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誰がために百合は咲く 後編

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誰がために百合は咲く 後編

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第3章 お茶会からディナーへ


 スタッフ用カフェの向こう側、来賓用のオープンカフェ。
 アダモフハーララの二人は、シャンパンを飲み終え既に部屋に戻っており、商工会議所から来たうちの二、三人ばかりが残っているだけだった。
 これからホールでのアフタヌーンティが始まるということもあり、生徒達もまったりした雰囲気で、暮れゆく空を眺めていたところだった。
 だがスタッフ休憩用のカフェで刃魚が出たという報告は海軍へと伝わり、
「刃魚が船まで出たそうです。お客様の避難誘導をお願いします」
 会場警備にあたっていた海軍の青年に言われて、桜月 舞香(さくらづき・まいか)は頷いた。
「了解よ。戦闘メイドとしての本領発揮ね!」
 船周辺も生徒が警備にあたっている筈だったが、相手は魚。海中の警備まで完璧に、とはなかなか難しいらしい。見逃しが出たのだろう。
「ふふっ、戦闘メイドの血が騒ぐわ♪」
「万が一があるといけないわ。速やかに、でも悟られないようにお願いね」
 接客をしていたカトリーン・ファン・ダイク(かとりーん・ふぁんだいく)が舞香に告げる。
 刃魚は契約者にとってはそれほど危険な存在ではないという。
 一般人にとっては脅威だから万一を考えて避難は必要だけれど、お客様を無暗に怖がらせるようなことは避けるべきだ。それはお茶会の目標──お客様にとっての楽しい時間を提供すること、の障害になってしまう。
「そうね。──お客様、そろそろ午後のお茶のお時間です。船内へお戻りください♪」
 商工会議所の男性たちに声をかけ、舞香は船内へ促した。
 カトリーンが先に立って船内に降り、ホールまでの道を案内する間、舞香は彼らの背後を取られないよう、警戒しながら最後尾を取った。
(避難が終わったら、私は外にいようかな。敵も船内までは入ってこないとは思うけど……ううん、誰かが騒ぎに便乗して何かする可能性もあるし、避難誘導や応急手当てが必要になるかも知れないわね)
 それにアフタヌーンティ、次はディナーとなればスタッフの手は調理や配膳に取られてとられてしまうだろう。となると、ホール警備の手が足りなくなりそうだ。
 海軍の警備は、お茶会の雰囲気を壊さないためか、ホール内にはごく少ない人員しか配置されていない。甲板のように外からの侵入が容易なところ、進入口となる通路や扉には配置されているが、外と繋がる窓際などにも人手を割いた方がいいだろう。
 舞香は、ホールでのお茶会を手伝いながらの会場内警備に移行した。ついでにメイドの商品見本として、極上の接待サービスで歓待──アピールするつもりである。
 休憩を終えたラズィーヤがテーブルにおり、桜子、それに村上 琴理(むらかみ・ことり)、遅れてアナスタシアも戻ってきた。
 三人は手分けして、各テーブルに三段重ねのケーキ・スタンドを中央に置き、次々にワゴンに乗ったお茶やお茶菓子を運び入れた。足りなくなった分は順次サーブする形式だ。
 やがてアダモフハーララも遅れてラズィーヤと同じ席にやってきた。
「そちらではどのようなスポーツがあるのですか? 私はフェンシングをたしなんでおりまして……」
 カトリーンは賓客に椅子を引くと、少しでも外の異常を悟られぬよう、お茶を小さな器に軽く一杯注ぎながら、話しかけた。
 もし今後戦闘の音でもしたら、なるべく聞かれない方がいい。
 けれども、選挙候補者たちのことも忘れないように、でしゃばりすぎないように。
(といっても、これは「選挙のためのお茶会」ではなく「お客様をおもてなすお茶会」である事を忘れてはいけないわ。それは私もみんなも一緒ね)
 焼きたてのスコーンは冷めないうちに、サンドイッチは乾かないうちに、けれど箸休めにも。甘いケーキやペストリー、そしてゼリーはデザートに、でも全てはディナーの前ということを忘れずに。
 勧め過ぎず小腹を満たす程度に、とアナスタシアも桜子も気を遣って給仕をしているようだ。
(投票は……立候補されている方々はそれぞれ考え方は違うけれど、どれも百合園の事を真剣に考えているのよね。だから、誰か1人を選ぶ事は心苦しいけれど、私自身の考えに近い方に投票させていただくわ。
 役職に決まった方、残念ながら選ばれなかった方、百合園に関わる全ての人が未来の百合園を担っていくのだと思うわ。百合園がどの方向に進んでいくかは今はまだ分からないけれど、選挙が終わったら派閥の垣根を越えて皆で協力していければいいわね)
「……どんなスポーツがあるのでしょうか?」
 ハーララはその質問に、イルカ獣人独自のスポーツで答えた。
「少し急になった岩場を泳ぐレース。それに人気なのはボールを籠に入れるスポーツがあるな」
 海上でするスポーツで、イルカの姿になって行う。鼻でボールを転がしたりパスしたりして、浮きの上に設置した高い籠にボールを投げ入れ、得点を競うというものだ。バスケットボールに似ているが、海の上というのがイルカならではだろうか。
「あの、お昼は、ハーララ様たち獣人の事情も考えず、取引に関して失礼なことを言って申し訳ありませんでした……」
 エレオノール・ベルドロップ(えれおのーる・べるどろっぷ)が、ハーララに声をかける。
 失礼というのは、ヴァイシャリー家の予算で島を保護して、というくだりのことだった。
「心を込めておもてなしさせていただきますね」
 エレオノールは、生徒会選挙を意識しすぎたことを反省して、一歩退いて。お茶やお菓子、それにジャムなど切らさないように、と心がけて給仕をする。
 ヴァイシャリーが素敵なところだということを分かって欲しいから。
「考えてみたのですが、お互いの文化に興味を持つような貿易にしたい、と思いまして。加工品ではなく、よく採れる貝や宝石をいただいて、それにヴァイシャリー独自の音楽を合わせて、オルゴールを作れたらいいな、と思うのですが。きっと聴く人の心を幸せにするような素敵なオルゴールができあがると思います」
「オルゴール……それは素敵ですわね」
 ラズィーヤがエレオノールに微笑む。
「これ、だいじょうぶですか〜?」
 新しい取り皿を運んできたヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は、お皿を桜子に渡した。にこにこ笑顔だ。
(せんきょもお茶会も、みんな、もっとなかよくなりたいって、いろいろかんがえててすごいです。ボクもみんなでなかよくする、手をつなげた輪の、和の心でがんばるですよ!)
「こうえきのアイデアなら、ボクもかんがえてきたです♪」
「是非、聞いてみたい」
「ハーララおじちゃんは住むとこでこまってるですね」
「お……おじちゃん……」
 ハーララは面食らったようだが、小さく笑った。
 ヴァーナーがまだ背が小さく、頑張って見積もっても小学生の外見だから、というのもあるけれど。話し方のせいもあるだろう。
 彼女が実は白百合団の班長やロイヤルガードとして剣を振るうなんて想像もつかないに違いない。
「ヴァイシャリーの水路にある、お船の出店とかなら海の上でもお店が出来るからどうですか?」
「船の出店……いや、悪くはないが、ずっと小さな船で生活はできないよ、お嬢ちゃん」
「それはざんねんです」
 ヴァーナーはちょっぴりめげた。が、すぐ立ち直って、
「アダモフおじちゃんには……これです」
 取り出したのは、変哲のないペットボトルと、可愛い水玉柄の水筒だった。
「アイリスおねえちゃんも大好きな午後の黄茶とかのように……」
 午後の黄茶は、皇女であったアイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)も愛飲のペットボトル飲料だ。
「いろんな飲み物が運べるです。ペットボトルはかるいし、水筒はあったかいのはあったかく、つめたいのはつめたいままはこべるのもあるです!」
「ほう。それは聖霊や聖霊の力を借りているのではないのだな」
「あと、カラクリとかなら自転車はどうですか? らくらくなんですよ〜。えっと、歩くののの3〜4倍くらいの速度ではしれるですよ」
「ほほう」
 アダモフの方は、興味津々のようだ。どういう仕組みなのか、どんな時に使うのか、詳しく聞いている。
 機械的な文明の産物の便利なところは、魔法などの素養がなくとも、安全に誰でも使用できることなのだ。
 ヴァーナーが解説をしているその間、彼女のパートナーのセツカ・グラフトン(せつか・ぐらふとん)は、刃魚について『パラミタ動物図鑑』の片隅に載っていた解説を思い起こしていた。
(皆と協力して、ハーララさんの部族の問題を解決できればいいのですけれど……。確か刃魚は、パラミタ内海の沖の方、温帯の地域にはそれなりに見られるものの、回遊したりする性質はないそうですわ。
 悪食で、魚から時には人まで食べることがあるそうですが……、何か住んでいた場所から追われるような出来事があって、こちらまでやってきたのでしょうか?)

