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第1章 見習い魔女はビクッと震えて 3

 そしてアルメリアのその予感は、早々に的中していた。
「モーラ! いくぞ!」
「は、はいいぃぃ!」
 一行の前に現れたのはファーラットの大群でった。一匹一匹はさほど脅威ではない鼠獣だが、集団になればあなどれない敵である。
 そんなファーラットとの戦いの最前線に向けて、霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)がモーラを放り投げた。
 忘れてはならないが、この遺跡への探索はモーラの修行である。となれば、あまり過保護にするのもよろしくないだろう。泰宏としてはそんな意図があって彼女を前線にやったのだが――モーラが投下された瞬間、彼女の目の前でファーラットが一匹葬られた。
「あら……やりすぎちゃったかしら?」
 拳だけでファーラットを無残につぶしたのは、月美 芽美(つきみ・めいみ)だった。その瞳に映るのは、ファーラットの血を見たときの恍惚と残忍性。
 やっぱり、殺すなら感情のある生物よね。
 妖艶とも言える笑みを浮かべて、芽美は次なる標的へと移る。疾風のようなスピードに乗せて、瞬時に肉を断ち切る。穿ち、潰す。拳から伝わる生物の悲鳴と感触が、芽美の唇を深く歪めていた。
 で――
「…………」
 鼠たちの大群と芽美の戦いを目の前にしたモーラは、恐怖から石像のように固まってしまっていた。
「……うーん、こりゃまた」
「キャラの濃い女の子ねぇ……」
 泰宏。そして、ともにファーラットと戦う伏見 明子(ふしみ・めいこ)が感心したようにそんなことを呟く。
 あれではすぐに格好の的かもしれない。
 死なれるのはまずいと、装備していたダッシュローラーで、泰宏はすぐにモーラの前に飛び出した。ちょうど攻撃を仕掛けようとしていたファーラットたちを薙ぎ払い――なにを思ったか紙を取り出す。
「いでよ、式紙!」
 聖霊が、紙を媒体としてその場に顕現する。
 黒髪で巨乳。かつ和服美女。きわめて泰宏好みの姿となった式紙――通称『時雨』は、泰宏の傍らについて敵の排除に徹した。
「さすが時雨さん!」
「…………」
 式紙は泰宏に返答することはなかったが、機嫌が良さそうに薄くほほ笑んでいた。時雨と一緒に敵を近づけさせまいとする泰宏。その間に、明子がモーラを抱えて後退した。
 それによってようやく意識を取り戻したモーラ。ある程度は安全と言えるであろう距離まで離れると、彼女を下ろす。
 自分が固まっていたのだと気づいたのか、モーラは慌てて頭を下げた。
「す、すみません、わたし……」
 そんな彼女に明子は諭すように言う。
「……恐がりなのは別に悪い事じゃないわよ。世の中が皆無鉄砲だったらそれはそれで困るし」
 明子は何かを思い起こすように遠くを見ていたが、やがてモーラを正面から見つめた。
「魔物とかの排除は私たちがやるから、頭を使うところはちゃんと自分でやりなさいな――見習い魔術師。恐がりなりに出来る所はちゃんとやる。弱点があっても役割分担が出来れば、それなりに人の役には立てるからね」
 それは、モーラにとってどこかお師匠様を思い起こさせる声だった。
 頷いて、木彫りの杖を握り締めるモーラ。
 明子の前にいて、二人の様子を軽く見やっていたレヴィ・アガリアレプト(れう゛ぃ・あがりあれぷと)が楽しげに言った。
「何で悪竜の俺様がこんな事を……と、ちょっと前なら言うトコだがよ」
 彼もまた、何かを思い出したように不敵に笑う。
「ケケ……段々慣れてきちまったな。しゃァねェ、今日も付き合ってやンよ」
 そんなことを口にしながら、レヴィは己の身を変貌させた。かつての竜の血がうずくように、体が強固な鱗と皮で覆われて龍鱗化されてゆく。
 レヴィの隣にいたレイ・レフテナン(れい・れふてなん)が、そんな彼の様子を見て親しげにほほ笑む。
「レヴィさんも明子さんに感化されてきたというところですかね。では、私も……」
 レイが呼び出したのは、一匹の意思を持った石像だった。
 まるで幽霊か悪魔の魂でも宿ったかのように、ガーゴイルと呼ばれるその石像は甲高い奇声をあげる。
「今日のガーゴイルさんは絶好調ですね…………ってなぜ逃げる」
 ガーゴイルからしたら気合を入れるための鳴き声をあげただけに過ぎないわけだが、そのあまりにも悪魔じみた気迫に、モーラがずぞぞっと後退していた。
「だ、だだだって、そ、その顔は怖すぎますぅう!」
 レイが見る。ガーゴイルも彼女を見る。ぶんぶんと、必死にモーラは顔を振った。
 哀しきかな。ガーゴイルはしゅんとなって頭を垂れた。
