている。難なく合流を果たした2組は、ひとまず弥十郎の出す料理へ目をつけたようだ。
「えー、肉無いのかよ。肉ー!」
 片手にはチーズソースにつけたフランスパンのスライスを、もう片方には串いっぱいに刺したぷりぷりの海老をバーニャカウダーソースにつけながら、ロアは文句を言いつつも次々と手を伸ばそうとする。グラキエスはチコリを片手に、ロアの身体へ吸い込まれていくような食べっぷりに圧倒されながらも、自分のペースは崩さずに気になったものに手を伸ばしていた。
「……仮面、邪魔じゃないか? 外すわけにはいかないと思うが」
 自分も両目と左の顔半分近く覆い、アクセントとして左側に黒い羽根飾りがある結構大きい物をつけている。それでも、ロアのように口元以外ほぼ全部を覆うような物ではないので、飲食がしにくいということはない。
「そーなんだよ、この黒地に派手になりすぎない程度の模様が入ってるのは凝った感じで気に入ってるんだけどさ。結構邪魔だぜ?」
「そうでもしなければ、パーティがただの食事会になるであろう?」
 食欲魔人であるロアの行動を見越してのデザインだと静かに笑うレヴィシュタールは、彼と対になるように模様を描いた仮面をつけている。よくよくみれば、模様は細かく砕いた宝石で出来ており気品ある輝きを保っている。なのに、食に走るというのはパーティを楽しもうとする側からすれば特にアンバランスに見えるのかもしれない。
 グラキエスの側で佇むアウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)もまた主と対になるように同じ仮面で羽根飾りを右に添えた物をつけているので、これは信頼の置けるパートナーにのみ許された正装なのだろうとどこか嬉しそうだ。
「まったく……貴公らは会場に着くなり食事とは。品々を見ても、談笑の合間に摘む物であることくらいわかるであろう?」
 ベルテハイトの言う通り、ナイフとフォークを使ってガッツリと食べるような料理はいくら待っても出てこない。逆に言えば、手軽に摘みやすくていつまでも食べ続けられる終わりの来ない料理とも言えるかもしれない。
「グラキエスの混じりっけなしの鮮やかな赤い髪が踊れば、相当目立つだろうなー」
「またロアは……そう珍しいものでもないだろ」
 赤茶混じりのロアにとっては珍しいのか、ひっきりなしに褒めるように髪をいじりたおしてくる。アウレウスが困惑するグラキエスを助けるべきか友好的なスキンシップとして見守るかと真面目な顔で見つめているから、ベルテハイトは苦笑する。
「これで良いのだ。人と壁無く付き合うには、これくらいの戯れになれなければならぬだろうよ」
「主の越えるべき壁か。俺に出来る事は、見守ることのみということだな」
 まだどこか心配そうな所はあるも、ロアのフリーダムさを今日ばかりは微笑ましく見守るレヴィシュタールとともに、正反対に見える二人が末永く友として過ごせるよう祈って、パートナーの三人はグラスを胸元まで掲げ微笑みあうのだった。

