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第2章 音術師の記録 4

 それは一瞬の間合いであり、一瞬の交錯だった。
「…………」
 冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)は目の前の男を『出来る』と感じた。雰囲気はどこか飄々としていて気まぐれな性格であろうことを思わせるが、その手に握ったカーマインの銃は、いつでもこちらの動きを察知して引き金を引けるように指が引っかけられていた。
 対して男――葉月 ショウ(はづき・しょう)も彼女を侮れぬ相手だと悟っていた。優しげな顔立ちと風貌の下には、隠れた冷然とした視覚がある。ただ唯一こちらに分があるとすればそれは、彼女の握るリボルバーが不慣れな握り方をされているということだろうか。
「……探索かい?」
「……ええ」
 ショウが問いかけると、小夜子は柔和にほほ笑んだ。
 少なくとも……敵ではないか。ショウの銃口がわずかに小夜子から離れる。
 そのときだった。
「…………ッ!」
 ――魔物が襲ってきたのは。
 瞬時に動き始めた二人は、まるで互いの動作を予期していたかのように相手の背中越しに迫っていたゴブリンを照準を定めた。引かれる引き金。穿たれるゴブリンの頭部。
 次いで――二人は背中を合わせて身を翻した。
 次々と現れるゴブリンとファーラットたちに向けて二人の拳銃が火を噴く。銃弾は乱舞し、交錯しあって敵を一掃。だが、それでも間を抜け出して飛び出て来たゴブリンもいた。眼前に迫る敵。
 しかし――ショウが彼女を背中に引っ張り込んで無光剣の刃を振るった。
「あ、ありがとうございます……」
「やらないといけないことがある。そうだろ……?」
 ショウそう言って不敵に笑った。
 その通りだ。だからこそ、小夜子はこうして修行のために遺跡へと赴いた。大切な者を守るため。守れるように、なるために。それは、目の前にいるこの男性もまた同じなのだろうか……?
「はい……!」
「よし、やるぞ」
 小夜子はショウと入れ替わり立ち替わり、一斉砲火した。両手に握られる二挺拳銃が、十字型に火を噴いて敵を撃ち抜いてゆく。その背後で、ショウは魔法による光の刃を放った。拳銃だけではない立ちまわりは、幾多の戦いを乗り越えた彼の過去を思わせる。
 誰かを守ろうとするとき――少しでも戦える自分でありたい。
 そんなことを願って、二人は魔物たちとの攻防を続けた。



 知識欲――というものがある。
 たとえそれが、どれだけ実用性があるかどうかなど、そんなことは関係ない。利があろうがなかろうが、秘宝や遺跡といったものは知識欲というものをそそるにふさわしい晩餐なのだ。つまり、それだけで価値があると言える。
 少なくとも――
「ふぅむ……これは興味をそそるのぉ」
 ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)にとっての遺跡とは、そんな存在だった。
 彼女は遺跡のある一室にいた。周りを観察するように見回して、一つ一つの造形に意識を運ぶ。それだけで、彼女はひと時の安らぎを得たように幸せそうな顔になっていた。
 と、まあそんな彼女の影響を受けたのかどうか……
「ダンジョーン探索〜っ! あの探検隊がついに復活、復活ですよぉ!」
 機晶姫のジェーン・ドゥ(じぇーん・どぅ)がはしゃぎまわっていた。
 この機晶姫。顔だけは無表情だが、感情だけはやたらに豊かときてる。表情の代わりに感情表現をするアホ毛は、どうやらご機嫌なようでピコピコと揺れていた。
 ウキウキ気分で、声高らかに腕をあげるジェーン。
「探検隊をジェーンさん! 目指すは魔法使いの遺跡! ジェーンさんの行く先に何が待ち受けているのか――」
「うるさいんじゃ」
 ベシーンッ!
「痛いでありますよマスタァ〜」
 頭をどつかれてアホ毛をしゅんと垂らす機晶姫はさておくことにして、ファタはその部屋の奥へと向かった。
 そこにあったのは、彫像だ。それも、ヴァイオリンのような弦楽器からフルートのような木管楽器まで、様々な楽器を携えている彫像だった。演奏家たちが集まったようなそれは、指揮者の姿はないが一見すれば小さめのオーケストラ団に見える。
 そして、彫像には数多くの紋様が刻印されていた。
 何らかの魔法的要素があるのか……?
 訝しげに彫像へと近づくファタ。彼女は彫像の周りを観察し、ふとその背中に蓋のようなものがあることに気づいた。
「……?」
 蓋をあける。
 そこにあったのは、5本の弦だった。長い時が経っているというのに、彫像に比べてその弦は今この場で取り換えたのかと思うほど保存状態が良かった。もしかすれば、彫像の紋様はこのための魔法式だったのかもしれない。
 ファタの表情が嬉しそうに歪んだ。
 未知のものに遭遇したことで、高揚感がうずうずと沸き立ってきたのだ。そして彼女の信条としては、何事も試してみるのが最善の方法である。
 と、いうことで――
 ピン――ッ
 弾かれる弦。すると、弦の甲高い音が鳴ると同時に彫像の紋様を光がなぞり始めた。隣の弦を弾くと、同じように、今度は違う場所の紋様が光る。
 ファタは興味深そう唇を緩める。いくつかの彫像の蓋を開き、同じように弦を弾いた。光る場所は違うものの、やはり紋様が発光するのは同じようだ。
 彼女は、楽しげにつぶやいた。
「なるほどのぉ……」
「マスター……何がなるほどなんですかぁ〜。ジェーンさんには分からないです〜」
「音は伝わる……ということじゃな」
「…………?」
 首をかしげるジェーンの横で、ファタは恍惚に浸っていた。
 ――彼女の興味は尽きない。知識欲とはきっと、そんなものだ。