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SPB2021シーズンオフ 更改・納会・大殺界

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【六 泥にまみれる白百合】

 ガルガンチュアの秋季キャンプは、過日トライアウトが実施された百合園女学院付属・第三グラウンドを舞台としている。
 参加している選手の大半はまだまだ伸び盛りの若手ばかりであったが、その中にあって、ベテラン中のベテランであるアレックス・ペタジーニサルバトーレ・ウェイクフィールドの姿は、矢張り強烈な存在感を放っていた。
「矢張りあのおふた方が居ると……全然雰囲気が違うわね。何ていうか、グラウンド全体が凄く締まって見えるっていうか……」
 内野スタンドからキャンプ風景を眺めている橘 舞(たちばな・まい)が、何故かパウエル商会のカエルパイを隣の席のカカオ・カフェイン(かかお・かふぇいん)に手渡しながら、何とも形容し難い吐息を漏らした。
 カカオはカカオで、受け取ったカエルパイに変な顔を見せながらも、舞の感想には同意の意を示す。
「ああいう環境でなければ、ミューの気も緩んでしまうかも知れないにゃ。これはこれで、非常に良い傾向だと思うにゃ」
 そんなカカオのパートナーであるミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)はというと、カカオが苦心して入手した、あるお宝物のグラブをはめて、投内連携の特訓に勤しんでいる。
 最初に気づいたのは、ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)だった。
「あら……それもしかして、去年引退したD・マックが、実際にプレーで使ってたグラブなんじゃないの?」
 独特の赤みがかった色合いと、甲の部分に記されたD・Mの刺繍で、ブリジットには一目見てすぐに分かったらしい。
 ミューレリアは幾分照れたように、はにかんだ笑みを浮かべた。
 D・マックは、現役当時はサイ・ヤング賞を五回も受賞したMLB屈指のジャイロボーラーだった。いわば、ミューレリアにとっては心の師匠といっても良い存在なのである。
 と同時に、チームメイトのウェイクフィールドとは世代を越えたライバル同士でもあったというのだから、このD・マックは決して雲の上の存在などではなく、手を伸ばせば届くかもしれないという、希望に満ちた思いを抱かせてくれる、ある種の目標ともいうべき人物であった。
「このグラブから、私は色々なものを吸収してみせる。先人の技は、しっかり受け継がないとな」
「良いなぁ……私も、ナガシマさんのバットかユニフォームを舞にお願いしちゃおうかしら」
 ブリジットがあまりにも物欲しそうにじっと見詰めてくるものだから、流石にミューレリアはばつが悪くなったらしく、慌てて本塁付近のジョージ・マッケンジーに手を振って、次の白球を要求した。
「おぉーい! 次いこうぜ、次!」
 上手い具合にかわされてしまったブリジットは、若干残念そうな面持ちを残しつつ、三塁方向へと駆け足で戻ってゆく。
 実は内野スタンドでも同様の話を、カカオが舞に披露していた。
 舞は舞で思うところが無いことも無かったが、しかし練習ではコントラクターとしての能力は決して使わないと決めているブリジットの意志も分かっているから、入手したところでどうしようもない、という割り切った考えに、すぐに頭を切り替えていた。
「まぁでも……来季でMVPを獲ったら、何かご褒美を考えてあげても良いかしら」
「それは名案かも知れないにゃ。ひとはニンジンぶら下げられると、いつも以上の力を発揮するからにゃ」
 このひとことには、舞も苦笑を返す以外に無い。カカオのいっていることは的を射ているが、こう露骨に表現されると、ブリジットに悪いことをしているような気がしてならなかったのである。