 その近くでは、清泉 北都(いずみ・ほくと)が飲み物を貰ってくるからと席を立ったまま、待ちぼうけを食らっているクナイ・アヤシ(くない・あやし)がいた。もちろん、今日は青紫色のドレスを来て長めのウィッグをつけている北都がナンパなどされぬよう目を光らせているので見失ってはないのだが、帰って来るのが遅い理由は癖のようなものだろうと寛容に見守るつもりで大人しく待っていた。
「ごめんなさい、遅くなってしまって。あなた好みの物を選んでみましたわ」
「私の好みを知っているなら、迷っていて遅くなった……ということではないですよね?」
 伸ばした手はグラスを受け取らず、そのままゆったりと彼の頬を撫でる。胸元のリボンの前で動かすに動かせない二つのグラスを持った北都の手はそれを払いのけることもクナイを押し返すことも出来ず、近づいてくる顔を止められそうにもない。
「だめ、です……っ! 人前でそんなはしたないこと」
「誰も私たちが誰かなど気にも止めないし、わかるはずもないでしょう?」
 仮面はもちろんのこと、北都は口調まで変えて誰が見ても文句の付けようのない女の子だし、クナイも長い髪をまとめてウィッグの中に入れ今日はショートヘアだ。見知った薔薇学生に会ったところで、思わず口を滑らしたりしなければ簡単には見抜かれないだろう。
 だからこそ、先程までは人の視線があるにも関わらず大人しくクナイの膝に甘えるように乗ってみたり、クナイも北都に食べさせてもらったりと仲睦まじい恋人のデート気分を楽しんでいたのだが、やはりどうしてもキスだけは特別というか恥ずかしいものがある。
「あなたがいけないのですよ、私を1人にさせるから」
 普段執事として過ごしている北都にとって、空いたグラスをそのままにしておくような、お客様が不満に感じることなどを見過ごすことは出来ない。ついついあれこれと世話を焼き待ちぼうけをくらったクナイは、楽しむ側なのだから接客の手伝いはしなくていいと1度目のときに暗に側にして欲しいことを伝えてあった。
 仏の顔もなんとやら。しとやかな令嬢の振る舞いは崩さず楽しげに配膳する北都は見る機会が無いだろうと見守っていても、度々続けば強引に引き止めたくもなる。
「……二人きりであれば、良いんですよね?」
 軽く顎を持ち上げてみても、その唇に触れるお許しは出ていない。お預けをされている気分なのは、意外にクナイよりも北都のほうが強いのかもしれない。
(早くどこかに連れだして欲しい、なんて言ったら……どんな風に求めてくれるのかな)
 きっとそんな彼も嫌いじゃない。だからこそ、伝えたくはない。赤くなる北都の頬を人混みのせいにして、クナイは外の風に当たろうと誘い出す。
 グラスは適当にテーブルの端に置いて、待ちきれないとばかりに手を重ねる。もっともっと甘い時間は二人だけのものだと、テラスの隅で何度も影を重ね合わせるのだった。

