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【金鷲党事件 二】 慰霊の島に潜む影 ~後篇~

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【金鷲党事件 二】 慰霊の島に潜む影 ~後篇~

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第七章  この世ならざる戦い


「もう少しよ、クロ!頑張って!せーの、それっ!……ぬ、抜けたァ!」
「す、済まない八重。すっかり泥まみれにさせてしまって……」
「いーのいーの!どうせ私だって、土に埋もれてたんだから」
 
 土砂崩れに巻き込まれて気を失った永倉 八重(ながくら・やえ)は、相棒のブラック ゴースト(ぶらっく・ごーすと)と2人、他の仲間たちと離れた山中で目を覚ました。
 バイク形態のクロを土の中から掘り返すのは骨だったが、ともかく離れ離れにならなかったのだけは幸運だった。
 クロのボディの至る所に詰まっている泥を掻き出している内に、八重は、こちらに向かって近づいて来る明かりがあるのを見つけた。
 一瞬、味方が来たのかと思って喜びかけた八重。だが、すぐにその人影の放つ独特の『気』に気付き、身構えた。

「どうした八重、敵か!」
「……うん。敵も敵。コレ以上無い位の強敵だよ」
「何だって?それって、まさか−−」
「−−こんなトコロで遭うとはな。我等は余程、強い宿縁で結ばれているモノと見える」

「き、貴様は−−」
三道 六黒(みどう・むくろ)!」
「もう今宵は、逢えぬものと思っていたが。お主の父の、導きと言うべきかな?」

 八重が長年追い求めてきた父の仇。それが目の前の男、三道六黒である。
 昨日初めて相見(まみ)え、激情に駆られて戦いを挑んだが、完膚無きまでに叩きのめされた。

「それで?わざわざここまでやって来たと言うことは、また俺と太刀合いをするつもりなのか?」

 八重の耳に、遠くから歌声が聞こえてきた。愛と勇気を、そして正義と団結を謳う、仲間たちの歌声が−−。
 八重は、大きく息を吸い込むと、六黒に向き直った。

「今、私はあの人たちを−−。円華さんを、そして仲間たちを守るために、ここにいる。あなたがみんなを傷付けるつもりなら、容赦はしない」
「では、決まりだな」

 戦いの予感に歓喜の情が揺り動かされ、六黒が口の端を吊り上げて笑う。

「八重−−」
「大丈夫よ。クロ。今の私は、昨日までの私とは違うわ。昨日までの私は、復讐のために戦っていた。でも、今の私は違う。私の剣は、守るモノのためにある」
「フン、痴れ言を。わずか半日で、生まれ変わったとでも言うつもりか?」
「そう。私は生まれ変わった。あの時、あの敗北を境に−−」

 八重は、鞘走らせた【大太刀『紅嵐』】を正眼に構えると、左の手で印を組み、素早く空を切った。

「心に宿すは情熱の炎!その手に灯すは焦熱の焔!ブレイズアップ!メタモルフォーゼ!!」

 その言葉と共に、八重の服が、髪が、瞳が、そしてその心までもが、一気に熱い炎に染め上げられる!

「紅の魔法少女、『ダブルド・ルビー』見参!」

「長口上を変えたとて、それが何だというのだ」
「それを今から教えてあげるわ!その身体で、トクと味わいなさい、三道六黒!」
 
 六黒に向かって駆け出していく八重。その傍らに、クロが寄り添う。

「行け!八重!!」
「ウン!」

 昨日は戦いを止めた相棒が、今日は、送り出してくれる。その事に勇気づけられ、八重はまっしぐらに駆けた。
 


 激しい太刀合いを演じる、八重と六黒。
 その戦いを、岩陰から見つける者がいた。
 矢野 佑一(やの・ゆういち)ミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)である。

「佑一……大丈夫?」

 ミシェルが、佑一の手を取る。その手が、わずかに震えている。
 しかし佑一は、ミシェルのことなどまるで気付かないかのように、戦いを−−いや、三道六黒を−−凝視している。

「佑一の手、震えてるよ。やっぱり……怖い?」

 以前佑一は六黒と戦い、手酷い傷を負わされている。
 そのことを知っているミシェルは、佑一のことが心配でたまらない。
 佑一は目を閉じ、ミシェルの手に、そっと自分のもう一つ手を重ねる。
 そして、大きく息を吸い、吐く。

