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リアクション
第二章 策動
「どうしたの、ミディ?」
「シッ!……誰か来るにゃ」
ミディア・ミル(みでぃあ・みる)が言うが早いか、2人が囚われている部屋の扉が開き、一人の男が入ってきた。
その手にあるモノを見て、月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)は息を飲む。
「『セント』!」
セントと言うのは、仲間の超 娘子(うるとら・にゃんこ)が飼っている【パラミタセントバーナード】の事だ。
仲間たちにに先んじて、こちらに向かっている筈だったが……。
「ほう。やはりお前たちの犬か。この辺りをうろついていたのでな、連れてきてやったぞ」
兵士はセントを放り投げる。床に投げ出されたセントは、全身に傷を追い、息も絶え絶えと言った様子だ。
「大丈夫、セント!」
「ひ、ヒドいニャ!」
「中々言うことを聞かんのでな、少し躾をしてやったのよ。犬の躾は、しっかりしておいた方がいいぞ」
そう高笑いする兵士を、あゆみとミディは憎しみの籠った目で睨みつけるが、毛ほども動じた様子はない。
「んん?なんだ、迷惑だったか。やはり、殺しておいた方が良かったかな?」
「ニャんだとー!」
怒りのあまり兵士に飛びかかろうとするミディ。その手を、あゆみが掴んだ。
「は、放してニャ!放すニャあゆみ!」
「……もう充分でしょう、出て行ってよ!!」
兵士に向かって、悲痛な声で叫ぶあゆみ。両の目からは、涙が溢れている。
「フン……」
兵士は最後にあゆみたちを一瞥すると、大股に部屋を出て行った。
兵士が出ていった後、ミディはセントを抱いたまま泣き続けるあゆみをベッドに誘うと、ありあわせの物で《治療》を始めた。
幸い、今すぐ命にかかわるような傷はなかったが、出来るだけ早くちゃんとした治療をしないと、危険な状況だ。
一通りの手当を終え、『フゥ……』とため息を吐くミディ。ふと落とした視線の先に、首輪がある。
「ん?なんにゃ……」
外した時は気づかなかったが、首輪の後ろに、小さな包みが貼りつけてある。
「あゆみ、コレ見て、コレ!」
包みを手に、あゆみに駆け寄るミディ。
あゆみは、差し出された物をひったくるように取ると、震える手で開けた。
中に入っていたのは−−。
「ビー玉に、紙飛行機?」
「コレで、居場所を知らせろって……」
包みの裏には、紙飛行機は牢屋の窓から、ビー玉は通風口から投げるようにと、書かれていた。
そして、『もうすぐ助けに行くから、待ってて!』とも。
小さな紙を埋め尽くすように書かれた励ましの言葉に、また、あゆみの目から涙が溢れてくる。
「みんな……有難う」
「この部屋には窓が無いから、紙飛行機は無理にゃ。あゆみ、とにかく、ビー玉だけでも投げるにゃ!」
「……うん」
ミディが、あゆみを元気づけるように、促す。
あゆみとミディは、ビー玉を廊下、トイレ、そして通風口へと投げ込んだ。
ビー玉は、「カン!カン!」と金属音を立てて、落ちていく。
やがてその音も小さくなり、聞こえなくなった。
「そう言えば、あゆみ。テレパシーは?」
「今、送ってるんだけど……。また、通じなくなっちゃったみたい」
「そうにゃ……」
「とにかく、出来るコトは全てやったわ。後は、みんなを信じましょう。セントがこんなになってまで届けてくれたビー玉だもの!きっと、みんなの所に届くわ!」
「にゃ!」
あゆみは涙を払うと、傷ついたセントの身体を、優しく撫でる。
(ゴメンね、セント……。絶対に、みんなの所に連れて帰ってあげるからね)
そう、固く決心するあゆみだった。
『こちら、社。出口に着きました!あと3メートルっちゅうトコやと思います』
『こちら本部。……よし、ほぼ想定通りの位置だな。日下部君はそのまま待機だ。神狩君、なずな君、状況は?』
『こちら討魔。日下部の現在位置を確認しました。今のところ、周囲に敵の気配はありません』
『なずなで〜す。いたよ〜、やっし〜。全部で4人くらい。なんかライフルとかで、熱烈歓迎してくれるみたいよ〜♪』
『そ、そのお出迎えはカンベンや。丁重にお断り入れたってんか、なずな』
『もぅ、やっしーったら恥ずかしがり屋なんだから〜。人の好意は素直に受けとくモノよ♪』
『イヤ、それ好意ちゃうやろ』
ケータイの向こうでクスクス笑うなずなに、真顔でツッコミを入れる社。
『やだな〜。ちょっとした冗談だってば〜♪それじゃ宅美さん、目標の排除に移りま〜す』
『よろしく頼む』
『若様、2時の方角にだいたい5メートル位の、一番大きな岩の陰です……わかります?』