 北都に誘われパーティを訪れたレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)は、燕尾服を見に纏った白ウサギの姿で薔薇学の人はいないものかと探し歩いていた。
 友人である北都から紹介してもらえれば手っ取り早いのだろうが、自分の通う百合園と比べ正反対になる薔薇学が気になるという程度のことで二人を邪魔するという野暮なことはしたくない。普段入れない薔薇学の敷地にやってきて、それらしき人たちをじっくり眺め、あわよくばお近づきになりたいな、という程度だ。
 それに、自分がしているのは着ぐるみとは言え一応男装。料理を心ゆくまで楽しみたいのでサラシで押さえるなどはしていないが、声をかけるのであればやはり女性だろうか。
「そこのお方。ボクと一緒に踊らないかい?」
 目を細め、少し歯を見せるように微笑み、まるで星が舞いそうなイケメンスマイルと共に声をかけるも所詮着ぐるみだ。レキの努力は少しもエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)には伝わらなかった。
 薔薇学生なのか、お姫様なのか。純白のレースをふんだんに使用して大改造した薔薇学の制服は、ロミオに会うために薔薇で閉ざされた学園に迷い込んだジュリエットと一芝居打てるかもしれない。
 乳白色のロングウェーブな髪を合わさって、派手なお嬢様に見えることだろう。
「私と踊りを? 随分可愛い方に誘われたね。どちらのパートを踊るべきか悩むよ」
 どう探そうかと思っていたジェイダスは、派手な椅子に腰掛け時折招かれた美男美女と気が向くままに踊っている。リュミエール・ミエル(りゅみえーる・みえる)のほうも上手くいっていることを願い時計を見ながら自分に出来ることは他に何があるだろうと考えていた。
 けれども、動き出すにはもう少し時間はある。レキの白ウサギになんだか親近感を覚えたエメは、一曲だけならとその手を取って楽しむことにした。
 レキと共に来ていたカムイ・マギ(かむい・まぎ)はと言えば、合流方法も何も告げずに浮かれて会場に入っていった彼女を見つけることが叶わず、一人ふらふらと同じような境遇の者はいないかと歩いていた。
 話しかけられればそれなりに答えるし、踊りに誘われれば応じるつもりではいたけれど、今日の姿は男の子。別に服装には興味ないし、たまたまレキが百合園に通っているから女装をしているだけで、特にそういった趣味があるということでもない。
 ただ、百合園に男の娘が居るのなら薔薇学にも娘な男が居る可能性はゼロではないだろうと、この期に本当の姿になる人がいるのではないかということに興味を持った。今日の自分が、そうであるように。
 そんな好奇心もあって、金の瞳は会場内をくまなく知らない誰かを探そうとする。その中で特に印象に残ったのは、シグノー イグゼーベン(しぐのー・いぐぜーべん)だった。
 女装とはどういうものか、とマーカスに教鞭を振っている所をみると、きっとシグノーは男の子なのだろう。しかし、マーカスがどこかがっくりと肩を落としているのに対して、シグノーは同じようにドレスを着ているにも関わらずイキイキしている。
 どこか開放的な印象も受け、自分と同じ立場なのかと声をかけると、ジグノーはフンフンと鼻を鳴らす。
「おまえ、小綺麗な顔の割に化粧臭くないッス。男装じゃなくて男ッスか? それとも男顔を活かしてるッスか?」
「突然何を言い出すんだよ、失礼じゃないか! あ、あはは……多分、悪気はないんだよ、悪気は……」
 マーカスは、自分のことも超感覚で見つけ出したシグノーの鼻を疑うつもりはないし、初対面であっても陽気で話しかける彼の性格を考えれば仮装について意見しようとか実性別を暴こうとか、そういった悪意あるものは一切ないと思っている。
 隠していないカムイの左側の瞳が少し驚いたように開かれるから慌ててフォローしたマーカスだが、元々性別でさえも気にしないカムイは普段と雰囲気の違うワイルドな男装もそれなりなのだと、シグノーの言葉は褒め言葉として受け取ることにした。
「少なくとも、今日は男として振る舞うつもりです。よろしければ、お相手願えますでしょうか」
「よーし! 男役も来たことだし、マーカスもビシビシ特訓してやるッス! 手加減はしないッス!!」
 無い胸を張ってエスコートされる淑女の振るまいを教えようと奮闘する姿はどこか違和感があって、結局カムイに簡単な作法を受けることになる。それは元気なレキを窘めるような、カムイの真面目な性格からくる指導だったが、男性としてエスコートする側になることも楽しいと思い始めるのだった。

 ジェイダスが気の向いた相手の手を取り踊っているのを見かけた師王 アスカ(しおう・あすか)は、いつ声をかけようかと遠巻きに機会を伺っていたが、そろそろパーティも終わりを迎える時間だ。本当は真っ先にでも駆けつけて話をしたい気持ちではあったが、楽しんでいる姿も眺めていたかったのと、尋ねようとしている問いの答えを聞くのが少し怖かった。
(ジェイダス様と会える機会は、今までも特別だった。でも、今日の次はいつ……)
 安全だと言い切れる場所に彼がいない以上、不安が尽きることはない。そして、彼自身が自分の望む未来を選択してくれるとも思わない。
「ジェイダス様、私とも1曲お願い出来ますかぁ?」
 音楽が1番よく響いてくる場所に豪勢な椅子を置きくつろいでいたジェイダスは、値踏みをするようにアスカを頭からつま先までじっと眺める。何度か男装をしているので見苦しいところは無いと思うが、ジェイダスの視線が見えないというのは少し緊張する。
「おまえの手を取れば、私にどんな見返りがある?」
「……ジェイダス様の心を、ダンスホールの上に描いてみたいと思います」
 凜とした態度で答えるそれに、ジェイダスは口の端を上げる。面白い、と小さく呟いたかと思うとアスカをフロアの中心へ連れだして、楽しませてみろと言い放つのだった。

