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我が子と!

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我が子と!

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〜 7th phase 〜


一つのささやかな決意は、覚醒と共に他の者にも伝播する
それは認識すら支配下に置いた、仮想空間の影響の残滓だったのかもしれない


だが、それはコアであるとある少年にとっても同じ事

両親は本当に優しかった
子を望めぬ体を持つ母と、それに寄り添う父となる人の、本当に望んだ夢として生まれたのが自分
自分がもっと相手の理想を忠実に再現するだけのプログラムだったら良かったのかもしれない

しかし、このシステムの構築者は相当の良識者ある者だったのだろう
相手に好かれるには、自分が相手を好きにならなければいけない
だから申し分ない家族の関係を作り出す為、マテリアルである自分達にも高度な感情プログラムを組み込んだ
だがそれは忠実に子供のそれを再現しすぎたのだ

無条件なまでのその親への好意の感情は離れたくないという慕情、そして子供じみた独占欲に変わる
帰って欲しくない、自分を本当に好きでいて欲しい、いつまでも一緒にいて欲しい
何故だか、このセカイは……システムは自分の望みに従ってくれた
多くの人の認識も変わり、多くの人が望んだ子供と一緒にいる事を望んでくれた

望んでくれた……はずだった

仮染めの芝居はいずれ綻びを生む、繕っても繕ってもそれが消える事はなく
その繰り返しに疲れていたところで、一組の親子に会った
仲良く寄り添うその母娘は、何より『好き』という気持ちが大事だと教えてくれた
願えば家族は共にいることを望めるから……と

その気持ちに励まされ、伝えたい大切な言葉を改めて伝えるはずだった
だが、彼が両親のいる部屋に辿り付いた時には、全ての魔法が解けた後だった
だから認識を書き換えられていた彼らの言葉を責める事は出来ない
しかし……扉越しに聞こえたその言葉は、彼にとって一番聞きたくない残酷な言葉だったのだ

 『帰ろう、私達はここにいてはいけない』

少年の恐れが、絶望が空間を強制的に塗り替える
彼に取り憑いた想定外の異形の力が最後の力を振り絞り、愛する者を閉じ込め
幸せの時を紡いだ建物は少年の全てを守る禍々しい城となり
全てを宝箱のように閉じ込めながら、その頂上で少年は膝を抱えて一人誰ともなく呟く

  嫌だよ…離れたくないよ、みんなずっとここにいてよ 
  パパもママも誰にもわたさない……ずっといっしょ……ずっと一緒だよ! 

……それはコアと呼ばれた少年の……アダムの慟哭であり願いであった


これは一番彼に身近に接した者故の影響なのだろうか?
少年の思念が奔流のように流れ込むと共に、全ての記憶が奔流のように解き放たれる
その重さに騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は膝を突いた
その脳裏に先程のアダムとの会話が甦る

 『大好きって気持ちを誤魔化しては駄目
  ちゃんとそれを大事にすれば、きっといい方に話が進むかも知れないよ?
  だって親ってのはね、子供の事が一番だもん』

……自分は何て偉そうにあの子にその言葉を吐いたのだろう
自分こそ、そんな親である資格すらないというのに!

シュミレーターに参加したのは本当に些細な興味だった。
自分の最愛の人は同じ性を持つあの人
ゆえに、自身が子を持つ事はどう考えても無い……
その事を悔やむつもりは無いし、その事であの人への愛と忠誠が変わるわけではない
だが、もし束の間の夢として『if』を見る事が許されるなら……
そんな密かな想いと共に、仲間に内緒でこの仮想都市に来たのが自分なのだ

 「詩穂は……あの子に……なんて事を……っ!」

後悔と共に涙が止まらず、彼女は両手で顔を覆う
今なら良くわかる、会えなくなるという彼の言葉の意味を、その気持ちを
……何故なら自分も同じなのだから
 
  詩音、ごめんね
  あなたを愛してくれるもう1人の母親は詩穂の最愛の人
  現実では母親と母親からはあなたは存在できなかったの
  だから詩穂はあなたの存在する世界を見てみたかった…そしてこの手で抱きしめたかった

これは、望んではいけないものを望んだ罰なのだろうか?そうだとしても余りにも残酷すぎる
少年の……そして自らの絶望と悲しみの感情に飲み込まれ、詩穂は動けずにいた
そんな彼女の頭を抱きとめ包み込もうと、優しい声と共に小さな手が差し伸べられる

