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黎明なる神の都(第2回/全3回)

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黎明なる神の都(第2回/全3回)

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 第13章 神の如き力

 エリュシオン、ミュケナイ地方首都・ルーナサズ。

 テウタテスを討つ日に、イルヴリーヒは、月の無い新月の日を選んだ。
「ま、仕方ないわね。そういう展開になったからには」
 一度は慎重論を唱えたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)だが、イルヴリーヒの決意が変わらないなら、と、覚悟を決めることにした。
 そこに、自分達もなけなしの所持金を徴収されるということが相当気に食わなかった、という私情も含まれていることは、勿論、敢えて口にしたりはしない。
「露払いは任せて。派手にやったげるわ」
 敵の目を引き付け、テウタテスを討つイルヴリーヒ達が動きやすくなるように。
「よろしくお願いします」
 そう言ったイルヴリーヒに、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が訊ねた。
「当初はどんな作戦で行くつもりだったんだ?」
 クーデターを仕掛けるつもりでいたのだから、何らかの作戦を考えていただろう、そう思って訊ねて見ると、イルヴリーヒは苦笑した。
「貴方方のような協力者が得られるとは思っていませんでしたので、互いに犠牲を出さないよう、秘密裏に暗殺する方向で考えていました。
 テウタテスは、あの宮殿の奥に聖霊の間を作っているはずで、恐らく自室かそこにいると予想していました。
 地上からあの崖の上まで、テウタテスだけが使えるリフトがあります。
 それが使えないかと思っていました」
 だが、協力者が集まったことで、作戦を変えた。
 派手に陽動しつつテウタテスを討つことで、民にそれを知らせることもできると考えたのだ。
「……聖霊の間とは? この都に宿る神の力のことか」
 ルーナサズは、神の力を受け継ぐという。
 それがどういう意味なのか、まだ詳しい話を聞いていなかった。
 そうでした、とイルヴリーヒも説明不足を詫びる。
「“産まれぬ龍にまつろう精霊”と呼ばれています。
 龍自身の魂なのか、龍の魂に引き寄せられた精霊なのか、真実は解っていません。
 その聖霊こそが『神の如き力』と呼ばれるものです。
 聖霊は継承者の左目に宿り、その聖霊を身の内に宿らせた者が、神と呼ばれ、ミュケナイを統べる者とされるのです」
「左目……」
「兄は15になった時、継承者の認定を受けました。
 勿論、その時は父が生きておりましたので、聖霊は父の左目に宿っており、兄は継承自体はしていません。
 それは我々一族の間だけで行われる儀式でしたので、テウタテスは知らなかったはず、誤算だったことでしょう。
 父を殺しても、聖霊を手に入れることはできなかった。
 ……最も、我々を全員殺してしまえばいいと思っていたのかもしれませんが」
「では、聖霊は今、イルダーナの左目に?」
「いいえ」
 呼雪の問いに、イルヴリーヒは首を横に振った。
「継承にも儀式があります。父が殺された時、兄はその儀式を行う余裕はなかった。
 聖霊は、一時的に霊珠に戻っているはずです。
 その、霊珠を祀る為の聖堂があるはず」
「なるほど、襲撃があれば、テウタテスはそこを護るはず……か」
「恐らくは」
 神殿の造りなど、基本的な部分で特に違いがあるとも思えない。
 聖堂は、宮殿の一番奥、もしくはその周辺にあるだろう。
「霊珠が破壊されてしまう可能性は?」
「あれは、人の手では破壊できません」
 イルヴリーヒは微笑した。
「継承の儀式が行われるまで、聖霊はあの中で眠り続け、次の継承者を待つのです」
 呼雪は頷いた。
「大体解った」
「ねえねえ」
 話が終わるのをうずうずと待って、呼雪のパートナーの吸血鬼、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)が口を開いた。
「イルダーナって人が持って逃げた杖って、あの大きなドラゴンの卵と関係あるのかなあ?」
「フラガラッハですか。そうですね、伝説では」
イルヴリーヒは頷いた。
「全ての龍を統べる龍を御する杖、と、呼ばれています。
 実際に龍が孵化してみないと、真実は解りませんが。今はただ、龍を召喚できる杖、ですね。
 ですが杖自体も魔力を持っています」
「へえぇ……」
 何となく頷いてから、ヘルはくるりと呼雪を見た。
「卵のこと考えてたら、オムライス食べたくなってきた。呼雪の作ったやつ!」
「…………終わったらな」
 柔らかく苦笑するイルヴリーヒの前で、溜め息を飲み込んで、呼雪はそう答えた。