 フェンリルに賛同したヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)は、彼らが動きまわり男装女子らを守る動ならは、自分たちは仲間を繋ぐ静でいようと翡翠らが切り盛りするスペースの隅で、彼らが本来の仕事で手一杯のときに情報を共有するためにキリカ・キリルク(きりか・きりるく)と談笑しながら学舎側の目を眩ませていた。
「僕は離れた場所で君の仕事ぶりを見ているつもりだったのですが……」
「なに、一人でいるほうが怪しまれるものだろう。このような場は、男女のペアでいることのほうが自然だ」
 とは言え、女物の服を着ることも化粧も慣れてないキリカは、自分なりに頑張って女装をしてみたというのに、こうも簡単に見抜かれてしまい不服なようだ。
 キリカの予想通り、ヴァルは派手な薔薇のマントを靡かせて仮面も獅子を模した左半分を隠すものを付けていたので、簡単に見つけることが出来た。それに比べ、自分は普段なら着ることのないようなドレスにロングウィッグ、もしかしたら少し濃いくらいの化粧までしたのに何故バレてしまったのか。
 ヴァルにしてみれば、着飾ったところで自分に熱視線を送る銀の瞳を見れば答えも同然と思うのだが、それを答えると折角のパーティが台無しになってしまう気がした。
 戦場においても、背中を預ける存在は目に見えずとも感じることは出来る。見えている姿に騙されることなど無いと告げるくらいは問題無いのかもしれないが、互いの枷にならぬよう1歩は踏み出さないというルールのもと、男女として側にいられることはない。
 ならばこの一時、まやかしの時間だけは口にせずともその時間を楽しむくらいは許されるのではないかと思ったのだ。
 その心遣いは、なんとなくキリカにも伝わっている。男として貴方の背中に在り、女として貴方の腕の中に居ることの出来る自分は、人より二倍幸せなのだと感謝せずにはいられなかった。
 その平穏を守るためにも、このパーティを何事も無く終わらせなくてはならない。そんな決意と愛に満ちあふれる二人に当てられたシグノーが、さっさと知人捜しに出かけたのは言うまでもない。
「ずっとお嬢さんを壁の花にするのなら、ボクが借りても構わないかな?」
 そう声をかけてきたウェルチは、周囲を警戒して声を潜める。
「――校長の元へ連れて行かれた生徒が、数人戻っていないらしい」
 それは寵愛を受けて別室へ通されたのか、それとも自らが守ろうとしていた者たちを守れなかったのか。もちろん早めに帰宅をしたり着替えや化粧室に籠もっているという可能性も考えられるだろう。けれど、噂の件を考えれば軽視出来る状況じゃないというのは確かだ。
「万が一があったとして、大々的な事を起こさない限りは注意で済むと思いたいところですね……」
「学舎の課した試練かもしれぬが、生徒らの秘密を暴き追い出そうという内容は、正直良い趣味とは言えぬしな」
「その後が分からないということは、処分も確定していない。被害者が増えないように最後まで気を抜かないでと、みんなに」
 声を潜めていたウェルチは一歩離れ、大げさに肩を竦めてみせる。
「お嬢さんのナイトは中々に手強そうだ、ボクは別の花を愛でるとするよ」
 あくまでキリカを誘い出そうとしていたというポーズだけとり、ウェルチはまた人混みの中へと紛れていく。試練は思ったよりも厳しい物になるのかもしれないと、ヴァルはキリカの肩を強く抱き寄せるのだった。

