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第二章 地獄のクッキングファイト 12

 ところで。
 なんだかんだで始まった誠一と皐月の殴り合いは、いまだに続けられていた。
「むう……暇なのだよ」
「いっこうに決着がつく気配がありませんね」
 最初のうちはそこそこ応援していたオフィーリアと七日であったが、次第にそれにも飽きてきて、いつの間にかお茶など入れてのんびり観戦モードに入ってしまった。
「もうどっちでもいいから、早く俺様の料理を食べさせたいのだ」
「全くです。あの様子だと日が暮れてもまだ戦い続けていそうですね」
 完全に他人事モードの二人であるが……そんなだらけ方で大丈夫か?
 もちろん答えは絶対にノゥ! である。
 なぜなら……事件は闘技場で起きてるんじゃない。キッチンで起きてるんだ!
「……え?」
 謎の禍々しい気配に、二人がおそるおそる後ろを振り向く。
 二人がちょっと目を離していた隙に、ケーキオブファンタジーとチョコレートアンデッドは互いを敵と見なして戦い始め、やがて混ざりあい、一つになって……。
 いつの間にか、魔王チョコケーキオブナイトメアがコンゴトモヨロシクしてしまっていたのである。なんということをしてくれたのでしょう!
「な、何なのだ、これは!!」
「ど、どうなってるんですか!?」
 暴走した毒々しい紫と茶のまだらの物体Xは驚く二人をも獲物と見なし、どういう理屈かどんどん膨張しながら迫ってくる。
 ことここに至っては、二人にできることは一つしかなかった。
「せ、せ〜ちゃあぁぁんっ!!」
「皐月いいぃぃっ!!」
 血相を変えて駆け寄ってくる二人に気づき、まずは誠一が我に返って間合いを取る。
「リア? 一体何が……」
「なんだ七日、男の喧嘩の邪魔すんじゃ……」
 二人がそれぞれ何か言いかけたとき、急に辺りが暗くなった。
「……え?」
 見上げた四人の目に映ったのは、頭上に広がった不気味な色のカーテンで――次の瞬間、チョコケーキオブナイトメアのフライングボディプレスが四人に炸裂した。
 まあ、半分液体みたいなものであるから押しつぶされる心配はないだろう。
 ……いや、押しつぶされる心配「だけは」ないだろう。
 それ以外のことは、ほぼ何一つ保証できないが。

 ともあれ。
 四人を飲み込んだチョコケーキオブナイトメアは、ついに他の参加者をも無差別に襲い始めた。

 と、その時。
「ヒャッハー! 汚料理は消毒だー!! ……ってね」
 でかでかと「STAFF」と書かれたステッカーつきのパワードスーツが、魔王チョコケーキの前に立ちふさがった。
 魔王に立ち向かう勇者の名は毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)
 あらかじめ「こんなこともあろうかと」パワードスーツを着込んで待機していた「救護班別働隊」である。
「シェフ! これは駆除してしまって構わんのだな?」
「やっちゃって下さい。この大会は料理『が』戦う大会ではありませんから」
 いや、料理が戦う大会ってどんなだよというか、普通料理は動かないよと言いたいところだが、そんなツッコミはこの現実の前では余りにも無力である。
「了解した! これより目標を排除する!」
 そういうや否や、魔王に対して最大火力の火炎放射を浴びせる大佐。
 今のところ飲み込まれているのはこれを生み出した元凶及びその関係者のみなので、多少の火傷は覚悟してもらおう、という判断だったのだが。
「うっ……!」
 魔王に炎が当たると毒々しい色の煙が発生し、それをうっかり吸い込んだスタッフ数人が相次いで倒れた。
「ちっ……やはり燃やすのはまずいか」
 大佐本人はパワードスーツを着込んでいるため大丈夫だが、あまり周りの人間に被害を出しすぎるのもまずいし、どうも炎は効き目が薄いらしい。
 ならばと大佐は戦法を切り替え、バーストダッシュで魔王の攻撃をかわしつつ、氷術で少しずつ魔王を凍らせ始めた。
「よし、効いてるな!」
 それを見た参加者有志も魔王冷凍に加勢し始め、ほどなく魔王は完全に氷漬けになって動きを止めたのだった。
 その後、魔王は会場の隅でノミとハンマーで砕かれ、中の四人は無事に救出されたものの、当然のごとく救急車で病院直行となったそうである。