「有難う、ミシェル。もう、大丈夫だよ」

 佑一が目を開けた時、その身体から震えは消えていた。
 
「円華さんも、みんなも、それにホラ、八重さんだって、みんな必死に頑張ってる。皆どんなに辛くても、苦しくても、怖くても、立ち向かってるんだ。だから、僕も立ち向かうよ、あの男に。ううん、自分の心に」
「……ウン!」


「どうした、もう終わりか?」
「八重、立てるか!」
「モチロン!」

 2人が太刀合いを始めて、わずかに1分。その1分の間に八重は全身に無数の手傷を負った。
 一方の六黒はと言えば、手傷はおろか、息一つ切れていない。

「少しはマシなったかと思ったが……。所詮はその程度か」
「クッ……」
「復讐?守るモノ?一体それが、どうしたというのだ。そんなモノ頼っているようでは、この儂は倒せん。昨日も、そう言ったハズだぞ?」

「そんなコトはない!」

 突然の声に、振り返る六黒。
 そこに、佑一とミシェルが立っている。

「仲間は、僕たちに力をくれる。仲間がいるから、守るモノがあるから、僕たちは戦える。それは、仲間のために、そして守るモノのために戦うという、意志の力だ!たとえ一人ではかなわくても、仲間と一緒なら必ず勝てるという、勇気の力だ!」

「や、矢野さん……!」
「ハッハッハ!一人では勝てぬから、数にモノを言わせようという訳か?面白い。ちょうど、小娘一人では退屈していたところよ。まとめて来い、相手をしてやる!」

「行くぞっ!来いっ、シュヴァルツ!」

 両手の【曙光銃エルドリッジ】と【怯懦のカーマイン】を連射しながら、悪魔シュヴァルツ・ヴァルト(しゅう゛ぁるつ・う゛ぁると)を召喚する。

 首筋の狼の刻印から漏れ出る黒い光が、たちまち人の形を成した。

「これはまた、厄介なモノを相手にしているな」
「シュヴァルツ、八重さんの援護を!」
「やれやれ……。折角可愛らしいお嬢さんがいるというのに、これではロクに挨拶も出来ない」

 シュヴァルツは【パワードレッグ】のスピードにモノを言わせて一気に八重と六黒の間に入ると、矢継ぎ早に【無光剣】を繰り出す。
 その見えない刃を、まるで見えているかのような正確さで受け止める六黒。

「【ミーアシャム】、八重さんをお願い!」

 ミシェルの声に応え、フラワシ『ミーアシャム』が八重の身体を包み込む。
 ミーアシャムの慈悲の側面、【レーベン・ヴィーゲ】の力に、八重の傷が癒されていく。

「有難う、みんな!」

 志を同じくする『友』の存在に勇気を得て、八重は再び立ち上がった。



(まさか、翔洋丸が落ちてくるとは……不覚でした……)

 両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)はわずかな護衛を連れて、山の中を、翔洋丸の落下地点へと向かっていた。
 【防衛計画】に基づき、前線に立つ六黒を、悪路が後方から支援する手筈になっていたのだが、土砂崩れに巻き込まれ、離れ離れになってしまったのである。
 今頃沙酉も、狂骨を探しているはずだ。


「ん……?」

 行く手に誰かいるのに気づいた悪路は、素早く岩陰に隠れた。
 どうやら子供のようだが、道の真ん中に立ったまま、全く動こうとしない。
 身の丈を遥かに上回る大斧を持ち、何より身体から、異様な瘴気を発している。
 その尋常でない様子に、日頃滅多に感じることのない『危険』を感じた悪路は、【ガーゴイル】に様子を見るよう指示した。

 ガーゴイルは、空から近づいていく。
 すると突然、人影の周りにどす黒い瘴気が漂い始めた。
 驚くガーゴイルの前で、瘴気は凝り固まり、何かの形を取り始める。

 【毒蛇】、【猟犬】、【触手】、【鳥】、【大虎】。そうして生まれた異形のモノたちは次々とガーゴイルを襲う。
 ガーゴイルも必死に抵抗するものの、所詮は多勢に無勢。見る間に瘴気に取り込まれて行き、やがて動かなくなった。
 恐るべき《野生の蹂躙》の技である。

