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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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 4.黄金の章





     ◇

 どうでも良いから 希望をください。
 なんでも良いから 証をください。

 生きる希望を 走る想いを 守る事の大切さを。

 意味を 重さを 実感を

 心と呼べるそのものを 今ままで溜まった思い出を


 アナタノ一部ト ゴ一緒ニ
アナタノ骸ト ゴ一緒ニ





     ◆

 彼等は病院内にいた。二階、ウォウルの病室の中で、彼等は神妙な面持ちのまま窓から外を眺めている。
「……来たよ!」
 ブラインドをずらし外を伺っていた内の一人、託はそう言ってウォウルへと向き直る。
「そうですか。まぁ、彼の事ですからね、律儀に皆さんとお話しながら、なんて所でしょう」
 彼の言葉に対して返事を返したウォウルは別段焦る事もなく、手元にあったナイフで手遊びをしながらに言った。無論、表情に焦りはない。
「ったく、心配してりゃあなんて事ない。普段通りのヘラ男じゃないか。もう少し焦れよ、あんた」
 林田 樹(はやしだ・いつき)がやや不貞腐れた体で言う。
「そんなつれない事言わないでくださいよ、樹さん。僕だって内心じゃあ怖くて怖くて」
「全然そうは見えないっつの」
「おぅるしゃん……こわい、れすか」
「あぁ、とってもね。彼はとっても強いんだ。そう……とっても強い」
 林田 コタロー(はやしだ・こたろう)に向けていた言葉しかし、後半何処か上の空で、彼はそう呟きながらに手するナイフを一度握りしめた。その様子を、ただ、何も言わずに見つめている緒方 章(おがた・あきら)。が、彼に疑問の念はない。彼は何を言うでもなく、ただ、ウォウルと言う男をじっと見つめているだけ。その心を知っているが如く、彼は薄ら笑みを浮かべ、ただただウォウルを見つめているだけだ。
「さて、それよりこれからどうするか……だな」
「あの人、ウォウルさんが目当て、なんだよね。だったらさ、此処で待ってるよりももっと広い所で待ってた方が良いんじゃないかな」
 勇平の言葉に継いで陽が考えながらに言った。
「確かにな。守るってんならこんな狭いとこでやってらんねぇ。そうだろ?」
 フィリスが隣に佇むアイスに向かってそう言うと、彼は暫く考えてから、何かを探るようにウォウルへ向く。
「貴方はどうお思いですか? 何やら考えていそうですけど」
 問いかけはある種、何処かウォウルその人を探っている様に、それでいてどこか、彼を知っているかの様に、アイスは尋ねた。
「僕、ですか」
 彼は笑う。
「ふん、守ってもらうやつが注文つけんなよ」
「ちょ、ちょっとフィリス! そんな失礼な事言っちゃ駄目だよ!」
 慌てて陽がフィリスを諌めるが、ウォウルはを浮かべている。笑顔を浮かべ、口を開くのだ。
「確かにそれは思いますよ。僕がどうこう言う程、皆さんに迷惑をかけていない身分でない。更に言うなれば、そこに確証がない以上は僕は安易な発言をしてはならない、とね」
「ウォウルさん」
「更にこうも思う。この際、皆さんに委ねる事も良いのではないかと。これは、今回のあれこれで僕が皆さんから学んだ事ですよ」
 彼の言葉を受け、全員が言葉を呑み込んだ。
「皆さんが此処だと戦い辛いのであれば、それこそ移動すればいい。ただし、正直な事を言えば僕は今すぐにでも外に出て彼を止めたい。それは思っています」
「駄目だよ! それじゃあ同じことの繰り返しじゃないか」
 託は声を荒げた。彼は慌ててウォウルに近付き、彼が今にも飛び出ないか身構える。
「わかっています。わかっていますとも。託君、ありがとうございますね」
「え、いや……うん」
 言葉を呑み、頷く彼の肩に手を置き、ウォウルは更に続けた。
「それで。ならばこれからの話をしましょう。どちらにしても、皆さんが此処でこうしている事、それ自体はどう思いますか?」
「ちと良いかの」
 ふと『複韻魔書』が声を上げる。
