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秋の夜長のパジャマ&コリマパーティー

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秋の夜長のパジャマ&コリマパーティー
秋の夜長のパジャマ&コリマパーティー 秋の夜長のパジャマ&コリマパーティー

リアクション

「それでは、気を付けて行ってきて下さいね」
 笹野 朔夜(ささの・さくや)の言葉に頷き、彼が準備した荷物を手に笹野 冬月(ささの・ふゆつき)アンネリーゼ・イェーガー(あんねりーぜ・いぇーがー)は歩き出した。彼女たちの向かう先には、天沼矛の誇る女子会向け宿泊施設、『パジャマパラダイス』。そう、彼女たちはアリサ・ダリン(ありさ・だりん)サクラ・アーヴィング(さくら・あーう゛ぃんぐ)の計画したパジャマ・パーティーへ向かっているのだった。
「……あの建物のようだな」
 冬月の見上げる視線の先、白を基調とした建物は大きく、清潔な装いをしていた。足を進めるにつれ、同じくパーティーに誘われた生徒達の姿が所々目に入るようになる。女子ばかりが集められた空間は華やかで、空調の整えられたエントランスは冬の寒さなど僅かたりと感じさせることは無かった。
 温かな空気の中、女子たちの賑やかな声が各所から響く。一先ずチェックインを済ませるべく、冬月たちは女子たちの合間を縫って受け付けへと向かって行った。


