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SPB2021シーズン 『オーナー、事件です』

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SPB2021シーズン 『オーナー、事件です』

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【二 報われぬ戦い】

 現在、各球団とも丁度45試合を消化し終えており、それぞれの勝敗、及び順位は以下の通り。

         勝数  負数  引分  勝率    勝差
ブルトレインズ  24  20   1  .545   −
Nボーイズ    24  21   0  .533  0.5
ワイヴァーンズ  20  23   2  .465    3
ワルキューレ   20  24   1  .455  0.5

 ヒラニプラ・ブルトレインズイルミンスール・ネイチャーボーイズが熾烈な優勝争いを展開する一方、ツァンダ・ワイヴァーンズ蒼空ワルキューレは残り9試合という状況で、首位から3ゲーム差以上離されるという厳しい状況に追い込まれている。
 数字上は、下位二球団が上位二球団相手に、同時に四連勝以上すれば、立場は逆転する。しかしプロの世界では、1ゲームを詰めるのには一ヶ月を要するというのが定説である。
 そして何よりも、上位と下位の現状の実力差を鑑みると、余程の奇跡でも起こらない限り、ワイヴァーンズとワルキューレにはほぼ絶望的な数字とさえいって良かった。

 この日、ワイヴァーンズとワルキューレはスカイランドスタジアムにて、このカード最後の三連戦の初戦を行っていた。
 アウェーのワイヴァーンズが先攻。対するワルキューレの先発投手は、ここまで2勝2敗と星勘定では五分ながら、防御率2.23と優秀な成績を残している鳴神 裁(なるかみ・さい)
 シーズン開幕後に、ごにゃ〜ぽ☆ボール3号(要はイレギュラーチェンジ)の他、更に四つの球種を覚えるなど、SPB傘下の投手の中では最も球種が多いことで知られている裁だが、キレや球速、スタミナなどを犠牲にしている為に、どうしても球種の多さで相手打者を幻惑する投球スタイルが求められていた。
 それでも、とにかく圧倒的に豊富な球種の数々で、決して狙い球が絞られることが無い為、特に読みで勝負することが多いMLB出身者やNPB出身者の選手には、それなりの強さを誇っている。
 ところが、この対ワイヴァーンズ第10回戦でのマウンドに限っていえば、いつもとは勝手が違う。何せ相手は、大半がアマチュアからスタートした選手で構成されているワイヴァーンズなのだ。
 つまり、狙い球を絞るのではなく、来た球に反応してスイングする打者が多い為に、幾ら多彩な球種を誇る裁といえども、毎回のようにランナーを許す苦しい展開となっていた。
 ここまで犠牲フライによる一失点のみで堪えていた裁だが、中盤の五回、先頭打者のジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)に一発を浴びてしまった。
「うにゅ〜……また、五回かぁ」
 マウンド上から、ダイヤモンドをゆっくり回るジェイコブの淡々とした表情を眺めながら、裁は帽子を取って頭を掻いた。
 本人も自覚している通り、これまで過去の先発機会では、五回での失点が圧倒的に多かったのである。お世辞にも肩のスタミナが強いとはいえない裁の、唯一の弱点といって良かった。

