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春を寿ぐ宴と祭 ~葦原城の夜は更け行く~

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春を寿ぐ宴と祭 ~葦原城の夜は更け行く~

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第四章  芸能の宴

「それじゃ、行きま〜す……ハイ!結構で〜す。お疲れ様でした〜」
「ご協力、有難うございました。お写真は明日のお帰りまでにプリントして、お部屋にお持ち致します。晩餐会の最中にも、またカメラを向けさせて頂くかと思いますが、その時には、またお願い致します」
「わかりました。ではまた、後ほど」

 鬼城貞継は、尾長 黒羽(おなが・くろは)の言葉に微笑みを浮かべて答えると、樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)の手を取る。

「あ、すみません!ちょっとお待ち下さい!」

 その背に、ビデオカメラを持った七篠 類(ななしの・たぐい)が声をかけた。

「なんでしょう?」
「申し訳ありません。実はお写真に、『今年一年の抱負』を書き添えることになっておりまして。一言、お願いします」
「今年の抱負……ですか?そうですね――」

 しばしの間、思いを巡らす貞継。
 その間も、類はカメラを回し続ける。

「それでは、幕府のため、そしてマホロバと世界の平和のため、力を尽くしたいと思います――。これでいいでしょうか?」
「ハイ!有難うございます!」
 
 類と黒羽は、貞継たちを深々と頭を下げて見送った。

「どう?上手く撮れた?」
「あぁ。会心の出来だぜ!」

 類はそう言って、今しがた撮ったばかりの写真を黒羽に見せる。
 そこには、貞継と白姫が互いに寄り添うように写っていた。

「まさに『絵になる夫婦』ってカンジね」
「あぁ。流石は貞継様。あの若さで、あの風格、あの気品。隠居するなんてもったいないぜ」
「隠居した方が、色々と自由になることも多いのじゃないかしら。今回の祭だって、将軍のままだったら来れなかったわよ、絶対」
「なるほど。俺が写真を撮れるのも、貞継様が隠居したお陰って訳だ」
「そういうコト」
「よぉし、分かった!このチャンスを無駄にしないよう、貞継様を撮って撮って撮りまくるぜ!」
「全く、ミーハーなのね……。あんまり気合入れすぎて、ウザがられないようになさい」
「する訳ないだろ、そんなコト!」
「それと、ハイナ房姫もちゃんと撮っておいてよ。そういう約束で、撮影の許可をもらっているのですから。自分の写真が少ないってわかったら、色々文句いうわよ、あの人」
「任せろ!」

(本当に大丈夫だといいけど……)

 早くも暴走気味の類を、やや心配気に見守る黒羽であった。



「――それでは、マホロバと葦原、そしてシャンバラと地球全ての平和と繁栄を願って。――乾杯!」

「「「「「「乾杯!」」」」」」

 ハイナの音頭の元、一斉に杯を傾ける参加者たち。
 会場が、拍手に包まれる。

「皆様、今宵の晩餐会は無礼講でありんす。ご自由に、お食事とご歓談をお楽しみくんなまし」

 ハイナの言葉を合図に、楽隊の演奏が始まった。
 マホロバ風の、畳敷きの座敷に座っての昼食会と異なり、晩餐会は地球で一般的な立食式である。
 そのため、奏でられる音楽もクラシックが基本となる。
 その楽隊の中に、五月葉 終夏(さつきば・おりが)がいた。

(あぁ……。私はやっぱり、こういう場所が好きだ。私の音が、みんなの音に合わさって一つになる、この感覚――)

 自分が音楽に包み込まれていくような、心地よい感覚に身を任せながら、終夏は、過去にあったある出来事を思い出していた。

(そう。あの晩餐会の日。それは私が初めて、円華さんとあった日。そして――)

 あの時の心の昂(たかぶ)りを思い出し、終夏の奏でる【ヴァイオリン・ゼーレ】の音色が、自然と華やいだものになっていく。

(あの時のような――。ううん、あの時よりもずっと幸せな音楽を届けよう。聞いてくれていますか、円華さん。
私が『もう一度音楽家を目指そう』と心に誓ったのは、あなたが開いてくれた、あの晩餐会があったからなんですよ――)

 終夏は、円華への感謝の『想い』を胸に、ヴァイオリンを弾く。
 その音色には、

(この音楽のように、全てが一つになって、幸せになってくれれば――)