「確かに広い場所に向かうのは良いかもしれん。しれんがしかし、それでは向こうも好都合なのでは?」
 彼女の危惧は、相手と自分たちとの意識関係。 簡単な話なのだ、『自分が優位』は即ち勝利へ直結する事はない。あくまでそれは『やりやすい』と言う話なだけであり、相手もそう思う可能性がある。
「ならどうすんだ? 私は別にどこでも良いけど。って言うかヘラ男。あんた無意味に頭使ってんだから、わけわかんない理屈こねてないでなんとか考えろよ」
「樹ちゃん、それちょっと言い過ぎだぞっ」
「煩いなっ!」
 樹と章のやり取りを見て思わず笑う一同。と、確かに、などと数人がウォウルの方を見て言葉を待った。
「先ず結論から言えば、目的がある、と言う事は、言い換えればそれだけこちらの構えが重要になると言う事。僕を守っていただくのであれば、皆さんが彼以上に有利になる状況に追い込む際に使うカードとして僕を勘定にいれてくれさえすれば、それでいいわけです」
「ウォウル様。貴方様はまだ、自分を餌としてお使いになるんですの?」
 綾瀬は首を傾げながらに言う。何が疑問なのかは定かではないが、少なくとも彼女は何かしら思っているのであろう。
「えぇ。怪我をして身動きがまともに取れない人間が何をすべきか。事――貴女ならばご存知のはずだ。僕がする事は即ち最短距離を進むと言う事。良いですか皆さん。僕がこれから提案する事は、言換えればそう言う事だ。そしてこれは、僕が僕たる所以でもある。こればかりは曲げる事の出来ない考え方です」
 彼はそう言い、綾瀬に声を掛けた。返事を返した彼女は、何処からともなくある一枚の紙を持ってきて、彼にそれを手渡した。それを自分のいるベッド、自分の膝の上で広げて一同に見える様にすると、再び口を開く。
「これはこの病院の見取り図です。先程、綾瀬さんに言って取ってきてもらいました。さて、では問題です」
 再び綾瀬に目配せすると、彼女は何処からともなく赤い、小さな丸い物を渡す。磁石の様な、随分と背の低い円柱の物体。
「僕たちは今此処にいる。そして出入り口は此処。彼の性格からして、正面から入ってくる以外に考えられない。ならば問題です。どこが一番時間を稼げるでしょうか」
 彼の問いに、樹の隣に立って様子を見ていたジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)が自信満々に赤い円柱を綾瀬から受け取ると、ウォウルの膝の上に広げられた見取り図の上にそれを乗せる。三階の一番奥の部屋。開けたそこには『医院長室』の文字。
「勿論、此処でございますわ!」
「んー、外れ、です」
「なっ!? 何ででございますか! 一番上の一番奥、更にはこんな広い部屋でございますよ!? 絶好のステージでやがりますのにっ!」
「そう、それが普通に考える事」
 ジーナの言葉を肯定してから、ウォウルはその理由を述べ始めた。
「誰しもそこに行きつくんですよ。壁を何重にも張れば、ジーナさんの言いは尤もです。ですが、我々はそれほどの壁をもっていない」
「え!? 何で? だってこんなに人数がいるのに……」
 結が見渡しそう言うと、日比谷 皐月(ひびや・さつき)が代わりに口を開く。
「どうせあれっしょ? 俺たちを壁に使うつもりはねぇ、ってさ」
「その通りですよ。貴方達を壁に使う、など、僕は死んでも考えません。そう、僕が死んでも、考えません」
「甘いですわね」
 彼の言葉に肯定するウォウルに向け、綾瀬は一度ほくそ笑みながら呟く。
「えぇ、僕は頭の先から爪先まで優しさで出来ていますから」
「何が優しさで出来てる、ですか。貴方ほどに無慈悲な人はそうそう見ませんよ」
 ため息をつきながら真人が口を開いた。何か含んでいるのは、彼の知るウォウルを鑑みての事、だろう。
「それで? ウォウルさん、貴方の出した答えは何処なの?」
 セルファが切り出すと、ウォウルが返事を返して医院長室の上に置いてある赤い円柱を指で抓むと、それを一階にある部屋に置く。
「監視室の隣、元雑務倉庫……?」
「元、って何? 今は使われてないって事?」
 ルイが首を傾げていると、彼の膝の上に座っていたセラエノ断章がウォウルに尋ねた。
