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【黒史病】記憶螺旋の巫女たち

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【黒史病】記憶螺旋の巫女たち

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第8章 記憶螺旋の終焉


 ──世界を終焉させる獣その別の名は、デーストルーク・ティオ──世界救世装置という。

「何が起こったの……?」

 ──そしてそれは、人の姿をしていた。“彼”は浮かんでいた。圧倒的な、黄金色のオーラとでも呼ぶべきものを纏い、ただ佇んでいるだけで威圧を感じた。

「あれが……世界を終焉させる獣……」

 ──或いは、それは現在ではたった一人の青年であった。

「創造、繁栄、破壊……世界は三神一体(トリムールティ)で構成されている。時は満ちた。世界を破壊する」



 時は夕暮れ。
 巫女王の王国と魔王帝国、両軍に仕える「転生者」たちの戦いが終わり、公園からホテルへと、眠っている患者たちを運ぶために百合園女学院のバスが発車した頃、彼らは東屋にいた。
「今回は、魔王も随分あっさりと封印されたね。もし前世もこうだったら……恋人を見捨てなくて、済んだ」
 “卑怯者の”デルフィニウム──猫実 蕗桐生 円(きりゅう・まどか))はベンチに腰掛けたまま、静かにそう言った。
「これは2回目の戦いでは無い。舞台、時は違えど何度も何度も戦ってきた。何故かボクは毎回記憶が残っている。 それに、この前のパラミタランドでの事件でも、ボクは君を見たことがある。他にも、同じような人がいた。これは偶然じゃない」
 静かに、だが力強く、彼女は確信を口にする。
「ボク達は無限の螺旋の上で踊らされて、最後にそれを、解らせて絶望を糧とする神がいる」
 だから、彼女はそれを倒すため、前世の、「前回の戦い」は捨て、ただ技の完成を急いだ。一人だけ戦わず、卑怯者だと、恋人のカクトゥス・サルヴァトーレに憎まれても。そう、卑怯者の二つ名はこの時付いた。
「そう、全ては終わっていない──そうだろう? 巫女王の戦いにも積極的に加わらずにここにいるってことは、君は何か知っているんじゃない?」
 デルフィニウムが話しかけていたのは、彼女の横に座っている木之葉 富子だった。富子の横顔は、長い間黙して語らなかったが、デルフィニウムの追及にようやく口を開いた。
 彼女の言葉は、かなり確信に近い部分にまで迫っていたからである。
「私の名前はリリー・マグノリアロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな))……並行世界の地球より、この地球侵略のため派兵された魔導技師(テクノマジシャン)です」
「並行世界……?」
移植者に強い力と凶暴性を宿す精神寄生生命体(マインドハッカー)、通称『魔王』を放ち、戦争を起こして、疲弊した世界を本国が侵攻する。それが私の使命でした」
 衝撃的な内容を聞きながらも、デルフィニウムは思い出した。
 魔王と呼ばれる魔族の青年が、かつてはただの平凡な一人の村人であったという話を。ある日から突然人が変わったようになり、騎士団に入隊、頭角を現して魔王の地位まで上り詰めたという噂を。
「……ということは、本当の『魔王』は……」
「ええ、かつての、皆さんが魔王と呼ぶのは、寄生されただけの、魔族の本当に平凡な青年でした。一代限りの規制ですから、その効果は勿論転生後には適用されません。
 それで、他の地球のことは分かりませんが、私は地球が疲弊するのを待ち、後は本国に報告するだけのはずだったのです」
「ちょっと待って。ボクは戦争には参加していない。終戦も見て、寿命が尽きるまで生きた。記憶によれば、第三勢力の侵攻なんて起きてないよ?」
「ええ、私は生命維持魔法の不備で病に倒れたのです。でも、私を介抱してくれただけでなく、友として接してくれたローズさんという方たちがいました」
 だから魔王封印を見過ごし、計画の失敗という事で本国には連絡せず、そのまま生涯を終えた──はずだ、と、リリーは言った。
「私が何故か転生し、今ここで記憶が蘇るという事は、何か意味があることのはずです。それに、『魔王』が、いえ、もっとおぞましい何かの気配が……」
「ここに、いる。そういうことだね」
 リリーは頷く。
 その時突如として、彼女が腕に抱いていた犬のベステレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす))が吠えだした。
「ワン! ワンワン!」
 異常を感じ、二人は表情を引き締めた。気配を探ろうとすれば、それはもう、探る必要がないほど間近に迫っていた。

