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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

リアクション

     ◆

「いらっしゃい」
 何故か彼等の前には、レキ、カムイ、エヴァルト、柊 真司(ひいらぎ・しんじ)そしてルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)の姿があった。そこは彼等が目指していた、元雑務倉庫内。本来誰もいない筈のその部屋には既に、随分と長い机と椅子が備えてある。部屋にある物と明らかに雰囲気が違う為、恐らくそれは彼等の手によって用意されていたものなのだろう。
「ご苦労様です、皆さん」
「おいおい、俺はいつになったら帰れるんだ? しかも何に巻き込まれたかも全然聞けてないままに巻き込まれたんだぞ」
「真司さん。事情は追って説明します、ですので今はこれを――」
 車椅子に乗ったウォウルから一枚の地図を渡された彼は、暫く考え込んだがすぐにため息をついて頷く。
「わかったよ。こうなりゃとことん付き合ってやるさ。その代り、後できっちり理由を教えてくれよ」
「ありがとうございます」
「それよりも――」
 そこで、彼女は口を開いた。
「どうしました? レキさん」
「相手の人……本当にドゥングさんなの?」
「え? あぁ、そうですけど」
 レキの言葉にウォウルが一瞬たじろぐ。と、何を思い出したのか彼は「あぁ」と言って部屋の奥へと車椅子を向けた。
「そう言えばレキさんとカムイさんは面識があったんでしたっけね。以前」
「えぇ。僕たちがラナロックさんの家に行こうとしていたとき、彼女が家にいない事を教えてくれたのが彼です。まぁ彼が首謀で貴方を連れ去ったんですから、知っていて当然と言えば当然なんですが。それももともとは貴方の差し金だったみたいですし、悪い人には思えませんでしたよ」
「そうなんだ。ボクもそこがずっと引っ掛かってね。そんな事する人じゃなさそうだったしなぁ、って」
「彼はね――」
 ウォウルが口を開いた。
「僕の友人なんですが……ね。今の彼は恐らく、彼ではないでしょう」
 一同が唖然とする。まだドゥングの姿を見ていない面々が大半を占めるこの空間、その反応はある意味正当と言えば正当な反応だ。
「確かに……なんか様子が変だったわ。目つきとかも明らかにおかしい感じだったし」
「そうね。私たちが見たときだって、なんの躊躇いもなくラナロックを殺そうとしたわ」
 セレンフィリティとセレアナが記憶を辿りながら呟いた。
「ですね。なんかこう……操られてるとういうか、何と言うか」
「事実操られてたんだよ! だって、あの人。そんなにひどい事する様な人じゃないもん、絶対に」
 佑一の言葉の後、何か確信めいたものを抱くミシェルがそう言うと、ウォウルが首を傾げた。
「あれ、ミシェルさんは以前に彼と?」
「ううん、ないよ。ないんだけど……あの人の目、操られていて嫌な感じだったんだけど、それでも何処か優しさって言うか、そういう感じの目に見えたの」
「……時として意味深な事を言うわね、ミシェルは」
「そ、そうかな……」
「確かに――彼はそれこそ、命を奪うと言った行為を極端に嫌う節がありましたからね。僕やラナに対してだって、憎しみはあれど命をどうこうとは思っていない筈でしょう」
「憎しみが――あるのか?」
 静かに話に耳を傾けながら、部屋を整理していたエヴァルトがウォウルに聞き返す。
「えぇ。おそらくね。彼を見た人なら判りますか? 彼の顔、傷があったでしょう。左半分に大きな傷が」
「あ………確かに」
 ドゥングを以前見た事のある彼等が首を傾げる中、カムイがふと思い出し、言う。
「確かにありましたね。えぇ、「痛そうだなぁ」と思いましたし、その傷の所為でちょっと警戒した記憶があります」
「あれはね――僕たちが負わせたものです。だから彼は恐らく、何処かで僕とラナを憎んでいる。そしてそこに付け込まれたんでしょう」
「じゃ、じゃあ……ウォウルさんが狙われているのは、少なからず彼の意志もあるって事なんですかぁ?」
 ルーシェリアの言葉に、彼は静かに頷くだけだ。
「でもぉ……それは良くない事だと思うのですぅ。どんな事情があったのかは存知あげませんが、それでも喧嘩は良い事じゃないですよぉ」
「えぇ。そうですね、僕も謝ればよかったのですが……どうにも」
 やや困った様子を浮かべる彼を見て、セラエノ断章が苦笑を浮かべる。
「やっぱり……ウォウルさん、恨み買ってたのね」
「こ、こら! セラ!」
「いえいえ、良いんです。事実ですから。そう、困ったものにね、恨みを買ってしまう事が多かった。以前はそれこそ、恨みだけしか背負えていない、何とも虚しい人間でしたから」