「王は魚、民は水、という喩えを、テウタテスは知らぬのか」
 大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)のパートナーの悪魔、讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)は、ルーナサズの実情を知り、そう呟いていた。
「善き民に恵まれた王は、まさに水を得た魚。
 しかし、水を疲弊させ、目減りさせることは、自らの首も締める。
 水は魚が無くとも生きて行けるが、魚は水がなくば生きては行けまい。
 ――それを解らぬ愚か者に、為政者の資格はあるまいよ」
 これまでの経緯から踏まえても、斬首もやむを得まい。と、あくびをひとつ。
「そもそも、集められてる税金が、民に還元されてる様子もなし、私腹ばっか肥やしよって、テウタテスはそんなゼニが欲しいんかい!」
 人頭税を取られる、と聞いて、泰輔は憤然としていた。
「馬鹿げていますね。神になりたい、などと……。
 彼に合うのは神でなく紙。それも便所紙、といったところでしょう」
 泰輔のパートナーの剣の花嫁、レイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)が言うと、そうやそうや! と泰輔も同意する。
「大体、そういうのは不当利得ちうんや。返還請求権を行使したるで!」
「ですが、テウタテス政権下では、行政法が発達していないようですよ」
 レイチェルの言葉に、泰輔の怒りは一層強まる。
「せやったら実力行使や。
 町の皆、扇動して、皆でデモ行進するで! テウタテス討伐の士気も上がるってもんやろ。
 俺から不必要なゼニふんだくろうなんて、100万回生まれ変わってもまだ早いちうこと、教えたるわ、すこたん!
 ほらっ、キミもこれ持って!」
「この木べらは、何です?」
 泰輔にしゃもじを渡されたパートナーの英霊、フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)は首を傾げる。
「アホ、しゃもじは主婦の三種の神器のひとつやろ!」
「主婦の真似ってことですか?
 うーん、まあ、確かに、こういう訴えは女性がする方が説得力がある……かな?
 でもそれなら本当の女性でないと意味がないのでは……」
 しげしげとしゃもじを眺めながら、フランツはぶつぶつと呟く。
「……お気持ちは、よく解りますし有り難いのですが」
 イルヴリーヒが水を差して、
「何や!?」
と泰輔は座った目で振り返る。
「デモは、避けていただきたい」
「? 何でや」
「デモ隊がテウタテス側からの攻撃を受けるかもしれません。……それに、もしも」
 イルヴリーヒは言葉を濁らす。
 それは考えてはならないことで、口にすることは躊躇われた。それでも、言う。
「……もしも、失敗した時に、民を巻き込むことは、避けたいのです」
「……」
 泰輔は虚をつかれたようにイルヴリーヒを見る。
「すみません」
と彼は苦笑した。
「ですが、どうかご理解いただきたい。民を扇動するのは、なしで」
「……しゃあないな。君がそう言うんなら」
 泰輔はヤレヤレと溜め息をついた。
「皆さんも、どうか、万一の場合の退路の確保は」
「それは、あなたの心配するところではありませんよ」
 レイチェルが言葉を遮る。
「私達は、自らの意志でここに来たのです。
 何があったとしても、最後まで、自分達で何とかします」
 どうかご心配なく。言われて、イルヴリーヒは苦笑して頷いた。

「……イル兄、大丈夫だよな?」
 見上げてくる、吸血鬼の童子 華花(どうじ・はな)に、イルヴリーヒは苦笑しながら頷いた。
「うん、オラも手伝うよ!」
「いや、君は、ここに残っているんだ」
「えー、やだよ、オラも行く!」
 実年齢は不明だが、外見は5歳の子供に過ぎない華花を、イルヴリーヒは置いて行こうとしたのだが、華花は駄々をこねて利かない。
「騒ぎ出したら煩い。連れて行け」
と、剣の花嫁のアストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)も言ったが、
「……しかし」
と、イルヴリーヒは躊躇った。
 子供を連れて行くことに対してだけではない、と察して、
「それこそ、気にするな」
とアストライトは言う。
 二人のパートナーであるリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は今、ヴァルキリーのシルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)と共に、テウタテス側についているのだ。
「俺達のことは気にせず、全く敵として扱ってくれて構わねえ。
 あの馬鹿ども、内通目的とか、そういう思惑でもねえんだしな」
「……分かった。悪いが、その通りにさせて貰う」
 気を使っている余裕はない。そう判断して、イルヴリーヒが言うと、それでいい、とアストライトも頷いた。