 東屋を出た二人が頭上に見た者は、“彼”であった。
 その一人の青年は黄金に輝いていた。色として金色の髪であったり、金色の服を纏っていたりしたのではない。彼を包む力、圧倒的なオーラが金色に、まるで炎が立ち上るように可視化したものだった。
 彼は空中に佇むと、二人を見下ろて口を開く。
「俺は田中 太郎。前世ではデーストルーク・ティオ武神 牙竜(たけがみ・がりゅう))──世界救世装置の一部だった」
「世界救世装置……!?」
「かつて、巫女王の王国と魔族の帝国の終わりなき戦いを嘆いた者がいた。
 世界への嘆きと世界への愛ゆえに創造、繁栄、破壊……三神一体(トリムールティ)の思想の元に両陣営のバランスが崩壊した時に発動する『世界を破壊し、新たな創造を行う装置』を生み出した。
 その破壊の実行者が前世の俺だった」
 彼は淡々と語り続ける。
 あまりの事実に二人は反論するのも忘れて耳を傾けた。何故今現れたのか、何故この姿なのか、これが神の意思なのか──。様々な疑問に応えてくれるのではないかと思った。
「魔王が倒れ、世界のバランスが崩れた……今こそ、世界の破壊による救済の時」
 だが、疑問への返答はなかった。彼の声が、感情を消す。
 攻撃に反応して破壊をスタートさせるようにプログラムされた彼は、ここに至るまで、既に人によって──浄眼によって、一度攻撃を受けていた。いまだ場に立っている「転生者」に対しては、情報を与えるでもなく会話を交すのでもなく、「宣告」だったのだ。
「全ての感情を停止……システム実行」
 機械的な声が、口から洩れた。
 同時に、彼は腰の日本刀を抜き放った。
「何を馬鹿なことを──そんなことはさせません!」
 リリーが背中に差した金属の棒を手に取った。握りこめば途端に、その流体金属で創られた槍が伸びあがって本来の姿を現す。
「覚悟なさい!」
 彼女は飛翔し、流体金属槍を、鋭く二度連続して突き出した。だが手に返ってくるのは肉の手ごたえではなく、硬質な何か──おそらくこの世のものではない物質による拒否だった。
「……学習した。攻撃パターンΘ……。俺は『金色の破壊者』だ……全てを破壊する」
 槍を跳ね返され、体勢を崩さぬように一回転して着地したリリーだったが、
 ──刹那。
「きゃああああっ!?」
 身体の全面に彼の二度鋭い突き──槍のようなその太刀筋──を受け、リリーの体は跳ね、地面に転がった。転がりながらなんとか立ち上がって構えなおすも、ダメージは大きい。
「これはどうだっ!」
 今度はデルフィニウムが真空の刃を投げつけたが、それもまた、彼は受け止め、微動だにしない。
「……実行」
 彼が呟くと、見守るデルフィニウムに真空の刃が飛んできた。屈んで交わしたその帽子が浚われて千切れて飛んで行った、かと思えば、公園の樹木の一本の枝が、斬られて帽子ごと、ばさりと落下した。
「並みの攻撃では通用しないようですね。ここはあの技を使うしかありませんね……」
 体力をこれ以上削がれないうちにとリリーが言えば、デルフィニウムが問い返した。
「何するの?」
「惑星の霊──<星霊(プラネットソウル)召喚>です。惑星の位置を変えて全惑星の力を地球に集中させる銀河十字(グランドクロス)で敵を倒すものです。自分に行使可能な仲では最後から二番目の奥の手で──もう一つ、最後の技があったはずですが……、これは転生の影響か、今は思い出せないです」
 行きますよ、と言って走り出そうとするリリーに、デルフィニウムはストップをかけた。
「待って。相手はこっちの技を学習して跳ね返してる気がする。そんな強い技を撃って、もし効果がなかったらどうする? 地球もただじゃ済まないだろうし。
 だからその、並行世界の技術やら何やらで、もっと相手の情報とか調べられない?」
「……わかりました」
 二人は東屋の下に入り込むと、彼女の手のひらサイズのモバイルを立ち上げた。それはデルフィニウムに見覚えのない、近未来的なフォルムをしていた。
 彼は二人を逃げたと見たのか、一旦放って、無差別の破壊を始めた。周囲の人だけでなくモノにまで、彼は空を舞い追い立てるように、禍々しい気を纏った刀が振るっていった。ごみ箱が真っ二つにされ、樹木が枝を全て落とし、大地が裂けていく。
「パスワード、生きてます。──データ、本国のデータベースからダウンロードできました。表示します」
 キーを押し込むと、空中にパソコンのディスプレイのようなものが表示された。デルフィニウムが覗き込み、そのあまりの内容に声を詰まらせた。
「これが……『神』の意思」


【世界救世装置『トリムールティ』】

地球に於けるオーバーテクノロジーであるそのシステムは、オーパーツ又は、上位世界の神が与えた神の杖とも言われる。
世界のバランスを欠いた時にのみ人類の間に出現し、荒廃した世界のバランスの調整を担っていた。
取り返しのつかないほどの争いが起きたと考えられた時、世界の「破壊と再生」が行われる。

一度破壊が選ばれた時、システムの目的実行まで滅ぶことなく再生し進化を続ける。
戦えば戦うほどに強くなり、受けた物理的・霊的手段は全て学習、自分の技とする。
発動に複数人が技術も単独で使うことが出来る。
世界救済装置が稼働し続ける限り、破壊し続けるために止まることなく破壊のための進化を続ける。
最終的に宇宙の終焉であるビッグクランチを引き起こすまで進化し、ビッグバンを発動し宇宙を創造する。

システム本体は異空間にあり、幾重もの防御壁を備えている。
装置を停止させない限り倒すことは不可能である。