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【蒼空のフロンティア秋祭】秋のSSシナリオ

リアクション公開中!

【蒼空のフロンティア秋祭】秋のSSシナリオ
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リアクション

  空京に新しくできたデートスポット。全長170メートル、50個のゴンドラが舞う巨大観覧車。

  大地と空の境で、大好きなあの人と一緒。ゆらゆら揺れる、ゴンドラの中。長くて短い15分という魔法の時間。

  気になっていた、普段言えないことを伝えられるかもしれない。この大地と空の間でなら。



  この秘密の時間を、あなたはだれと、何をしてすごしたいですか?




Case1・月谷 要(つきたに・かなめ)霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)の場合

『鏡を見るたび、思い出しなさい…』

「観覧車、乗りに行かない? 要」
 顔を洗って戻ると、霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)が振り返った。
 タオルを持つ手を下ろしてテレビを見る。彼女が少し前まで見ていたらしい画面には、手前の木々を突き抜けて見える巨大な観覧車と『空京で今一番ホットな場所! 全長170メートルの巨大観覧車』という赤文字のテロップが映っていた。
「そんなに遠くないみたいだから」
「……今から?」
「天気がいいから、歩いて行きましょ。どこかでお昼とって……ね? いいでしょ? こうして久しぶりに時間とれたんだから」
 悠美香にしてはめずらしく、ねだるような声だった。これも作戦の内だったのだろう。あとになっておかしいと思ったが、このときには気付けなかった。
 要はもう一度視線をテレビに向ける。
(……外か)
「要?」
 ぼうっと立ちつくす要を見上げた悠美香の手が、彼を気遣って伸びてくる。
「あ、いや……うん。上着、取ってくるねぇ」
 気付かないフリで背を向けて、再び廊下へ出た。何でもいい、手に触れた一番最初の上着を掴んで、外へ出る。
 べつに、特に気をそそられたわけでもなかった。巨大観覧車が建設中なのは知っていたけれど、ああ完成したのか、としか思わなかった。
 家の中にいることの方がはるかに嫌だったので、つきあうことにしただけだ。家の中にはいろいろと…………映るアレがあるから。
 外にももちろんあるが、家の中ほどではない。それでも要は左右に目を振らず、心持ち俯きかげんで靴のつま先と悠美香の踵を見ながら歩いていた。
 悠美香の方は、そんな要の胸の内などおかまいなし。知ってか知らずか計りかねる笑顔で前を歩いていく。
「風が気持ちいいわね。もう秋なんだわ」
 向かい風に目を細めて深呼吸する彼女の言葉に、ペプー、と笛の音が重なった。焦げたような甘ったるいにおいが風に乗って流れてくる。
「焼き栗屋さん!」パンと手のひらを打ち合わせた。「おいしそう。私、ひと袋買ってくるわね! 要も食べるでしょ?」
 悠美香の手が袖を引く。それを見て、要はしまったと思った。
 袖を掴まれただけで、肌には一切触れてないのに。どくん! と心臓が音をたてて打って、一気に全身に熱い波を送り出した。
 ――冷や汗。
「お、俺が買ってくるよ。だから、悠美香ちゃんはここで待ってて」
 自分でも声が上ずっているのを意識しながら、返事も聞かず、笛の音がする方に駆け出した。
「要…?」
 不思議そうな悠美香の声。きっと、眉も寄せているのだろう。不審がられたかもしれない。あんなに用心していたのに…。
 心臓がバクバクして、体がかぁっと熱くなって。まるで小鳥か何か飲み込んだみたいに胃の中がざわざわして、落ち着かない。かと思えば、次の瞬間には冷たい汗が吹き出してきて、さわられた場所をこそぎ落としてしまいたくなるのだ。
 それがだれであろうと……たとえ悠美香でも、それは変わらなかった。
 ――フレラレタクナイ。イヤダ。……オモイダシタクナイ。
 何を? そう考えるのもわずらわしかった。分かっている。あのアガデでの夜のことだ。墜落した屋根の上で、やけに大きく見える月と飛び交う魔族を見上げながら、ああ自分はここで死ぬのだと悟った。だれにも……敵にさえ気づかれることなく、ただ1人死ぬ。
 だが気付いたときには、彼は癒されていた。妙にほてって汗ばんだ体と、わけの分からない、満たされないもんもんとしたものが胸の中で暴れていた。
 そして悠美香と再会を果たして、しがみついてきた彼女のやわらかな体を抱き締め返したとき、彼が考えていたことといえば――……
(――うわぁ。もしかして俺、サカってるの?)
 脱力し、道端だというのに思わずしゃがみ込んでしまう。膝を抱き、突っ伏した。
 いっそ、それだけならまだいいのだが。悠美香の手が触れることを想像した次の瞬間吹き出してくる冷や汗と震えは、そればかりでないことを伝えていた。もっと根深い、深刻な問題が心身ともに起きているのだと…。


