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SPB2021シーズンオフ 球道inヴァイシャリー

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SPB2021シーズンオフ 球道inヴァイシャリー

リアクション


【一 祭りの前】

 百合園女学院のすぐ近くにまで、男共が大挙して押し寄せてくる。
 もうこれだけでも百合園の女生徒達にとっては刺激的な話なのだが、その男連中が心身共に鍛え上げたプロ野球選手だというのだから、更に彼女達の興奮(というか混乱)はより一層、熱を帯びて嵐のように校内を駆け巡っていたといって良い。
 実際は男ばかりではなく、女子選手の姿も少なからず見られたのだが、百合園の女生徒達の目には、ほとんど入らなかったらしい。
 そんな状況の中、SPB傘下のプロ野球チームであるツァンダ・ワイヴァーンズ蒼空ワルキューレ、或いはヒラニプラ・ブルトレインズの選手達が送迎バスを降り、トライアウト会場の百合園女学院付属・第三グラウンド前に姿を見せると、もうそれだけで好奇の視線が槍衾のように飛んできたものだから、見られる方はたまったものではなかった。
「これはこれは……そんなに錦鯉が珍しいかね」
 朝の爽やかな空気の中で、いささか自虐気味に、オットー・ハーマン(おっとー・はーまん)が口元にニヒルな笑みを浮かべて首筋の辺りを掻いていると、オットーに負けないぐらいの人外然とした外観たるクリムゾン・ゼロ(くりむぞん・ぜろ)が、困ったような様子を見せながら、隣で小首を傾げていた。
「矢張り、来なかった方が宜しゅうござったかな……」
 クリムゾン・ゼロやオットーの外観がどうこうという問題ではなく、単純に男が大勢、それも公式に大手を振って百合園の敷地を踏むというその事実が、百合園の女生徒達を賑わしているに過ぎない。それは頭では分かっているのだが、いざこうして好奇の目にさらされてみると、矢張り気分が落ち着かないのも道理であった。
「なぁにいってんだか。ここにゃぁ既に、ペタっちやその他諸々の野郎連中が来てる筈じゃん。今更、俺様達を見てどうのこうのって訳ねぇじゃんか」
 幾分尻込みしている様子のクリムゾン・ゼロとオットーを、バスのタラップを降りてきた南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)が茶化すように笑った。
 確かに、アレックス・ペタジーニジョージ・マッケンジー、更にはサルバトーレ・ウェイクフィールドといった本場メジャー仕込みの頑健な男達が、ヴァイシャリー・ガルガンチュアの選手として既に、百合園女学院近辺の地を踏んでいる。
 ところが実際には、彼らはまだあまり百合園の女生徒達とは顔を合わせていないらしい。だから余計に、今回のトライアウトが彼女達の好奇の視線を集める結果となってしまっているのは否めなかった。
「うっひゃぁ。なんや、もっと黄色い歓声が飛んでくるんちゃうかぁなんて思うてたら、珍獣でも見てるような雰囲気やなぁ」
 同じく、面食らった様子でカリギュラ・ネベンテス(かりぎゅら・ねぺんてす)が光一郎の後に続き、バスのタラップを降りてきた。
 カリギュラにしろ光一郎にしろ、クリムゾン・ゼロやオットーに比べれば、その外観は全く普通の男性なのだが、このふたりをして、まるで罪人のような気分に陥らせる雰囲気が漂っているのだから、その場の空気が如何に異様な色に染まっていたのか、推して知るべしであろう。

