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黎明なる神の都(最終回/全3回)

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黎明なる神の都(最終回/全3回)

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 第16章 黎明なる神の都
 
 その報を聞いて、一時は命も危ぶまれた負傷を負ってルーナサズから脱し、床に伏せていたイルヴリーヒの青ざめた顔から、更に血の気が引いた。

 それは、民が決起しようとしている、という報だった。
 イルヴリーヒの行動が、ルーナサズの民を立ち上がらせようとしているのだ。
 それを、イルヴリーヒは喜ばなかった。むしろ恐れた。
「民が立ち向かって、どうこう出来る相手じゃない。
 無駄死にするようなものだ……」
 テウタテスより先に、民衆を鎮めないと、とイルヴリーヒは思ったが、死に片足突っ込んだ有様の今の自分に、何が出来るというのか。
 ――いや、むしろ。
 と、配下の騎士達と相談していたところを、耳聡く、彼の世話を手伝っていたユイリ・ウインドリィ(ゆいり・ういんどりぃ)ファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)が聞き付けた。
 ユイリはそれを聞いても特に何も思わなかったが、ファルは大慌てでそれをパートナーである早川 呼雪(はやかわ・こゆき)に伝えに走った。
 そして契約者全員に伝わることとなったのだ。

「コユキ! イルヴさんがテウタテスのところに死にに行くって!!!」


「何考えてんの!?」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が、ユイリに支えられて起き上がっているイルヴリーヒのベッドの横で仁王立ちした。
 いつもの露出の激しい姿で、中々の迫力だったが本人は真剣だった。
「自分の首を差し出して、それで解決するなんて思うのは、ただの自己満足よ。
 何の抜本的な解決にもなってないわ」
 きつい忠告の後、返答を言う隙も与えず、びっ、と人差し指を上げて、セレンフィリティはイルヴリーヒに宣言した。
「あんたは、そこで待ってなさい。
 あたし達があんたの代わりに、今度こそ、テウタテスの息の根を止めて来るわ!」

「俺は、あの女ほど優しくはないぜ」
 また、セレンフィリティが去ったのを見計らって、もう1人。
 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は、苛立ち、むしろ怒りを隠さないまま、イルヴリーヒに向かって言った。
「決起のリーダーが、何てザマだ。一発殴らないと気が済まん」
 本当に殴りかかる仕草を見せたので、ベッド脇に控えていた呼雪が素早く間に入る。
「このド阿呆が……誰も、兄だの首だの、そんなものをアテにする為に助けたわけじゃない。
 誰も失わずに目的が達成されるなんて思っていたわけじゃないだろうな。
 そんなに首を差し出したかったら、お望み通りにしてやるよ!」
 勿論、本当にそうしようと思ったわけではない。
 気絶でもさせて、ついでに暫く休ませておけば、幾らかマシになるだろうと考えてのことだった。
「ッぎゃー! イル兄に何すんだっ!」
 童子 華花(どうじ・はな)が悲鳴を上げ、
「よせ!」
と呼雪がエヴァルトを止める。
「貴方がそんなことをしたら、本当に死んでしまいますよ」
 ユイリに言われて、
「……ちっ」
とエヴァルトは拳を収めた。それほどの傷なのだ。
「……貴方の怒りは最もだ」
 イルヴリーヒは目を伏せた。
「不甲斐なくてすまない」
 ぴく、とエヴァルトは片眉を上げる。
「おまえ等、こいつを眠らせとけ!
 いつまでもそのマイナス思考のままでいたら、傷も治らねえし、兄貴にも愛想をつかされるぜ!」
 言い捨てて、彼も部屋を出て行く。
 ズカズカと荒々しく足音を立てて部屋を出て行くのを見送った後で、
「意見としては、概ね俺も同じだが」
と、ベッド脇に控えていた呼雪が言った。
 ユイリが、ゆっくりとイルヴリーヒを横たわらせる。
「貴方の首を差し出して、事態が良くなる見通しは無い。
 テウタテスは増長するだろうし、貴方の生存を知って喜ぶルーナサズの民は、再び絶望の底に叩き落される」
「……兄がいる」
「それに、タルテュが貴方に託したものまで、一緒に捨ててしまうのか?」
 タルテュが命を賭してイルヴリーヒを救ったのは、むざむざ死なせる為ではなかったはず。
 呼雪の言葉に、ぴく、とイルヴリーヒは動きを止め、俯いた。
「お人好し過ぎるのは問題かもしれないが……嫌いではない。
 己の利ばかり考えている奴よりはずっと……。
 それに、貴方はこの先のルーナサズに必要な人だ」
 心配そうに、ファルが呼雪を見る。
 彼の今の心情を思い、不安になった。