 ダンスが得意でないのに中央へ連れ出されてしまったアスカは、ジェイダスのリードに乗りながらもそれだけでは追われないと、身体が自然と動けるようになると本来の目的であった質問を口にする。
「ジェイダス様にとってぇ、大切な人はいないのですか?」
「――おまえは大切だと思っているが?」
 予想外の言葉に息を飲むアスカは、音楽が耳に入らなくなって思わず足を止めてしまう。そのおかげで、手を引かれていたアスカはジェイダスへと倒れ込み、抱き締められるような形になってしまった。
「おまえのように芸術を愛でてくれる者、側で私の求める美を追究してくれる者……この薔薇の学舎の門戸を叩いた者全てが愛しい者だ」
 勝手に勘違いして、答えまでかわされて。アスカは恥ずかしさと悔しさで頬を膨らますも、ジェイダスは彼女を立たせるとクスクスと笑うだけ。
「だからこそ――裏切り者には容赦はしない。私の期待を踏みにじるというのなら、相応の覚悟があるものだろうからな」
「ジェイダス様、それって」
 引き止めようと思っても、曲は一区切りしてしまいジェイダスはエメに呼び止められてしまう。割り込める隙を失ってしまったが、芸術家として寵愛されていることを誇りに、彼の未来を守りたいとアスカは強く願うのだった。
 女性の格好をしておきながら誘うなどマナー違反かとも思ったが、ジェイダスはエメの誘いを断らずにそのまま中央で踊る。その姿を、ラドゥは少し離れた場所から眺めていた。
「お一人なら、僕とダンスでもどう?」
 海のように深い蒼色の制服を着たリュミエールは、普段の髪色を隠す様に黒のロングストレートのウィッグと少し派手な仮面で目元を隠しラドゥに声をかけた。中央で踊るジェイダスを見つめていることと、似たようなフリルの多い開襟シャツを着て肌を晒していることから、王冠は外していても二人の普段の格好から想像すればラドゥであることは間違いなかった。
「……そんな気分ではない、他を当たれ」
 名乗らず顔を見せずのままで、いつものように誘い出すのは難しい。リュミエールは「じゃあ飲み物だけでも」と食い下がり、誕生日プレゼントの話題で時間を繋ぐ。
「でさ、本当に相手の事何も知らないなって思ったんだ。そういう事ってない?」
「ないな。大切な物はわかる。わかるからこそ――自ら手放そうとする姿は痛々しい」
 ふとジェイダスから視線を逸らし苦笑するが、それは今まさに起こっているのではないのだろうか。
「つまらんことを話したな、貴様はもう去れ」
「最後にもう1つだけ! このホール一番の踊り手とダンスの手本を見せてくれないかな」
 甘えるように口元だけでも精一杯微笑んで見せても、ラドゥは訝しげに眉を寄せるだけ。そのうちに曲は甘くゆったりとしたラストダンスへと変わっていってしまう。
「貴方と踊るのは凄く楽しいのですが、そろそろラストダンス。最高の踊り手と舞う貴方を見せて頂けませんか?」
 エメの方もジェイダスと体を離し、リュミエールのいる方にジェイダスの視線を促す。ラドゥと視線が合うのが分かると、どこからとも無く拍手は巻き起こり、二人を阻むことなく生徒たちは道を空けた。
 折角の薔薇学での舞踏会、ラストダンスを踊るのはこの二人だろうとエメとリュミエールが画策したそれは、次第に薔薇学生だけでなくその友人である他校生にまで伝わり、会場中が期待を込めて拍手を続ける。
 自分が乗せられることになるとは思わなかったジェイダスはゆっくりとラドゥの元へ行くが、彼は視線を逸らしてしまい誘いなど聞こうともしない。
「そういえば、まだおまえとは踊っていなかったな。今宵の記念にどうだ?」
「私が相手などせずとも、貴様の相手ならいくらでもいるだろう。どうして私がそのような面倒なことを」
 なかなか素直に手を出さないラドゥの手を強引にとり、その甲に口づける。小さな歓声に見せ物にさせられたような羞恥でジェイダスを怒鳴りつけてやろうと顔を上げれば、その意思の強さに射貫かれてしまいそうだった。
「私が踊りたいと言っているのだよ、ラドゥ」
「――仕方無く、だからな。それを忘れるな」
 ぐっと歯を食いしばり、頬が緩まないように文句を言い続けるラドゥをオロオロしながら見守る他校生もいるが、会場の半数近くは美しい踊りにため息を吐き一部生徒はニコニコ……いや、ニヤニヤと二人を生暖かく見守っているのだった。