 ところが、レフトスタンドに特大の一発を叩き込んだジェイコブはといえば、表情には出さないものの、内心では己の打撃に舌打ちを漏らしていた。
(塁を埋めてプレッシャーをかけるつもりが、また飛ばし過ぎたか)
 これで7本目の本塁打と、一番打者としては驚異的なパンチ力を誇るジェイコブだったが、本塁打を放つことで却って攻撃に切れ目が出来てしまい、後続が逆に抑え込まれるというケースが多かっただけに、今回の一発も素直に喜べないというジレンマに陥っていた。
 本塁を踏み終えてダッグアウトに戻ってきたジェイコブのしかめっ面を、ワイヴァーンズ先発の南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)が笑って出迎える。
 ここまで二失点の光一郎にしてみれば、ひとまず現時点で自身の負けを消してくれただけでも、大いにありがたかった。
「いよぉ〜、おかえりぃ〜。相変わらず、ドでかい一発だったじゃん」
「でかければ良いってもんじゃないさ」
 やれやれと首を振りながらベンチに戻るジェイコブを、ダッグアウト前で投球練習を続けていた光一郎は妙な面持ちで眺めていた。
「……まぁ、出会い頭の一発は、投げる方も気持ちの切り替えがし易いしね〜」
 光一郎とバッテリーを組むワイヴァーンズ正捕手月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)が、苦笑しながら肩を竦めた。
 確かに、と光一郎も頷く。
 塁を埋められての一発と、回の先頭での出会い頭とでは、受けるダメージが天と地程にも違う。特に今回はソロで、しかもまだ同点。やっとゲームが振り出しに戻っただけなのだ。
 ジェイコブが自身の打撃に納得していないのも、一番打者の仕事にプライドを持っている彼の心境からしてみれば、頷けないこともない。
「でもでも、この後はペタっちまで回るんだし、期待して良いんじゃないかな?」
「そうね……特にこの五回は、勝負になると思うわ」
 あゆみの言葉に、控え捕手のシルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)が頷いた。シルフィスティはこれまで、ベンチからの広い視野にて、捕手目線で試合を見続けてきていた。
 つまり、相手打者のみならず、相手ベンチやブルペンにまで視界を広げていたのである。
 裁の失点率が五回に最も高いという情報も、実はあゆみ以上によく知っていた。
「ま、俺様はとにかく抑えるだけだしぃ。リードは頼むぜ、おっかさんよぉ」
「もっちろん! クリア・エーテル!」
 光一郎におっかさん呼ばわりされて、逆に嬉しそうな顔を見せるあゆみ。
 20代や30代の選手が圧倒的に多い中、10代前半の幼い顔立ちを見せるあゆみが母親役を買って出ているというのもおかしな話だが、しかしその言動や役割などを見れば、彼女がワイヴァーンズの内なる母としての役割を見事にこなし切っているのは、誰の目にも明らかであった。
 だからこそ、元MLBの強打者にして四番でもあるアレックス・ペタジーニをあゆみがペタっちという愛称で呼んでも、ペタジーニはにこにこと笑っていられるのである。

 一方、ワルキューレのダッグアウト内では、動きが慌ただしくなり始めていた。
 投手コーチがブルペンに連絡を取り、中継ぎ投手陣の肩の仕上がり具合を聞くなどして、継投策を念頭に入れた動きを見せていたのである。
 選手兼任コーチのアニス・ガララーガの隣で、抑え捕手という役割を確立させた鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)がベンチに深く腰掛けたまま難しい表情で腕を組み、小さく唸った。
「矢張り、裁は投げ込みと走り込みが足りませんね。終盤での息切れは、正直本人も辛いでしょう」
「秋のキャンプでは、徹底的に体をいじめさせないと、駄目かも知れないわねぇ」
 アニスもいささか諦めた様子で、小さな溜息を漏らす。
 打撃面では先発レギュラー捕手のジョージ・マッケンジーには遠く及ばない真一郎だが、捕手としての守備力と配球頭脳はマッケンジーを遥かに凌駕しており、七回以降のリードした場面では、必ずこの真一郎が抑え捕手として登場することとなっていた。
 だが今はまだ五回であり、そして同点でもある。真一郎を出して良い展開ではない。
 その真一郎が見詰める視線の先では、裁がぽんぽんと二死を取り、四番のペタジーニを迎えようという場面になっていた。
 四球目、高速シンカーをペタジーニが真っ芯で捉え、低いライナー性の打球を一塁線に放った。
 が、その強烈な打球に対し、一塁を守る氷室 カイ(ひむろ・かい)が、神がかり的な反応速度で横っ飛びにファーストミットを差し出す。結果は、一塁直捕でスリーアウト、チェンジ。
「ごにゃ〜ぽ! カイ兄やん、ありがと〜!」
 マウンド上でグラブを叩きながらぴょんぴょんと跳ね上がる裁に、カイは口元を苦笑の形に歪め、砂を払い落としながらゆっくりと立ち上がる。
 ワルキューレの選手達が攻守交替の為にダッグアウトへと戻る中、好守を見せたカイの肩を、鷹村 弧狼丸(たかむら・ころうまる)がグラブの背でぽんと叩いた。
「人間なのに、獣人並みに良い反応してるじゃねぇか。それだけ守れるんだったら、二遊間もいけんじゃねぇの?」
「いや、たまたまミットを差し出したところに打球が来ただけの話だ」
 謙遜してみせたカイだが、プロは結果を出してなんぼである。狙って取ったのか、或いは偶然取ったのかは問題ではない。
 守備機会に対して失策をせず、確実に補殺もしくは刺殺を完成させられれば、それで良いのである。
 結局この回は、先頭のジェイコブに一発を浴びて同点に追いつかれたものの、その後の守備でリズムを作ったワルキューレに流れが来ようとしている。
 ここでこの流れを掴めるかどうかが、今後の浮沈を左右する鍵になるといって良い。