(ヴァーナーちゃんも頑張ってるなぁ)
 ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)は各種のサンドイッチをバランスよくお皿に盛りつけて、ケーキ・スタンドの陶器の皿を取り換えながら、決意を新たにしていた。
(それに生徒会庶務の候補者にまさか、知り合いの七瀬さんがいたなんて。だからといってあたしもここで引き下がるわけには行かないんだ。
 フロゥテクノロジの関連会社を任されることになろう未来、そのために頑張るんだ。自分や、家の会社がヴァイシャリーにできることは……)
 ネージュの実家は、外資系IT企業「フロゥテクノロジー」。生徒会選挙に立候補した理由の一つでもある。
 彼女はお茶を楽しむラズィーヤに声をかけた。
「ラズィーヤ様、今自分がヴァイシャリーのためにできることを考えてみたんですが、私の実家は、情報系機器の総合企業なんです。
 ヴァイシャリーのインフラも空京などの西側地域ほど発展していないですよね。通信機器のハードウェアとインフラ網ぐらいなら提供できそうなので、この機会に、発展できるのではと考えているのですが……」
 だが、ラズィーヤは残念そうに首を振った。
「地球上で作られた機械は、パラミタでは作動しませんわ。空京の結界内に運び、そちらを参考に、改めて空京で生産する──もしくは、空京製の機械を使って生産する、という手順が必要ですわね」
 他にも生産者の技術や、技術者の派遣など問題もありますし……、と言ってから、ラズィーヤはネージュに優しく諭した。
「現生徒会メンバーは、特に社会的に高い地位にある家柄の出身。もしその気になれば、政財界にも大きな影響を与えられるはずですわ。でも彼女たちはそうしませんでしたし、パラミタでそれを行使しようともしませんでしたわ。それは、何故だとお思いになるかしら?」
 ラズィーヤはネージュが何か言う前に、意味ありげに微笑した。