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秋の夜長のパジャマ&コリマパーティー

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秋の夜長のパジャマ&コリマパーティー
秋の夜長のパジャマ&コリマパーティー 秋の夜長のパジャマ&コリマパーティー

リアクション

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「また、うちの校長は無理を言いますねえ……蟹を獲る以前に、寒すぎますよ」
 引き摺り上げた網の中身を選別しながら、神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)は溜息交じりに呟いた。その傍らでは、シェイド・ヴェルダ(しぇいど・るだ)が不満げに網を引き上げている。
「なんて罰ゲームだよ、これ……女子達と差が有りすぎるだろう、寒すぎるぜ」
 ぶちぶちと呟きながらも真面目に網を引っ張るシェイドに眉を下げた笑みを浮かべつつ、紫翠は網から小魚や海草を丁寧に取り除いては海へと戻していく。段々と蟹が集まり始めたのか、船室の方向からは仄かに幸の香りが漂い始めていた。
「……もしかして、食べるのは甲板ですか?」
 呟かれた紫翠の疑問に答えるように、船室からてんぷらを受け取った生徒達が頬張りながら出てくる姿が見えた。続いて現れた大柄な生徒は、数人で運んだテーブルを甲板の中央へと固定している。
(獲ってすぐに食べるのが、一番美味い)
 そんなコリマの声も、紫翠を慰めるには至らなかった。がっくりと肩を落とした紫翠が手元の網の作業を終えると、タイミングを見計らったようにシェイドが呼び掛ける。
「紫翠、お前は料理に協力してきたらどうだ?」
 次々運び込まれていく蟹の量を見るに、どうにも手が足りているようには思えない。
 それより何より、寒波にやられて赤く染まった紫翠の指先がシェイドには心配だった。その秘められた優しさを感じ取った紫翠は、「そうですね」と立ち上がる。
「なら、シェイドも手伝って下さい。行ってみましょう」
 さり気なくシェイドを気遣い、船内へ誘う紫翠。二人が船室へ踏み込むと、そこでは所狭しと料理が並べられていた。
「……しかし、室内でも寒いなオイ」
「羽純くん、私の上着羽織っとく?」
 一角では、月崎 羽純(つきざき・はすみ)遠野 歌菜(とおの・かな)が並んで蟹に向かっていた。心配そうな歌菜の問い掛けに、羽純は肩を竦めて笑う。
「いや、普通俺がお前にコートを貸す流れなんじゃないか? これ。ちゃんと着てろ」
 言って、にやり含み笑いを浮かべると「俺はいざとなったらお前で暖を取るからな」と含み笑いを浮かべて見せる。
 その言葉に、歌菜はぱっと頬を赤らめた。逃げるように蟹へ向かう彼女の横顔を微笑ましげに眺め、羽純は手元へ目を戻す。
「それにしても、パジャマパーティーに参加しなくて良かったのか?」
 歌菜を手伝ってコロッケを上げながら、横目に羽純が問い掛ける。歌菜は屈託なく笑んで見せると、「だって羽純くんがいないと……」と照れたように言葉を濁した。
「出来たよ、蟹入りのポテトサラダ。羽純くんも試食してみて」
 言って、歌菜は箸の先に取り上げたサラダを羽純へ差し出す。口で受け取った羽純は「ああ、美味いな」と返してから一点に目を留める。
 その一点は、嬉しそうに頬を緩めた歌菜の唇の端。彼女自身が試食した際に付着したらしいポテトの欠片に羽純はふっと笑声を漏らすと、おもむろに顔を寄せた。周囲の視線が向けられていないのを良いことに、そっと舌先を伝わせ舐め取る。
「……こっちの方が美味い」
 呆然としていた歌菜がはっと目尻を赤らめた直後、羽純はにやりと笑みを深めて言い放ったのだった。
