イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

リアクション公開中!

過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

リアクション

     ◆

 彼等はひたすらに進んでいた。目的地が明確なだけ、その足取りと意志は固い。
「海君……その、少し休んだ方が良いんじゃないですか?」
「そうだよ。焦る気持ちはわかるけど、でもそれじゃあ、皆があのドゥングって人を止める前にばてちゃうじゃない」
 柚と三月の言葉を聞いた海は、そこで歩調を緩めた。
「そうか。それもそうだな。すまない皆……」
「何、気にするな」
「そうですよ。どうせ、貴方が急かさなくとも、皆同じように焦っている筈ですから」
 コアと司がそう言って笑うと、彼等も笑う。「全くだ」と言ったニュアンスの事を口にしながら。
「それにしても――」
 ひとしきり笑っていた中。氷藍がふと口を開いた。
「敵は結局何者なんだ? 私は特別面識があるわけでもないし、細かい事情も全くと言って良い程にわからん」
「ですね。ラナロックさんと同じ型の機晶姫が居るのはわかりました。けど、そのドゥングって人の事とか、なんであの人が誰かの命を狙っているのか、わかりません」
 大助が彼女の後に続いてそう言うと、二人の横を歩いていた薫と大吾が説明する。
「ドゥングさんが狙っているのは、この事件を海君に依頼したウォウルさんって言う先輩と、そのパートナーさんのラナロックさんなのだ。ドゥングさんが何で二人を狙っているのかわからないけれど」
「そうだな。知らないかもしれないが、実は今回の事の前にラナロックさんが暴走してな、どうにもこの話はそこと繋がっている様に思うんだ。俺としては」
「ふぅん。ま、色々複雑なんだろうな」
 適当な相槌を打ってから、氷藍はふと隣を歩く幸村に目をやった。特に何を言うでもなく、彼女は一度自らのパートナーを見て、首を傾げる。
「でも、ドゥングってやつを追いかけた後、実際どうするんだ?」
 海がそこで気付いたのは、具体的な方法をどうするか、と言う事である。ドゥングを止める、とは言ったものの、しかし彼をどう止めるか、それが明確ではなかった。故の疑問である。一同が静かに思考をする中、今まで沈黙を守っていた馬超が口を開く。
「正面から――進めばいい」
「馬超?」
 いきなりの言葉。そして何より、その微妙な声色の変化を悟ったコアが彼の方を向いて名を呼ぶ。
「私が正面から奴と当たろう。さすれば敵の戦い方が見えてくるだろうよ」
「何を言っているんだ。皆がいる事を忘れてはいけない。協力すれば――」
「駄目、なんだよね」
 又兵衛が二人の会話に割って入る。
「それじゃあ駄目なんだろう? 全員で闇雲に突っ込んで、全員がやられちまったら元も子もない。そうだろう?」
「……そうだ」
「それに――何かあるみたいですね」
 コアだけではなく、大助も彼の変化に気付いていた。
「多くは語る必要も無し。ただ言える事は――過去との決別を必するはラナロックだけではない。私もまた、過去と言う鎖に縛られている者なのだ、と言う事のみだ」
 過去と決別を果たすべき者。コアが、大吾がラナロックへと向けて言った言葉。彼はそれを今の今まで自問し、そして答えを出すべく決意を持ったのだろう。だからこそ、彼はその言葉を呟き、再び口を堅く紡ぐのだ。その決意が固いのは、誰がどう見ても明白なのだから。
「よし、じゃあ馬超。あんたが口火を切ってくれ。俺たちはその援護。それでいいか?」
「皆さんが無事ならば、私は私の頑張る事をしますから」
「うん。此処でどうこう言っても仕方がない話、なんだろうし」
 小さく震える手を自身で握って抑える柚と、やや困った様子を浮かべる三月。
「私もなんでも良いですよ。なんなら私もその口火とやら、切っても良いですけど」
「セイル……お前もしかして諸共、なんて考えてないだろうな」
「まさか。冗談ですよ」
 本当に冗談か? と言う言葉を呑みこみつつ、大吾は一度セイルを見つめた。未だ、彼女の言葉の真偽を確かめる様な瞳で。
「だったら囮はこっちでやるわ。ね?イブ」
「こらこらシオン君、それじゃあ本当にイブ君危なくなっちゃいますよ?」
「あら、言ったじゃない。ワタシたちで守ってあげればいいのよ? ほぉら、簡単♪」
「そんなぁ……ボクまだ『良いよ』なんて一言も言ってないですよぅ……」
「ごめんね聞こえなーい」
「……シオン君」
 そんなやり取りをしている司、シオン、イブ。さすがにこの会話には、その場の一同が苦笑を浮かべていた。
「よし。ならば私たちもそう言う流れで行こう。馬超とやらが先に突っ込み、その後を私たちで抑え込めば話は早い。なぁ、そうだろう? 幸村、大助」
「如何様にも。ただし、加減は利かぬやもしれません」
「父上、母上。僕だって立派な戦力になるんですっ! 迷いなければそれでよし。戸惑いなければ更によし、ですよ」
 氷藍と幸村は首を傾げた。大助は何を言ったのだろうか、と。彼は何を知り、彼は何を思ってそう言ったのだろうか、と。が、大助はただただ意気込むだけでそrから先の言葉を言わない。それから先の言葉を持たない。だからそこで、二人は言葉を止める事にした。
「ぴきゅ!」
「どうした? ピカ」
 考高は又兵衛の頭の上でなくピカへと向くと、鳴き声の真意を確かめるべく声を掛けた。
「ぴきゅう!」
「ピカも頑張るんだって。心強いねっ。我も頑張るよ! それにあのドゥングって人に――」
「人に? どうしたのさ?」
 途中で言葉を止めた薫へと、又兵衛は首を傾げながらに尋ねる。見れば彼女の表情が、何処か鋭さを持っている。
「言いたい事が、あるのだ」
「言いたい事。ねぇ……。へぇ、珍しい」
「うんっ! 言いたい事って言うか、言わなきゃいけない事、かな」
 薫はそう言うと不意に、袖から小さな球体を取り出し中を見る。
「力を貸して欲しいのだ……。多分、我だけではどうにも出来ないから。お願い、ね」
 球体に納められたそれは――まるで人形に付属する様なサイズの、しかし不気味な光を放っていた。不気味であり、物騒であるその光はしかし、何処か暖かい。まるで自ら意志を訴えかける様にして、薫の言葉を受けたそれは一度、たったの一度、彼女にのみ見える様に光を反射し、その身を滑らせる。
「ありがとう――朱雀宿し」
 彼女はその銘を呟き、再びそれをしまう。密かに燃やす闘志を、まるでそのまま具現化したかの様な、薫の相棒。





