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リアクション
「だいじょうぶ、ネヴァン」
半ば自棄になって龍を召喚したことで、しかし当然ネヴァンも屋敷の崩落に巻き込まれた。
「ええ」
怒気を孕んだ口調で答えながら、瓦礫を越えて無傷の床に降りたネヴァンははっとした。
まるで待ち構えるようにそこにある人影に気付いたのだ。
躱そうとして仰け反るネヴァンは、咄嗟に杖を庇ったが、空を切ったと思われたシキの手はそのまま、投げる仕草をしながら、ネヴァンの横を通り抜ける。
ぱし、とそれを受け取ったのは、黒崎天音だ。
「受け取ったよ」
そう言って、天音は素早く立ち去る。珠を奪われたのだと気付いた。
「……よくも!!」
「隙ありっ!」
そこへ、ぐん、と杖が見えない力に引っ張られ、ネヴァンは思わずそれを手放してしまった。
小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)と、パートナーのヴァルキリー、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)によるサイコキネシスで、無理矢理もぎ取ったのだ。
杖は美羽が手に取り、コハクは取り押さえる為にそのままネヴァンに攻め込む。
しかし、ひゅ、とその肌に血線が走り、コハクは咄嗟に飛び退いた。
「……それはわかってた」
ワイヤークローを手に、沙酉が呟く。ちら、とネヴァンを見た。
(てきが、おおい)
沙酉は、この状況を、不利すぎる、と判断した。
何よりネヴァンの杖が奪われてしまった。
既に美羽は大きく距離を空け、同じ場所に置いておかないようにか、何処かに持ち去るつもりなのが解る。
追うのは容易くなかった。
杖を諦めてでも、ここは逃げるべき、と、沙酉はネヴァンの手を掴まえると走り出した。
「待って!」
コハクは叫んだが、追う余裕はなかった。
頭上にはドラゴンが、今にも彼等を食らおうと大きく口を空けていたからだ。
立ちはだかるエッツェル・アザトースに、美羽は怪訝そうに足を止めた。
「お願いがあるんですが。その杖を私に渡して貰えますか」
「……駄目だよ」
そう言われると思っていました、と、エッツェルは肩を竦める。
「裏切る気!?」
叫んだ美羽に、とんでもない、と彼は言う。
「ただ杖が欲しいだけです。邪魔するなら腕ずくでも」
杖を庇うように抱き込みながら身構える美羽の横から、鬼院尋人が走って来た。
正面からエッツェルに剣を向けて、
「呆れた」
と言う。
「オレが相手になる」
「私の相手は、一筋縄ではいきませんよ」
ちら、と美羽を確認して、エッツェルは尋人に向かった。
「あーもう、しょーがないなー」
正直ネヴァンの方が気になったが、輝夜も諦めてそれに付き合う。
先制を切ったのは、雷號の曙光銃だった。
「どーすんだよ、ドラゴンとか! 聞いてないぜ!」
突然召喚された龍に、エース・ラグランツはまだ頭がついてきていなかった。
「落ち着いてください、エース」
メシエ・ヒューベリアルが、冷静な口調で言う。
「ふん、相手にとって不足は無い!」
氷室 カイ(ひむろ・かい)が、ブラックコートを脱いで姿を現した。
ネヴァンから杖を奪う為の策だったが、もうこれは必要無い。
気配を消すことが、このドラゴンにどれほどの効果があるか、甚だ疑問だ。
なので、今目の前にある戦いに集中するには邪魔なコートを脱いでしまうと、改めてカイは剣を構えた。
「来ますよ!」
エオリア・リュケイオンが叫んだ。
ごばあ、と炎のブレスが吐き出される。
防御するも、それすら通ってくる熱と、そしてその圧力に息が詰まる。
周囲は火の海となった。
「真司!」
柊 真司(ひいらぎ・しんじ)が装備する魔鎧、リーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)が叫ぶ。
「大丈夫だ。けど、どうやって倒せばいいんだ?」
ズシン、と体勢を直すドラゴンの足元で、瓦礫が粘土のように潰される。
最早屋敷は全く形として残っていなかった。
「こっちはこれだけの人数がいるのよ。協力しあえば、不可能じゃないわ!」