 そんな彼女たちのテーブルには、蟹入りのポテトサラダ、蟹クリームコロッケ、そして蟹のミネストローネに蟹グラタンと蟹を用いた料理が次々並べられていく。

 そこから目を移すと、少し離れた所では片野 ももか(かたの・ももか)が一心に蟹を見詰めていた。
(かわいいなあ……)
 彼女の目の前にはまな板に載せられ、ぶくぶくと泡を吐きながら脚をバタつかせる蟹。それを見詰めるももかの瞳には、見惚れるような色が浮かんでいた。
「……じっと蟹を眺めている場合じゃないでしょう?」
 どれだけそうしていたのだろう、傍らに立っていた市営墓地の精 市宮・ぼちぎ(しえいぼちのせい・いちみやぼちぎ)の呆れたような声に肩を跳ねさせ、ももかははっと我に返った。
「そ、そうだった! お鍋とお水!」
 慌てて準備を始めるももかを眺めながら、しかし手を貸すことはせず、ぼちぎは一人考える。
(蟹の調理方法を自分で決めたり、なかなか頑張っているようですね)
 漁船に乗せられた直後の、「騙された」と嘆いていたももかの姿が脳裏へ思い起こされる。
 騙されたというより別のパートナーによって無理やり乗せられたような光景を思い返しつつ、ぼちぎは眼前の光景へと目を戻す。
「よかった、生きてた……じゃあ茹でようか。 かわいそうだけど君達、蟹って美味しいからね。それも、新鮮なほうが美味しいもの」
 足をうごうごと動かす蟹へ無情な宣告を告げると、ももかは沸騰した鍋へ蟹を放り込んだ。そして、ゆで上がった蟹からキッチン鋏でてきぱきと捌き始める。
「私の地元でもカニがいっぱい獲れてさ。『蟹もまともに捌けない子はお嫁にいけない』とまで言われてたんだ。……実技はうろ覚えだけど」
 既に動く様子もない蟹へ語り掛けるように言いながら、ももかは着々と手を動かしていく。
(普段は縮こまってばかりな子なのに、やろうと思えば自分からでも動けるんじゃないですか)
 それをただ見守るぼちぎが感心した直後、ももかの口からは尚物騒な言葉が零された。
「生きるか死ぬかの戦場だもの、仕方ないよね」
(命が掛かれば……ということですね)
 ももかにとっては、気付けば船上での漁と調理は生きて陸に帰るための戦いとして認識されているようだった。
 それに気付きながら、しかし口を挟むことは無く、ぼちぎはただその光景を眺めていた。


▲▲▲


「エンデさん、こちらにエステが有りますわよ」
 上機嫌にエンデ・フォルモント(えんで・ふぉるもんと)の腕を引きながら、冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)は前方の看板を指差す。
 専門のスタッフによるものからセルフサービスまでを取り揃えたエステの看板を見るエンデは、多少及び腰だ。気付く様子もなく「折角ですから、私がエンデさんにエステをして差し上げますわね」と楽しげな小夜子の申し出に、エンデは躊躇いがちに頷く。
「エステ……い、いえ、お願いします」
 エンデの視線は、傍らの小夜子の胸へと真っ直ぐ注がれていた。それから、自分の平野へ目を移す。
(小夜子様の胸は大きいから、私の悩みの深さは分からないでしょうね……)
 内心に大きな悩みを抱えたエンデは、それでも小夜子の指示に従って台へと身を横たえた。既に温泉上がりで水着の上から薄手の浴衣を羽織った彼女の襟元から、小夜子は丁寧に寛げていく。
「エンデさんは胸が控えめなのが悩みみたいだけど……」
 垂らされたローションと唐突な小夜子の言葉、その双方にエンデはびくりと肩を跳ねさせた。よもや内心を読まれただろうかと緊張するエンデとは対照的に、穏やかな声音で小夜子は言葉を続ける。
「十分可愛いと思うのですけどね。あんまり気にしては駄目ですよ」
「くっ……」
 喜ぶべきか怒るべきかの判断に迷い言葉を失ってしまったエンデに、小夜子は両手を乗せるとゆったりとマッサージを始めた。