 そんなこんなで、四人の男達が複雑な表情で互いの顔を見合わせていると。
「はいはい、そんなところに突っ立ってないで、前へ行って行って。後ろが痞えてるんだから」
 ここで最初に顔を出した女子選手として、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が四人の間に割り込むような形でタラップを降り、歩を進めてきた。
 もともとオリヴィアも百合園の女生徒なのだが、一度ワイヴァーンズのロッカーから自身の野球道具を持ち出す必要があった為、結果として、己の所属校に別団体の一員として乗り込む、という形になってしまった。
 勿論オリヴィア自身は百合園の女生徒達の視線などに気づく筈も無く、すたすたとグラウンド横のロッカールームへと歩いていってしまった。
 オリヴィアが居るということは、当然ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)も同じく、百合園に凱旋するかのようにタラップを降りて現れるという格好となった。
「あれー? どうしたのー? 四人とも変な顔しちゃってー」
 流石にもうここまで来ると、開き直って笑うしかない。
 カリギュラ、光一郎、オットー、そしてクリムゾン・ゼロの四人は、揃って「ははは」と、乾いた笑いを漏らした。
 ところが。
「そんなところに固まっておっては邪魔であろう。さっさとどけい」
 その威風堂々たる外観だけで、場の空気を一変させる者が居た。いわずもがなの、馬場正子(ばんば しょうこ)である。
 2メートルを越える巨躯は筋肉の鎧が全身を隈なく覆い尽くし、彫りの深い容貌はさながら、女装した生けるモアイの如きである。
 これでも彼女は立派な女性なのであるが、矢張りこうして面と向かって対すると、どうにもそれが信じられない。
 だが、正子を日頃から見知っている者達は、まだ良い。
 今回初めて、正子の威容を目撃した百合園の女生徒達の間には、軽い恐慌が発生してしまっていたのだから、笑い話にもならなかった。
 勿論、当の正子は自身の外観が呼び起こした恐怖と混乱などどこ吹く風であり、相変わらず地響きが聞こえてきそうな巨獣の如き足取りで、オリヴィアの後に続いてロッカールームへと消えてゆく。
「あー! 正子ちゃん待って〜!」
 ミネルバが慌てて、大股で歩き去ろうとしている正子の広くて分厚い背中を追いかけてゆく。
 正子の姿が消えても尚、百合園の女生徒達の間には異様なざわめきが続いていたのだが、その一方で四人の男達は、幾分救われた気分になっていた。
 というのも、百合園の女生徒達の好奇の視線が、今や完全に正子の背中へと移ってしまっていたのである。彼女の出現は、彼ら四人の男達にとって精神的に楽になる効果をそなえていたといって良い。
「いやぁ……相変わらず、色んな意味で凄い女御であるな」
 オットーが妙に震えた声で笑いかけたが、カリギュラは戦慄の表情で小さくかぶりを振る。
「いや、ほんま洒落ならんて、あの姐さん……ボクの渾身の速球を、まるでパチンコ球みたいにこんこん打ち返して全部スタンドに放り込んでまうんやもん。ほんま自信無くすわ」
 実をいうと、シーズン終了後の全体練習に於いて、正子がフリー打撃の際に、カリギュラの球威抜群の筈の直球を片っ端からスタンドインさせているという実情があった。
 抑えのエースとして2021シーズンを駆け抜けたカリギュラにしてみれば、まさかシーズン終了後にここまで打ちのめされることになろうとは、予想だにしていなかったらしい。

 第三グラウンド前は、早くも異様な空気に包まれ始めていたが、一方、トライアウトを実施するSPB管理のトライアウト実行本部では、トライアウト開始に際し、ガルガンチュア球団職員や他球団広報に向けての説明会が始まっていた。
 このトライアウト実行本部は、第三グラウンドに隣接する管理事務所を借りて設置されていた。
 進行役を仰せつかったのは、イルマ・レスト(いるま・れすと)である。彼女はこの程、球団顧問としてのラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)の秘書として就任し、球団事務に於いてはラズィーヤの手となり足となり、様々な方面で実務を任される運びとなっていた。
 そして球団秘書として就任していたのはイルマだけではなく、そのパートナーである朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)も同様に、球団顧問ラズィーヤを補佐する秘書としての任務を負うようになっていた。
 尤も、千歳にしろイルマにしろ、球団秘書としてのまっとうな職務だけが、自分達の負っている仕事であるとは考えていない。実はもっと重要な役どころを自認しているのである(といっても、実際はイルマだけが張り切っていたのではあるが)。
 但し、今はまだその『重要な役どころ』が必要となる局面ではない為、ここでは割愛する。
 事務所内の会議スペースに、幾人かのひとびとが会議卓に席を与えられて、腰を下ろしている。但しイルマだけはひとり立ち上がり、ホワイトボードに今日のスケジュールと担当割り振り、各作業内容を書き出しながら、手許の資料を読み上げていた。
 詳細な説明自体は、前日までに全体会議や個別説明会などを開催して実施済みであった為、今朝の説明会はどちらかというと、最後の確認のようなものである。
 ひと通りの説明を終えて、イルマがホワイトボードの写しをプリントアウトしようとしていると、ワイヴァーンズの球団広報フィリシア・レイスリー(ふぃりしあ・れいすりー)がつと足を進めてきて、その傍らに立った。
「ちょっと、宜しいでしょうか」
 小首を傾げて手にした資料を眺めながら、フィリシアが問いかけてきた。イルマはたった今プリントアウトし終えたばかりのホワイトボードの写しを千歳に手渡しながら、フィリシアに応対する。
「失礼しました……何でございましょう?」
「今回のトライアウトが練習試合を兼ねている旨は、スタッフに対しては説明がなされていますけど、選手やトライアウト参加者の皆さんには、通知が渡っていますでしょうか?」
「あ、それなんだけど」
 フィリシアのこの質問に対して回答を返したのは、イルマではなく千歳である。イルマはラズィーヤ相手の秘書業務がメインであった為、球団事務に関しては、どちらかというとイルマよりも千歳の方が詳しかった。
「この後、一度選手とトライアウト生を集めて説明会やるから、その席でって話を、さっきヅラーさんがいってたよ」
 千歳がヅラーという名を出した時、イルマがあからさまな嫌悪感をその面に張りつけていたのを、フィリシアは内心、不思議がっていた。
 ヅラーという名に、何か嫌な感情でも抱いているのだろうか。
 フィリシアのそんな推測は、あながち間違いではなかった。