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第二章 地獄のクッキングファイト 6

「やばい……武闘大会だって聞いて来たのに」
 戦う前から窮地に追い込まれているのは、猪川 勇平(いがわ・ゆうへい)
 彼ではなく、パートナーのウイシア・レイニア(ういしあ・れいにあ)に招待状が届いたことを少し不審に思いつつも、「武闘会」の文字だけで参加を即決してしまった勇平だったが、実態がコレだったのだから……当然ウイシアはいい顔をしない。
「私に対する当て付け、というものでしょうか……勇平君、後で覚えていてくださいね?」
 笑顔を絶やさぬまま、「怒ってますオーラ」を全身からあふれさせるのは、むしろストレートに激怒されるより数倍怖い。
 そしてさらに怖いのは、招待状が届いてしまっただけのウイシアの料理の腕前である。
「相手に食べさせるのであれば、食べさせやすい飲み物の方がいいでしょうね」
 その発想は間違っていないのだが、そのたどり着いた先が「健康によさそうな食材をミキサーでドリンクにする」という謎料理の王道である辺りが彼女のセンスを物語っている。
 当然、その結果出来上がるのは、ヨーグルトをベースに納豆やらピーマンやらが大量に混ぜ込まれた上、風味漬けとしてなぜかわさびが追加されてしまった奇妙奇天烈な「健康飲料」であった。
 こんなもの、仮に身体には良かったとしても、精神に思いっきり良くないから差し引きマイナスであることは言うまでもない。

 その彼と相対するのは、東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)
「うまずい料理人」の称号を持つ彼女の料理の腕は……ぶっちゃけると、「普通にヘタ」である。
 おいしい料理を作れるわけではないが、かといって化学兵器が生成されてしまったり、トラウマになってしまったりするほどではない。
 そんな彼女なので、両方の意味でなぜ選出されてしまったのかが不思議ではあるのだが、何にしても招待された以上は出場するしかないし、出場した以上は負けたくない、というのが彼女の考えである。
「さあ、行くぜっ!」
 銃と刀を併用した戦闘スタイルの「サムライガンナー」な秋日子に対し、勇平はあくまで大剣一本、となればやはりまずは間合いを詰めたい。
 秋日子の遠距離からの銃撃を、剣を盾に弾き返しつつ迫る勇平。
 間合いさえ詰めてしまえば、と思っていたところで、不意に秋日子の側から切り込んでくる。
「!?」
 刀での一撃をとっさに受け止めた勇平だったが、これはあくまで誘いの手だった。
 ……いかに大剣の幅をもってしても、同時に二つの攻撃を防ぐことはできない。
 反撃に転じようとしたところに至近距離からの銃撃をまともに受け、剣を取り落としそうになる。
 そこに、冷気を纏った二の太刀が襲い……かくして、決着はついたのであった。

「秋日子さん、なんで男なんか連れて来たとですか」
 勇平を伴って戻ってきた秋日子に、奈月 真尋(なつき・まひろ)は顔をしかめた。
「まあまあ。それより、早速私たちの料理を食べてもらおうよ」
 そう言いながら秋日子が用意したのは、大量のケチャップまみれのオムライスらしきものと、真っ黒なスープらしきもの。
「……ちょっとケチャップかけすぎちゃったけど、あんまり気にしないでね」
「いや、これくらい別にいいが……」
 ウイシアの料理を思えばこの程度まだまだマシだと思いつつ、オムライスを食べ始める勇平。
「どうかな?」
 尋ねる秋日子に、勇平は複雑な表情で答えた。
「うー……見た目よりはうまい、ような、でもやっぱりちょっとまずい、ような……」
 これぞ「うまずい」料理人の本領発揮である。
 別におかしな素材も使われていないし、調理法にも致命的な間違いはなく、化学兵器に化けるような「何か」もない。
 ただ、うまく作られているかというとそんなことはなく、チキンライスを作る際にケチャップを大量に入れすぎたり、卵でくるむのが無理なのでとりあえず乗せただけだったり、最後に上からケチャップをかける際に豪快にかけすぎたりして、さすがにちょっとケチャップの味が強すぎる……といった感じである。
「んー、やっぱりそうなっちゃうか。真尋ちゃんの作ったワカメスープも食べてみてよ」
「三次元の男に食わす料理なんて、作るん面倒でしたが……おなごし(女の子達)も食べるかも知れんのですけん、料理に手は抜いてまへん」
 勇平からはだいぶ距離をとったまま、聞こえるかどうかくらいの声でぼそりと呟く真尋。
「そうだな、それじゃ……っていうか、これスープというよりほとんどワカメのような気がするんだが」
 イエス、乾燥ワカメの吸水力と膨張率を甘く見た結果がこれだよ!
「まあまあ、細かいことは気にしない」
「……だな」
 一抹の不安を感じつつ、ワカメを口にいれ……。
「き、強烈にしょっぱい……」
 イエス、味付けは醤油のみとシンプルながら、その醤油を豪快に入れすぎた結果がこれだよ!
 というわけで、実は「うまずい」秋日子よりも、純粋に「まずい」料理を作ってしまう真尋の方がさらに恐怖、というオチ……だと思っただろうか?
 もちろん料理の腕前だけで見ればそうなのだが、二人の料理はどちらも相手にトドメを刺すようなレベルではない。
 本当の恐怖は、むしろこの後……経緯はどうあれ、結果として「他の女性の手料理を食べた」勇平に対して、ウイシアがどんな反応をするか、の方なのだった……。