 始めは体を強張らせていたエンデも、マッサージが進むにつれてその表情を綻ばせ始める。終わるころには、エンデの面持ちはすっかり心地好さげに緩んでいた。
「ありがとうございました、今度は私が」
 一頻りエステを堪能したエンデは、小夜子と場所を入れ替わる。同じく水着姿になった小夜子の一点を狙い、エンデはおもむろに大量のローションを垂らした。
「い、いつかこれ位大きくなりますからね! グラマーな体して!」
「やぁんっ! エンデさん、そこは弱いから優しくして下さいよ……!」
「ここですか、ここが弱いんですか!」
 穏やかなマッサージとは一転してきゃいきゃいと騒ぎ始めた二人とは、壁を隔てた向こう側。
 専属のエステティシャンが控えた一角には、隣り合うベッドに身を横たえたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の姿があった。
「こんな機会でもないとなかなかリラックスできないよね」
 マッサージを受けながら、セレンフィリティは隣のベッドでうつ伏せになったセレアナへ話を振る。しかし「んー」と心地好さげな声のみを返すセレアナは瞼を閉ざし、まるで眠っているかのように静かな表情をしていた。
(こうして無防備な姿をさらしているセレアナってかわいいな……)
 日頃は何処か張り詰めた雰囲気を有しているセレアナの珍しい姿に、セレンフィリティは頬を綻ばせる。
 そうしていると、エステティシャン達は「次の準備をして参りますね」と扉の向こうへ消えて行った。静寂に満ちた室内に取り残された二人。自然と、セレンフィリティはむずむずとした心地が生まれるのを感じていた。
「……ちょっとだけ」
 そっとベッドから降りて近付くと、セレアナは本当に眠っているようだった。片膝を乗り上げ、静かにその肢体を仰向けへと転がす。現れた唇へ自身のそこを重ねるうちに、セレンフィリティは段々と抑えが利かなくなるのを感じた。
「セレ、ッ」
 目を覚ましたセレアナが双眸を見開き声を上げ掛けるのを、唇で塞ぐ。噛み付くような勢いで貪っているうちに、セレンフィリティはセレアナの体へ覆い被さっていた。
「セレンフィリティ、エステティシャンが……」
「大丈夫よ、その前に終わらせましょう」
 傍目の無い空間で深く絡み始めた二人は、エステティシャンが戻った頃には何事も無かったかのようにそれぞれのベッドに横たわっていた。微かに呼吸を乱したままのセレアナへ、セレンフィリティは悪戯っぽく「……今夜は皆と恋バナするから、これだけね」と囁いた。


▼▼▼


 船室内、調理風景からは少し離れた所。ストーブの傍に蹲る人影があった。
「蟹を食べにきた筈なんだけど……どうして、漁船に乗ってるのかな」
 不満を露に呟いたのは、黒崎 天音(くろさき・あまね)。精悍な面立ちには、不機嫌な色がはっきりと浮かべられている。
「……つまり、自分で獲れと?」
 一頻り蟹漁の説明を受けた早川 呼雪(はやかわ・こゆき)もまた、白く染まった溜息混じりに呆れた様子で呟きを落とす。
「あれ、そういや言ってなかったっけか。まあ、獲れたてが食い放題なことに間違いはねぇだろ?」
 二人分のじっとりとした視線を浴びながらもあっけらかんと返した瀬島 壮太(せじま・そうた)は、親指でくいくいと背後を示す。
「ほら、あれを見習えって」
「皆さん、オーロラが出たそうですよ!」
 そんな壮太の声に被さるように、一足先に船室を出ていたエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)が目を輝かせて戻ってきた。何もかもが珍しいといった様子の彼の胸元では、防寒着の内側に潜り込んだアレクス・イクス(あれくす・いくす)もまた大きな目をきらきらと輝かせて「オーロラにゃうー!」と垂らした尻尾を嬉しそうに揺らす。
