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願いの魔精

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願いの魔精

リアクション

 
 犬型のモンスターが襲いかかってきたのは、契約者たちが遺跡に足を踏み入れて十分も経たないうちだ。
 まったくマナーのいい奇襲もあったもので、両の手で数えられないほどの犬が一斉に遠吠えを上げて真正面から走り寄ってくるとなれば、不意打ちもへったくれもない。これまでいくつもの冒険を乗り越えてきた契約者たちからすれば、いっそ微笑ましくなるような呆れる光景だった。
 たっぷり余裕を持って、各々が武器を手にモンスターを迎え撃つ。
 先の光景から程度が知れるように、モンスターは契約者たちの敵ではない。危なげ無く順調に数を減らしていくが、いかんせん数が多い。そのうえ次から次へと遠吠えを上げて新しいモンスターが補充されていく。数がいようとさほどの脅威ではないが、数を頼みに道を塞がれては先へ進むことができない。
「このまま、というわけにはいきませんね」
 御凪 真人(みなぎ・まこと)が、傍らのパートナーセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)に目配せをした。それを受けてセルファが頷く。
 契約者たちの目的は、遺跡の奥にいる「願いの魔精」にあって、このような雑魚モンスターの退治ではない。同じく魔精の元を目指しているという魔術師よりも先がけて魔精の元へと到着するためには、ここで足止めを受けるわけにもいかない。強引に突っ切れば突破できないこともないだろうが、目的はあくまでもこの先なのだから、余力は残しておきたいところだった。
 ならば、と真人とセルファは余力を捨てることに決めた。
「みなさん! ここは俺たちに任せて先に行ってください!」
 真人が声をかけると同時に、召喚獣:サンダーバードを召喚した。召喚された電気を帯びた巨大な鳥は、モンスターの群れの中を突っ切り、まとった雷により次々とモンスターを焼き焦がしていく。
「はあぁぁっ!」
 サンダーバードによって空いたモンスターの穴に、セルファが切り込む。手にしたレーザーナギナタが振られるたび、モンスターが両断され道が広がっていった。
「さ、道を作っていくから、早く!」
 真人の意図を理解した契約者たちは、礼を残してセルファの作った道を抜けていく。当然、モンスターはその背中に追いすがろうとするが、
「させませんよ」
 真人とセルファがその場に残りモンスターを食い止める。
「後を追われても面倒でしょうからね。ここで食い止めますよ、セルファ」
「うん、分かってるわ」
 とはいえ、二人で十を超えるモンスターの相手をするのは骨が折れる。ことに、魔法での攻撃を主体とする真人には、どうしても詠唱の時間が必要になるのだが、その詠唱をモンスターに邪魔されてしまう。
「真人、大丈夫?」
 セルファのカバーにも限界はある。一匹一匹と両断しつつも、防戦一方だ。
「せめてあと一つ二つは手がほしいですね……」
 モンスターの攻撃をさばきながら真人がぼやく。
「それじゃあ、こんな手はどうだろうねぇ?」
 声とともに、真人の正面にいた犬の頭が、するりと重力に引かれるまま落ちた。音もなく胴体と首を離したのは、目をよく凝らさないと気づかないような細い糸。糸をたどった先は真人のすぐ左手、一メートルも離れない位置にいた八神 誠一(やがみ・せいいち)の指先だった。
「僕も残らせてもらうよ。人助けなんて性に合わないし、新しい道具を試したいからね」
 誠一は真人に笑いかけてみせる。
「驚いた。気がつきませんでしたよ」
「気配を殺すのは十八番だからねぇ」
 隠れ身のスキルに加え、影にも隠れるような漆黒のコートの出で立ちで気配を絶っていた誠一は、糸を巧みに操り、モンスターの頭を、足を、胴体を切断していく。
「うん、悪くないねぇ。それじゃ、次は……っと」
 誠一が次の獲物にと見定めたモンスターは、柊 真司(ひいらぎ・しんじ)が振り抜いた剣によって切り裂かれていた。
「手は多い方がいいだろう」
「それじゃ、俺も残らせてもらうとするよ」
 木本 和輝(きもと・ともき)は鬼神力を使い、その姿を見る間に巨大化させ、頭を牛のものへと変化させる。迫るモンスターを見据え、稚拙な攻撃を避けるまでもなく受けた。
 次の瞬間、モンスターがちぎれ飛んでいた。モンスターを一蹴した和輝の姿は、さらに変化して、十の尾を生やし、黒い風をまとっている。魔精を直接救うことのできる案を、とうとう思いつかなかった自分の不甲斐なさに怒りを覚えた和輝が、降霊により憑依を行った姿だった。
 同じコンジュラーであるからこそ視認できる十尾と黒い風に、誠一が口笛を吹いた。
「派手だねぇ。なら、僕も」
 誠一の操る糸が幾重にも絡まって、巨大な網状を形作っていた。網に囚われるその時まで気づかなかったモンスターが、戸惑いの声を漏らした。数体のモンスターがかかったことを確認して、誠一は口端を上げた。糸を手繰る。縮小された網がモンスターの体に絡まると同時、爆炎波によって糸から爆炎を放った。肉を焼き、肉を切り刻む。後に残ったのは原型を留めないモンスターの死骸だけ。
「『想念鋼糸』による『封滅陣』。うん、こんなもんかな」
 誠一が満足げに糸を引いた。
「犬さんこちら、ってね!」
 セルファは走りながら、ちらと後ろを確かめる。一、ニ、三、四、五。五匹のモンスターを数えたところで頃合いの合図を送った。返すサインを確認せず、バーストダッシュによる高速ダッシュでモンスターから大きく距離をとる。
 そして、モンスターに雷が降り注いだ。
 五匹のモンスターを直撃したサンダーブラストは真人の放ったもので、距離を取るタイミングがわずかでも遅れていたらセルファをも巻き込むものだった。
 息の合ったパートナー同士だからこそなせる技で、二人はモンスターを打ち倒していく。
「どいつもこいつも派手好きだ」
 嘆息して、真司は剣を振るう。真司にも派手な技の用意はある。が、モンスターは何体いるのか分かったものではない。長期戦の可能性だってあり、そうなった時、飛ばしすぎて全員ヘバった、などとなったら目も当てられない。
「ここはまだ地道に行くさ」
 堅実な思考で、しかし着実にモンスターを減らしていった。