     ◆

 その瞳は、ある種揺るがぬ決意の中にある。
樹月 刀真(きづき・とうま)はただ、本当に揺らぎと言うものを知らないかの様に足を踏みしめている。傍らにいるはずの漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が追い付けない程に。
「ねぇ、ねぇ刀真! ちょっと待ってよ…………!」
 彼女の声に反応した刀真は、そこで一度足を止めた。振り向かず、ただ己の進む道、その一点を見つめて。
「俺は、進まなくてはならないと思う」
 急に彼は、そう呟いた。
「確かにあの女の過去を、若干ではあるが垣間見た。事実、救い様の無いほどに曲がりきっていたし、同情していないと言えば嘘になる」
「………………………………………」
 月夜は黙して語らず、彼の背中のみを見つめる。
「ただ、じゃあ俺たちが目を瞑り、やつの今を、そしてこれからを黙認するのか? それで本当に、あいつは幸せなのか?」
 彼は彼として。刀真は刀真の正義として。そして何より、彼なりの優しさとして、拳を固く握りしめて言う。その問いは、月夜に向けての物ではない。
「俺たちは………少なくとも俺は。はじめはあの女に敵意を持って対峙した。それは俺や、俺たちに危害が及ぶからであり、降りかかる火の粉を払う、と言う意味合いが強かった。寧ろそれ以外には、なかっただろうな」
「刀真………」
「しかし、今度は違う。あの女の背負った物を知った。知ってしまった、と言った方が適切か。兎に角そこで、俺は思った。俺に出来る事は何か。俺があの女に出来る最大限はなんなのか。答えはひとつ――。ただひとつだけだった」
 そこで漸く振り返り、いつしか手にしている漆黒を一度、月夜に向ける。
「『全身全霊で以て、あいつを殺す』それが、それが俺に出来る、唯一のあいつへの弔いだ。あの女が生まれる時に散っていった者たちへの手向けだ」
 恐らくその言葉の意味を、月夜は理解している。だから彼女は、そこで言葉を止めて、瞳を閉じて大きく一度息を吸い、足を進めて漆黒の先に手を当てる。鋭利なそれは僅かばかり彼女の掌に傷をつけ、そして彼女の内に巡る真紅を呑む。
「刀真、貴方がそう決めたのであれば、私は何も言わないわ。貴方の決意はきっと、誰になんと言われても変わらない。曲がらないし、曲げられない。貴方はそれだけの物を背負っているのだから」
「…………助かる」
 その様子をただ彼は――ラグナ ゼクス(らぐな・ぜくす)は何も言わずに見ているだけだ。
その言葉を、その思いを、そして決意を。不条理として見ているのだ。刀真とは対照的に、しかして一種の決意を胸に秘める目で、二人の様子を見つめている。
結論からすれば、ラナロックを殺す、という決意を二人に伝える刀真。ゼクスはそれを否定する。何とか守れる手段はないか、と模索をしながら二人の後について歩くゼクス。
「ゼクス、行きましょう。私たちも」
「………………………………………」
 再び踵を返して進む刀真の後ろ、月夜はゼクスに声をかけた。やはり彼は黙して語らず、静かに一度だけ頷くと、月夜の後を追って歩き始める。
彼の真意を、まだこのときは誰も知らない。 その沈黙の理由を。