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SPB2021シーズン 『オーナー、事件です』

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SPB2021シーズン 『オーナー、事件です』

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【三 華々しい裏方達】

 プロ野球はグラウンドに立つ達が主人公ではあるが、選手や監督、或いはコーチといった人々だけで成り立つビジネスではない。
 そこには球団という組織があり、その球団に於いて裏方に徹する人々が居て初めて、全てが滞りなく回り始めるのである。
 例えばワイヴァーンズの場合、オーナージェロッド・スタインブレナーから全幅の信頼を寄せられ、ツァンダ地方での広報活動を一手に任されている桐生 円(きりゅう・まどか)などは、下手すれば選手以上に忙しいのではないかとさえ思える程に、毎日、分刻みのスケジュールに追われていた。
 前日の対ワルキューレ第10戦で惜敗を喫したワイヴァーンズだが、たとえ負けたとしても、単なる敗北で終わらせるのではなく、如何にしてファンの興味を誘う方向に持っていけるのか。
 それが出来るかどうかが、プロ球団とアマチュアチームの決定的な違いである。
 円は今、新聞対応とホームページのてこ入れ、そして更に新規の企画として地元商工会と連携してのふれあい企画の立案と、その小さな体にこれだけのスタミナがあるのかと驚かされる程に、数多くの案件を抱え込んでいた。
 実はそれら以外にも、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が球場でファンから集めてくるアンケートを取りまとめる作業が控えているのだが、流石にそこまで手が回らないので、結局歩に集計までお願いすることになっていた。
 そんなこんなで球団事務所の広報部や企画室などを走り回っているうちに、あっという間に昼休憩の時間になった。
 自身専用のブースで昼食も取らずに作業に没頭していると、歩がアンケート用紙の束を持って、仕切り壁の向こうからひょっこり顔を出してきた。
「やっほ〜。円ちゃん、お昼にしようよ」
「あー、歩ちゃん……もうちょっとだけ待ってて。っていうか、先に食べてて」
 ふたり分のモツ煮込み弁当を商店街の行きつけの弁当屋で買ってきた歩を自ブース内の椅子に座らせ、円自身はもう少しで一段落つきそうな作業に、今しばらく没頭する構えを見せた。
 仕方が無いので、歩は勧められた椅子にそっと腰を下ろし、弁当を広げながら、余ったスペースにアンケートの一部を並べてみる。

 今回歩が用意したアンケートの内容はというと、相当切り込んだ質問が列挙されており、選手達が見れば思わず苦笑いを浮かべそうなものが当たり前のように並んでいた。
 即ち、
  ・好きな選手は?
  ・リーダーにふさわしいと思う選手は?
  ・これから成長が期待できる選手は?
  ・来年以降、チームに何を期待しますか?
 などなど、現場にとってはあまり回答を見たくないものばかりであった。
 だが、ここで下手に気を遣って、当たり障りの無いような質問ばかりをぶつけてみても、本当に現場の為にはならないことは、誰もがよく分かっている。ただ、そこまで踏み込むと後で角が立つかも知れないから、誰も勇気を出せなかっただけの話である。
 そこに敢えて踏み込んだのだから、歩のワイヴァーンズへの思い入れは相当に強いことがよく分かる。
 だが、球場に足を運ぶ観客達のチームへの期待と愛情は、歩のチームへの思い入れと同等か、或いはそれ以上に強いかも知れない。
 アンケートに記されている内容をつぶさに見てゆくと、不甲斐ないチーム状況にも関わらず、チームや選手達を鼓舞したり、或いはプロの技術を見せてくれることへの感謝の言葉、今の成績では終わらずに必ず浮上することを信じる期待感などが綴られており、蔑んだ内容や失望の声などは欠片も見られなかった。
 これを見せれば、きっとスタインブレナー氏も元気を取り戻してくれる筈……歩はいずれ、アンケートの内容を纏め上げた資料をオーナー室に持って行こうと考えていた。それもなるべく早く、である。
 一方で、円はふれあい企画を今後、どのように形にしていくかで頭を悩ませていた。
 シーズン終盤ともなると、それまで以上に試合へと集中している選手達の手を煩わせるのは問題外なのだが、かといって、シーズンが終わる前に何とか実現させたいという思いが、円の頭の中に強く根ざしている。
 ところが、思わぬところからこのふれあい企画の実現性について、光明を見出す糸口が見えてきた。
 それは意外にも、蒼空学園内にあった。