「いやその……このガーゴイルは護衛ですよ。そもそもガーゴイルは門番ですから、厳つい顔でないと務まらないじゃないですか。……というか、その辺はモーラさんの専門でしょうに!?」
「ま、そう言うなってレイ。こういうのは徐々に慣れていく必要があるんだカラよ。ほら、しばらくは俺たちの背中で…………って、オーイ、ちょっと待て何故逃げる」
「ま、魔物がきたですぅ〜〜!!」
「ヒッデェなぁ。別に取って喰やしねェっての」
 がっちょんがっちょんと、生え切った鱗と皮の鎧のまま歩くレヴィの姿は、確かに魔物じみていたかもしれなかった。人相の悪さもまた、それに相乗効果となっている。
 モーラは明子に助けを求めようとした。
 が――
「始める前に言っておくケド、尻尾巻いて逃げ出すなら い、ま、の、う、ち……よ?」
 鬼眼の眼光を鋭く発して、魔物たちに向けて光の閃刃の魔術を放つ。刃となった光が敵をなぎ払う。しかも、それだけでは飽き足らず、襲いかかろうとする敵は炎のクリスタルの炎舞がそれを燃やしつくした。
 『襲ったら死ぬ!』――と。そんなことを思い始めてガタガタ震える魔物たち。だがそこには、味方であるはずのモーラも逃げ出すという始末が発生していた。
「あれ、モーラ?ち ょっと何であなたまで逃げてるのよ。私味方よ……おーい?」
 明子たちという『魔物じみた怖い集団』から距離をとって、結果的にモーラが辿りついたのは博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)西宮 幽綺子(にしみや・ゆきこ)のもとだった。
 姉に泣きつく妹のごとく、モーラはクスンクスンに抱きついていた。苦笑しながら、明子たちを見る幽綺子。
「はいはい、泣かないの。あれでもちゃーんとあなたのためを思って戦ってくれてるのよ」
「そーよそーよ、何もしてない私たちは被害者よー」
 もちろん、加減というものはあるかと思うのだが。明子たちにとってはあれでも加減しているのかもしれない。
 それにしてもモーラにせよあの子にせよ、不器用な人が多いものだと、幽綺子はもう一人の『自慢の弟』に視線を移した。
「モーラさんっ……大丈夫ですか?」
 その自慢の弟は、太陽のような鮮やかな金髪を靡かせてモーラと幽綺子のもとに着地した。
「我築き上げるは炎熱の城砦!」
 詠唱。
 振り返りざまに放ったファイアストームは、最大火力ながらも決して魔物たちを直撃して焼き払うようなことはしない。
 ――あくまでも牽制。
 それが、博季にとっての『戦い』というものなのだ。そんな博季の戦い方を不思議そうに見つめていたモーラ。彼女と向き合って、彼は言った。
「……今、彼らの生息地を犯しているのは僕らなんです。たとえ相手が魔物であっても……その事だけは、忘れてはならないことだと思うんです。自分の立場と相手の立場を見据えて、どうすべきかを決める。それこそが……大事なことだと僕は思っています」
 それは、“難しいこと”だ。
 まだ見習いに過ぎず、一介の魔術師として立派に自分の理想を語るすら出来るかどうか分からないモーラでさえも、それだけはハッキリと理解できた。
 ただ――彼の瞳はまっすぐだった。
「僕たちには、『力を持つ者の責務』があります。だからそれは――きっと忘れてはならないことだと思うんです」
 魔術……そして魔法は、奇跡を起こせる素晴らしい力だ。だがそれは、ただ一歩間違えるだけでも、人の命を奪ってしまうかもしれない危険性を孕んでいる。
「今はわからなくてもいい。ただ、覚えていてほしいんです。力の使い方を誤れば……全てを失ってしまうということを」
 そう言って、博季は襲いかかってきた次なる敵を追い払うことに全力を注いだ。彼が放った炎の嵐の光は、彼自身の心を見ているかのように眩しかった。
 ふと、モーラは頭上で幽綺子の詠唱を聞く。
「暗い暗い闇の淵にただ一人。闇の中で膝を抱えるその心も闇。闇は闇を呼び、光を寄せ付けぬ要塞となる。光届かぬ故に闇か、闇故に光届かぬのか……。答えはただそこに在る」
 詠唱は、魔法の力を増幅させる言語干渉である。
 詩の1小節1小節が繋がるたびに、言語が一語一語紡がれるたびに、宙を漂う魔力が意思をもったかのように集約して幽綺子の目の前に集まる。闇の魔力は、まるで霧のように広がって魔物を包みこむ。
 幻覚を引き起こし、不安感をあおられて、魔物たちは逃げ出した。それこそそう――ただ一匹とて命を落とすことはなく。
 モーラが自分を見つめていたことに気づくと、幽綺子は苦笑した。
「まぁ……あの子がまた思想家じみたことを考えているのだし、邪魔はしないわ。殺したりはしないつもり」
 その声は呆れにも似た声色が含まれていた。
「全く、難儀な子よね。そう思わない?」
 だがモーラには……それが幽綺子の包み込むような優しさに思えて、仕方がなかった。