「寒いのやだー」
 わくわく肩を揺らして誘うエメに不平を唱えたのは、大量の防寒具を着こんですっかり丸くなったヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)だった。その隣では、ファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)も尻尾をぶんぶんと揺らして「ボクもストーブから離れたくない」と主張する。
「……ファル、蟹は獲らなければ食べられないぞ。ヘル、辛いなら船室で待っていても構わない」
「蟹……」
「呼雪だけ行っちゃうなんてやだー!」
 そんな二人の意見を、呼雪はたった一言ずつで容易く寝返らせた。「いや俺だけじゃなくて皆」と言い終える間も無くヘルがひしりと彼の片腕へ縋り付き、ファルはじゅるりと鋭い舌で舌なめずりをする。
「オーロラを見る間だけは、私を出しておいてくれない?」
「おっと、そうだな」
 フリーダ・フォーゲルクロウ(ふりーだ・ふぉーげるくろう)の声に、思い出したように壮太はバックパックのポケットを漁る。作業の邪魔になるから、とのフリーダの申し出により彼女を収めていたそこから取り出すと、普段通り左手の人差し指へと嵌め込んだ。
「僕はここから見ているよ、寒いし」
 すっかり寛いだ様子の天音が反論を許さない語調で言い放つと、その隣へ腰を下ろす人影。
「ならこっちへおいでよ、仔猫ちゃん。温め合おう?」
 きさくに微笑んだリュミエール・ミエル(りゅみえーる・みえる)の呼び掛けに、天音は口元に薄く笑みを浮かべると「いいね」と頷いた。
 早速とばかりリュミエールの膝に乗り、彼の用意した毛布へ二人で包まる。そこへ、鋭く空気の裂ける音が響いた。
「……密着しすぎだ、離れろ」
 尾で床を打ち鳴らしたブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)の言葉に、天音とリュミエールはわざと顔を見合わせる。
「君も来る? 僕は三人でも構わないよ」
「な、っ何を言っている!」
 リュミエールの言葉に咆哮めいた声を上げ、ブルーズは肩を怒らせて背を向ける。「……毛布で暖まるのは、ってことなんだけど」にやにやと笑んだリュミエールの補足に、ブルーズの尾はぎくりと天井を向いた。
「ブルーズも、蟹獲ってきてよね」
「……お前がその様子では、我が働かない訳にはいかんだろう」
 憮然と返して誰よりも早く船室を出て行くブルーズ。一同がそれを追っていく中、壮太はふと足を止める。
「なあ、……もしかして、怒ってる?」
 肩越しの壮太の問い掛けに、天音はぴくりと眉を上げた。彼の視界に映らないのを良い事に、口元には薄らと笑み。しかし声音は不機嫌なもののまま、「この漁で一番美味しい蟹を獲ってきて」と無茶な要求を口走る。
「一番美味しい蟹ぃ!?」
「責任、取ってくれるんだよね?」
 思わず訊き返した壮太へ注がれるのは、低く響く天音の声。
「分かりました」と返す他になく、壮太は逃げるようにして船室を後にした。
「おーい、エメー……エメ?」
 早速助言を求めるべくエメを探す壮太は、きょろきょろと周囲を見回した。近くにいる筈のエメは、しかしなかなか見付からない。
「こっちにゃう」
「痛っ」
 そこへ、壮太の側頭部へと不意に猫パンチの一撃が放たれた。爪は立てられていない故、戯れるような一撃に軽く傾きながらも、壮太は攻撃の飛んできた方向へと目を向ける。
 そこには、降りしきる雪に溶け込みホワイトアウトしたエメの姿があった。成程、言われなければ分からない程風景と一体化している。
「……保護色? と、とにかく……楽しそうだな」
「ええ、とても!」
 力強く言い放たれたエメの言葉に嘘は無かった。籠を投げては引き上げる表情に、苦痛の色は無い。