「考えてください、彼の身になって。先ずはじめ、この病院内に入ったら何をしますか?」
「始めに……? んー、私は道に迷ってしまうので、一応案内のお姉さんか案内板を見ますが……」
「ルイ、それはルイだけだと思うよ?」
「なんですと!? で、では普通はどうするのです……?」
「んー……その場を見渡しますわね。私ならば……」
 ルイの言葉を聞き、たどたどしい様子ながらウイシアがそう言った。
「そう。まずはそうするはずですよね。生存者や逃げ遅れた者はいないかを確認する。いれば捕まえて僕たちの居場所を吐かせれば済むわけですから。さて、その次は?」
「まどろっこしいな……クイズはしなくていいからよ、早く答えを教えてくれ」
 勇平がやや苛々しながらそう言ったからだろう。ウォウルは苦笑してから返事を返し、言葉を繋げる。
「まずは近くにある数部屋を見るでしょう。目につく扉に手を掛け、中を確認する。しかしそこに僕たちはいない。いればわかるはずだ、気配があり、息遣いを感じるのだから。だから恐らくこの階にはいない、と踏み、次の階に向かう。そう、先ほどジーナさんが指した通り、何のヒントもなければまず、奥へ奥へと向かうでしょう」
「言われてみれば確かにそうだわ……自分から逃げている存在を追うんですもの。奥に奥に逃げるのが通り。だからそれを予想して――」
 セルファな口元に手を当てながら、考えている所作のままにふと呟いた。
「先ずは一番可能性が高い場所を見る。次に、その周辺、ですね。俺ならそうします」
「ご名答。自分の考えた場所に標的がいないとなると、ならばその周辺を探すのが通り。早くしなければ逃げられてしまう可能性がありますからねぇ。では、見事正解した真人君。貴方ならば次に、どうしますか?」
「どうしますか、と聞かれましても……そうですね。後は虱潰しに上から――上から探す……!」
 はっとした表情を浮かべる彼。そこで数人もわかったらしく、合点の言った表情を浮かべていた。
「えぇ。皆さんのお察しの通りですよ」
「おうるしゃん……こた、まらわかんらいろ。どーしてみなしゃん、はってした、れすか」
 コタローが首を傾げているところ、託が彼女に説明し始める。
「コタローちゃん、何か探し物をしてると考えて」
「あ、あい! んと……あい」
「探し物をするとき、コタローちゃんは『多分あそこにあるかな?』って考えたり、するよね?」
「あい、あう、れしゅ」
「だから多分、最初にそこを探すでしょ?」
 コタローが首を縦に振った。
「でも、幾ら『あそこかな?』って思ったところを探しても、その探し物が見つからない場合、コタローちゃんは何処を探す?」
「んと……しょのちかく、みてみう、ろ」
「そうだね。じゃあ、コタローちゃんの探していた探し物が、もしも全然違うところにあって、もう既に通り過ぎてきてしまった場所にあったら、なかなか見つからないんじゃないかな?」
「うっ! しょーれす、しょれは、こまう、ろ! こた、びっくい、すうろ!」
「僕たち……んー、この場合はウォウルさんだね。ウォウルさんがもしもそうだったら、探している人は最後の方に探しに来るんじゃないかな」
「しょーれす! こた、わかったろ。たくにーに、ありまと、れした」
 にっこり笑った彼は、そこで再び立ち上がり、ウォウルを見る。
「僕たちは……何をすればいいの?」
「そうですね。僕のお願いを聞いてくれるのであれば、皆さんには少々手分けをしてもらいたいと思ってます。無論、皆さんが考えた場所に行って貰いたいですが……」
 そう言うと、綾瀬が今度は青い円柱を数個取り出し、ウォウルに渡す。
「初めは此処――。僕のいる部屋で待機をし、囮である僕を申し訳ありませんが守ってもらう方たちです。囮が死んでしまっては元も子もありませんから」
 淡々と言うウォウルを前に、彼女――ローザマリアはやや怪訝そうな顔をしてその様子を見ている。
「どうしました? 御方様」
 心配したのか、菊が小さな声でそう尋ねると、ローザマリアは眉間に皺を寄せたまま、やはり小声で彼女へと言葉を返した。
「さっきから聞いているのだけれど、どうにも良くは思えないわ。あの人。自分を完全に物扱いしていて。しかもそれでいて平然としているあの姿に」