 笑いながら、彼は真司が机の上に広げた地図の前に車椅子を走らせるとそこで止まり、一同を見やる。
「ですが、今は違う様です。皆さんにこの命を預ける事が叶いそうだ。お願いします……僕を、そしてラナロックを助けてください」
 「当たり前だ」。そう聞こえてきそうな程に全員の顔は明るく、故にウォウル自身、この状況に対する焦りはない。
「段取り通りに動けばいいんだろ? えっと、なんだっけか。囮になってあいつを屋上に追いやる、か?」
「え? 何でそれを知ってるのよ。貴方この話した時いなかったのに」
 驚いた様にセルファが声を上げると、真人はふとウォウルを見やる。あぁ、成程、と。
「ウォウルさん、本当に俺たちの事を信用してます?」
「えぇ、それはもう」
「そうですか。どうにも、俺たちが貴方の掌で踊らされている様にしか思えませんがね」
「それは違う。貴方たちの考えが、思いが、僕にも少しずつわかってきた。ただのそれだけの話ですよ」
「……ま、細かい事は良いでしょう。何だかんだで貴方の考えは面白みがある。見ていて飽きない。ならばとことんお付き合いしましょう? 俺が飽きるまでね」
 それは敬意かそれとも軽蔑か。どちらか分からない言葉を呟きながら彼はセルファに声を掛け、部屋を後にする。
「どちらにせよ、俺もこれが最善だと、貴方の立場ならこうすると思いますからね。素直に頷いてやってみますよ」
「お願いします」
「あ、ちょ! 真人、待ちなさいよ!」
 慌ただしく去っていく彼を見送る一同。
「んじゃ、俺も行ってくる。この部屋に近付かなきゃいいんだろ? ドゥングってやつも、俺たちも」
「えぇ。そうです」
「とっとと終わらせないとな、苦手なんだよ。こういう面倒事ってのはよ」
 首を撫でながら、いつの間にやら持っている武器を肩に担いで真司が真人たちの後を追う。至極だるそう、しかし、何とも頼もしい背中を見せて。
「なぁ、ウォウルさん。俺も――行って良いか?」
 不意にウォウルの後ろ、エヴァルトが彼に声を掛けた。
「? 構いませんが……」
「すまんな」
「どうしました?」
「あの時な――」
 エヴァルトは口を開く。訥々と。
「俺はあの時、死にそうだった貴方を見て意識を失った」
 その言葉はまるで、贖罪の様であり
「もうあんな姿を――誰かがああなってしまう姿を見たくはない」
 その言葉はまるで、悲願の様であり
「貴方が此処で囮をするのを否定はしない。ただ、もしものことがあったら俺は――」
 その言葉はまるで、悲痛の叫びであり
「だから俺は、此処に奴が来る前に止める。止めて見せる。もし出来なくても、最後の最後の最後まで」
 その言葉は――決意である。
「戦って……ウォウルさん、貴方や皆を守って見せる」
 彼の心中を知る者はいない。ウォウルは何も言わず、彼の後姿を見送るだけだ。無論、それはその場にいた面々全員に当てはまる事である。
「ルイ………」
「えぇ」
 ただ二人――ルイとセラエノ断章を除いては。
「彼の心意気に感動しました! 私も彼と共に止めましょう! こんな事は間違っていると、この拳で語りかけるのですっ!」
「セラも頑張るからね!」
「だからウォウルさん。お願いします。もうあの時の様な無茶は――」
「えぇ。しませんよ。あの時の様に、御姫様だっこなどされては敵いませんか………ら? あらら、皆さんどうしました? その冷ややかな目は」
 『御姫様だっこ』に反応した一同が、思わずルイとウォウルを交互に見つめた。
「はっはっは! 今度やったら下ろしてあげないばかりか、そのまま空京内をその状態で引っ張りまわしますぞぉ! はっはっはっは!」
「ルイ! それはセラも恥ずかしくなっちゃうから駄目っ!」
 笑い声共々、彼等もその部屋を後にしていった。
「んじゃあ、オレたちも行くとすっかー」
 眠そうに、皐月は隣に佇む雨宮 七日(あめみや・なのか)へと提案し、扉に向かう。
「あ、お待ちなさい! 何故貴方はそう毎度毎度厄介な方に話を――」
「良いんだよ。だから七日はちゃんと武器、持ってきてくれたんだろ?」
「………ふぅ。貴方と言い合いをしても疲れるだけ、ですね。わかりました、わかってますとも。ですから迅速に、円滑に。全てをまるっきり終わらせて早く戻ってください。安静にしなきゃいけないのは貴方も同じ事ですからね? わかってます?」
「へいへい。ってーな訳でウォウル。オレたちも行くからよー。ま、しっかり守られてろよ。そうじゃなきゃあオレたちが困る」
 ゆると話す彼は、ひらひらと掌を宙に遊ばせて扉に手を掛ける。小さく呟く声は、恐らく隣にいた七日にも聞こえない程度の物。彼は小さく呟いて、そして扉を開け放った。

「――さぁてね、ハッピーエンドが始まんぜ」