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手の届く果て

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手の届く果て

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★2章



 蟻の巣――。
 木の根――。
 どんな例えを用いても、この迷宮を表すには至らない。
 ここは、人の手には余り過ぎる。
 広大な大地を前に庭だと言うように、余り過ぎている。



 ――迷宮内・第一階層――



「畜生ッ……この部屋もダメか……」
 ボロボロになった書物を棚にそっと戻しながら白砂 司(しらすな・つかさ)は唇を噛んだ。
 そんな様子を見て、ポチが司に鼻を寄せ慰めるようにした。
「焦ったって仕方がない、か。わかってはいるが、何部屋目だ……?」
 ポチに乗って迷宮を隅々まで回って、ようやく見つけた書庫がある部屋。
 他には居住の跡が見受けられる部屋や、墓地のような部屋、様々なガラクタが乱立している部屋。
「やはり、もっと下層か……? しかし、だからと言って部屋を、書庫を見逃すわけには……」
 書庫と言えど、この迷宮には数多くの研究者がいたに違いない。
 それだけ、生活の跡が残っていた。
「クソッ!」
 ドンッ、と司が力一杯壁を叩くと、部屋の天井から屑が零れてきた。
「あたッ――」
「……!? サクラコ!?」
 背後の気配に気づかなかった。
 司が後ろを振り返ると、そこにはハニールに支えられながら立っているパートナーのサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)がいた。
 彼女も熱病に冒された1人である。
「どうしてここにいる!? 家で寝ていろと言ったのに……。ハニールもどうして連れてきた……」
「ハハッ……ハッ……必死で探してくれるのは、嬉しいけど……ハァッ、司君、周り見えなくなっちゃって、暴走しちゃう時あるでしょ?」
「いや、そんな心配よりも俺は――っ、だな……その……なんだ……ッ」
「ほらほら、それ……」
 サクラコは真っ赤な顔と荒い息のまま笑い、司の手を指差した。
 壁にめり込みかねないその手を。
「これは、ちが……ッ、ハァ……。他の奴にも感染したらどうするんだ?」
「それは、司君が熱病の治療法をここで見つけるから……大丈……夫……」
「――ッ!?」
 ハニールに掴まっていてもなお、弱々しく倒れかけたサクラコを司も支え、その額に手をやれば疑いたくなるような熱を持っていた。
 ここで――見つけるしかない。
「ハニール、ポチにサクラコを乗せるんだ。このまま一緒に……必ず見つけるぞ。今度は俺の護衛だッ!」
 そうして、司達は次の部屋を探しに駆けだした。



「ま、こんなものじゃろうて」
 パンパンと両手を払いながら名も無き 白き詩篇(なもなき・しろきしへん)は、トラップを1つ解除した。
「御苦労さまです」
御凪 真人(みなぎ・まこと)が、一度辺りを見やってから、白き詩に労いの言葉を掛けた。
「面倒じゃが仕方ないのう。罠や仕掛けの方はわらわの方で何とかしてやるのじゃ。真人の方は警戒を引き続き頼むのじゃ」
「畏まりました、姫君」
恭しく頭を垂れる真人を見て、白き詩はフンと鼻を鳴らす。
他の契約者が少しでも動き易くするためのトラップ解除は、真人からすればお願いする立場なのだから、この演技も――その中での関係も――まんざら嘘ではない。
「真人」
「何でしょう、姫君」
 白き詩は次のトラップを見つけ、その解除にとりかかりながら言った。
「病気の獣人に作った薬を高く売ろうと目論む盗賊どもは別に変では無いのじゃ。需要が有るものを高く売るのは商売としては当然なのじゃ。むしろ病気の獣人の為など綺麗事じゃ」
 ――お主はどう思うのじゃ?
 そう聞かれているのだろう。
 真人は警戒を怠らずも壁に背を預け、腕組みしながら答えた。
「まさにその通りです。発見というのは危険を冒すものです。そのために掛かる人員、費用を考えれば、発見を金に換えるのは当たり前でしょう? 盗賊が調合書を手に入れようが、俺達契約者が手に入れようが、結果的に薬は、治療法は出来上がるでしょう――」
『しかし、俺もそんな綺麗事が好きですから』
『じゃが、わらわはその綺麗事が好きなのじゃ』
 ピタリと会った互いの結論。
 一度見やって、白き詩は解除を終えたと手を叩いた。
「と言うわけじゃ、真人もきりきり動くのじゃぞ」
「勿論。邪魔をする者、行く手を遮る者には覚悟してもらいます」
 真人が開いた掌に、赤き炎と蒼き氷が光を放つと、それらは交わり、一条の線となって迷宮を走った。
 ――ギャアアアッ!
 ガーゴイルの断末魔はすぐに聞こえた。
「さて、進みましょう」
「うむ。ところで真人。ベルティオールの調合書、ひょっとしてわらわと同じく魔道書になっておるのじゃなかろうか」
「かも、しれませんね」
 そんな話をしながら、2人は迷宮の奥に消えていった。