「そうですね、先程からご自身の事を物の様に――」
「もしも気に食わないのであれば謝りますよ。ごめんなさいねぇ。ただし、事実を事実として発言するのはご了承願いたいものです」
 小声で話す事に対し、彼の前ではそれが意味をなさない事を知っている面々は、思わずその光景を苦笑する。対して内緒話を聞かれた事に驚いたローザマリアと菊は、ただただ数度、頷くだけだ。ウォウルはと言えば、相変わらず笑顔をローザマリア、菊の双方に向けている。
「さて、話に戻りますが……後はドゥング、彼を止めると言う役割の方、ですかね」
「止める? それはさっき嫌だって、ウォウルさん自分で言ってたじゃない」
 陽が思わず挟むと、ウォウルは彼の方を向いて答えた。
「いえ。壁として進行を阻止してもらう訳ではありません。あくまでもフェイクの為です」
「あぁ? 何でだよ」
「おやおや、何だか怖いですねぇ。そんなに怖い顔で見ないでくださいよ」
「黙れ、なんなら今此処で殺してやろうか?」
「フィリス!」
「ちっ! わーったよ。んで、何をどうやって騙そうってのさ」
「僕たちが、さも上に居る様に、です」
「あぁ、成程」
「どういう事、アイス。なんで成る程なの?」
「これも印象の話、だと思うんです。ですよね? ウォウルさん」
 アイスの言葉にウォウルは黙って頷いた。
「もし仮に、僕たちが階段の前でそのドゥングって人の前に立ち塞がったら、陽君はどう思います?」
「え……と。あぁ、そっか! 『上に居るのか』って、思うね」
「でしょ? それがそう思いたくなりますよね」
「此処で、この役で肝心なのは『如何にして上手く撤退するか』です。相手に偽装がばれてはいけない、でも、だからと言って本当に負けてしまっては意味がない」
「逃げどころを見極める必要が、あるのですね」
「ルイ。先に行っとくよ。多分私たちには出来ないから」
「そんなぁ……でも、まぁそうですよね。私、逃げる時に迷ってしまいそうで」
「でしょ?」
 けらけらとセラエノ断章が笑い声をあげると、ルイはしょんぼりした顔で項垂れた。と、そこで彼等の居る部屋の扉が開く。
「はいはいはーい、真剣な話の最中で悪いんだけど、そこの不良患者さん。そろそろ点滴切れるでしょ? ちゃんと調達してきたからね」
「それと車椅子だ。さっきの様にちょろちょろと怪我人に歩き回られてみろ、看病するこっちの寿命が縮む」
 現れたのはルカルカとダリル。ルカルカは注射器と鎮痛剤、点滴を持っていて、彼女の隣にいるダリルは車椅子を押してやってきた。
「移動の際は車椅子を使え。良いな。これはお前のお――」
「はいはいはい! わかりましたよ。ダリルさん、貴方の指示には従いましょう。わかりました、わかりましたから」
「ん? なんだ、随分と聞き分けがいいじゃないか」
「どうしたの? なんか変な汗かいてるけど……」
 ルカルカとダリルがウォウルの焦り様を見て首を傾げながら、しかし「まぁいいか」と言って周囲を見渡す。
「うんっ、なんだかすごい顔ぶれ! 人数もこれだけいれば問題ないっしょ!」
「兎に角、だ。この捻くれ物、俺たちで何とか守り抜くぞ」
 それぞれが深く頷き、そしてウォウルの顔を見る。
「あぁ、話の続きをしましょう。もうどうやら、本当に時間がないようですから」
 託が再びブラインドを指で広げて外を見ると、しかしそこにドゥングたちの姿は居ない。
「あれ……あの人たち……いなくなってる?」
「多分、ですが。彼……ドゥング。目的を見失っている頃でしょう。どうにも前からそう言う傾向が強かった人ですから。目先だけの事にとらわれていると言うか、ただおつむが足りないだけなのか」
 ため息をつきながらそう言うウォウルに、樹が更に皮肉った。
「無駄に頭が回るよりかは、可愛げがあって良いじゃないか。なぁ、無駄に頭が回る誰かさん?」
「ハハハ……。さ、さて。では今後の動きを、しっかりとおさらいしておきましょうか」
 ウォウルの説明が始まり、彼等は自分たちの役割を考える為に押し黙る。これから何をするべきか、自分に何が出来るのか。しかして彼等の思いは同じだ。
この時、このタイミングにおいて、それは全員に共通する事、なのだろう。