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黎明なる神の都(第2回/全3回)

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黎明なる神の都(第2回/全3回)

リアクション

 
 別行動を取っていたパートナーのドラゴニュート、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が戻って来た。
「お帰り。渋い顔をしているね」
 黒崎天音は、微妙な表情をしているブルーズに訊ねる。
「本土から、多数の契約者達が渡っているようだ。
『結界』とやらを調べていた様子だったので確認してきたのだが……」
 ブルーズは額を押さえる。
 結界を施す為に埋められた、銀のプレート。
 そこに書かれていた名前が、考古学知識を持つブルーズには読むことができた。
「少し頭痛がするのだが……我の知識に間違いがなければ、あれには『ラウル・オリヴィエ』と刻まれていたぞ。
 恐らく、結界を施した者の名だと思うが」
「ふうん」
 特に驚きもせず、天音は答える。
「博士が言っていた『メンテナンス』って、それのことかな」
 何だか、思い出すものがあるね、と呟き、天音は
「僕はギルドでキアンとブリジットという盗賊の話を聞いてきたんだけどね。
 どうも、出発前に鬼院から聞いてた、イルダーナって探し人と、特徴が似てる気がするんだよね」
 その共通項に、勘に過ぎないが、二人は同一人物ではないかと、天音は推測していた。
 しかも、その二人組は、オリヴィエを攫った二人組の特徴とも一致する。
「キアンの塒を探してみるといいんじゃないかな」
と天音は提案した。


 果たしてオリヴィエ博士は、裏町にある、キアンの棲家に軟禁されていた。
 拘束されてはいなかったが、少なくとも、抜け出せるような有様ではなかった。
 彼は、全裸とは行かないまでも、衣服を殆ど身につけていない状態でいたのだった。

「何じゃ、そのカッコは!」
「はかせ、お風呂上りなのです?」
 呆気にとられる翔一朗の横で、ハルカがずれた問いかけをする。
「いや、逃げ出せないようにって身ぐるみ剥がれちゃってね」
 けろっとした顔で、オリヴィエ博士は肩を竦めた。
 怪我の類はないようだった。
「よかったのです」
「よかった、じゃないでしょ、ハルカ。一回びしっと叱ってやらないと! いっぱい心配したんだから!」
「それは悪かったね。それにしても、よくここが解ったねえ」
 感心したようなオリヴィエの様子に、一同は溜め息をついた。

 その部屋の隅には、一人の女が立っている。
 見張りかとも思ったが、侵入者である翔一朗達にも反応せず、無表情に佇んでいた。
「この人は……? ゴーレム?」
 美羽が訊ねた。
「うん、まあ」
「博士の作品ですか」
 刀真の問いに、オリヴィエ博士はまあね、と頷く。
 そのゴーレムには、片腕が無かった。
「直すように言われたんだけど、材料までは持ってきていなくてね」
 そう言った所、持ち主は今、調達する為に出掛けているのだという。
「……ま、とりあえず無事でよかったってことで、博士!」
 きっ、と美羽はオリヴィエ博士を睨み付けた。
「今回のことは、博士が最初からちゃんと説明してくれてればよかったんだから!
 ファリアスに来た理由だって言わないし、黙っていなくなるし、帰って来ないし、結界のことだって聞いたからね!
 色々知ってるくせに、全部秘密にしてるでしょ。
 皆に心配かけた罰として、内緒にしてること、全部白状して!!」
「……うーん、えーと、色々すまなかったね」
 怒涛の如く責められて、とりあえずオリヴィエ博士は謝る。
「正論に、誤魔化しも出ないみたいだね」
とくすくす笑った天音の背後で、ブルーズが盛大に溜め息を吐いた。
「……とりあえず、服を着ろ」


「秘密にしてたっていうか、他人のプライベートだから言わなかっただけなんだけどね」
 オリヴィエ博士は肩を竦める。
「こっちの事情は、ファリアスに向かう途中で、難儀している子供を見付けて拾っただけなんだけど」
「その、子供の方に面倒な事情があったということ?」
「まあ、そうだね」
この期に及んで、まだオリヴィエ博士は、それを語ろうとしないでいる。
「美羽」
 そこへ、部屋の窓を叩く音がし、見ると窓の外にコハクが居た。
 ここは建物の3階だ。
 上空から探索していたコハクは、博士を発見したことを美羽が携帯で伝えた後も、合流が遅れていた。
 ドアを通して来るのを惜しむほどの事態か、と、その表情を見て美羽は急いで窓を開ける。
 窓越しに、コハクは皆に伝えた。
「キアンさんが、領主宅で捕まっちゃった」


◇ ◇


 材料を持ってきていないし、一から調達して作るとなると、それなりに時間が掛かる。
 と、オリヴィエ博士に言われたキアンは、ならば斬られた腕を取り戻し、直して付けるなら早いのだろうと、領主アヴカンの館を伺っていた。
「ちっ、ぞろぞろ這い回っていやがる」
 領主の屋敷からは死角になる、近くの家の屋根の上に潜んで、屋敷内部を見て溜め息を吐く。
 急ぎたいが、明るい内に忍び込むのは無理そうだ。
 屋敷を見据えて、やがてキアンは再び、更に重い溜め息を吐いた。
 その視界の先には、大きな張り紙があった。