 要がおかしいことに、悠美香が気付かないはずがなかった。
 もっと言えば、パートナー全員が不調に気付いている。本人は隠せているつもりのようだが、バレバレだ。なにしろ毎日の食事の量が3分の1程度にまで減っているのだ。口数もめっきり少なくなり、ひとの注目が自分からそれていると感じたら、すぐ意識を飛ばしてふさぎこむようになった。
 何を隠そう、今日の悠美香はパートナー全員からの使命を帯びているのである。
(絶対理由をつきとめてみせるんだから)
 観覧車のゴンドラなら逃げ場ないし。15分っていったら結構長い時間だし。
「ねぇ要。私に隠してること、ない?」
 席について早々、悠美香はずばっと切り出した。
「……え? 何も……ナイデスヨ?」
「うそ! 今も目を泳がせてるじゃない」
 ……いや、これはどこを見ればいいのか分からないからなんですが。
(うーん。今まで悠美香ちゃんと向き合ったとき、どこを見てたんだろう? 思い出せない)
 今はどこを見てもヤバい気がする。
(というか、今の自分の状態で2人だけでこんな狭い空間にいるの、ヤバくない? 今ごろだけど)
 過剰に意識するあまり、なんだか座り心地も悪くて、もぞもぞしていたら。
「私、知ってるのよ」
 悠美香が意味深な発言をした。
「えっ……」
 あきらかに身をこわばらせた要を見て、悠美香はむう、とあごを引く。
「要、今私に内緒でルーさんと剣の修行してるでしょ? 始めたのは私とだったのに」
 いろいろあって、中断して……そのままだと思ってたのに。私だけ締め出して…。
「あ、そのこと?」よかった、と内心胸をなで下ろす要。「いや、だってそれはー……ねぇ」
 なんだか、ヤバい気がしたのだ。
 こんなになっている今、悠美香と2人きりになる状況はできる限り避けたかった。
(けど、鬱憤を晴らしたくはあったから、それの解消の意味も込めてルーさんに付き合ってもらってたんだけど)
「ルーさんも告げ口しなくても――って、ハッ!! もしかしてここもルーさんがっ?」
「そんなことどうでもいい! 今、ホッとしたでしょ? まだほかにも何か隠してることがあるのね!」
「え? な、何も隠してなんか…」
 と、またも目を泳がせた先、ガラスに映った自分の顔に、ぎくりとなった。
 灰色の左目…。

