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アニマルパニック!

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アニマルパニック!

リアクション


<part3 ぱにゃにゃん探偵団>


 カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)は風に白衣をはためかせ、ポケットに手を突っ込んで、ヴァイシャリーの上空に浮かんでいた。元はドラゴニュートだが、今はイケメンな青年の姿になっている。
 カルキノスはルカルカ・ルー(るかるか・るー)の隣に舞い降りる。
「動物が多いのは、百合園周辺みたいだな。小屋から妙な蒸気が流れ出してるぜ」
「じゃあ多分、そこが異変の中心ね。調べに行きましょ!」
 黄金のヒョウに変身しているルカルカは、疾風のごとく街中を駆け抜けた。
 二人は百合園の敷地に入り、上園 エリス(かみぞの・えりす)の実験室に近づく。そこには割れたガラス瓶が転がっていた。
「なんか怪しいな、これ」
 カルキノスはガラス瓶に触れてサイコメトリを使った。ガラス瓶にまつわる出来事が、映像として脳裏に浮かぶ。
 ……実験室で魔法薬をこしらえたエリスの映像。砕けるガラス瓶。黒猫に変身するエリス。そして彼女は『野菜泥棒をする』と言って部屋を飛び出していく。
「なるほど、な」
 カルキノスは実験室の扉に触れてサイコメトリを使う。
 ……百合園の教師がエリスを実験室に案内している映像。『上園さん、今日からここを自由に使っていいわ』と教師が告げる。『エリスお嬢様、良かったですね』とお付きのメイドが笑っている。
「分かったぜ。騒動の原因は、上園エリスって生徒が作った魔法薬だ。奴は野菜泥棒をしに行ったらしい」
「カルキさすが! その子を捕まえれば万事解決ってことね! 早速、情報を街中に流しましょ!」
「ああ。黒猫狩りだな」
 カルキノスは黒猫の写真を念写でデジカメに写した。
 情報を仲間たちに転送。ついでに、コントラクターが利用する掲示板に告知を出す。
『WANTED! ヴァイシャリーで起きている動物化騒ぎは、百合園生・上園エリスがこしらえた魔法薬が原因。犯人はこの黒猫に変身している。みんな捕まえてくれ!』
 情報はたちまちヴァイシャリー中を駆け巡った。


「……っつーわけだ。俺らは地上から犯人を捜す」
「分かった。僕たちは空から捜してみるよ」
 カルキノスからテレパシーで連絡を受け、高峰 雫澄(たかみね・なすみ)はそう申し出た。
 今は大きな鳥の姿。ところどころ青の混じる白い羽は、差し渡しで三メートルを超えている。
「僕を運んで飛べるかな? この格好じゃスピードは出そうにないよ」
 大蛇に変身したリゼネリ・べルザァート(りぜねり・べるざぁーと)が雫澄に頼んだ。
「任せて! 行くよ!」
「ああ!」
 雫澄はリゼネリの胴体をかぎ爪で掴んで舞い上がる。力強く大翼を掻き、吹き渡る風のようにヴァイシャリーの商店街へと飛んでいく。
「カルキさんが言ってたけど、エリスって子は八百屋さんに野菜泥棒に向かったんじゃないかって!」
「野菜泥棒!? なんのために!? 百合園のお嬢様なんだよね!?」
 リゼネリは風の音に負けないよう大声で訊いた。
「さあ? 変わった子みたいだねー!」
 雫澄は八百屋の上空にたどり着いた。
 見下ろすと……、いるいる。
 小さな黒猫が大根の葉っぱ部分をくわえ、ずりずりと大根を引きずっていっている。犯人のサイズに対してブツが大きすぎて、随分と苦労しているようだ。
「……あれか。なんで大根? 人参にしろよ」
 リゼネリは思わず突っ込む。
「リゼネリさん、降ろすよ!」
「OK!」
 雫澄はエリスの前方にリゼネリを投下した。
 リゼネリは鎌首をもたげてエリスの前に立ちはだかる。大きな影がエリスを覆った。
「君が魔法薬を作った犯人だね? 解毒薬を作ってもらえないかな?」
「きゃー! へびー!」
 エリスは大根を放り出して逃げ出した。
「おい! なんで逃げる!?」
 リゼネリはシャーっと唸りながら追う。
 その光景は、大蛇が子猫を襲っているようにしか見えない。
「待ちやがれ!」
 リゼネリはエリスに奈落の鉄鎖を使った。重力でエリスの体が地面にねじ伏せられる。
「雪女さーん!」
 ぼぼん、とウェンディゴのメスがエリスによって召喚された。見た目はほとんど雪男なのに、口紅塗りまくりでブラまで着けている。
 ウェンディゴはリゼネリに掴みかかった。
「ちょっ、離せ! 気色悪っ!」
 リゼネリはウェンディゴの手から抜け出そうと暴れる。
 そのあいだにエリスは無我夢中で逃走した。

 レリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)ハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)は狼に変身していた。レリウスは銀色、ハイラルは青い毛皮だ。かなりの大型で、無視できない威圧感を放っている。
 ハイラルがはしゃぎながらレリウスの体に顔を擦りつける。
「おー、毛皮の感触って髪の毛に似てんだなー。サラツヤだ。こりゃ気持ちいいわー」
「頬ずりしている場合か!」
「ぎゃー!」
 レリウスはハイラルの首をくわえて放り投げた。
「なんだよー、ちょっとした獣同士の親愛の表現じゃねーか……」
 ハイラルは情けなそうに鼻を鳴らす。
 と、二人の横を小さな黒猫がぴゅーっと駆け抜けた。
「あれ? 今のって……」
 レリウスが小首を傾げていると、雫澄が空から呼ばわる。
「その子猫捕まえてー! 魔法薬作った犯人だよ!」
「やっぱりですか! ハイラル、すねてないで行きますよ!」
「へいへい!」
 レリウスとハイラルは駆け出した。レリウスはエリスに呼びかける。
「止まりなさい! 止まらないと攻撃しますよ!」
 エリスの速度は変わらない。悲鳴を上げながら全力疾走している。蛇いやーっとか叫んでいる。
「……聞いてねーな」
 とハイラル。
「仕方ありませんね!」
 レリウスは毒虫の群れを放った。黒い虫の塊が唸りを上げてエリスに襲いかかる。
 エリスは振り返って毒虫の群れを確認するや、慌てて召喚術を使った。
「ピーちゃーん!」
 業火をまとったフェニックスが出現した。口から炎を吐き、炎の壁で虫の行く手をさえぎる。
「わちっ!?」
 ハイラルは急いで身を伏せた。熱波が襲いかかってくる。
 エリスは路地裏に駆け込んだ。


