校長室
【空京万博】海の家ライフ
リアクション公開中!
第七章:シーズン・イン・ザ・サン 美羽が早々と登場した特設ステージの舞台袖では、男、いやS☆ルシウスが緊張でガタガタと震えていた。 確かに、アスカによる全身メイク(ペインティング)による変装をし、美羽にドラムの即興レクチャーを受けたとはいえ、こんな大勢の人前に出るのは、未だ不明瞭な記憶をたどっても初めてであった。 心優しいコハクは、突然メンバーに勧誘されたS☆ルシウスのことを、練習中から気遣い励ましてきた。 美羽のコールを受けたコハクは、震える彼の背を軽く叩く。 「そう緊張しないで、楽しみましょう」 「私に、出来るだろうか?」 「練習通りやれば大丈夫です。頑張りましょうね、S☆ルシウスさん!」 そう微笑んで、コハクはベースを持ち舞台袖から飛び出していく。 「……情けない男だ。少年に励まされるとは」 「そんな事ないですよ、S☆ルシウスさん?」 ニコリと温和に笑ったのはベアトリーチェである。 ベアトリーチェは面倒見がいい性格なので、練習中にも他のメンバーが疲れた際、海の家で買ってきた冷たいラムネを配布していた。 「はい!」 「うむ……」 受け取ったはいいものの、S☆ルシウスはガラス瓶をしげしげと見つめるのみである。 横では、美羽やコハクが、 「く〜〜ッ!! やっぱり、夏はラムネよね!!」 「美味いよね! 美羽!!」 と、喉を通る快感に酔いしれていた。 「これは……どうやって飲むものなのだ?」 そう聞きたいS☆ルシウスであったが、何だかプライドが邪魔して聞けなかった。 「……あの? 良ければご説明しましょうか?」 「む?」 ベアトリーチェがS☆ルシウスに優しく微笑む。 「これはですね、この凸型の蓋を使って、瓶の蓋になっているガラス玉を押して開けるんです」 「ほう……こうか?」 S☆ルシウスがやると、ブシュッという音と共にガラス玉が沈み、勢い良くラムネが吹き出してくる。 「おおっ!!」 「あ、すいません。開栓の際、瓶を斜めに向けると吹き出さないんですよ? って言うの忘れました」 慌てて口をつけるS☆ルシウス。しかし今度は飲み口にガラス玉が引っかかり、上手く飲めない。 「飲みにくいな……」 「瓶の飲み口の手前に窪みがありますよね? そこにガラス玉を引っ掛けるんです」 ベアトリーチェの指導を受けたS☆ルシウスが、言われたとおりにすると、素直にハジける液体が彼の喉を潤していった。 「しかし……何故、ガラス玉で蓋等をしようと考えたのであろうな?」 「製造の際に、内部の炭酸ガスの圧力で簡単に蓋が出来るからだそうです。あと、ガラス瓶を破損しない限りはリサイクルも可能なんですよ?」 「ほう……蛮族どもめ……やるな! これは是非我がエリュシオンでも……ん?」 ベアトリーチェを見るS☆ルシウス。 「私は、エリュシオン人であるのか?」 「ええと……それは、どこからどう見ても……」 「はーい! 休憩はもうすぐ終わりよ さぁ、S☆ルシウス!! 練習練習!!」 美羽に急かされたS☆ルシウスがラムネを飲み干し、ドラムスティックを持つ。 「その節は世話になったな」 「いいえ。誰だって最初からわかる人なんてないです。それじゃ、頑張りましょうね」 美羽のコールにベアトリーチェも舞台袖から出ていく。 一人残されたS☆ルシウスが、コールを待つ。 「そして……ドラムの代役として、スペシャルゲスト!! S☆ルシウス!」 「……行くぞ! 上手くやれよ、S☆ルシウス!」 足の震えは既に止まっていた。 S☆ルシウスがステージへとゆっくり歩いて行く。 美羽のバンドのライブは大盛況であった。 元気いっぱいな美羽が夏にピッタリなナンバーを歌い上げれば、ベアトリーチェが穏やかな笑顔のまま、神業のような指さばきで抜群のキーボードのテクニックを披露する。コハクも負けてはいない。時折暴走しかける美羽のギターをカバーするようにベースを華麗に掻き鳴らす。更に、S☆ルシウスが急造仕様とは思えぬドラム裁きを見せる。 魂がこもった熱いビートをアップテンポで刻む四人の息がピタリと合う演奏に、観客達のテンションが上がっていく。 今や会場は、真夏の太陽より熱く盛り上がっていた。 「美羽たああぁぁぁーーん!!」 自分より恐らく二十程上の年齢ラルが興奮する様子に、冷ややかな視線を送っていたシンも、ジョニーと共に今はその音楽を楽しんでいた。 「チッ……熱いじゃねぇか!!」 「これがグルーブ感というやつでゴザル!! DTMしか興味なかった拙者をここまでノせるとはぁぁ!!!」 ジョニーが飛び跳ね、ついでに彼の脂肪も燃焼する。 そんな盛り上がるライブに、S☆ルシウスは心地よさを感じていた。 ほぼ全身運動であるドラムにより、彼の顔を汗が滝のように流れていく。アスカにより施されたボディペインティングと共に……。 「見つけたぜ……」 「見つけました」 「発見……」 「こんな所にいたのね」 舞台袖から四人の眼光がドラムを叩くS☆ルシウスに注がれている。 今やS☆ルシウスの顔はメイクが落ち、且つ先ほどサングラスも取ってしまったために素顔となっていた。 彼を見つめる四人とは、当日の司会を担当していたジークフリート・ベルンハルト(じーくふりーと・べるんはると)と846プロの三名のアイドル茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)、若松 未散(わかまつ・みちる)、多比良 幽那(たひら・ゆうな)である。 その表情はどれも怒りを含んだものになっている。 彼らは皆、炎天下の中、コンテスト開催委員長である彼を待って待って……待ちすぎていたのだ。