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リアクション
●Things will never be the same
屋上。灯火が全て消え、星灯りのみとなった空を、緋山政敏たちは眺めていた。
といっても深更だ。毛布を敷いて寝転がっているうち、有栖川美幸は眠りに落ちていた。
希龍千里も正座したまま、目を閉じてうつらうつらしている。
しかし千里は、うっすらと目を開けた。
「起こしちゃったか?」
久我浩一がコーヒーを手にしていた。魔法瓶の蓋をカップにしている。
「いいえ」
千里が言うと、浩一はカップの一つを手渡す。そして言った。
「俺さ。パラミタに来れて良かった。ありがとう」
コーヒーは湯気を上げていた。この時間ともなると、ホットの方が嬉しい。
「どういう意味の礼なのかわかりませんが」
カップのコーヒーを口に含み、千里は応えたのである。
「今後ともよろしくという意味でしたら、こちらこそ、と申し上げたいと思います」
そこから数十歩むこうでは、屋上のフェンスにもたれかかって、カチェア・ニムロッドと綺雲菜織が話し込んでいた。いがみ合いはもうやめたようだ。いや、そういった表面上の争いではなく、根底のところではお互い、その気持ちを含めて認め合っていたのだろう。二人とも穏やかな表情である。
「変に体面にこだわるよりも、キッチリ、態度を明らかにさせてもらう」
菜織が言った。どうぞ、というカチェアの視線を受けてから宣言する。
「私は、彼が好きだ。君に譲るつもりはないよ」
薄笑みを浮かべていた。
カチェアも似た表情を浮かべ、手を差し出していた。
「私もです。好きだと、面と向かって彼に言う勇気ははまだないのですが……よろしくお願いします」
菜織はその手を握った。
天体望遠鏡をさすりつつ、リーン・リリィーシアはこれをのぞいたり、裸眼で見える星と見え方を比べたりしている。
菜織とカチェアが話し込んでいるのも見えた。
話の内容はわからないが、大体の想像は付く。
「青春よね……」
振り返れば、浩一と千里が語らっているのが見えるだろう。
「……久我君も千里さんと上手く行くといいわね」
そしてリーンは足元を見る。
政敏が横に立って目を閉じ、すやすやと寝息を立てていた。
「狸寝入りでしょ?」
彼の寝顔なら知っている。だからリーンにはごまかしが効かない。
それでも政敏が目を開けず、しらを切ろうとするので、リーンは彼の顔をまたぐようにして立った。両脚は、開き気味にしている。
「ご存じかと思うけど浴衣って、和服だから下着を穿かないのよ」
「……穿いてるじゃないか」
不機嫌そうな声で政敏が言った。片眼だけあけて上を見ている。
「どうせまたなにか考えてるんでしょうけど」脚を戻してリーンは言った。「悩みすぎないでね。それが政敏の悪癖なんだから」
彼女は立ち去った。
彼は、薄目でカチェアや菜織の姿をとらえ、つぶやいた。
「考えすぎ……そうかもしれないが。考えないわけにはいかないさ」
再び目を閉じる。
「いつか『さよなら』しないと駄目なんだろうな。だけど、今は、許してほしい」
と言って、政敏はつかんでいた意識を、そっと放した。