 彼の胸元からは、顔を出したアレクスが一心にオーロラを眺めていた。時折籠から飛び出してくる蟹に毛を逆立てては猫パンチを繰り出し、エメと一緒になってはしゃいでいる。
 微笑ましい光景から目を逸らした壮太が脇へ目を向けると、そこでは先程までエメと共に籠を引き上げていた呼雪がヘルにぐるぐるとマフラーを巻き付けていた。防寒具によりマトリョーシカのように膨れ上がったヘルが更に布に覆われていく姿は、いっそ異様だ。
 そのヘルはと言えば先の不機嫌の影もなく、エメと一緒になってオーロラや蟹漁に歓声を上げていた。
「呼雪、エメ、すごーいきれーい!」
「ああ、そうだな。……これでどうだ?」
 目元を和らげた呼雪の問い掛けに、ヘルは深々と頷く。
「ありがとう、温かい……けどまだ少し寒い」
 ヘルの素直な告白に、呼雪は苦笑交じりにその頭を軽く撫でた。
「後で俺が温めてやるから、少し我慢していてくれ」
「……君の言いたい事は分かるんだけど、その言い方は誤解したくなるような」
 そんな勘違い空間から更に目を逸らした壮太の視界には、せっせと漁に励むブルーズの姿があった。
「お、ブルーズは流石……ん?」
「あれは我がまだ卵の殻を割って間もない頃、二親と共に海に出掛けたのだが、そこで巨大な蟹に襲われてな……」
 誰にともなく語り掛けるブルーズ。よく見れば、その目はどこか遠くを映しているようだった。
「ぶ、ブルーズさんしっかりして! って、わ!?」
 慌てて駆け寄ろうとしたファルは、足元の縄に足を取られ盛大に転んだ。彼の抱えていた籠から蟹が飛び出し、きらりと光る鋏を真っ直ぐに向けたままブルーズへ飛んでいく。
「そう、まさに蟹の鋏が我へ迫った時……ッ!?」
 朦朧とした言葉の途中で、ブルーズは双眸を見開き息を詰めた。恐る恐るに見下ろせば、尻尾の先を蟹の鋏が咥え込んでいる。
「っ! ……っっ!」
「ごめんブルーズさん! 今助けるからね、えーいっ!」
 そう言って振り上げられたファルの尻尾へ、見計らったかのように別の蟹の鋏が食らい付く。
「いったああああっ!?」
「どうしました、ファル君!?」
 慌てて駆け寄るエメや呼雪。騒動をぼんやりと眺めながら、聞くタイミングを完全に失った壮太は溜息を吐き出す。
「こうなりゃ自力でやるしかねえか……あーあ、褒めて貰おうにもこの船野郎ばっかじゃねえかちくしょう。綺麗なお姉さまはいねえのかよ」
「あら壮ちゃん、私がすぐ側にいるのに お姉さまを連れてこい、なんて随分ね」
 指先から発されたフリーダの声に、壮太は慌てて取り繕う。
「いや、別に姐さんをディスってる訳じゃねえんだよ!」
「本当に? 新しい指輪ケースを買ってくれないと私の機嫌はおさまらないわよ、……なんてね」
 そんな会話の間にも、壮太は『トレジャーセンス』を駆使して籠を放り投げていた。只一匹獲れた蟹を摘まみ上げ、「これが一番美味い蟹だろ、きっと」と一人投げ遣りに頷く。
「リュミ……寒い」
「ふふ、火傷しそうだね」
 その間も、天音とリュミエールはくっ付き合ってストーブへ擦り寄っていた。そんな静寂を打ち壊すように、「おーい獲ってきたぞー!」と蟹を掲げる壮太を先頭に一同が船室へなだれ込む。
「……それが、一番美味しい蟹?」
 立ち上がって顔を間近に寄せた天音の問いに、壮太は怯みながらも「お、おう」と答える。
「ふぅん……」
 顎に手を当て考え込むように蟹を眺めていた天音は、やがてようやく普段通りの微笑を湛えた。
「美味しそうだね、頂くよ。皆もお疲れ様、蟹パーティーの始まりだね」
 ぱっと表情を晴れさせた壮太の肩を叩いて、呼雪が調理場へと向かう。彼の向かう先には、大きな鍋。
「蟹鍋ー! 蟹鍋ー!」
 そうして始まる蟹鍋パーティーに、表情を曇らせたままの者は一人もいなかった。
 そして天音が密かにフラワシを使い船に纏わり付く雪を削ぎ落す形で協力していたことを知る者もまた、この場にはいなかった。