▼▼▼


「だ……騙しやがったなレミの野郎!!」
 打って変わって、シベリア近海。
 大人数を乗せることの可能な、更には狭い室内に調理場まで用意された吹きっ晒しの漁船の上で、鈴木 周(すずき・しゅう)はがたがたと震えながら怒声を上げた。広い甲板の中、驚いたような視線が彼へ向けられては荒く波を立てる海へと戻る。
 季節は冬、吹き付けるシベリアの寒波は契約者と言えど容易く耐えられるものではない。方々からは同じような怒声や悲鳴が響き、一部ではさながら強制労働といった風体すら醸し出している。
 そんな中には、一人冷静に船の中を回る宙野 たまき(そらの・たまき)の姿もあった。
「まさに北の漁場だな。……さて、船はどの程度の装備を持っているのだろうか。レーダーや魚群探知機があれば、精度や効率と高めて大漁を狙いやすくなる」
 呟きながら歩くたまきの目に、しかしそれらしいものは映らない。あくまで契約者たちを運ぶためにと準備されたこの船に、漁のための装備は大して積み込まれてはいなかった。
「……まあ、このくらい大きな船なら多くの蟹を積めるし時化にも強い。 あと水産資源の保護をも考えないと永続的な漁が行えないから、その配慮も忘れてはいけないな」
 そんな彼の目は、何はともあれと網を海へ投げ込もうとする数人の生徒たちを向く。
 つかつかと歩み寄り、「待て」と片手でそれを制したたまきは、彼らの手から網を掬い上げた。代わって、持参した網を手渡す。それは網目が太くなるように、そして網の間隔が広くなるように縒られた特製の網だった。
「これなら蟹の鋏で切られる心配も少なく、また小さな獲物が逃げられる。獲った獲物はこのねじくれたスプーンで食べる! さあ、蟹を獲るぞ!」
 たまきの呟きに耳を傾けていた生徒達の間に、わっと蟹料理への希望が湧く。
 しかし、それが怒りと寒さに駆られた周の耳に届くことはなかった。
「女の子のパジャマパーティーだって聞いて来てみたのに、なんでこんな寒い所で船に乗ってんだよ!?」
「パジャマ? 蟹取って売っ払う体の良いバイトじゃねえのかい」
 吼える周の隣では、東條 カガチ(とうじょう・かがち)が訝しげな目を向けていた。北海道の出身故に他よりも幾らか寒さに強い筈の彼でさえ、微かに肩の端を震わせている。
「こんな寒ぃ所でパジャマパーティーは無いでしょーよ」
「くそ……沢山の女の子の、パジャマ……」
 呟く周の目は、異様な輝きを湛えていた。怪訝と眉を寄せるカガチの視線の先、周は落下防止の柵へ手を掛ける。
「へ……へへ、この程度でくじける俺じゃねぇぜ! 甘かったなレミ、俺は天沼矛へ行く!」
「ねぇ、冬の海を甘く見たら……死ぬよ?」
 そこへ一歩歩み出たのは、暖かな防寒具に身を包んだ清泉 北都(いずみ・ほくと)だ。呆れ半分心配半分といった風情の彼の傍には、厚手のコートを幾つか手にしたクナイ・アヤシ(くない・あやし)がぴたりと付き従っている。
「防寒具が無いなら貸してあげるよ」
「準備が良いねえ、あんたもこっちの出身かい」
 感心したように語り掛けるカガチへ、北都は寒さに堪えた様子もなく、普段通りののんびりとした所作で振り返る。
「僕は日本海育ち、お兄さんは?」
「俺は北海道オホーツク圏だよ、もうここまで来たらパラミタ帰るより実家帰る方が早い気がすんだよねえ」
「そうなんだぁ、ならお互い寒さには慣れてるよねぇ」
「つっても北海道だってだってここまですこーんとしばれるのは真冬くらいだし春はぬくいし秋は涼しいから。あーここに比べてほんと北海道は話の分かる奴だ」
 二人が和気藹藹と雪国話を始めた脇では、柵へと片足を乗り上げた周が片手に剣を構えているところだった。『ソニックブレード』の一撃が放たれた先には、救命用の浮き輪を繋ぐ縄。見事両断され海へと落ちた浮き輪へ、周は勢い良く飛び降りる。
「おーし! こんな船に乗ってられるか、俺はパジャマパーティーにお邪魔しちゃうんだぜ!」
 親切な何人かが転落と誤解して投げた縄は、周自身の放つ『煉獄斬』によって焼き払われる。舞い散る火の粉の合間から覗く周の笑みは、しかし次の瞬間強張った。
「さ、寒ッ! それに天沼矛ってどっちだ!? 太陽のある方……南か!」
 一人元気良く間違った結論を出した周は、救命用の浮き輪に櫂が付いている筈もないことに気付く。彼を見下ろす多数の生徒達の表情は、心配そうなものから呆れへと既に塗り変わっていた。
 そんなことを気にした様子もなく、周は両足をばたつかせ始める。そう、バタ足で天沼矛まで泳ぎ切ろうというのだ。
「いや、普通落ちた時点で死ぬってこれ」
 カガチの呟きが届くこともない。浮き輪のと女子のパジャマ姿への期待に支えられた周は、それでも一応は順調に船から遠ざかり始めたかに見えた。
 しかしそこで忘れてはならないことが一つあった。そう、彼ら契約者たちはこのシベリアの海に蟹を獲りに来たのだ。
 彼らの期待に応えるように、海の一点、丁度周の進行方向に赤い影が浮かぶ。鋭い鋏、真っ赤に色付いた体、なんとも美味そうな成熟した蟹の姿が緩やかに海面へ顔を出した。
「いや、だからってデカすぎるだろ!?」
 但し、ざばりと海から顔を出した蟹は大柄な漁船と同等の大きさの体躯を有していた。
「あんだけデカイ蟹が獲れるんなら、労働の対価も得られるかねえ」
 呟いたカガチの手には、『蟹漁船“コリ丸”』と書かれた看板があった。剣のように構えたそれへ力を込め、カガチは勢い良く振り上げる。
 行く手を塞がれた周は、やむを得ず剣を両手に構え直す。船の上の生徒達も事態の異常を悟ったか、それぞれに武器を構える姿が見えた。そうして、様々な技の斉射が巨大な蟹を襲う。
「ち、ちょっと待て! 俺に当たぶっ」
 慌てた周の制止の声も届かず、一斉に放たれた魔法や剣技はそれぞれに蟹の甲殻を傷付けていく。しかし逸れた魔法は次々周の周囲へと着弾し、立つ飛沫が遂に浮き輪を転覆させた。
 咄嗟に身を海中へ沈め浮き輪から逃れた周は、幾つも穴が開き沈んで行く浮き輪を呆然と見送っていた。そんな彼の頭上へ、ふと影が落ちる。
「……え?」
 恐る恐る周が頭上を見上げれば、猛攻に耐えられず亡骸となった蟹が緩やかに周へ向けて倒れ込んで来るところだった。
「獲ったどー!」
 『面打ち』の要領で投げ付けた看板で見事蟹の頭部を貫いたカガチが声を上げ、「おー」と生徒達の唱和が重なる。
 船へ引っ張り上げろと縄を持ち出す生徒達の脇、操船室からのそりと姿を現す男がいた。この蟹パーティーの企画者、コリマ・ユカギール(こりま・ゆかぎーる)その人である。
 コリマは騒然とした甲板、それから倒れ伏した蟹を無言のまま眺めると、一つゆっくりと頷いた。直後、生徒達の脳内へ精神感応の声が響く。
(……どうやら、この近辺には様々な蟹が存在するようだ。光輝く伝説の蟹を始め、よく気を付けるように)
「遅ぇよ!!」
 生徒達の叫びは、極寒のシベリア近海に虚しく響き渡った。


