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リアクション
第5章 あの日何が起こったのか、僕たちはまだ知らない
暮れ泥む空は、オレンジ色に染まり、少しずつ、夜が街に忍び寄ろうとしていた。
──地球もパラミタと同じように、夕暮れがありますのね。
長い長い巫女王復活の儀式とやらに飽きて、空を見てそんなことをちらりと思ったアナスタシアだったが、嫌な呼び名に、現実に引き戻された。
「ユーフォルビア」
彼女たちがいるのは、高架下のトンネルを抜けた住宅街にある、まだ新しい公園だ。子供だけに遊ばせるのは勿体ないぐらいの広さがあり、ジョギングコースや体育館も設置され、春はお花見客でにぎわう。
公園中央は、こちらは本当に子供向けの遊び場になっていて、幼児の想像──そしてこの手の人の妄想にはうってつけの、白いお城が建っていた。滑り台やアスレチックを兼ねた山の上に、三階建ての城部分が付いている。
この二階、白い空間を占領して近所迷惑なことをしているのが、巫女王の陣営だった。
そして中央のベンチに横たわっている白い服の少女、これが巫女王だった。
アナスタシアは呼ばれて渋々、巫女王を囲む輪の中に入る。
(これ以上演技するのは、疲れましたわ……)
彼女は、月夜を倒したことにより、記憶を取り戻したふりをしていた。更にヨルに託された「巫女の記憶の石」を使用して、巫女の一人を目覚めさせた。
どうやらその少女は、設定上重要なポジションを占めていたらしい。長い長い長い巫女王復活の儀式を行っているのは、その少女だった。
声がかけられたということは、儀式が終了したという事らしい。
「転生の儀を行った私が、最期に目覚めるとは皮肉なことですね」
少女は、巫女王候補者であった巫女姫・風森望(風森 望(かぜもり・のぞみ))という。
「あなたの解いてくれた魔術結界により、秘宝は力を取り戻しました。後は巫女王の復活を時を待つばかり」
アナスタシアは内心ほっとしていた。秘宝なんて勿論持っていない。相当するものを考えるのに、かなり時間がかかってしまったのだ。結局、手持ちの宝石の付いた指輪を秘宝の代わりにして、それっぽい(ぴかぴか光る)呪文を唱えておいた。
「朝から走り回って疲れたでしょう。敵が来るまで少し休息したらどうでしょう」
ええ、とアナスタシアは喜びかけて──。
「敵が来るまで……ですの?」
「勿論です。魔族の侵攻は想像以上で、どうやら<魔術門(ゲート)>も突破されたようです。この城──この世界に出現させた仮の神殿も、残念ながらあまり役に立たないでしょう。
何故なら、最早此処にいる者と、結界の門周囲を護衛する少数の人間しか、王国の転生者はいないのですから。ですが魔族もかなり消耗しています」
「巫女姫様」
仲間内で“妖精”と呼ばれていた少女が告げると、望は頷いた。
「分かっています。転生できなかった巫女、転生しながら倒れたの巫女、裏切りの巫女……。今現在では、この『風の巫女姫』の私と、私の守護戦士にして『月虹の戦巫女ヴェルトーラ』のみ」
だけでない。此処に居るのは既に、望自身、それに彼女の守護騎士と、巫女王の「騎士団」の長。それから人類の守護者と呼ばれる青年他数人のみだった。
「そして、……『陽の巫女』」
望の言葉を継いだのは、しかし望ではなかった。
城の窓部分から現れた刹姫・ナイトリバー(さき・ないとりばー)の声だった。彼女のパートナーの魔道書黒井 暦(くろい・こよみ)がその横に立っている。
黒白二色のロリータ服に、それぞれピンクと青の髪が好対照で、患者でもないのに、それはそれは思わせぶりで、物語にでも出てくるキーパーソンのようだった。
「『陽の巫女』?」
望は問い返した。
刹姫は黒史病にかかっていない。だから本当なら彼ら患者とはで幻想は共有されないけれど、一度言葉にしてしまえば、新しい妄想の種となり、受け入れられるのに容易い。
「ごきげんよう、転生者の諸君。名乗らずとも、前世の記憶が私が何者であるか、告げているはずよ。夜の一族の正統なる後継者、人は私を『夜の女皇(ナイトエンプレス)』と呼んでいたわ」
「そしてわらわは『白夜の女教皇(ホワイトナイト・ハイプリーステス)』」