 という『願い』が込められていた。



(終夏ちゃんは、いい『音』出してるわね〜。イイ感じに、演奏に集中できてるみたい。それに引き換えマスターは……)

 ステージ袖に控えている響 未来(ひびき・みらい)は、終夏とを交互に見た。
 司会者代わりの社は、向かいの舞台袖に控えているのだが、その顔色は冴えない。

「ねぇ、ミクちゃん。やー兄元気ないけど、振られちゃったのー?」
「だ、ダメだよ千尋ちゃん!」

 慌てて千尋の口を押さえ、社の様子を伺う未来。
 舞台の反対側ということもあって、社には聞こえなかったようだ。

(確かに、なんか絶叫してたけど……。天井裏から見張ってたなずなちゃんは『意思疎通に齟齬があった』って言ってただけだから、大丈夫だと思うけど……)

「未来さん、出番だよ!」
「ハイ!」

(とにかく私は、自分の歌に集中しないと!)

 林田 樹(はやしだ・いつき)に促され、ステージ中央へと進む未来。
 社が未来を紹介する中、緒方 章(おがた・あきら)が制御するライトの下に立つ。
 一礼して頭を上げると、終夏たちの楽団が演奏を始める。
 今回未来は、あくまでBGMであることを意識して、静かな、ゆったりとした歌を選んだ。
 どこか和風のメロディラインが、衣装の振袖に良く合う。

 未来は、終夏たちの演奏と一つになる心地よさに身を任せながら、しっとりと唄い上げた。



ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)です!今日は皆さんに、地球で昔から歌われてきた歌を紹介したいと思います。もし会場の皆さんも知っていたら、一緒に歌って下さい!」

 挨拶が終わる共に、【リリカル魔法少女コスチューム】からピンクの振袖へと《変身!》するジーナ。

いっちー、どのパソコンだっけ?」
「あぁん?さっき教えたろうがバカ鎧!スピーカーに繋がってる【シャンバラ電機のノートパソコン】だよ!」
「……どれ?」
「だからコレだよ!」
「おぉ、コレか!」

 たどたどしくキーを押す衛。
 間一髪、曲が流れ始める。
 ジーナは、一瞬舞台袖を睨んだものの、唄い始めた。
 歌っているのは、現代風にアレンジした『おお、スザンナ』である。

「よし!それじゃ次は――と」

 満足気に頷き、いそいそと着替え始める衛。

「ねぇ、アキラ?」
「ん?」
「なんか、バカ鎧が着替えてるんだけど……」
「あぁ。アイツはこれからジーナのバックダンサーをすることになってる」
「いや、それはいいんだけど、なんか狩衣着てるんだけど……」
「バカのすることだからな。僕達一般人に理解できなくても、別に不思議ではない」
「でも、ローラーブレードとか履いてるよ?」
「バカのすることだからな。狩衣にローラーブレード履いても、別に不思議でもない――って、ん?」
「どうした?」
「狩衣に、ローラーブレード――?」

 脳内で2つの単語が組み合わさり、章の【博識】がピン!と反応する。

「樹ちゃん、衛を止めてくれ!」
「え、えぇぇ!」

 章が叫んだ時にはもう、衛は勢い良くステージに飛び出していた。
 ジーナの周りを颯爽と一回りすると、《軽身功》で華麗にバク宙を決める。

 突然のコトに呆然とするジーナ。
 会場も、水を打ったように静まり返っている。

 ちなみに、今流れているのは『ソーラン節』だ。

「な、ナニ?あのやたらとシュールなの……?」
「あー、樹ちゃん。今から30年以上前、日本に狩衣来てローラーブレードで踊った伝説のアイドルグループがいてね――」

 呆気に取られる樹に、滔々と解説する章。

 舞台では、周囲の反応など全くお構いなしに、衛が次々とE難度の技を披露している。
 その足元では、【小人の小鞄】から飛び出してきた小人たちが、飛んだり跳ねたりしていた。

 初めのうちこそ引き気味な観客だったが、その余りにレベルの高い技の数々に、すぐ会場は歓声に包まれた。
 その声に我に返ったジーナも、衛に裏拳を叩き込みたいのをグッと我慢して、唄い続ける。

(よく耐えた、ジーナ!それでこそ、プロだ!)

 舞台袖で、満足そうに頷く社。


 結局、ジーナのステージは、大成功に終わった。
 
 ただし、舞台裏で衛がジーナにボコボコにされたのは、言うまでもない。