「そこに……いるのは……わかって……います。これ以上……先には……進ませ……ません」

 子供のような声質と、それに似合わぬ禍々しさ。
 背筋に冷たいモノを感じながら、悪路は姿を現した。

「貴女、見ない顔ですが……名は?」
「我の名は……ネームレス・ミスト(ねーむれす・みすと)……」

 悪路には聞き覚えの無い名前だった。

「見たところ、とても五十鈴宮円華の仲間とは思えぬ風体。貴女はいったい何故、私の通行を妨げるのです?」
「主公の邪魔は……させない」
「邪魔?」
「あんなに……嬉しそうな……主公を見るのは……久し振り……。主公は……あの男……三道六黒と……会いたがっている……」

「ほう……それは奇遇ですね。私も、我が同士、六黒に会いに行くところなのですよ。私の名は、両ノ面悪路。聞いたことはありませんか?」

 自分の《名声》を利用して、《警告》を出す悪路。
 だが悪路の名を聞いても、ミストには全く動じた様子がない。

「同士……。あの男の……味方……だな……。なら……通す訳にはいかない……」

 途端に、ミストの周囲に漂う瘴気が、その濃さを増す。
 その瘴気の中では、様々な物が形を取って現れては、すぐまた泡のように消えていく。

「もう一度だけ……言う……ここは……通さない……」

 悪路の本能が、『逃げろ!』と告げている。
 その一方で、『これ程の者を使役する使い手が、悪路の元に向かっているとすれば、悪路も危ういかも知れぬ』という危惧もある。
 悪路は、−−時間にすればほんの一瞬ではあるが−−悩み、そして決めた。 



「八重さん、今だ!」
「行け、八重!友が作ってくれたこのチャンス、絶対に無駄にするな!」

「必殺、『フェニックス・ブレイカー!』」

 【加速ブースター】を全開にして、最大にまで加速したブラック ゴースト(ぶらっく・ごーすと)の背から、あたかも不死鳥の如く飛び立つ八重。
 佑一の攻撃で動きを止めた六黒の身体を、『紅嵐』が捉える。
 その瞬間、全魔力を注ぎ込んだ灼熱の《爆炎波》が、六黒を襲う。

「まだだ、マキシマム・ブースト!」

 魔力を使い果たした八重に、すかさず《SPチャージ》を行うブラックゴースト。
 身体の内に再び満ちてくる魔力の波を、八重は、焦熱の《ファイアストーム》へと変えた。

「これで終わりよ!『フェニックス・バースト!』ふっとべぇぇぇぇ!!」

 巻き起こる炎嵐のあまりの凄まじさに、技をかけた八重自身も弾き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

「八重、大丈夫か!」
「八重さん!」
「……私は、大丈夫。それより、六黒は……」

 痛みに耐え、身体を引き起こす八重。六黒のいた一帯は、紅蓮の炎に包まれている。

「やったの……?」

 八重の顔に、喜びの笑みが浮かびかけたその時−−。

 炎の奥で、何かが動いた。

「ナニっ!?」

 ゆっくりと、近づいて来る黒い影。

「フン……。やはり、この程度か」

 つまらなそうに言う六黒。全身を舐める炎を、まるで気にした風もない。
 八重は、衝撃の余り声も出ない。

「そうがっかりすることも無いでしょう。わずか半日にしては、よく頑張った方だと思いますよ」
「……誰だ」

 突然の声に、六黒が誰何(すいか)する。
 【赤きトーガ】をまとった男が、岩陰から姿を現した。
 一体いつからそこにいたのか。いやそもそも、六黒はおろか八重たちさえも、その男に見覚えがない。

「お久し振りです、六黒さん。私の事、覚えていませんか?」
「さてな。戦場(いくさば)の一期一会の後、二度と会うことのないものなど、幾らでも居る」
「やはり、覚えてはいらっしゃいませんか。まぁ、仕方ありませんね。あの頃はまだ、今よりは人らしい姿をしていたでしょうから」
「あの頃……?」
「私の名は、エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)。半年前、この島で六黒さんに戦いを挑み、敗れた男です」
「知らんな。それで?儂に敗れた男が、一体何の用だ?」
「いえね。『今度こそ私の事を、絶対に忘れられないようにして差し上げよう』と、そう思いまして」
「ほぅ……。どうやって?」
「今度は、私が六黒さんを倒します」
「……捲土重来、か。面白い。確かに、コヤツらよりはお主の方が、余程楽しめそうだ」
 