「やっだー、あたしってば猫になっても可愛いじゃない!」
 カジュアルショップの店内。
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は姿見の前ではしゃいでいた。姿見に映っているのは三毛猫。
 その隣には、美しい毛並みの白猫に変身したセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)も立っている。
 セレアナは気遣わしげに眉を寄せた。
「こんなことしてる場合じゃないでしょ。早く噂のエリスって子を捜さないと」
「うんうん! 分かってるって! だからこうやってあちこち回ってるじゃない!」
 セレンフィリティは陽気に言って、カジュアルショップから出た。
 外では、女の子の悲鳴やら、なにかの燃える音やら、物がぶつかり合う音やらが聞こえている。
 セレアナは視界の端に巨大イカのような生物が見えた気がしたが、いくらなんでも陸地でそんなわけないわよね、と首を振った。
 セレンフィリティは前肢でパーラーを指す。
「ねえ、あそこにその子がいそうな気がするわ! 行ってみよっ!」
「それはセレンが行きたいだけでしょう? 真面目にやってよ。もしこのまま人間に戻れなかったらどうするの?」
 セレアナが焦って言い募ると、セレンフィリティは足を止めた。
「あたしは構わないわよ?」
「……え?」
「だって、セレアナも同じ猫になってるんだもん。二人でずっと一緒なら、ずっと猫のままでも幸せだわ」
 セレンフィリティがコツンと鼻先をセレアナに当てる。
「……本当に呑気なんだから」
 セレアナはそっぽを向いた。でも少し嬉しくて、胸が楽になるのも感じた。
「というわけで、美味しい物食べに行こー!」
「なにが、というわけよ……。もう、仕方ないわね」
 セレアナは軽く笑って、セレンフィリティとパーラーの方へ歩いていった。
 いきなり空中から赤い触手が降りてきてセレンフィリティをすくい上げる。
「きゃあーっ!?」
「セレーン!?」
 触手に巻きつかれるセレンフィリティ。
 セレアナが見上げると、パーラーの建物よりでかい巨大タコが仁王立ちしていた。
 湯島 茜(ゆしま・あかね)である。茜は触手でセレンフィリティを引き寄せると、まじまじと観察してから眼を瞬かせる。
「あれー? 三毛かあ。エリスって子かと思ったんだけどなー」
 茜はセレンフィリティを地面に降ろした。
「ごめんごめん、猫違い。お邪魔しましたー」
 呆然とするセレアナたちを残して、茜は街の中の運河を泳いでいく。
 すると、岸辺から小さな声が聞こえた。
「もしもし、すみません」
「ん?」
 茜は泳ぎを止めて、声の方を見る。
 誰もいない。
「気のせいかな?」
 泳ぎだそうとすると、また声。
「ここです、ここです!」
「ん〜?」
 茜は声の方に顔を近づけ、目を凝らした。
 ……小さな小さなフナムシがいた。その名も志方 綾乃(しかた・あやの)
「もしかして、あなたも変身しちゃったの?」
「はい。まさか虫になる日が来ようとは、さすがの私も予想しませんでした」
「誰も予想しないよね!」
「ですね。聞けば、この騒ぎはエリスという女生徒が引き起こしたとか。女生徒なら、苦手なものはありますよね。私にいいアイディアがあるのですが……」
 綾乃はエリスをとっちめる作戦について話し始めた。