「私達、どうしたらいいんでしょう……」
 力及ばず、決起が失敗し、イルヴリーヒが負傷してしまったことで、ジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)は消沈していた。
 もう、自分が何をすればいいのか解らない。
 パートナーのドラゴニュート、ガイアス・ミスファーン(がいあす・みすふぁーん)は、その姿を見て、失意や挫折も経験か、と思う。
「イルミンスールに帰るか?」
「それはできません」
 ガイアスの言葉に、ジーナはそう答え、
「ふむ。……ジーナが諦めていないのならば、最後まで付き合うことに異存はない」
と頷いた。
「傷の塞がりが悪いですね」
 イルヴリーヒを治療していた精霊のユイリが、淡々とした口調で言った。
「テウタテスに受けた傷は、何か特別な呪詛などが込められたものなのかもしれません」
 この重い傷が、イルヴリーヒの思考をマイナスに働かせる一因ともなっているのだろう。
 ジーナは、今は眠っているイルヴリーヒを見つめる。
「まあ……1人で抱え込まないことだな」
 ガイアスの助言に、ジーナは顔を上げた。
「……そうですね。
 ここには、ガイアスさん達も、シャンバラから来た皆さんも、いるのですから……」
「トオルに繋ぎをとってみるか?」
「え?」
「テレパシーで」
 ガイアスの言葉に、ジーナはっとした。
「何かの足しになるかは疑問であるし、いいニュースを伝えられる状況でもないが、そもそも発端はトオルであるしな。
 向こうの話も聞ける」

(トオル)
 ガイアスの呼び声に、うわびびった! と声が上がった。
 名乗ると、
(あー、ジーナのとこの! びっくりした俺テレパシー初めてだぜ)
と快活な声が返って来る。
(実は、どうにも良くない状況になっていてな。
 そちらはどうなっているかと思ったのだ)
 ガイアスは、クーデターが失敗し、イルヴリーヒが重傷を負ったことを、かいつまんで説明した。
 暫く沈黙が続き、うーん、と、トオルの唸る声が届いた。
(じゃあ、弟に伝えとけ。
 兄貴は見付けた。
 ちょっと今、本人の言葉を伝えられないんだが、この辺はとりあえずオフレコで。
 俺に会うまでちゃんと生きてろっつってたって)
 察するに、兄の言葉はどうやらねつ造らしい。
 向こうも、一筋縄ではいかないことになっているようだ。
 トオルは、朗報と思われる部分だけをこちらに伝えたのだろう。
 そっちも頑張れよー、と言うので、トオル達もな、と返しておいた。
「ガイアスさん?」
「ああ、いや。イルヴリーヒが目覚めたら、伝えねばならぬな」
 その報はきっと、イルヴリーヒに生きる意志を与えることだろう。