 外野に目を向けてみると、こちらではマリカ・メリュジーヌ(まりか・めりゅじーぬ)レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が、ペタジーニがファウルゾーンから立て続けにかっ飛ばす鋭い打球を右へ左へと追いかける、非常に激しいノックの嵐を受けていた。
「おーらおらぁ、なぁにちんたら走ってんだぁ!? もっと気合入れろー!」
 ペタジーニの容赦無い怒声が飛ぶ。
 マリカにしろレキにしろ、決して手を抜いている訳ではなく、むしろ必死に脚を回転させて、次から次へと飛来する打球目掛けて猛然と食らいついている。
 しかしそれでも敢えてペタジーニが厳しい檄を飛ばすのは、マリカとレキに、一瞬たりとも気が抜ける瞬間を作らせない為であった。
 練習の間はとにかく、緊張感を維持しなければならない。さもないと、確実に怪我をしてしまう。ペタジーニが罵声を飛ばすのはひとえに親心からであり、そんな彼の想いを十二分に理解しているからこそ、マリカもレキも一切不服を抱かずに、ひたすら打球を追いかけているのである。
「さぁ、もいっちょ来い!」
「この程度では、センターラインの悪魔は動じませんわよ!」
 ふたりも気合十分で、ペタジーニのノックに耐えている。いや、耐えるというよりも、寧ろ楽しんでいるといった方が良いかも知れない。
 傍目にはへとへとになりながら打球を追い掛け回しているふたりだが、その表情にはどこか、充実した色が見え隠れしている。この練習をこなせば、自分はきっとレベルアップ出来るに違いないという強い想いが、ふたりをして、苦行を苦行たらしめない境地へと導いていた。
 ところが。
「あ、すまん! ちょっと休憩!」
 不意にペタジーニがノックバットを振る手を止めて、尻ポケットからごそごそと何かを取り出している。
 不思議そうに互いの顔を見合わせたマリカとレキだが、コーチたるペタジーニが打球を飛ばしてくれないことには始まらない為、仕方無く、ファウルゾーンに引き返してくる。
 そして掌の中の何かを必死につついているペタジーニのもとへ戻ってきて、マリカががっくりと項垂れた。
「ペタジーニさん……何をなさっているのかと思ったら、携帯電話ですか……」
「いやぁ、わりぃわりぃ。三通ぐらいメールが届いてたのにちっとも気づいてなくてな、返事寄越せの催促が来ちまったよ」
 随分几帳面だな、などと口の中で呟きつつレキが覗き込んでみると、その携帯のLCDには写メの画像が映し出されていた。送り主は、ペタジーニのかつてのチームメイトであるイングリット・ローゼンベルグ(いんぐりっと・ろーぜんべるぐ)であった。
「わぁ……何か、美味しそうな料理を食べてるよ」
「あいつなぁ……ここ最近、飯の話題ばっかり送ってくるんだよな。見せられる方は堪らんぜ」
 と、そこへチムチム・リー(ちむちむ・りー)がタオルとスポーツドリンクをふたり分抱えて、ファウルゾーンへと駆け込んできた。
「ふたりはまだ、料理の時間には早いアル……それにしても、プロってやっぱり、厳しいアルね」
 チムチムは正直なところ、コントラクターたるレキやマリカがここまで泥まみれになりながら、必死の練習をこなしていることに相当驚いていた。
 コントラクターといえば、既に万能に近い能力を持っているというイメージが世間一般に持たれているのであるが、ことSPBに関していえば、全員がコントラクターである為、少しでも相手を上回る力を身につける為には、とにかく練習に練習を重ねるしか無いのである。
 これ程までに激しい練習をこなす以上は、クールダウンの際にも、余程入念にケアしなければならない。
 その為、チムチムは今キャンプでは、レキの専属マッサージ師として随行してきていたのである。
「ペタちゃんは、マッサージしなくて良いアルか?」
「俺は良いよ。氷風呂でクールダウンするのが、一番さ」
 チムチムは思わず、うへぇと唸った。マリカとレキも目を丸くして、ペタジーニのいかつい容貌をじっと見詰めている。
 こんな豪快な人物なのだが、携帯メールにはしっかり返事を出すという几帳面さが却って妙なアンバランスを生み出し、強烈なインパクトとなって三人の脳裏に焼きついていた。

 内野では、投内連携から内野ノックへと練習メニューが切り替わっていた。
 ノックに指名されたのは、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)の両名である。
 ふたりとも、守備練習はどれだけこなしてもやり足りない、との思いが強い。この内野ノックに指名された際にも、ふたりは返事をするや否や、猛ダッシュで守備位置へ走り込んでくるという気合の入りようであった。
 この少し前に行われたランダンプレーの連携確認では、ふたりは非常に良い動きを見せていた。
 マッケンジーからの送球に対する反応、更にランナーを挟殺するまでの追い込み方など、よく勉強してきているのが誰の目から見ても分かった。
 そして現在の内野ノックでは、再びマッケンジーが指導役として、ノックバットを振るっている。
 一切手加減無しの強烈な打球がふたりに襲いかかってくる為、さゆみもロザリンドも、ユニフォームがドロドロに汚れてしまっていた。
 最初はさゆみが遊撃手、ロザリンドが二塁手の位置でノックを受けていたが、後半になると、位置を入れ替えてのノックが続いた。
「よぉーし。今日はこんなもんで良いだろう」
 マッケンジー自身、掌に肉刺が出来る程までノックバットを振るっていたのだが、さゆみとロザリンドの必死の形相に内心相当に圧倒されていたらしく、痛いなどとはいえなくなっていたようである。
 ともあれ、今日の守備練習はひと通りのメニューを終えた。
 さゆみとロザリンドは幾分ほっとした様子で本塁付近に足を運んでくる。
「ありがとうございました!」
 と、ロザリンドが頭を下げると、
「明日も続けて、ご指導お願いしまっす!」
 と、さゆみが疲れた表情の中でも笑顔を浮かべて、元気な声をあげる。しかしふたりとも相当にヘバっているらしく、声と表情とは裏腹に、足取りがいささか怪しくなってきていた。
「しかしお前さん達、大丈夫か? この後、ケージ打撃もあるんだろう?」
 マッケンジーのこの指摘に対しては、さゆみもロザリンドも、乾いた笑いで応じるしか無い。正直なところ、後どれだけの練習が出来るのか、体力的にはあまり自信が無かった。
 だが、単純に練習だけならまだ良い。
 さゆみは先程、嫌なものを見てしまったのだ。
「いやまぁ、練習で疲れるのは全然問題無いんですけど……」
 微妙な表情を浮かべて、さゆみがある方向にちらりと視線を向けた。その先には、サニーさんに絡まれて、半ばゲシュタルト崩壊を起こしかけているミューレリアの生ける屍が、ベンチに横たわっている姿があった。
「……何でも、日頃から精神鍛錬は必要だ、ということで、サニーGMが誰彼構わず、疲れ切っているところに奇襲クイズを仕掛けているみたいです……」
 流石にロザリンドも、サニーさんのキャラクターには未だついていけないらしく、いつ襲い掛かってくるのかと、戦々恐々としている始末である。
「ま……まぁ、何とかなるっしょ!」
 引きつった笑いを浮かべるさゆみだが、この小一時間後、悪い予感が的中し、さゆみはサニーさんの餌食となった。
 辛うじて救出に駆けつけたアデリーヌが、『すんませんでした師匠』で事無きを得たが、どういう訳かロザリンドまで『すんませんでした師匠』を合唱させられる破目になったのは、当人も納得していない様子である。
 その時にサニーさんが見せた『もう、エエねやっ』の輝くような笑顔に、ロザリンドは珍しく、本気で殺意を抱いたのだという。