 白い子猫に変身した若松 未散(わかまつ・みちる)は、路地裏を走っているエリスを発見した。
「あっ! 見つけたぞエリス! さっさと実験室に戻って解毒薬を作れ!」
「やーだよー♪ 面白いからまだ遊ぶんだもーん!」
 エリスは笑いながらぴょんぴょこと逃げていく。
「面白いことなら私が聞かせてやるから! 私は落語家なんだぞ!」
「落語家っ? 座布団に座ってお喋りする人っ?」
 エリスが立ち止まって振り返った。
 ――お、いい反応!
 未散は内心で小躍りした。なるべく落語家っぽく見えるよう、猫の体で苦労して地面に正座する。
「そうだ。得意の謎かけを披露してやる。……アイドルとかけまして扇風機と説く。その心は?」
「ん〜……」
 エリスは小首を傾げて考え込んだ。
 未散が答えを教える。
「どちらもファンが大事です」
「あっ、そっかあー! 上手上手ー!」
「そうだろ? こんな姿じゃ分からないだろうけど、私は若松未散っていうアイドル落語家でな、シャンバラではちっとは名の知れた――」
「えー!?」
 エリスは目を丸くして未散に駆け寄った。
「未散ちゃんなのー!? 今日、ヴァイシャリーで巡業なんだよねー!?」
 未散は安堵の息をついた。
「知ってるのか? そうだ、未散だ。私の落語を最前席で聞かせてやるから、私を元に戻してくれないか?」
「えー……」
 エリスは渋い顔。
「これでも駄目か? え、えっと、元に戻してくれたら、なんでもするから!」
「ホント!? じゃあ作るっ!」
「あ……」
 未散は口を押さえた。勢いで言ったが、とんでもない約束をしてしまったのではないだろうか。そう後悔するが、今さら遅い。
「そ、それじゃ、とにかく行こうか……」
「うんっ! えへへー、なにしてもらおっかなー♪」
 二人が百合園へと歩き始めたとき、
「ファイアストーム!」
 怒声と共に、炎の嵐がエリスに襲いかかった。
「きゃー!?」
 エリスは悲鳴を上げて逃げていく。
 白猫に変身したイリス・クェイン(いりす・くぇいん)を背中に乗せ、ピンクの羊に変身したクラウン・フェイス(くらうん・ふぇいす)が路地裏に飛び込んできた。
「止まりなさい! 止まらないと撃つわよ!」
 イリスは叫びながらエリスにファイヤストームを撃ちまくる。
 エリスは止まらない。止まったら燃やされてしまう。路地裏から駆け出し、表通りを走る。
「あーもー、後ちょっとだったのに」
 未散は脱力した。
 当然、イリスがそんな事情を知るよしもない。クラウンの首の毛を馬のたてがみのように掴んで急き立てる。
「ほらクラウン、もっと早く走りなさい! 逃げられちゃうじゃない!」
「これでも全速力だよ……」
「まったく、あの子許せないわ! 人の迷惑も顧みず好き勝手に!」
「えぇー? イリスがそれを言う? すっごく似た者同士の匂いがするんだけどなぁ。同族嫌悪?」
 クラウンはつぶやきながら疾走した。
 実際、面白いものが大好きなところとか、育ちが良いところとか、エリスとイリスは共通点が多いのだ。パラミタに来た理由だって、二人とも好奇心からだったりする。
「あの箱、使えそうね!」
 イリスは果物屋の店先に並んでいる箱をサイコキネシスで持ち上げた。中身のオレンジをこぼしながら逆さに返し、エリスの上に落下させる。
「今よ!」
「うん!」
 クラウンは速度を増し、箱の上に跳び乗った。
「きゃー! きゃーきゃーきゃー! 暗いよ暗いよ暗いよー!」
 エリスが箱の中で暴れる。
「大人しく変身薬と解毒薬を差し出しなさい。そしたら許してあげないこともないわよ」
「イリス……。解毒薬は分かるけど、なんで変身薬まで欲しがるの……?」
 クラウンが当然の疑問を呈した。
 エリスは氷術で箱に穴をあけて飛び出す。
「あっ! 待ちなさいっ!」
「いやーっ!」
 黒猫が駆け、その後をピンクの羊に乗った白猫が追う。
 と、巨大ダコの茜が建物のあいだから触手を急速に伸ばした。エリスを地面からかっさらい、ふん縛る。
「タコーっ!?」
 驚くエリスの顔に、触手を伝ってフナムシの綾乃が乗る。
「こんにちは、犯人さん。言っておきますが私は人間ですよ。潰したりしないでくださいね」
 エリスの鼻先にしっかりしがみつき、無数の足をわしゃわしゃ蠢かせる。
「むし……むし……むし……」
 エリスは泡を吹いている。
 綾乃は誇らしげに触覚を跳ねさせる。
「さあ、これ以上苦しみたくなければ、解毒薬を作ってもらいましょうか?」
「はぁぃ……」
 エリスはたまらず降参した。


 百合園の離れにある、エリス専用の実験室。
 エリスはその部屋に缶詰にされ、解毒薬の作成を始めさせられた。
「ねぇ……、おやつ食べちゃ駄目?」
「駄目よ。きりきり働きなさい」
 イリスが厳しく言い渡す。
 部屋にはルカルカ、雫澄、リゼネリ、レリウスたちなど、エリス捜索に動いていた者たちが集まり、エリスが逃げないよう見張っている。
「怠けたら『ぴとっ』てしますからね」
 フナムシの綾乃が机の上で警告。
「うぇーん……」
 エリスは半泣きになりながら、ビーカーで薬剤を混ぜ合わせた。