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ドロマエオガーデン

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【一 格納デッキにて】

 蒼空学園内、第二学舎群。
 その中央に位置するB303号棟の一階大会議室に、30人近い顔ぶれが、正面の大型スクリーンパネルと向き合う形で席を与えられ、目の前に立つ人物による説明に耳を傾けていた。
 その人物、山葉 涼司(やまは・りょうじ)蒼空学園校長は、自校のチャーターしたオリエンテーリング用の大型飛行船が、未開にして危険極まりない広大な遺跡区域ドロマエオガーデン内に墜落し、その後消息を絶った旨を改めて説明していた。
 ドロマエオガーデンとは、古代に製造された大量の魔働生物兵器達が区域内を今尚、闊歩しているといわれる弱肉強食の世界であり、一切の文化文明を拒む血と暴力だけの領域であるとされている。
 そんなところに、コントラクターとしてはほとんど初心者に近い新入生を大勢乗せた飛行船が墜落したというのである。
 一刻も早く、救援の部隊を送り込まなければならない。
 ここに集まった面々は、いずれも山葉校長による救援部隊編成の呼びかけに応じた者達ばかりであり、いずれも、真剣な表情で山葉校長による説明に聞き入っていた。
「以上が現在までに分かっている状況だが、実は、もうひとつ厄介な情報が飛び込んできている」
 ここで山葉校長が、苦り切った様子で一旦言葉を区切った。
 何事か、と誰もが訝しんだが、次に山葉校長が放ったひとことで、全員が彼の表情の意味を理解した。
「まだ未確認情報だが、恐竜騎士団がドロマエオガーデンに向かってきているらしい。うちの大型飛行船墜落に直接関係あるかどうかは分からないが、もしあそこでうちの新入生達があの連中と出くわすようなことになっちまえば、事態は更に悪化する。だからそうなる前に、何としても遭難者救出を成し遂げて欲しい」
 恐竜騎士団
 その名を聞いて戦慄しない者は、ほぼ皆無といって良い。
 エリュシオン帝国の竜騎士団といえば、勇猛にして強大な戦力を誇るパラミタ屈指の戦闘集団であるが、その竜騎士団ですら扱い切れないような荒くれ共が最後に行き着いた、いわば圧倒的戦力を誇るならず者部隊――それが、恐竜騎士団である。
 今や、パラ実風紀委員という身分をも兼ねてキマクに常駐している恐竜騎士団であるが、彼らの行動範囲はシャンバラ大荒野ほぼ全土に亘るといって良く、ドロマエオガーデンに対しても、前々から強い興味を示していたとの噂が、まことしやかに囁かれていた。
 そして今回の墜落事故である。不穏な空気を感じない者は、ひとりも居なかった。
 ひと通りの説明が終わった後で、HCを所有していない者には蒼空学園から篭手型HCがひとり一台ずつ貸与されて、出撃準備に入るという段になった。
 大会議室から出てゆく救援部隊員達の後姿を眺めながら、山葉校長はふと、手元の資料に目線を落とした。それは、遭難者名簿であった。
 この名簿の中には、山葉校長にとって非常に大事な存在ともいうべきひとびとの名が、幾つも記されていたのである。
(皆……絶対、無事で居てくれ)
 その想いは山葉校長の、決して偽らざる真の願いであった。

 救援部隊のリーダーを務めるのは、料理研究部『鉄人組』の組長馬場 正子(ばんば しょうこ)である。
 2メートルを越える巨躯と、山脈のように盛り上がる筋肉の峰が全身を鎧の如く覆い尽くす、まさに女傑と呼ぶに相応しい人物である。
 その容貌も非常に彫りが深く、一見すればモアイが女性もののかつらを着用しているような印象を抱かせる無骨な強面が印象的であった。
 だが、意外と友人も多いらしい。
 例えば彼女が、初期ブリーフィングを終えてB303号棟前のロータリーに出たところで、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)の駆るジープとセダンの中間のような車両が横付けになり、運転席側のウィンドウグラスが開け放たれると、エヴァルトの精悍な面が現れた。
「よぅ馬場さん。格納庫まで飛ばすから、相乗りしていかないか? 少し狭いかも知れないがね」
「うむ。甘えよう」
 正子が後部座席のドアを開けて中に乗り込むと、助手席のヘッドレスト越しにロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)の姿が見えた。
「あーあ……まぁたこの機体だよぉ……あ、正子ちゃん! ちょっと狭いと思うけど、我慢お願いねぇ」
「気にするな、いつものことだ。しかしこの車、やけに計器類やモニターが多いではないか。一体、何に使うのだ?」
 正子の問いかけに、エヴァルトはルームミラーの中で、にやりと不敵な笑みを浮かべた。
「今は、秘密だ」
 逆をいえば、いずれその理由が分かるということであろうか。
 正子はそれ以上問いかけようとはせず、エヴァルトのハンドル捌きにその巨躯を委ねることにした。
 やがてエヴァルトの車は蒼空学園敷地内の、大型飛行船用離陸場へと辿り着いた。エヴァルトが先に宣言したように、相当な速度を出して急行した為、ものの数分で到着することが出来た。
「すまんな。わしのイコンは格納デッキに置いてあるのでな、ここで降りる」
「おう。じゃ、ドロマエオガーデンでな」
 正子を降ろし、随分と車体重量が軽くなったその車は、不意に転進するや、手近の飛行ユニットめがけて走り出していった。
 その様子を正子が眺めていると、エヴァルトの車はその飛行ユニットのキャビンドアから伸びるタラップにそのまま突っ込み、すぐに姿が見えなくなった。
 実はこれこそがエヴァルトのイコン翔龍であった。
 S−01をベースとして魔改造を施し、飛行形態時に操縦ユニットを兼ねるあの車両とドッキングするシステムになっていたのである。

