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【ニルヴァーナへの道】泣き叫ぶ子犬たち

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【ニルヴァーナへの道】泣き叫ぶ子犬たち

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第一章 ザナドゥからのはぐれ者

「あ……この子もかわいいですわ」
 ノートパソコンの画面を見ながら、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)は幸せそうにそう言った。
「子犬のいっぱいいるところに行く」という話だったので、彼女もぜひついていきたかったのだが、イコンが二人乗りなため置いてきぼりをくってしまったのである。
「もしかしたら、子犬を分けてもらえるかもしれないというお話でしたし……一匹もらってきてくれないかしら」
 そう考えて顔をほころばせるイコナであったが……事態は、そう平和的には推移していなかった。





<月への港・施設外部>

 距離にして100mといえばある程度想像のつく方は多いだろうが、「高さが100m」となると、なかなか日常で意識することは少なく、あまり想像がつかない方も多いだろう。
 一般的に、高層ビルというものは階数が増えれば増えるほど、一階ごとの高さの差が合計では大きな差となってしまうのだが、乱暴にまとめるならば「25階建て〜30階建て程度の高層ビルの高さが約100m前後である」ということになる。
 つまり、“月への港”を襲っているのは、そういうサイズの化け物なのである。

「……しかし、でかいな」
 呆れたように呟いたのは、源 鉄心(みなもと・てっしん)
 彼自身もイコン「サルーキ」に登場しているとはいえ、それと比較してもサイズは雲泥の差である。
 その巨体が、それに見合ったサイズの鈍器を振り上げて、港を破壊しようとしているのだからたまったものではない。
「あまり正面切って戦いたくはないが……ティー、いけるか?」
 鉄心の言葉に、メインパイロットのティー・ティー(てぃー・てぃー)が小さく頷く。
「とりあえず……何とかして時間を稼がないとね」
 辺りを見回すと、今の時点で到着しているイコン級の戦力はわずかに三機。
 真っ先に到着していたと思われる佐野 和輝(さの・かずき)グレイゴーストは偵察専務機であり、情報分析は丸投げできても戦力として計算することは難しい。
「状況は?」
『見ての通り……いえ、見た目以上のパワーと推定されます。想像以上の化け物ですね』
 彼自身はもちろん、他の契約者たちの中にも、襲撃事件自体が本当かどうか、半信半疑のまま来た者も多いだろう。
 普段のポータラカ人の奇行を考えればそれも無理のないことだが、だからといって狼少年の自業自得で片付けるわけにはいかない。
「とりあえず、まずは注意を引くか……」
「ええ」
 まずはコロージョン・グレネードを頭部近くに当てて、こちらに注意を向けようか。
 そう考えて、ティーが一つ投げようかと思ったその時だった。

「おーいっ! やめろ、やめてくれーっ!!」
 デヘペロの目の前を、一羽のでっかくて丸っこい鳥が飛び回った。
 アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)ジャイアントピヨである。
「ペロロロロウゥ……?」
 彼の姿が目に入ったのか、デヘペロの動きがいったん止まる。
 どうやら、あまり頭はよくなさそうだが、意思の疎通自体は可能なようである。
「チャンスみたいネ。一応話は通じそうジャナイ?」
 アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)の言葉に一度頷いてから、アキラは巨大なデヘペロに向かってこう問いかけた。
「なあ、なんでこんなひどいことするんだよ!?」
「前にも言ったァ! デヘペロはブラッディ・ディバインのアルベリッヒ様が好きなんだよっ!」
 前にも言ったといわれても、それは違う相手にだろう。
(……というか、アルベリッヒって確か男だったよな?)
 だとしたら……と、アキラの頭にちょっと怖い想像が浮かぶ。
(もしかしてコイツ、こんなナリしてるが女なのか……?)
 だが、デヘペロの弟たちが「兄者」と呼んでいることを考えれば、多分それはないだろう。
 まあ、だとしても「男が好きな男」という可能性は残るのだが……いずれにしても、あまり想像したくない絵面ではある。
「で、でもっ! アルベリッヒさんには、確かもう好きな人がいると聞きましたっ!」
 いきなりとんでもないことを言い出すのは、注意を引く手間が省けたとばかりに横から話に入ってきたティー。
「あなたは利用されているだけです! こんな不毛なことはやめましょう!」
 この言葉はいくらか効果があったらしく、デヘペロは少し考えるような素振りを見せたが……まあ、見ての通りの脳筋なので、考えてどうなるものでもない。
「ペロロロロウウゥゥーッ! それでも、デヘペロはアルベリッヒ様の役に立ちたいんだよっ!!」
 逆ギレ気味の一撃を、とっさにかわす一機と一羽。
「せっかくザナドゥと地上がいい方向に向かってるんだ! こんなことしてたら、ザナドゥでのお前の立場もなくなるぞ!」
 あくまで会話は時間稼ぎの手段と割り切っている鉄心たちと違い、説得での解決の可能性を否定しないアキラがなおも食い下がったが……これは、逆に禁句をついて火に油を注ぐ結果となった。
「だから、ザナドゥは関係ねぇっつってんだろぉォーッ!!」
 もちろん彼らは知り得ないことなのだが、このときすでにデヘペロはザナドゥからは放逐されており、ザナドゥでの立場なんかもともとなかったのである。

 ともあれ、これで完全に逆ギレしたデヘペロは、狂ったように鈍器を振り回して破壊活動を再開した。
 とはいえ、ここまでの間に多くの援軍が到着しており、一応、説得は失敗でも時間稼ぎとしては十分な成果を上げたのであった。