 相田 なぶら(あいだ・なぶら)が、イルヴリーヒを見舞った。
 会わせたい人物がいるという。
 中央から派遣された龍騎士が代表2名、イルヴリーヒに面会した。
 頑強そうな男と、細身の青年だ。
「この度は、心中お察しする。
 我々は、白輝精殿の依頼により参じた、我が名はユッハル、こちらはトゥレン、他に8名ほどいるが割愛する。
 かつて龍騎士団に所属していた者と知っていただければ、我々のことは説明せずとも理解いただけよう」
「白輝精……」
 ベッドの中のイルヴリーヒに代わり、直接彼等に対応する呼雪の後ろで、パートナーの吸血鬼、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)が呟く。
「今回のことを大帝に直訴しに行ったら、居なかったんだけど、代わりに彼等を派遣してくれたんだ」
と、なぶらが説明した。
「テウタテスの討伐を?」
 イルヴリーヒの言葉に、ユッハルは否、と言った。
「残念ながら、我々にそこまでの権限は無い。
 事情があって龍騎士団を離れたとはいえ、我等の大帝への忠誠が薄れたわけではない。
 指示を仰ぐ前に事を急く愚を犯すわけにはいかない。
 過干渉であるか否かの判断をするのは、我々ではないからだ」
「ゴメンね、ウチのリーダーちょっと頭カタすぎんだよ」
 トゥレンと紹介されたもう一人が、ヤレヤレと口を挟んだ。
「トゥレン」
「だってもし団長とか副団長だったら、そんなんさくっとやって来いって言うよー」
「……そんな言い方はされまい」
「そのような暗愚、速やかにナラカに蹴っとばして来い、って言うよー」
「いいからお前は黙っていろ」
 ドラゴニュートの姿を隠す為に、深くフードを被って顔が見えないようにしつつ、くすくすとファルが笑った。
 龍騎士ってもっとおっかない人かと思ってた、と、呼雪の護衛の為に部屋の中にいるヘルに囁く。
「テウタテスの行いや、民が受けている苦しみについては、理解頂けているのだろうか?」
 イルヴリーヒの様子を見て、代わりに呼雪が口を開いた。ユッハルは頷く。
「道中説明を受けた。
 他の仲間が今、密かにルーナサズに入って直接見に行ってもいる」
「正当な後継者は他にいて、その儀式も途中まで済んでいる。
 貴方方は、龍を友とすると聞く。
 邪道に龍の力が利用されていることを、看過できるのだろうか」
「言うね。いいなーそういうの」
 トゥレンがうんうんと頷く。
「勿論、馬鹿にすんな、って思ってるんだぜ。
 ルーナサズは辺境だけど、ある意味聖地なんだっつーの」
「民を護っていただけないだろうか」
 イルヴリーヒが口を開いた。
「我々は、テウタテスを討たねばならない。
 私はこのような有様だが……力を貸してくれる者もいる。
 それに頼らねばならないことは不甲斐ないが、彼等は信頼に足ると思っている。
 だが、民の犠牲だけを、今は憂いている。
 ――ここまで苦しみ続けた民を、最後まで苦しいままで、もうこれ以上、一人として、死なせたくはない」
「心得た」
 ユッハルは頷いた。
「民は必ず、護ってみせよう」
「それとー」
 トゥレンが口を開く。
「リーダー、ちょっと耳押さえててよ」
「………………」
 ユッハルは渋い表情をしたが、やがて溜め息を吐くと、部屋を出て行く。
「あとね、あの崖の上まで龍で運んでやるよ。
 俺達十人しかいないし、運ぶっていってもそんなものだけど、街の外からでも一気に行けるだろ」
「いいの? それ、素性がばれない?」
 思わず口を挟んだヘルに、トゥレンはあっけらかんと笑う。
「まーいいって。
 あとね、何かアンタら人数心許ないみたいだし、ついでに雑魚騎士共の掃除も手伝ったげよう」
「……いいの?」
「まーいいって。でも本命はアンタらがやるんだぜ」
「……感謝する」
 頭を下げたイルヴリーヒに、
「まーいいって」
 とトゥレンは、ぽんぽんとなぶらの肩を叩いて笑った。
「道中、ずーっと、力を貸してくれってお願いされ続けちゃったしさー。
 あんたすごいね。何でこんな、シャンバラの連中に肩入れされまくってんの」
「私ではない。
 ……私の臣下がシャンバラまで赴き、彼等を連れて来てくれたのだ」
 ふーん、とトゥレンはイルヴリーヒを見たが、彼の表情の中に何を見たのか、その臣下については訊ねなかった。

 そして速やかに、もう一度テウタテス襲撃の決行が決められた。
 決行は、今日。