「ほぅ……面白い機構ですな。一見、ロボットアニメに出てくるような奇抜な構造に見えますが、脱出ユニットとしての機能に着目すれば、実に合理的であるといえます」
 いつの間にか、相沢 洋(あいざわ・ひろし)が正子の傍らに立ち、飛行形態のまま出撃シーケンスに入っているエヴァルトの翔龍を眺めて、誰に語りかけるともなく、その感想を低い声音で述べる。
 正子も同様の意見だったらしく、翔龍の、どちらかといえば勇者ロボット風な外観とは裏腹に、よく吟味されたユニット構成だと感心して頷いた。
 翔龍のジェットエンジンが次第に高音域のエンジン音を周囲に響かせ始めると、さすがに普通の会話は不可能に近くなってくる。
 仕方無く正子と洋が格納デッキ上に歩を進めると、乃木坂 みと(のぎさか・みと)が小走りに駆け寄ってきて、洋と共に搭乗するイコンシュトルム・ブラウ・イェーガーの出撃前整備が完了した旨を報告してきた。
 実はこのシュトルム・ブラウ・イェーガー、先程見かけた翔龍と同じS−01(こちらはベースの機体そのままの外観)なのだが、搭乗者によってこれ程違うものなのかと、正子と洋が思わず苦笑を漏らす程に、その外観は決定的に異なっていた。
 無論、このシュトルム・ブラウ・イェーガーこそが本来のS−01機としてのシルエットを見せているのであるが。
 正子と洋が何を可笑しがっているのか、事情がよく分からないみとは、不思議そうに小首を傾げている。
 しかし、いつまでも呑気に茶飲み話のような会話に終始している訳にもいかない。ここで洋が表情を改め、救援部隊の長たる正子に、恐竜騎士団と遭遇した際の対処方針について尋ねてみた。
 対して正子は、然程悩む様子も見せずに即答する。
「相手次第よ。黙って引き下がるならそれで良し……が、喧嘩を売ってくるようであれば、叩く」
 実にシンプルな、それでいて分かり易い返答であった。要するに、こちらから手を出すつもりはさらさら無いが、仕掛けてくれば容赦はしない、という腹積もりであるらしい。

 すると別の方角から、正子の方針に賛同はするものの、戦う時は徹底抗戦するべきだとの声があがった。今回の事故発生に際し、百合園から救援部隊に参加すべく駆けつけてきた葦原 めい(あしわら・めい)であった。
 どうやら彼女は恐竜騎士団との間に、少なからぬ因縁を抱えているらしい。
「折角シャンバラと帝国が和平したっていうのに、恐竜騎士団の連中ってば、余計な緊張を煽るつもり? そんなの、絶対許せないんだから!」
 だが、それに対して正子は、幾分渋い表情でめいの小柄な体躯をじろりと見下ろして、曰く。
「勇猛果敢なのは構わんが、目的を見誤るなよ。今回は、遭難者救援こそが全てに於いて優先される。恐竜騎士団とのドンパチばかりに気を廻し過ぎんようにな」
「それぐらいのことは、分かっておりますわ。でも、相手が無法を通すようであれば、証拠を押さえて世論に訴えかけても良いのではありませんか?」
 めいに助け舟を出してきたのは、彼女と共にイコンウサちゃんに搭乗する、八薙 かりん(やなぎ・かりん)であった。
 ところが、かりんのこの主張に対し、正子はやれやれとかぶりを振るばかりである。
「……仮にうぬがその証拠とやらを掴んで、世論に訴えかけたとしよう。問題はその後だ。今のシャンバラ政府に何が出来る? あの役人共に、帝国の機嫌を損ねてまで声高に非難するだけの度胸があるとは、わしには到底思えんのだがな」
 かりんはここで、うっと詰まってしまった。
 更に正子は、とどめを刺さんばかりに畳み掛ける。
「所詮この程度の小競り合いは全て、『個別の事案』として葬り去られるだけよ。政府は『高度な外交判断』とやらを下し、見て見ぬふりをするだろう。結局は、己の身は己で守らねばならんということだな」
 やがて正子は踵を翻し、自身のイコンキュイジーヌが直立しているデッキスペースへと足を運んでいった。
 取り残された格好となっためいとかりんは、それでも尚、納得出来ないといった様子で、去り行く巨躯の広い背中をじっと凝視している。
「……シャンバラ民は、それ程までに卑屈なのでしょうか……?」
「さぁ……めいには、よく分からないよ」
 外交とは、経済力と軍事力という両輪が揃って、初めて成立する。しかしそのいずれかに於いて、少しでも相手と拮抗し得ない場合は、話は別だ。
 正子は特に軍事力という点で、シャンバラと帝国の間の和平が微妙なバランスで成立していると見ているらしい。その微妙なバランスのもとに成り立っている和平を、シャンバラ政府がわざわざ手放すとは到底思えないというのが、正子の見方であった。
 つまり今のシャンバラ政府にとっては、怖いのは世論よりも帝国なのである。
 逆をいえば、恐竜騎士団のキマクでの横暴は、シャンバラ政府の弱腰を見透かした上での行為である、といえなくもない。
 だがそういう大人の論理を理解するには、めいとかりんはまだ、余りにも若過ぎた。