それも、原作小説に登場する人物ならなおさら違和感がない。彼女たちは登場人物を把握していた。
「“夜の女皇”──夜の一族の一人ね。何故ここに?」
刹姫は意味ありげに、本当は何の意味もなく、髪をかきあげて答える。
「ええ、魔王の奴はどうでもいいし、王国も帝国も私にとっては関係ない。けれど、あの女は……『陽の巫女』だけはこの私が、手ずから殺さなければならないわ」
「なんですって? 前世の世界では、王国と帝国の戦いに加わらなかった。傍観して楽しんでいるだけだったあなたが何故? それにあなたたちは敵対していたんじゃ──」
「思い出したのよ。魔族というだけで『陽の巫女』に殺されたことを」
刹姫に続いて暦が、彼女から聞かされた設定を補足する。
「わらわは女皇の同一存在であった。転生の際、『陽の巫女』から受けた攻撃の影響で、魂が二つに分かれてしまった。サキを殺せば一つに戻れると思い敵対していたが、誤りだと知ってからは共闘するようになったのだ。サキよ、再び一つに戻るため、『陽の巫女』を滅ぼすまで、共に戦おうぞ」
「殺したって、確かそれは、二人が本当は双子で王国とは関係ない──」
「そう。同じ場所で生れ落ちながら人間と魔族に育てられ後継とされた。だから、これは関係のない戦。故にこの巫女を殺してあなたたちに何かあったとしても、それは感知しないわ」
会話が繋がり、妄想が共有できた(ついでに原作で名前が出てこないので、突っ込まれたらどうしようかと思っていたが杞憂だったことに)安堵感を覚えながらも、彼女は考えていた。
一応、百合園に協力するという名目で来ているが、優先は自分が楽しむこと。そう、中二病患者の自覚は、ある。(相変わらず契約者が一般人と違うということには気付いていなかったが)。
まぁついでに助けてもいいかなとアナスタシアを見ると、彼女は二人を理解しがたいような、不思議そうな顔で見ていた。
「……契約者、ですわよね……?」
あと、刹姫がもう一点気にかかることは。そういえば、陽の巫女役やってくれそうなひとっているのか、ということだった。
(もうやだこの人たち……)
刹姫の衣装──漆黒のマントと手袋、ロングブーツもとい夜川 雪(よるかわ・せつ)は、この展開に頭を抱えた。と言っても、頭を抱えたような気になっただけだが。
(何で俺、こんな地球人と契約しちまったんだろ。あー、そういや人型になってねーな、長い事)
ああでもこういう時は。人型で演技に付き合わされて周囲に覚えられるよりは、こっちの方がまだマシな気がしてくる。
(そうだ、何で張り切ってるかって……聞いたことあるな)
今回の妄想の元になった小説。魔道書が読んでいたという、 『infinity 〜記憶螺旋の巫女たち〜』は、刹姫の部屋の本棚で見た覚えがある。
彼女は実はこの本のファンであり、中二病になったきっかけの一つだった。既巻分は全部読破済みで、暦の本体である中二小説はこの作品に触発されて書いたもの。だという。
刹姫は少しの間、どうしたらアナスタシアをこれ以上不憫な目に遭わせないことと遊びを両立できるか考えていたが、
(そういえば、話を聞いてた限り、なんか王国が劣勢っぽいわね。魔族側の誰かが実は『陽の巫女』だった、と言うことにしておいた方がいいかも)
思い立って外を見れば、魔王の軍勢十数人ほどが既に遊び場の入り口にまで迫っていた。
二人は契約者ゆえの力でひらりと降り立つと、ジャングルジムの天辺に昇って迎え撃つ。
「『陽の巫女』よ! まさか魔王軍に下っていると花! 貴様は私の真の力で葬ってやろう」
「わらわとサキが一つの存在へ還るため、そなたをここで滅ぼす!」
刹姫と暦、二人は背を付けてポーズを取り、同時に詠唱を始める。
『我らは「夜」。全てを覆う漆黒なり。光さえ届かぬ世界に行くがいい──永遠に』
それは、相手を異空間に閉じ込め、対象は幻覚により、心が壊れるまで悪夢を見続ける(という設定の)技だ。
『<終わりなき幻夜(ナイト・ファンタジア)>!』
二人の詠唱は空高く響き、魔王の手下たちを狼狽させた。
そしてまた、帰宅途中の幼稚園児たちと、その親をも巻き込んで、影響は広がっていく……。
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