『鏡を見るたび、思い出しなさい、あなたは私のオモチャなんだって』

「何もないよ。ほんとに、なんでも…」
 さっとロールスクリーンのブラインドを下ろした。
 冷たい汗でじっとり汗ばみ始めた体の変化を隠すように、手足を組む。
「――要、自分でもおかしいの、ほんとは気付いてるんでしょ? 最近鏡見た? 顔色だって冴えないし、あんまり眠れてないんじゃない? 食欲だって落ちてるの、知ってるんだから」
「それは学校への報告とかいろいろ忙しかっただけで……ホラ、俺、魂抜かれちゃったし。精密検査とかも受けさせられたでしょ? 忙しくて、眠る時間も食べる時間もなかなかとれなかっただけで。けど、もうそれも終わったから。
 それに、体重は増えてるよ?」
 主に機巧龍翼の重量のせいだけど。
「ダイエットが必要かな〜? って」
「はぐらかさないで!」
 悠美香は腰を浮かせて立ち上がる。
 胸元に伸びてきた手。
 白い女の細指。
 要は避けるように横へずれた。思うよりも早く、体が反応していた。ごまかしようがない。
「要?」
 悠美香が蒼白した。



Case2・笹野 朔夜(ささの・さくや)笹野 冬月(ささの・ふゆつき)の場合

 その日、庭に出て東の空を見上げていた笹野 冬月(ささの・ふゆつき)は、ふと思い立って銘刀【風雅】を磨くことにした。
 部屋の中央できちんと正座をし、黙々と、愛刀を磨き続ける冬月。
 そんな姿を横目にちらと見て、笹野 朔夜(ささの・さくや)は廊下を通りすぎて玄関へ向かう。そのときは何とも思わなかったのだが。
 用事を済ませて2時間後。部屋の前を通ったら、まだ冬月が先と同じ場所で同じことを繰り返しているのを見て、さすがに足が止まった。
「冬月さん、ずいぶん精が出ますね」
「ん」
 一応返事をするということは、耳に入ってはいるようだ。
 朔夜は部屋に入った。
「どうしたんです? 一体」
「今日は、天気がいいから」
「ああ。まぁ、そうですね。ぽかぽかとして、いい天気です」
 口数少ない冬月と会話を成り立たせるには、行間を読まなければならない。
 天気とああして刀を磨き続けることに、何か因果関係はあるのだろうか? ――多分、ない。
 本人は、あると思っているのだろうが…。
 朔夜は冬月に聞こえないよう、そっと息を吐き、ぴんと伸びた背筋に向かって話しかけた。
「さっき、連絡をもらって打ち合わせに行っていたんです」
「ん」
「そこで教えてもらったんですけど、ほら、ここ数カ月施工されていたあの巨大観覧車。あれ、完成しているそうなんです。結構評判がいいようなので、これから行ってみませんか?」