『確認した』
『じゃやっしー、ゆっくりと前に歩いて。若様、アイツらが狙撃姿勢を取ったら、いち、にのさんで、行きますよ』
『了解』
『いいよ、やっしー。そのままそのまま……。イチ、ニの、サンッ!』
合図と共に、討魔となずなが、一斉に敵に飛びかかる。
地下道の出口へと進む社の耳に、短い悲鳴と怒声、それに幾つかの剣戟の音が聞こえ、すぐに静かになった。
地下道から顔を出した社の眼の前に、いっぱいの星空があった。
見渡すと、周りは一面がれきで埋め尽くされている。
「ヤッホ〜!やっし〜♪」
「終わったぞ」
その声に振り向くと、そこには、息耐えた敵兵を前に、手をヒラヒラとさせているなずなと、刀の血を拭う討魔の姿があった。
「宅美さん、社です!成功です、トンネルの出口を確保しました!」
「日下部君、神狩君、なずな君、よくやってくれた!」
ケータイの向こうから聞こえてきたの弾む声に、社は満足そうな笑みを浮かべた。
「如何でしたか、沙酉。やはり、私の見立て通りだったでしょう?」
両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)は、静かに室内に入ってきた九段 沙酉(くだん・さとり)に、自身に満ちた声で言った。
しかし沙酉は、後ろ手に扉を閉めた姿勢のまま、俯いて、一言も発しようとはしない。
その様子に不審なものを感じた悪路は、沙酉に近づいて声をかけた。
「どうしたのですか、沙酉?もしや、《サイコメトリ》が上手くいきませんでしたか?」
「いえ。それは、もんだいないです。たしかに、あのおとこのふくの『きおく』を、よんできました」
沙酉は俯いたまま、苦い物を吐き出すように答える。
「そうですか。上手く行きましたか。それで?やはりあの小男が、黒幕だったのでしょう?」
悪路は、尚も自信たっぷりの笑みを浮かべている。
「ちがいます」
沙酉は悔しそうに、一言だけ言った。
「は?」
沙酉の言葉の意味を掴みかねて、悪路が間抜けな声を出す。
「ちがいます、あくろさん。あのおとこは、ほんとうにただの『しつじ』でした。『くろまく』なんかじゃありません」
「な……!?それは本当ですか、沙酉!」
沙酉の予想外の答えに、悪路の顔に浮かんでいた笑みが、一瞬で凍りついた。
沙酉は、コクリと首を縦に振る。
「あのおとこのふくには、はじめて『かげつぐ』とあったときの『きょうふ』が、しみこんでいました」
そう言って沙酉は、自分の両肩を抱きしめる。何か恐ろしいモノを目の当たりにしたかのように、沙酉の身体はカクカクと震えていた。
「あのおとこは、とつぜんあらわれた『かげつぐ』をうたがったのです。わたしたちと、おなじように。そして……」
「そして?」
沙酉の異変に、思わず引き込まれるようにして訊ねる悪路。
「おとこは、みたのです。かげつぐのよびだした、『おそろしいモノ』を。おとこは、おそろしさのあまり、しぬところでした」
そう語る沙酉の目は、最早悪路を見てはいない。まるで、目の前にその『おそろしいモノ』がいるかのように、恐怖に見開かれている。
「そう。いまにも、しぬところだったの……。あの……、あの『くろいかげ』が……。わたしにちかづいてきて……。わたしの……、ワタシのめのまえイッパイに、ひろがって!ワタシ、わたし!!」
「沙酉、しっかりしなさい!サトリ!!」
沙酉は小男の服に刻まれた『恐怖』に、今にも取り込まれようとしている。
その頬を、悪路は手荒く叩いた。
一度叩いただけでは反応のない沙酉を、悪路は2度、3度と叩く。
室内に、乾いた音が木霊する。
一体、幾度叩いただろうか。
「あ……、あくろ……さん」
「だいじょうぶですか、沙酉?」
悪路の腕の中で、沙酉は意識を取り戻した。
唇の端から、一筋の血が伝う。
「あくろさん……。かげつぐをうたがっては、だめ……」
「分かりました、沙酉。私が、間違っていました。もう疑いようがありません。あの景継は、本物です」
「……うん」
無論、悪路とて完全に納得した訳ではないが、ともかく今は沙酉を落ち着かせる必要がある。
悪路の言葉に安心したのか、最後にうっすらと笑みを浮かべ、沙酉は意識を失った。
悪路はその身体を抱きかかえると、そっと寝台に運んだ。
(幾ら子供とは言え、沙酉も幾多の修羅場をくぐり抜けた者。その沙酉をこれ程までに怯えさせるとは……。『呪殺』というのも、あながち嘘ではないようですね……)
景継が本物となれば、策を改めなければならない。悪路は、赤く腫れた沙酉の頬を、無意識に撫でながら、必死に考えを巡らせていた。
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