◇ ◇


 崖の上に直通のリフトは、テウタテス専用の為、無理をしても三人までしか乗れない。
 地上の見張りを気絶させ、リフトを使って上がるのは、イルヴリーヒと伏見 明子(ふしみ・めいこ)、明子のパートナーのヴァルキリー、レイ・レフテナン(れい・れふてなん)となった。
「……あのう、一応ですが、僕は戦いませんよ?」
「誰もあなたに期待してないわよ」
 離れたところで状況把握してます、と言ったレイは、あっさり明子にそう返されて、それはそれで傷つく。
 弱い自分は、足手まといにならないために、戦闘に加わらないという意味なのに。

 通常の階段から崖上に辿り付いた者達が、到着地点の見張りを気絶させ、下に合図を送った。
 リフトが一気に上昇する。
「そこ、何者だ!?」
「おおっと、もう見つかっちゃったわ!」
 戦場では有り得ないようなビキニ姿のセレンフィリティは、そう叫びながら、両手に銃を構えた。
「ふふん、節穴みたいな目をしてるくせに、よく分かったじゃないのよ!
 この美脚は月の無い夜でも輝くのかしらね! それともあんた達、欲求不満?」
「なっなっ、何だと!?」
 セレンフィリティの挑発に、衛兵達は簡単に乗った。
「セレン。深入りし過ぎてはいけませんよ」
 敵を分断するつもりが、こちらが孤立してしまっては意味がない。
 念の為、そう注意したパートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)に、
「分かってるわよ! あたしを誰だと思ってるの!」
と叫び返す。
「パートナーに、際どい格好をさせる人」
と、セレンフィリティに合わせてハイレグレオタードを着せられているセレアナは心の中で突っ込んで、苦笑しつつセレンフィリティの背後に回った。


 崖上に到着したイルヴリーヒ達と、呼雪達が合流する。
 城の窓はどれも煌々と明るかったが、外の隅まで照らしてはいなかった。
 ところどころに松明が立っているが、それも、その周囲を照らすだけだ。
 そんな夜の闇の中、あちこちで、イルヴリーヒの手勢と、衛兵達との戦闘が始まっていた。
 それらを横目に、イルヴリーヒ達は広い前庭を一気に突っ切り、城内に飛びこむ。

 一気に視界が明るくなった。
 美しい装飾がふんだんに施された身廊は、横にも縦にも、上にも広い。
 天井まで10メートル以上はゆうにあり、鋭角アーチのその天井は、100メートル以上も延々と続いていた。
「ひっろーい!」
 ドラゴニュートの姿を隠す変装をした、呼雪のパートナー、ファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)が声を上げた。
 程なくして、衛兵達が駆けつけて来るのが見える。
 呼雪は、イルヴリーヒの横にいる明子にちらと視線を送ると、衛兵達の前に立ちはだかった。
 先に行け、という意味だ。
「行きましょ!」
 この戦いは、スピードが勝負だ。
 そう判断していた明子は、すぐさまイルヴリーヒを促して、回廊に回り込む。
 そこも大概豪華だったが、明子達はホールを突っ切り、一気に奥まで走り抜けた。

 兵も民。
 なるべく殺さないようにしたい、という呼雪の思いに従い、ファルもまた、致命傷には遠く、かつ派手な魔法を選んで使っていた。
 そして頃合を見計らい、深く被っていたフードを後ろへ落とす。
 より注目を集める為だ。
「ボク、卵の中のドラゴンと友達なんだ! もうすぐ目を覚ますから、迎えにきたんだよ!」
 エリュシオンの民は、ドラゴニュートを見たことなど無いだろうから、驚くに違いないというハッタリだ。
 果たして、衛兵達は驚愕した。

「リザードマンが喋った!?」

「リッ!」
 ガーン、と音が響きそうなほど、ファルはショックを受けた。
「ボク、リザードマンじゃないよ――!!!」
 しかし、命に別状はないまでも、半死半生でボコボコにされるまで、彼等は
「二足歩行のドラゴンなどいるものか! リザードマンの亜種だろう!」
と言い続けて憚らなかったのだった。