 蒼空学園B303号棟学舎の五階に位置する第二家庭科室。
 この第二家庭科室は結構な広さを誇るのだが、そのうちの一部が、メイドカフェ『第二』として使用されている。そしてこのメイドカフェ『第二』のオーナーが、実はワイヴァーンズ球団職員でもある五十嵐 理沙(いがらし・りさ)だった。
 普段はタキシード姿でメイド達を取り纏め、且つ自身も接客に応じている理沙であったが、その日はいつもとは異なる衣装で『第二』に姿を見せていた。
 理沙がこの日身に着けていたのは、ワイヴァーンズのチームカラーである黒を基調とし、翼竜と悪魔をイメージしたジャケットとキュロットスカートという組み合わせであった。
 実はこの衣装、理沙が立案したワイヴァーンズのマスコットガールの正装である。
 理沙自身がワイヴァーンズの球場広報部員として活動する際はこのマスコットガール衣装に身を包み、アルプススタンドでのレポートや写真撮影などに臨んでいた。
 しかしこの日はたまたま、蒼空キャンパス内のスカイランドスタジアムにてワルキューレ対ワイヴァーンズの第11回戦が組まれていた。本来であればタキシードを纏って『第二』に出勤する筈であったが、着替えるのが面倒だという理由で、理沙はワイヴァーンズのマスコットガール衣装のまま、『第二』に足を運んだのだ。
 そして同じく、セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)もマスコットガール衣装に身を包んで『第二』へとやって来ていた。
 セレスティアの方は、ジャケットこそは理沙と同じだが、フリルのついたロングスカートでややフェミニンな印象を色づける衣装を纏っている。
 別段、変にセクシャルなデザインではないのだが、何故かセレスティアは恥ずかしそうに頬を上気させていることが多かった。
「ねぇ理沙……マスコットガールがこういうものだっていうお話はよく分かりましたけど、第二でまで着る必要があるのでしょうか?」
「気にしない気にしない。メイドカフェだって、ある意味コスプレを売りにしてるんだからさ。たまには趣向を変えてみるってのも、悪くないでしょ」
 そういって、からりと笑う理沙であったが、そこに思わぬ来客が姿を見せた。

「よう、理沙じゃないか! まさかこんなところで会えるなんて、思わなかったぜ」
 見ると、ペタジーニやガディ・ブラッグス、或いは葉月 ショウ(はづき・しょう)といったワイヴァーンズの面々が、ぞろぞろと列を成して『第二』を訪れてきているではないか。
「へぇ……理沙って、ここのオーナーだったのか。意外な一面を見せてもらったよ」
 ショウが物珍しそうに、『第二』の内装やメイド達をきょろきょろと見回している。その傍らで、ペタジーニが酷く感心した様子で、マスコットガール衣装に身を包んだ理沙の長身を、まじまじと眺めていた。
「ワルキューレは、こんな良い店が近くにあるってぇのに、上手く活用出来てないのが残念だな。うちにもこんな店があれば、地元のファンと交流出来そうなもんなんだがな」
 ペタジーニが何気なく発したそのひとことに、理沙は一瞬、何かが閃いたのか、目を丸くしてペタジーニの大きな体躯をじっと見詰めた。
「それ……凄く良いんじゃない!? 確か、円ちゃんが広報でやろうとしてるふれあい企画ってやつに、使えるかも知れない!」
「え、どういうことですの?」
 セレスティアがよく分からない、といった様子で小首を傾げる。ショウとブラッグスも、怪訝な表情で理沙に視線を投げかけてきていた。
「だからさ、ツァンダ・パークドームの中で、私達が『第二』の出張営業をやるんだよ。そこに地元ファンのひと達を招待して、でもって選手の皆にもお客さんとして入ってもらって、ファンのひと達と交流してもらうんだよ。悪くないでしょ?」
「あぁ、なるほど……そりゃあ、悪くないな」
 ショウが感心して頷くと、ペタジーニが妙に嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「おぉ! 遂にパークドームにもメイドカフェが出来るのか! まるで夢みたいじゃねぇか!」
「……何をそんなに興奮してらっしゃるの?」
 実はペタジーニがメイドカフェの大ファンだという事実をここで初めて知ったセレスティアは、あからさまにドン引きしていた。