校長室
【空京万博】海の家ライフ
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男は次に、とある屋台でドラムスティックを持った青年と出会う。 海辺で採れた新鮮な素材を使ったであろう、香ばしい焼き物の匂いに、空腹を感じてフラフラとやって来ていた男が足を止める。 その屋台は、日光を避ける屋根と、簡素な椅子、バーベキューグリルに、眠そうな顔をした少女と、その弟か子供と思わしき少年が、たった二人できり盛りしていた。味のあるのぼりが潮風に揺らめく。 「この匂い……昔どこかで嗅いだ気がするが……」 男の腹がグゥと鳴る。 屋台の椅子に座っていた爽やかそうな青年が振り返り、男を手招きする。 「アンタ、腹減ってるのかい? 一緒にどうだ?」 「む……しかし、金が……」 「馬鹿。奢ってやろうって言ってるんだ。ママ、こっちにもオイラと同じ料理を出してやってくれ」 「はーい」 ママと呼ばれた蒼のロングウェーブの立川 るる(たちかわ・るる)が、青年のオーダーに、足元に置いてあったクーラーボックスから取り出した素材を網の上に置く。 「今日はドラムを頼まれてな……」 青年はそう言いながら、ドラムスティックを見せる。 「棒が二本……それだけで音楽が出来るものなのか?」 隣の椅子に腰掛けた男が首を傾げる。 「オイラはドラマーだぜ? これさえあれば嵐を呼べるのさ」 と、青年は大ぶりなワイングラスをあおる。 男がるるに差し出されたコップの水を飲み、屋台を見回す。 「しかし、この屋台。必要最低限度の装備と、簡素に見えつつも無駄を一切排除した設計。それなりの者が造ったのだろう」 「よく気づいたね! この『屋台るる』は僕が造ったんだ!!」 男に声をかけたのはラピス・ラズリ(らぴす・らずり)である。 「そんな若さでか! 凄いな、貴公は」 どう見ても少年にしか見えないラピスに驚愕する男。 「とはいえ、このままじゃ僕も所詮、井の中の蛙だよ。エリュシオンの人が建てたっていう空京万博のパラミタパビリオンみたいな凄いものには、まだまだ及ばないや」 そう言いつつ、愛用のパラミタがくしゅうちょうを男に見せるラピス。そこにはこれまでの力作が様々に描かれている。 「パラミタパビリオン……ぐっ!? 頭が……!」 男が頭を抑え、悶絶する。 「ど、どうしたの!?」 慌てるラピス。 「坊や」 青年が煙草をふかし、ラピスに語りかける。 「大人の男には、触れちゃいけない古傷がたくさんある。この兄さんも、そこに何か古傷があるんだろう。そっとしといてやりな」 「うん……だけど僕は、エリュシオンに留学して『エリュシオン式工法』を学びたいんだ! その気持ちは本当だよ!?」 痛みの収まった男が頭を振って屋台の傍で揺らめくノボリを見つめる。 「そのセンスは、エリュシオン式を学べば失われてしまうかもしれん……あの様なデザインとか……」 「ラピスが描いたノボリ、まるで海の中をフライングヒューマノイドが空飛ぶ扇風機を片手によさこいを踊っている……そんな奇抜なデザインですよね……」 呟いたるるが網の上で焼いている何かを、ひっくり返す。 ボワッ!! と、ただの火力にしてはやや大きな炎が立ち上がる。 「アンタ、建築家か何かなのか?」 青年が男に問う。 「いや……私は自分が何者なのか思い出せないのだ」 「え? るるはあなたの事知っているわよ?」 「何ッ!?」 男が椅子から立ち上がり、るるの肩を掴んで揺さぶる。 「お、教えてくれ!! 私は一体誰なのだ!?」 男の腕を青年が掴む。 「よしな。ママが困っているだろう?」 青年が男をたしなめ、料理が出来上がるまでの間、話題は彼のドラムの話になる。 「……ん?」 ふと、網の上の星型の物体に目をやる男。 「それは……」 「え? これ? 今日は新鮮な採れたてが入ってきたから、小細工なしでお醤油を垂らした網焼きにしてみたんだ」 るるが箸で皿に焼きあがったソレを移す。 「よぉし、こんがりいい感じ☆ ハイ、お待ちどうさま!! 熱いうちに召し上がれ!」 男と青年の前に差し出される、こんがり焼けたヒトデ。 見つめる男の額を玉のような汗が伝う。 「これは……」 「やだ、本当に忘れているの? あなたの大好物じゃない?」 「私の……」 こんがり焼かれて少し縮んだヒトデを見つめる男。 「あなたに試食して貰ってるおかげかしらね。最近のるるのお料理の腕前もめきめきウナギ登りなのよ! このままプロの料理人を目指しちゃおうかしら……」 るるの言葉に青年が笑う。 「ママがプロになると、オイラも行列に並ばなきゃいけなくなるな」 「でも、それにはもっと勉強がいるよね。ラピスの言うように、エリュシオンみたいな大都市に留学するのもいいかも……」 「オイオイ、エリュシオンなんて遠い所まで行くのかよ?」 男が箸でツンツンとヒトデをつついている中、談笑する青年とるる。 「あなたも、シャンバラでコンビニや居酒屋について学んだでしょ? 同じようにるる達もエリュシオンで興味のあることを学びたい。つまり交換留学よ! 担当の人に掛けあってみてよ。お願い!」 「私はエリュシオンという国の出身なのか……済まない、まだ思い出せない」 「もー! しょうがない人ね。じゃ、その交換条件の一つと言っては何だけど、コレ、ヒトデの網焼きを食べていって!」 「いや……何か、頭の中で警報機が鳴っているのだが……」 「もー、遠慮はいらないってば。好物なんでしょ? どうぞ!!」 るるに促され、男がヒトデにかぶりつく。 「むぅ!? こ、これは……!!」 ドサリと椅子から転げ落ちる音がする。 ヒトデを咥えたまま男が振り向くと、倒れた青年が痙攣している。 「き、貴公!? だ、大丈夫か!?」 男が青年を抱き起こす。 「く……いや、どうも駄目みたいだ」 「しっかりしろ!!」 「フ……じ、自分の体の事は自分が一番わかるものさ」 青年が震える手でドラムスティックを男に渡す。 「た……頼む。オイラはドラマーなんだ……こ、これを持って、オイラの代わりにバンドでドラムをた、叩いて……くれ……(ガクッ)」 青年は、急性食中毒で救急車により搬送されていった。 受け取ったドラムスティックを手に、それを見送った男が再び『屋台るる』に腰掛ける。 「きっと……食べ過ぎだのね……」 しんみりと呟くるる。 男が目の前に置かれたヒトデを、貪るかの如く喰らう。 「私は……ドラムを叩く!! そのためにもまず腹ごしらえをするのだ!! ママ、全てツケでいいか?」 男にるるが頷く。 この男のヒトデの食べっぷりをラピスがパラミタがくしゅうちょうにひたすらスケッチする。 「ええ。今日はあなたの貸切りでいいわ。よーし、いっぱい焼いちゃうよ!!」 張り切ったるるが次々と男に料理を提供していく。 焼き物から始まり、煮物、刺身、デザート、ミキサーにて仕上げたジュース……。まさにヒトデ尽くしであった。 しかし、食べ続けた男の視界が突如グニャリと歪む。 ブラックアウトしていく意識の中、るるの声が聞こえる。 「……シ・ウス……さん! ……ルシウ……さん!!」