『盗賊さんこちら。矢印の方へ』

 矢印の先を見ると

『全然怪しくありません、こちらへどうぞ』

 此処からは見えないが、更に矢印の先に張り紙があるようだ。
「どこの阿呆だ。馬鹿にしやがって」
 どっと疲れ、一旦引くべきか、とまで考える。
 だが、早くブリジットの手を取り戻して戻らなくてはならなかった。
 オリヴィエ博士は、自分の様子を見に来たのだろうから、自分が面倒なことになっているところを放って帰ったりはしないとは思うのだが、キアンの中には焦りがある。

「お前、キアンか」
 不意に声を掛けられて、キアンはナイフを構えながら素早く振り向いた。
「ようやく見付けた。戦うつもりはない。話が聞きたい」
 パートナーの魔鎧、リーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)を装備した、柊 真司(ひいらぎ・しんじ)だ。
 キアンを探す為に町へ出、死角の反対側から彼を発見したのだった。
「話すことなんざねえな」
 ふん、とキアンは取り付く島もなく鼻で笑う。
 ブリジットは居ない。キアンは戦うことより撤退することを選んだ。
 こんなことなら連れてくれば良かったぜ、と内心でほぞを噛む。
 片腕を失っていても、彼女がいれば強行突破できる自信がキアンにはあった。
「悪いが、逃がさない」
 折角見付けたのだ。ここで逃がすわけにはいかない。
 身を翻すキアンの行動を予測して、真司は素早くその前に回り込む。
「ちっ……!」
「手荒な真似をする気はないのよ! 話くらいしてくれてもいいじゃない!」
 リーラが叫んだ。
 魔鎧に馴染みが無いのか、見えない女の声がしたことで、一瞬キアンは怯む。
「……信用できるか!」
 頑固なキアンに、真司が仕方ない、と内心で呟いたところで、
「隙ありです!」
と、背後からどさどさっ! と葉月 可憐(はづき・かれん)が落ちてきて、無理矢理キアンを押さえ込んだ。
 真司が上を見上げれば、光る箒に可憐のパートナーの剣の花嫁、アリス・テスタイン(ありす・てすたいん)が所在なさげにに残っている。
 屋根での騒ぎが、屋敷からも見えたのだろう。
「ちっ……離せ!」
 もがくものの、少女一人を振り切れず、キアンは内心で動転していた。
「離しませんよ」
「てめえ、ガキのくせに……!」
「ガキだからって甘く見たらダメです。
 酷いじゃないですか、貼り紙、ちゃんとここからも見えるのに、来てくれなかったんですね。
 アリスの渾身の作品、最後まで読んで欲しかったですのに」
「……」
 キアンはふと、動きを止める。
「……てめえらか、あれは……!」
 がっくりと脱力したように、キアンは溜め息を吐いた。
「あれ、どうしたんですか?」
 可憐は不思議そうに首を傾げた。


「念のためですので。別に敵意はありませんし、逃げない確信が持てたら外しますので」
 ごめんなさい、ごめんなさいと謝りつつも、アリスは容赦無くぐるぐるとキアンに縄を巻いていく。
 もう勝手にしてくれとばかりに、開き直ったキアンは胡坐をかいて座り込み、されるがままだ。
 キアンを捕らえた、という報に、屋敷内に居た氷室カイや佐々木八雲ら、他の者達も駆けつけつつある。

「というわけでさあ、お互い腹を割って暴露大会といきましょう」
「お互い?」
 可憐の言葉に、キアンはじろりと睨む。
「別に聞きたいことなんざねえ」
「勿論、腹を割るのは盗賊さんだけです♪」
「……てめえ……」
「冗談はともかくだ」
 冗談でもないのですけど、と言う可憐の言葉は聞き流して、真司が問う。
「どうやら随分結界に対して固執しているようだが……。
 何故そこまで結界に拘る?」
 途端、キアンの表情が固くなった。
「……言う必要があるか」
「解放されたいと思うならな。
 そこまで干渉したいと思うのは、おまえが、その結界に閉じ込められているからか?」
 キアンは黙った。
 肯定の意味の沈黙だ、と解る。

「…………結界を括る銀板に、名前が刻まれてる」
 顔をしかめ、唇を噛んで体ごと俯いた後、俯いたまま、キアンは呟くように言った。
「それは、名前を刻んだ者の命を使って施される結界で、結界は、そいつの寿命を削り続ける」

 護られている。
 護る為に、閉じ込められていた。
 その結界は、キアンを、護る為のものだった。
 護る為に、命が費やされているのだ。

「その鍵とやらは、本当にこの屋敷にあるのか?」
 佐々木八雲が訊ねる。
「……十年前、ファリアスに来た時、あいつは此処にしか立ち寄らなかった。……あとは島の周囲だが。
 だから此処にあるはずだ」
 二重に括られた結界は、外の魔女を拒絶すると同時に、中のキアンを閉じ込めた。
 ファリアスにキアンを残して彼は立ち去り、それからずっと、結界を解く鍵を探していた。
 けれど見つからないまま、十年。
 十年ぶりに逢ったその人物は、まだ生きていた。
 結界が生きているのだ、当然だ。
 けれどどれだけほっとしたか知れない。
 いい加減に結界を解除しやがれと叫ぶと、涼しい顔で、彼は言った。

 ――君、本当に解らないのかい?


