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乙女の聖域 ―ラナロック・サンクチュアリ―

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乙女の聖域 ―ラナロック・サンクチュアリ―

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     ◆

 長原 淳二(ながはら・じゅんじ)は一人、歩いていた。特に目的地も定めず気まぐれに。故にそれを散歩と言うし、そして詰まる所で彼は散歩をしているのだ。
「天気が良い日は散歩に限るなぁ……」
 一人そんな事を、特に誰に向けてでもなく呟き、辺りの風景、空の色、風の流れを楽しむ。
「此処まで暑い日は、確かに部屋を涼しくして一日過ごす、なんていうのも悪くはないんだろうけど、だったらあえて散歩でもして過ごしたらいいだろうに。結構面白いもんだし」
 虚空に消える言葉、しかし何処か不思議な色がある。別段誰にあてたものではないにしろ、それは恐ろしいくらいに混じり気のない、彼の率直な言葉、そのものだった。

 散歩をすれば、必ず何か面白い事がある。

とでも言う言葉は、しかして此処まで明確になる事があるんだ。と、彼は次の瞬間、実感する。
そこには見知った顔があった。
何処にでもいる、と言う類の顔ではなく、以前に会った事がある、と言う顔がちらほら。故に彼は、その一行を自然、目で追っている。
「あれって確か――……」
 歩きながら、しかし決して見失わない距離のまま、彼は顎に手を当てがって考える。考える。そうして出した答えを、今まで通り誰にともなく呟こうと、したその瞬間――。更に横から、しかも前を歩く一行以上に近い距離でもって、淳二の視界に飛び込んできた。
「……あれ?」
「うん?」
 一行の先頭を歩いていたセルファが、思わず淳二の上げた声に反応し、彼の方を向く。
「あ。あなた」
「ど、どうも。こんにちは」
 その後に続く形でぞろぞろと現れる四人。リオン、結、真人、北都。全員を一度以上見ている淳二は、そこで全員に会釈した。
「こんにちは。皆さんお揃いでどちらに?」
 曲がり角から出てきた一行はしかし、明らかに淳二の進もうとしていた進行方向へと曲がろうとしていた。故に彼は、その質問をしたのだ。おそらくは前を歩く一行と何か関係があるのでは、と思って。
「随分と向こうにですけど、あの集団、彼らの様子を伺ってたのですよ」
 淳二の言葉に返事を返したのはリオン。
「えっと…淳二さん。だよね? あなたは何をしてるの?」
 結がひょっこりと顔をだし、淳二に向かって尋ねると、淳二は何を思うでもなく「散歩ですよ」と返した。そして言葉を更に続ける。
「で、その途中で皆さんが様子を伺っている、って集団を見つけ、声でもかけにいこうかなと」
「目的、一緒みたいですね。一緒に行きません?」
 真人の提案。更にセルファが苦笑ながらに補足を入れた。
「ほら、あの先輩たちさ。結構厄介事に首突っ込んだりするじゃない? で、人手がいるなら助けてあげても良いかなって思うのよね。だからあなたも一緒に来てくれると助かるんだなぁ、なんて」
「いいですよ。どうせ声を掛けるつもりでいたし、散歩はあてもなく、なんでね」
「ありがとう。助かるよぉ」
 最後尾にいた北都がのんびりとした笑顔を浮かべ、淳二に手を差し出す。故に彼はその手を握り、握手を交わした。


 その頃、彼等が後ろを追っている一行雅羅たちはとんでもない密集率で歩みを進める。
「ねぇ……ねぇってば。みなさん、ちょっと近すぎじゃないかしら? 此処まで人気なのも嬉しいけれど、これじゃあ歩き辛くていけないわぁ……」
 如何にも苛々している、と言った表情でラナロックが呟く。
「まぁ、そう硬い事を言わなくてもよかろう」
 一人……と、言うべきかはさて置き、一行から縦軸でもって距離を置くウーマが言った。
「そうだぞ、雅羅から頼まれてなきゃ、誰があんたみたいな怖い姉ちゃんの隣歩くかよ……」
 嫌味、と言うよりはハラハラ感たっぷり、と言った様子で孝高が呟く。
「あらぁ、また随分いけずな事をおっしゃいます事、そこのお兄さぁん」
 再び笑顔とも取れない表情を浮かべて孝高を見上げるラナロックに、彼は以降彼女へ何か言うのを考える事にしたようだ。目を逸らし、辺りを見渡す。
「でもでも……こ、こうでもしないとラナロックさん、危ないよ……ね? ね? 雅羅」
「うん、先輩一人で歩かせたら危ないのは事実よ。だからこうやって歩いてもらってるんだし」
 一行の先頭を進む形の雅羅は、振り返る事無く周囲を警戒しながらに薫の言葉へ返事を返す。と、そこまではほぼ、奇跡的に通行人がなかった道に一人、人影が姿を現した。
「おぉっとぉ! 怪しい人はっけーん。キャハっ! 撃っちゃおーっとぉ!」
 目にも止まらぬ、とは文字通り、ラナロックが懐にあるホルスターから拳銃を取り出すと、姿を現した人影に向けて銃口を止める。
「少しは抑えるってのを覚えると良いぜ、ねーちゃん」
「んもぅ……素敵な牧師さん? 貴方また邪魔するのかしらぁ?」
「そんなんじゃあねぇよ。これは精一杯の敬意を込めて、だぜ」
 問答をしている隙を、とばかりに、ラナロック、アキュートの脇から一人、素早い身のこなしで人影の前に飛び出る。
「青年よ! 俺は通りすがりの帝王なのだが、此処を通る事はお前の命が危ないのだ。別の道を探したまえ!」
「え? あのぉ……」
 ヴァルの突然の言葉に戸惑う人影。
「何が危ないのかわからないんだけどねぇ…?」
 そう言うと、ヴァルの横からひょっこり顔を覗かせる彼は、しかしそこで何かを見つける。そして声を上げた。
「あっれぇ!? 雅羅さんとラナロックさんじゃない?」
「ん? なんだね青年、知り合いか」
 ヴァルが言いながら、後ろ――雅羅たち一行を見やる。勿論先頭にいた雅羅が最初に、彼を確認し、声を上げた。
「あ、託じゃない」
 青年――永井 託(ながい・たく)、は笑顔で目の前に立ちはだかるヴァルから姿を現し、一行に手を振った。と、そこで彼の動きは固まる。
「あらぁ? なんだ。君、うんうん、知ってるわぁ。確か託君、でしたっけねぇえ? 顔がちゃんと見えなくてぇ、思わず撃っちゃった、あっははははは! ごめんねぇ!!」
 託が立っている場所、彼が背負う塀に二つ穴が開き、その穴からは薄らと煙が天へと昇っている。
「………へっ!?」
「託君……ごめん、事情は後で説明するから、とりあえずそこに居るヴァルさんの陰に隠れて……」
 またか、と頭を抱えながら雅羅がそう言うと、託は急いで今までいた位置に戻る。