 会場内ではしっとりとラストダンスの曲が始まっているというのに、広い廊下にはポツンと佇むウサギの影。
「能あるウサギは素顔を隠す! なーんて言っても、そろそろ俺様の顔を見せてやらないと会場は寂しがっているのではないか?」
 変熊弥十郎に手渡された衣装に大人しく身を包み、真面目に仕事をこなした。人の波が途切れてきても、化粧室の場所を尋ねに誰かやってくるかもしれないとサボりもせず、珍しいくらい真摯に取り組んだのだ。
「……交代、まだかな」
 話し相手もおらず、ただただ広い廊下を眺めるのも些か飽きてきた。次に人が通ったら、少しだけこの場を頼み会場の中を見てこよう。会場に通じる扉が開くのを、変熊は今か今かと待ちわびていたのだが。
「最初はどんなパーティになるのかと思いましたが、兄様も楽しんでらしたようで良かったです」
「ふふ、僕より君のほうが……あ、お疲れ様です」
 出て来たルキアロレンツォは、受付のウサギに一礼するとガッシリ腕を捕まれてしまった。
「この際、ウチの生徒だろうが他校生だろうが構わん! 暫く俺様に代わって、この場を守れっ!!」
「な、なんなんですか! もうパーティは終わるんですから、混む前に更衣室へ行っても良いでしょう?」
「そうだ! パーティが終わる前に、少しくらい中の様子を……ん? もう終わる?」
「ええ。今は校長先生とラドゥさんでラストダンスを踊っている頃だよ」
 最後まで見たかったけれど、ルキアのことがあるので早めに出て来たということは心の内にしまっておいて、ロレンツォは変熊の腕を振りほどく。
「なんてことだ、騙された……Not Satisfaction!」
 その遠吠えは拍手溢れる会場へは届くこともなく、静かな廊下に響くだけだった。



 パーティの翌朝、資料をまとめたは、エリオと共に再び校長室を訪れた。もちろんそれは、女性の目的と怪しい生徒の目星がほぼ確信に近づいたので報告するためだ。
 ノックを4回。ジェイダスの返事を待って中に入る二人は、先客の姿に少しだけ驚いた顔をする。
「ルドルフ? 君も何か、校長へご報告が?」
「少しね。今後のことで確認しておきたいことがあって」
 正面を譲り直らの報告を共に聞こうと側に控える。どんな成果をあげてきたのかと、ジェイダスは口の端を上げながら書類が読み上げられるのを待った。
「パーティーの終演後、完結にご報告させて頂いた物と重複する部分もありますが、正式にご連絡させて頂きます」
 女性陣の目的として、第一にあがったのは薔薇の学舎の生徒が見目麗しいということ。そして、文武両道であるエリートな生徒が多いことも理由に挙げられた。
「悪いようにまとめるならば、眼福と玉の輿を狙って訪れたいという女性が多いのではと予測されます」
「……在校している生徒も、そのような志の物がやはり紛れているか」
「おそらくは。また、今回は異性装を可能としたので在校生が良いイメージを答える可能性もあると考え、3つ目の答えも視野にいれたいのですが」
 男同士の恋愛が見られる、個性豊かな変態の巣窟。そこは校長のハーレムのために存在するのではと、その他の欄を使って実に伸び伸びとした答えが寄せられた。
「俺も同じく、既存の回答よりわざわざ記入するこの項目は重視したいと考えます」
「一理あるね。そして次は、どの手で動く?」
 何も言わないジェイダスの代わりにルドルフが次の策を促せば、既に考えてあると直は書類を差し出した。
「こうしてエサが分かったんだ、使わない手はないだろう?」
 見たいというのなら見せてやればいい。彼女らの夢を叶え、ボロが出たそのときにこそ――必ず捕まえて見せる。全てはジェイダスの期待に応えるために、そして生徒を邪な目で見る者から守るために。
 学舎側の結束が強くなる頃、校舎は随分と騒がしくなる。生徒たちが登校してきたにしても、いつも以上に騒がしい。昨日のパーティからテンションが戻らないのかとカールハインツが教室に訪れると、クラスメイトたちは大盛り上がりで彼を囲う。
「おい聞いたかよ! やっぱりあの噂は本当だったんだぜ!!」
「は?」
「……男子校のはずなのに、女子生徒が紛れてたんだってさ」
 静かに本を読んでいたアルネが黒板を指せば、学舎から通達の張り紙。今日付で3名もの生徒が退学処分となっている。
 理由はもちろん、性別を偽り入学していたことだ。噂は噂でしかないと思っていたカールハインツも、学舎側から直々に発表があれば考えを改めるしかない。
「中途半端な信念で来るなら、早いうちに退学出来て良かったんじゃない? 味方も欺けないようじゃ敵なんて欺けないんだし」
 こんな事態が起こっても、アルネは興味がないと本を読み進める。まだ学園に潜む女生徒はいるかもしれないと盛りあがる教室と、探すつもりのないアルネ。学校の空気は段々と浮ついたものへと変わっていってしまうのだった。