◇ ◇


 キアンが真司と可憐によって捕らわれるところを、更に上空から目撃したコハク・ソーロッドによって知らされた小鳥遊美羽達が、慌ただしく領主の館を訪れた。
 正しくは、
「身元を証明する人がいればきっと解放して貰えるから!」
 と強引にオリヴィエを引っ張って来た、のだが、肝心の本人は、そんなに急ぐこともないだろう、とマイペースで、意外にも、黒崎天音が、美羽達と共に先行して来た。
 確かめたいことがあったのだ。

 この場に集まる者がまた増えたところで驚かなかったが、派手に縛ってるね、と笑った天音は、キアンに訊ねた。
「イルダーナ?」
 キアンはぎょっと目を見開く。
「その名、何処で……!」
 誰にも……彼にすら、教えていなかったのに。
 最も、彼は事情を聞いてこなかったからだが。
 やはりね、と天音は肩を竦める。
「君を探している人がいるよ。
 僕の友人……君の弟に頼まれたのだけど」
 キアンははっとした。
 弟、と言われて、心当たる人物は一人しかいない。
「イルヴ……? あいつ、生きてたのか……」
 呟いて、ほっと肩を落とした。
「何だ、じゃあ、俺が死んでもあいつがいるじゃねえか」
「えっ?」
 小さな安堵の呟きを、聞き漏らした者は多かった。
「……いや、その前にあれを取り戻さねえと……」


 その時、再びどやどやと騒がしくなった。
 また誰かが来たらしい。
「博士が追い付いてきたかな?」
 美羽が言ったが、彼等ではなかった。
 スレンを連れた、トオル達だ。
「盗賊を捕まえたって? 悪いが、確認させて欲しいことがあるんだ」
 トオル達が、スレンを前に出し、キアンと面通しをさせる。
「……誰だ?」
 首を傾げたキアンに、スレンは、お父さん? とは訊ねなかった。

「イルダーナ・メルクリウス?」 

 返答を待つまでもなく、確信を以って、スレンはにこりと笑った。
 両手を、キアンの肩に乗せる。
「……! てめ……!」
 触れられるものとは別の重圧。
 はっとしてキアンは叫んだ。
 その体が一瞬で光に包まれ、彼の体の下に、魔法陣が浮かび上がる。
 キアンの体は、一瞬で消え失せた。
「……まさか!?」
 天音達が飛び出すも、遅かった。
 スレンは攻撃を仕掛けたわけではなく、敵意もなく近付いた。故に反応が遅れてしまったのだ。
「何!?」
 トオル達も、まさかの事態に驚愕した。
 ようやく逢えた探し人が、まさかこんな形で消え失せようとは、全く思っていなかった。
「――あなた……何者なんです?」
 火村加夜が、青ざめた表情で訊ねる。にこり、とスレンは答えた。
「スレン、だよ」

 走り出したスレンを、流石に逃がすような真似はしなかった。
「自分のことは転移させられないようだね」
 天音が、追いつめられて臨戦体勢を取ったスレンに言う。
 スレンは魔法を使ってくる気配を見せたが、そこへシキが飛び込んだ。
 低く、懐に飛び込んだシキは、片手でスレンの胸倉を掴まえ、床に叩き付けた。
「ふぎゃっ!」
 がつ、と鈍い音がして、スレンは声を漏らし、動かなくなる。
「――あれ?」
「馬鹿、やり過ぎだ!」
 ぎょっとしてトオルが叫ぶが、シキの独り言は、うっかりスレンを殺してしまったことに対するものではなかった。
「強さは、見かけ通りだったようだね……?」
 そう言いかけた天音の言葉も止まる。
 死んだ子供は、小さく縮みながらみるみる形を変え、黒猫の姿となった。
「……使い魔」
「悪い。殺してしまった」
 手を離したシキが謝る。
「やっぱうっかりだったんじゃねーか!」
「仕方ないんじゃないかな。
 どうも何かを知ってるようには見えなかったし、よしんば知ってたとして、話すようにも見えなかったし」
 僕も急所を狙うつもりでいたしね、と、怒鳴ったトオルに天音が言う。
「……でも」
 加夜が、きゅっと唇を噛んだ。
 消えたキアンは、消えたまま。
 誰が使い魔を使い、何処に送ったのか、全く解らない。
「……いや、解らなくもないか……」
 トオルが呟いた。