 「詩音はね、おかあさんに会えてよかったって思ってるよ
  おかあさんが望んでくれたから、詩音はここにいるんだよ。幸せだって思えるんだよ?
  だから悲しい気持ちにならないで、詩音は笑ってるおかあさんが大好きなんだよ?」
 「詩音……」

仮初の作られた存在、だけどその温もりは何よりも本物で暖かく、詩穂の心を包んでいく
束の間であろうと、この子と重ねた時間は現実なんだと彼女の心に光が灯る
そして温もりを確かめようと抱擁を返す
そして束の間の静寂の後、詩穂は顔を上げた。その顔はいつもと変わらず、そして決意に満ちている

 「行こう、詩音!おかあさん、あの子にもう一度会わないといけないんだ!」
 「……うん!詩音もアダムくんに会いたい!」

揺ぎ無く固く結ばれた手と共に、母と子はセントラルビルに向かって駆け出した



 「余興としては随分と大仰な事になってきたな。キリカよ」
 「ええ、それ程までに親子の間というのは全ての力を飲み込むものかもしれません」
 「成る程な、お前の言葉には一理あったわけだ。
  帝王学の一つとしての後継者の育成……確かにそれ程の価値があるのだからな」

セントラルビルを目の前に見据える建物の一角
そのビルの下の喧騒、そして緋色の天を仰ぎヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)とそのパートナー
キリカ・キリルク(きりか・きりるく)の会話は続く

 「だがアダムとやらには一杯喰わされたわ
  お陰で心ゆくまで親と子の逢瀬を楽しむ事になった、その事は礼を言わんとな」
 「何を自慢げに。あなたは先陣を切って色々やっていただけでしょう?」
 「何を言うか、帝王たる者、何かを直接教えるようなことをするわけがないであろう
  ただひたすらに、己の背を見せる。故に、俺の行動はいつもと同じなのだ
  お前も学ぶ事は沢山あったのではないか?息子よ」

ヴァルの問いに、傍らにいた彼の息子がはい、と頷く
その姿は仮初の存在である事が嘘のように自信に満ち溢れている

 「父上より学んだのはその生き方。誰に捕らわれることなく真直ぐに進む己の道
  そして母上より受け継ぐのは誰かを守る自分。寄り添う事で身を、そして心を守ること!
  いずれも自分にはかけがえの無いものです」
 「立派なものだ、その言葉だけでこの茶番にも意味があったというもの。感謝するぞキリカ!」

大きな声を立ててヴァルが笑う。その何事にも動じぬ姿をキリカは眩しそうに目を細めて眺める
彼と、彼の傍には愛の結晶、そして自分。そこ残るのは……手にするのは確かな思い出
仮初とはいえ、この光景が見られただけでも満足だと思う

帝王と称する最愛の者が己が道を往くならば、自分はその背を守る盾になると心に決めた
その誓いに停滞と馴れ合いは不要……故に自分達の間に実が結ばれることはない

しかし、束の間の夢を楽しめるのなら……と少しだけ彼女は密かに望みを抱いた
【帝王たる者、後継者を育てる事も帝王学の一つです】と彼に嘯いてこの仮想都市にやってきた
どうかこの浅ましい本心を見抜かれませんように……その秘めた想いと共にシュミレーターに参加した
結果、バグの影響で本当に家族としての実感まで味わう事ができた
だからこそ、感じる事のできるアダムの感情にも理解できる。いっそここで永遠に居られたなら……と

だが、永遠は停滞と同義。一緒に居たいと思う以上に、立ち止まる帝王を自分は見たくないから
だからキリカは先の言葉を十分に判りつつ、愛しい帝王に問いを放つ

 「……で、これからどうするのですか?帝王」
 「いつもと同じだ。
  ただひたすらに自分の足で駆け回り、我が身をあらゆる困窮に喘ぐ人達の助けとする
  されど差し伸べる手は全てにあらず!彼らが自身で立ち上がり解決するための助けを信条とする
  故に……!」

鞘から【黒曜石の覇剣】を抜き取り、帝王は高らかに宣言する

 「このアダム反乱も同様!その鎮圧のため捕らわれざる者と手を取り合い
  妨害をすり抜け、いち早くアダムの元へ駆けつけよう。彼の巣立ちを促す為に!」

帝王と呼ばれた者の剣に緋色の光が照り返す
この時ばかりは悲しみと不安で塗りつぶした様な空の光も、彼等の味方とならざるを得ないのだった