「……そうだな。弱点らしい弱点も見当たらないし、地道に削るか……」
「ブレスが帯電してるのが見えたから、雷撃系の武器は駄目っぽいわよ」
「ああ」
頷いた真司は、ふと視線を走らせた。
龍の右手に走りこみながら、トオルが、闇雲に発砲する様子が見える。
よく見れば、シキと何か叫びあっているトオルは、龍をある方向に向かわせまいとしていた。
その方向に、キアン達がいるのだ。
「援護する」
「うん!」
ドラゴンの口がブレスを吐く時とは違う動きをし、何事かを呟いた。
「!」
真司ははっと上を見る。
降り注ぐ雷撃に、慌てて物陰に隠れる。
「その上、魔法かよ!」
そこへ、エッツェルに杖を諦めさせた尋人達も戻って来た。
エース達は小型飛空艇や箒を使って上空に回り込む。
総力戦だ。
「鎧は剥がされ、丸裸、といったところか」
杖も珠も奪われ、望みを断たれたネヴァンは、口惜しそうに拳を握り締めた。
ようやく神の力に手が届きそうなところだったのに、夢は費えた。
神になることは、きっと、もう不可能だろう。
今やネヴァンは、どこにでも居るただの魔女に過ぎなかった。
「ここまで、10年を要したというのに……。
ああ、本当に忌々しい。シャンバラの“契約者”達……」
三道六黒は、くく、と肩を揺らした。
「ならば、我等と来るか」
「……何ですって?」
「我等のような存在が生きる世界もあるということよ。
彼奴等に殺されるか、それとも身柄を拘束されるかを望むか。または、我に介錯を望むか。
そろそろ時間は無いぞ」
ネヴァンは六黒をじっと見据え、やがて、ふふ、と笑った。
その笑みを見て、六黒はネヴァンに手を差し延べた。
「君達、無事かい?」
できるだけ安全な所に身を潜ませていたキアン達を見付けて、天音は声をかけた。
「何があったんだよ?」
「説明は後」
崩落する屋敷の中で、キアン達は無事だった。
レキと加夜を抱え込みつつ、チムチムが意識の無いキアンの上に覆い被さっていたからだ。
勿論チムチムは無傷では済まなかったが、既に加夜によって治療を済ませてある。
そこへ、シキに託された天音が、珠――キアンの左目を持って戻ったのだった。
天音はキアンの傍らに膝を付き、彼の包帯を外した。
「どうやって戻すの?」
「さあ。でも、元々ひとつだったものだし、何とかなるんじゃないのかな」
天音の言葉が終わらない内に、珠がほんのりと輝き始めた。
キアンの顔に寄せようと翳すと、それは音も無く砕ける。
光の粒子が、キアンの顔の降り注いだ。
「……う」
顔をしかめ、キアンの意識が浮上した。
「キアンさん!」
加夜が声を上げる。
ゆっくりと目を開けたキアンに、天音が笑いかけた。
「やあ。10年ぶりの視界はどうだい?」
キアンは、ぱちぱちと瞬きをして、自分を覗き見る面々を見渡してから、小さく息を吐いた。
「ああ……。悪くねえ」
◇ ◇ ◇
ネヴァンの浮き小島から、トオル達は、1人も欠けることないながら、満身創痍で帰還した。
龍との戦いには、結局、決着はつかなかった。
龍が上空へ舞い上がり、上空から膨大なブレスを吐き出すに至り、トオル達は、これ以上戦っても意味は無い、と逃げ出したのだ。
冒険者ではない飛空艇の操縦士が、怯えて逃げ出す前に船を抑えたとも言える。
いずれにしろ、龍は散々に暴れ、小島を破壊したところで満足したのか、何処かへ飛び去って行った。
普通は、召喚する龍はもう少し、こっちの言うことを聞いてくれる奴を呼ぶものだがな、と、飛空艇の中で、島が粉々になって地球の海に落下して行く光景を見ながら、キアンが呆然と呟いた。
ネヴァンは行方不明、となった。
テレポートで逃げたのかもしれない、とも思われたが、ネヴァンはフラガラッハを持っていなかったので、それは無いだろうと判断される。
いくら転移魔法の術式を知っていても、それを発動させられるだけの魔力を持たなければ意味は無いからだ。
だが、少なくとも、死んだとは思われなかった。
三道六黒と対峙していた源鉄心が、彼を取り逃がしたからである。
生きているだろう、と、鉄心は断言した。
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