 巨大観覧車は今話題のスポット。近づくにつれ、混み始めた人混みの中を、冬月は朔夜と並んで歩く。
 ぼんやりと、どことなく心ここにあらずの風情で歩く冬月も、最近の自分がおかしい自覚はあった。ちらちらと横から盗み見ている朔夜にも気付いており、気を遣わせてしまい申し訳なく思っているが、適切な言葉が見つからず、何と説明していいか分からないため沈黙するしかない。
 奇妙な厭世感があって、現実がひどく遠く感じられるときがあるのだ。そのくせときどき焦燥感にかられるというか、胸の中がもやもやして、手持ちぶさたな気がして……何かせずにはいられなくなる。気が急いて、どこかへ行きたくなるような…。
 理由は不明だ。
 いつからだろう? つれづれに記憶をさかのぼってみて、数カ月前に東カナンで開かれたサンドアート展から帰宅してからではないかと、見当をつける。朔夜やみんなと一緒に、東カナンに降った砂を用いてテラリウムを作り、販売した。
 とはいえ、冬月は売り子ができる性分でもないので、見本を吊るして会場を歩いていただけだったが。
(それで、東カナン領主と会ったんだったな…)
 会場へ視察に来ていたバァル・ハダド(ばぁる・はだど)と、偶然出くわした。それで彼に、説明がわりに見本で持っていたテラリウムを渡したのだが。
『ありがとう。とても繊細で、美しい物だね。部屋に飾らせてもらうよ』
 穏やかに笑んで、冬月をまねてベルトから吊るして…。
「……冬月さん? 順番が来ましたよ?」
 朔夜の声にハッとして、冬月は初めて自分が今どこにいるか気付いた。
 列に並んでいた記憶がない。観覧車の前に着いたことはかろうじて覚えているが……いや、その前にも数か所、見て回ったような記憶もうっすら…。
「すまない」
「足元に気をつけて」
 係員の開けたドアをくぐって、中の座席に落ちついた。
 なんだかまた胸がもやもやしてきたのを無視するように、ゆっくりと上昇していくゴンドラから見える外の景色に集中していたら。
「心、ここにあらずですね」
 朔夜がくすりと笑った気がした。
 どことなく声も笑んでいるようだったが、そうでないことは振り返らずとも分かった。ガラスにうっすら映った朔夜の面は、どこか気難しげだ。
「そんなことはない」
「そうですか?」
 朔夜を護る以外、俺にすることなんてない。今も、これからも。
 ここ以外に俺のいるべき場所はないんだ。
 だから。
「俺は、ここにいる」
 きっぱりと迷いなく答えた言葉なのに。
 朔夜には、2人に言い聞かせているように聞こえて仕方なかった。
 ふうと息をつき、朔夜は足を組み替えて、楽な姿勢になるよう少し格好を崩す。
「冬月さん。実は、ちょっと相談したいことがあるんです。ある人に悩みを打ち明けられたんですが、どうアドバイスすればいいか悩んでいまして」
「なんだ?」
「他人に話してもいいか了承をとっていませんので、仮称Aとしますね。
 Aには、私情を殺して主に仕えるのがヴァルキリーとして当然の務め、なんて古臭くて自分より他人優先の生き方してる仮称Bという友人がいて。Aは、そんなBを、ずいぶん不器用な生き方をしていると思いながらもその真っ直ぐな生き方がとっても格好いいな、って思って勝手に尊敬してるらしいんです。
 なんでも昔、家族を亡くして自暴自棄になり死にたがりだったAを最後まで見捨てず、無私無償で面倒を見てくれたんだそうです。やがてAはどうにか立ち直り、もう死にたいなんて考えずに普通の生活がおくれるようになったんですが、その後もずっと傍にいて、変わらず献身的に自分の面倒を見ようとしてくれるBに、Aは恩返しがしたいと考えました」
「当然だな」
 すっかり話に引き込まれてか、冬月は正面を向いて真剣に頷く。
「そうですね。それに、ようやく周りが見えるようになってAも気付いたんですが、今の世の中でBの生き方はひどく危なっかしくも見えたんですね。でも、Bの他人優先の生き方は本当に格好いいって思うし、その生き方を変えてほしいとも思えなくて…。
 だからせめて、他人を優先するあまり命まで投げ出してしまわないように、Aは自分の残りの人生を全部使って、Bが幸せになれるように――BはもうAにとってかけがえのない「家族」になっていましたから――Bが決して不幸になるようなことだけはないように、そばで護って生きていこうって思っているんだそうです」
「そうか。
 で、それのどこが相談なんだ?」
「ええ。前置きが長くてすみません。
 とにかく今言ったように、AはBのために何かをしてあげたいという思いでいっぱいなんです。けれどBは自分より他人優先の人だから。いつもひとのことばかり考えているから、たまに何か気になることややりたいことができても、すぐに「気のせいだ」とか「俺はAを護らないといけないから」って思い直して、振り捨ててしまうそうなんです」
「ああ……そうだな。分かる」
 口をついて、そんな言葉が出た。
 言葉とともに、ふと胸に浮かびかけた影が形になる前に、冬月は霞を払うように消してしまう。いつものように。
 朔夜といるときは、朔夜に集中しなければ。
 そんな冬月を見て、朔夜は前のめりになった。膝の上で肘をつき、指を組む。
「よかった。冬月さんならきっと分かってくれると思っていました。
 それで、Bには世界中のだれよりも幸せになってほしいって思っているAに、俺はどんなアドバイスをしてあげたら良いと思います?」