 口ではそう言いつつも、六黒の顔から余裕の色が消えている。
 エッツェルから発散される禍々しい気に、ただならぬモノを感じているのだ。

「語るには、時が過ぎた。……来い」
「では」

 手をかざし、小声で何事かを唱えるエッツェル。
 六黒の身体が、何か黒く巨大な影にすっぽりと包まれる。

「これは【『古きモノの呼び声』】。六黒さんの身体を、耐え難い苦痛と恐怖が苛みます」
「……この程度で『耐え難い』などと、片腹痛い」
 
 影に包まれながらも、六黒にはまるで堪えた様子がない。

「成程。これは効果なしですか……。では……これは、いかがですっ!」

 背中から【屍骸翼「シャンタク」】を生やし、【絡みつく魔瘴気】を纏わせながら、六黒に突っ込むエッツェル。
 六黒を間合いに収めた瞬間、左手の甲から【奇剣「オールドワン」】を引き摺り出し、斬りかかる。
 その一撃を、【フルムーンシールド】で受ける六黒。
 だがその刹那、オールドワンが蛇のようにしなり、【ヴァジュラ】を握る腕に巻き付いた。
 エッツェルを取り囲む瘴気が、次々と六黒の身体を捉える。

「何……!」
「戴きましたよ」

 会心の笑みともに、エッツェルは、握っていた左の掌を開く。そこにあるのは、無秩序に牙の生えた、おぞましい口。
 その口が、盾を握る左手に食らいつき、歯を立てた。口の奥から伸び出た無数の触手が、六黒の身体を中から食い破り、血管を伝い、内蔵目指して這い上がって行く。

「グ、グガアアアァァァァ!!」

 臓腑から直接血を吸われる痛みに、絶叫する六黒。
 エッツェルの《吸精幻夜》が、六黒の《リジェネレーション》を遙かに凌ぐ勢いで、生き血を啜っていく。

 目の前で繰り広げられる、この世のモノとは思えない戦いに、八重も、佑一も、ただ呆然とすることしか出来ない。

「フフッ……。いいですね、六黒さんの血は。人の香(か)を残しながらも、人ならぬ味がする。まさに、至高の味」

『このまま六黒は、この人は、喰らい尽くされるというの……』

 最早声すら上げる事の出来ない六黒の姿を目の当たりにして、八重の脳裏に、そんな言葉が浮かぶ。

 だが−−。
 
 不意にエッツェルは、吸血を止めた。オールドワンも収め、六黒を完全に解放する。
 ガックリと膝をつき、倒れ伏す六黒。

「な……、情けをかける気か……」
「とんでもない。今この場で喰らい尽くしてしまったら、もう六黒さんの血を味わう事は出来ませんが、生かしておけば、また味わう事が出来ます。それに……」

 エッツェルが、山の向こうに目をやる。

「お迎えが、来たようですよ」
「むくろさん!」
 
 【ロケットブーツ】を履いた沙酉が、地を這うようにしながら飛び2人の間に飛び込んでくると、常にはあり得ないほど動揺して、六黒を抱き起こした。

「しっかりして、むくろさん!」

 しかし六黒は、ピクリとも動かない。
 振り返り、エッツェルを睨む沙酉。

「大丈夫。六黒さんはまだ生きています。すぐに治療すれば、助かります」

 しかしエッツェルのその言葉にも、沙酉は表情を変えない。

「安心して下さい。私としても、六黒さんに死なれては困るのです。さぁ、早く帰って、治療を」

 沙酉は尚も真偽を図りかねているようだったが、ついに六黒を抱くと、飛び去って行った。


「さて、六黒さんも帰ってしまわれたことですし、私はそろそろ失礼しましょう。……あなたたちも、早くしたほうがいいですよ。確か『守るべき仲間がいる』とか」

 沙酉と六黒を見送ったエッツェルは、あくまで淡々と、八重たちにそう告げた。

「あ、あなたは……味方……なの?」
「私は、誰の味方でもありません。私はただ、『したいようにする』だけです」

 一言、そう答えると、エッツェルは踵を返した。不意に、その足が止まる。

「……まずは、『力』を付けることです。私にしても、六黒さんにしても、力を得るためにそれ相応の代償を払っています。戦う理由も結構ですが、戦場で大切なのは何よりもまず力です。例え、どれだけ崇高な理想を掲げても、それを貫き通すだけの力がなければ、単なる絵空事でしかありません」

 それだけ言うと、エッツェルは二度と立ち止まること無く、その場を後にした。