▲▲▲


「……くしゅん!」
 その頃、周のパートナーであるレミ・フラットパイン(れみ・ふらっとぱいん)は丁度チェックインを済ませている所だった。突然のレミのくしゃみに、一応引率者という名目の小谷 友美(こたに・ともみ)は心配そうに眉を寄せる。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫です! ……うー、誰か噂でもしてるのかな」
 鼻を擦りながら受け付けを終えたレミの視界に、ふと時計が映り込む。時刻は丁度四時過ぎ、昼から夜へ移り変わり始める夕刻の時を差していた。
「ああ、この時間だとあれかな……周くんがあたしに恨み事でも言ってるんだろうなぁ」
 レミの脳裏に、丁度周を送り出した時の光景が浮かぶ。
 パジャマパーティーの存在を嗅ぎ付け、「女子のパジャマ姿が大漁!」と意気込む周。そんな周に「なら一緒に申請しておいてあげる、男子は船で移動だって」と笑顔でで言いながら、彼の名前でシベリアの蟹漁へ申し込んだレミ。
 現地に着けばパジャマの女の子いっぱいだよ、とのレミの言葉に、周は疑うこともなく全速力で船へと駆けて行ったのだった。
 そこまで思い出して、レミは頭痛を堪えるように額を押さえる。
「きっと大漁には違いないし……うん! 頭脳戦の勝利だよね! たまには真面目に働いてもらわないと」
 そう言って、レミは何事も無かったかのように大広間へと足を進めた。そう、食べ放題のスイーツが並ぶ夢の空間へ。


▼▼▼


 一転、目を閉じれば夢の世界から帰ってくることが出来るかも危うい蟹漁船。
「この隙に……」
 蟹と共に引き上げられる、すっかり気絶した周の姿を遠目に眺めながら、尾瀬 皆無(おせ・かいむ)は小さく呟いた。彼の手には一隻のゴムボート。騒動の合間に確保したそれを海へ投げ込み、皆無は勢いを付けて船から飛び降りる。
「おにゃのこのいないこんな所にいつまでもいられるか! 俺様は東京に帰らせてもらっ」
 しかし、それを最後まで言い切る事は出来なかった。
 不意に皆無の姿が消え、乗員を失ったゴムボートはぷかぷかと虚しく波間に漂う。次に皆無が目を開けた時、彼の正面には仁王立ちした狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)の姿があった。それを見て、皆無は彼女に『召喚』されたのだと気付く。
「オイ皆無、お前まさか逃げ出そうとしたんじゃねぇよなぁ?」
 銃を片手に構えた彼女の言葉に、皆無はぎくりと背筋を正す。「い、いやそんなまさか」としどろもどろに返す言葉に、乱世が耳を傾ける様子は無い。
「ったく、ドイツもコイツも情けねえ……男なら自ら逆境に立ち向かえ! ついでに肉体も精神も強靭に鍛えろ! 寒さは気合と情熱で克服する! お前ら契約者だろ! 男だろ!! 」
 宙へ向けたカーマインから弾丸を吐き出しながら放たれた乱世の言葉に、あちこちで男達が居住まいを正す。
「んな軟弱な態度で女にモテようなんざ笑止千万! さっさと働け、オラァ! 蟹は待っちゃくれねぇぞ!」
 言うや否や、乱世は両腕を交差させ海へ向ける。正確無比の早打ち、クロスファイアの一撃は船へ飛び乗ろうとしていた小さな蟹の中心をそれぞれに捉え撃ち抜く。
 見れば、船のあちこちに迫る蟹の影があった。どうやら蟹達も、ただ狩られるだけではいないらしい。
「上等だ、あたいの弾喰らえることを光栄に思いな。おい皆無! 逃げようったってそうはいかねえぞ!」
 口角を引き上げ獰猛な笑みを浮かべた彼女の視線は、次いでそさくさとレビテートで浮かび上がっていた皆無を捉える。
 『奈落の鉄鎖』で引き摺り下ろされた皆無は尻もちをついて乱世を見上げる。
「ら、ランちゃんの鬼! 悪魔! 人でな……いえ何でもありません」
 噛み付くような文句を遮るように真っ直ぐ向けられた銃口に、皆無は大人しくホールドアップした。
「なあ、皆無。美味い蟹食いたかったら、何より女にモテたかったら、その分しっかり働かねえとなあ?」
「とほほ……解りましたよ」
 がっくりと項垂れた皆無は、涙交じりに銃を抜き放つのだった。
「ほら、アレを見習えよ」
 そう言って乱世が銃口を向けた先には、銛を片手に褌一丁で悠然と佇むラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)の雄姿があった。
「うっしゃあ!! 気合入れて蟹や魚介類をつかまえてやんよ!」
「……いや、アレを見習ったら流石の俺様も死んじゃうんでない?」
 寒さを意に介した様子もないその立ち姿に、皆無は半ば呆然として呟きを漏らす。
 すると、そんなラルクの傍らへ歩み寄る男の姿があった。何の冗談か、彼もまた褌一丁の姿をしている。
「シベリア寒すぎるぞ! しかし、伝説のあの蟹こそがコリマ校長の狙いに違いない……『博識』がそう告げている!」
 男の名前は、イレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)。吹きすさぶ寒波の中褌姿の男が二人並ぶ光景は異様という他になく、自然と遠巻きになる他の生徒達によって、彼ら二人はまるで別次元に存在しているかのような雰囲気を醸し出していた。
 とは言え男の一方、船の柵に登山用ザイルを結び付けるイレブンは寒さに小刻みに肩を震わせていた。それでももう片端を腰へ結び付けると、ライトブレードを掲げラルクへ向き直る。
「私の鍛え上げた第六感、具体的にはトレジャーセンスや超感覚によると、この辺りに巨大蟹が潜んでいるようだ。そして、巨大な蟹を誘い出すには大きな餌が必要だろう」
「……つまり?」
 先を察したらしいラルクは、既にイレブンの体へ手を掛けていた。イレブンは「うむ」と頷き返す。
「つまり……私が餌となり、そして戦う!」
「良く言った! うりゃあああっ」
 にやりと笑んだラルクによって、イレブンの身体が海へと放り出される。派手な水飛沫を上げ綺麗に着水したイレブンへ、生徒達の視線が集まる。
「…………」
 顔を出したイレブンは、しかし一向に口を開く様子が無い。よもや着水の瞬間に何か事故が起きたのだろうかと、不穏な雰囲気が広がり始めた正にその時。

「寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒いいいいいいいいっっっ!!!!!!!!」

 よもや呪詛かバグかと誤解する程のその咆哮に、生徒達は安心すると同時に耳を塞いだ。
「おいおい、大丈夫か? さってと、俺も行くかなー」
 問い掛けながらもひょいと柵を乗り越えたラルクは、イレブンの様子に怯むこともなく真っ直ぐ海へと飛び降りた。しっかりウォータブリージングリングを身に付けているラルクは、水中でも呼吸の心配が無い。それを良いことに極寒の海中へ早速顔を突っ込んだ彼の視界は、しかし赤に埋め尽くされる。
「うお、何だ!?」
「こ、これだ! これこそが伝説の巨大シベリアガニ!」
 二人の身体を押し上げるように姿を現した蟹は、やはり船と同じくらいに大きな体をしていた。歓喜の声を上げたイレブンは、船の傍で待機させていたゴーレムへ泳ぎ近付いて行く。
「ならさっきのもその巨大シベリアガニだったんじゃ……まあいい、いくぜ!」
 思わず呟いたラルクは、しかしすぐに意識を切り替え蟹へ向き直った。自身へ迫る鋏を『ドラゴンアーツ』で殴り付け、千切り取ると共に、イレブンへ向かう鋏を反対の拳より放つ『真空波』の一撃で吹き飛ばす。
「そこの野郎ども、援護してやるよ!」
「俺様もやりゃ良いんだろもう!」
 血気盛んな乱世の『クロスファイア』が巨大な蟹へ火を噴き、皆無の『サイコキネシス』が動きを封じた刹那。
「見える、見えるぞっ! 私にも敵が……そこだあああっ!」
 船に片手足を付いたゴーレムによって投擲されたイレブンの突き出したライトブレードが、真っ直ぐに蟹の中心を貫いた。
「そしてトドメだ!」
 更にその状態から、イレブンは『爆炎波』を繰り出す。内部より炎と衝撃に灼かれた蟹の目から光が消え、緩やかに海へ倒れ込むそれを、ラルクが背後から支えると共にイレブンの腕が掴んだ。
「……だ、誰か引き上げてくれ! 私が凍死する前に! あ、天使が見えるよパトラッ……」
 船上に残してきたミニ雪だるまへ語り掛けながら笑顔で意識を遠のかせていくイレブンへ、慌ててサイコキネシスの雨が降り注いだ。