 そして夜。ミラは嬉しそうに貰ったコサージュをテーブルに乗せて飽きずに眺めていた。日中1人でいることの多い彼女は、部屋に飾られた花や人形相手に話をし、本を読んで過ごす。しかし、ここのある本は絵本がほとんどで彼女の世界はとても狭いものだった。
 決まった時間に訪れる来客は、ときには食事を運ぶだけで話し相手になってくれないこともある。それが昨夜は、自分が眠るまで側についてくれたのだ。それなのに今日も少し早めの時間に会いに来てくれて、それが素直にミラは嬉しかった。
「昨日は本当に、夢みたいな1日でしたわ。たくさんの人とお話して……またお外に出られるかしら」
「元気にでいて、そして安全になれば。そのためにも、誰とどんな話をしたのか教えてほしい」
 どんな人に会って、どんな話をして、何を教えて貰って……話したいことは尽きなくて、ミラは疑問に思うことなく全てを話す。それが何に使われるのかなど、彼女は何もわかっていないのだ。

 学舎側と生徒側で大きく思いがぶつかり亀裂が生じ始めたこの日。
 素直に従うことと生徒の力を見せつけることのどちらをジェイダスは望んでいるのか。
 薔薇の学舎を覆い始めた暗雲が晴れるのは、もう少し先のこととなりそうだった。


担当マスターより

▼担当マスター

浅野 悠希

▼マスターコメント

ご参加ありがとうございます、浅野です。
またしてもお届けが遅くなりまして申し訳ございません……。


今回普通にご参加頂いた他校生は、シナリオ内で特別な描写の無い限り噂話については入手出来ておりません。
これは薔薇学生にも共通ですが、楽しむか問題に関わるかのどちらの行動になるか、お好きに選んで頂ける作りになっていますので、
ぜひともお好みに合わせてお楽しみ下さい。

フェンリルに味方をするアクションを取られた方で、その言葉が彼に届き味方として認められた方はパーティ前の会議に基本的には出席をしています。そのため、シナリオ内で直接顔を合わしていなくても、誰が味方なのか把握している形になっています。
個人的に動きたい方や、フェンリルに言葉が届かなかった方は、この会議には出席出来ていないので、誰が味方なのかはなんとなくでしか把握していません。次回アクションでGAなどを組む際にはご注意ください。

また、今回退学処分になっているのは名前もないようなNPCで、PCの皆さんは一部の方に疑いをかけられている程度です。
次回シナリオで疑いが確信に変わった場合は個別でお知らせさせて頂きますので、立ち振る舞いに関してはご注意下さい。



アクションについてですが、基本的にマスターはアクション欄以外を参照出来ないことになっています。
それを前提に、よく参照にして欲しいという資料の注意点を記載します。

※BUについて
BUは投稿時の物ではなく『アクション欄を開いた瞬間』に掲載されている物が反映されています。
そのため「衣装は装備BUで」とだけ投げられても、参照にする時間帯によっては意図しないBUに変更している場合があります。
その場合、個々のプレイヤーのイラストページまで該当イラストをアクションから読み取って探し出さなければなりません。
中にはたくさんのイラストをお持ちの方もいるので、お手数ですが「BUタイトル」または「他のBUと間違えない特徴」を合わせて記載頂けますよう、ご協力をお願い致します。

※既存作品を引用する場合
MS側がその作品を知っている場合、作品名やキャラ名を描写せずに「なんとなく類似している」という程度で採用出来る場合もあります。
但し、アクション欄に伏せ字が多いと該当作品が何であるのか思い出せず、全て没になってしまう可能性が高くなります。
連想するキーワード(検索で出て来そうなものなど)を記載すると、一部採用の可能性が上がるかも知れません。


お手数をおかけ致しますが、皆様のアクションを読み間違えないためにもご協力頂けますと幸いです。
この度は条件がたくさんあるにも関わらず、ご参加頂きましてありがとうございました。