 ――ドフッ!
 ――ドッフッ!
 ゴーレムが一歩歩くたびに微震を感じるが、これは致し方あるまいとアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は思った。
「崩れタラ、生き埋めダヨ」
「段々と道が、不安定になってきましたね」
パートナーであるアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)は物騒なことを言い、ヨン・ナイフィード(よん・ないふぃーど)は正直な気持ちを言うが、それはどちらとも、
「しゃーない」
 というアキラの一言で全て片付けられた。
 お宝目当てで潜ったアキラだったが、早速出鼻を挫かれていた。
 頼みの綱、アリスのトレジャーセンスがその能力を疑いかねないくらい、感度良好なのだ。
 ――ワタシ、ミス、しないヨ?
(つまりは、パンパンに詰まった物入れみたいに、何でも迷宮に放っちゃってると……)
 加えて、迷宮に潜り始めて相当の時間が経っているにも関わらず、未だ階下への道を発見できずにいた。
(まさか一層しかない迷宮なわけはないだろうし……デカイ……? 横長? 縦長?)
 ――ゴッ!
「あ、今解除します」
 ゴーレムの――人間で言えば小指辺りに、トラップで飛びだした岩盤がぶつかっては引っ込み、ぶつかっては引っ込みを繰り返していた。
(うお……足の小指は痛てぇ……)
 ヨンが解除に向かい、岩盤は動きを止めた。
 罠避けのために先行させているゴーレムだが、そろそろ厳しくなったきたか。
 通路は縦に狭まり、先行するゴーレムは這い這いで進むようになり、時折、いかつい肩で通路を削り続けた。
「オッ……? 止まれッ!」
 アキラの一声でゴーレムが進行を止めると、肩で削れた通路の近くにアキラは行き、ニヤリと笑った。
「ゴーレム、ショルダータックルッ! こっちにな!」
 左側へゴーレムが肩を勢いよくぶつけると、壁の一部に穴が開いた。
 3人は隠し部屋を見つけたと、一斉にその穴を覗いた。
「ワオ、ビューティフォー」
「可愛らしいお人形さんです」
「よっ、せっ……」
 アキラは穴に上半身を突っ込み、中を覗いた。
 そこは古く、小さな、人形工房だった。
「書、書、って皆言ってるけど、この迷宮にはこんなのもあるってことは……」
 アリスのような小さな人形が、そこらじゅうに散らばって、端の方には、骸が横たわっていた。
「研究者以外に技術者もいたってことなら、その書ってやらも、本当に本かどうかも怪しいな……。………………一体、貰ってくぜ? よっと……」
 アキラは穴から身体を抜き出し、一息ついた。
「迷子になりそうだし、そろそろ戻るか。飽きた、疲れた」
「オオ、プリティ・ドールッ! アキラッ、ギブ・ミー!」
「ふふ、可愛らしいです」
 アキラは人形をアリスに預け、ゴーレムに方向転換を命じた。
 ――私の子を頼む。