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春を寿ぐ宴と祭 ~葦原城の夜は更け行く~

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春を寿ぐ宴と祭 ~葦原城の夜は更け行く~

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「そ〜れではぁ〜!あたしの二十歳の門出を祝って、カンパ〜イ!」
「「「「「カンパ〜イ!!!」」」」」

 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)の音頭に従って、フロアの客全員が一斉に乾杯する。
 今日のセレンは、いつになく上機嫌だった。
 それもそのはず、彼女の二十歳の誕生日と初春祭が重なったのである。
 まるで、自分の誕生日をお祝いしているかのようなタイミングの良い祭の開催に、すっかり上機嫌になったセレンは、ハメを外しまくった。
 目についた屋台を片っ端から荒らし回った(射的の景品を一つ残らず撃ち落としたり、『お宝釣り』で一度に全部のヒモを引き、ヒモがつながっていない景品を暴露して叩き出されたり、金魚すくいでどう見ても罠にしか見えないミドリガメを掬おうとしてムキになったり――等々)挙句、「払いは全部自分が持つ」と言い切って、その場に居合わせた見知らぬ客を全部巻き込き、自分の誕生日パーティーを始めたのである。

「ちょっとセレン、あなた何回乾杯すれば気が済むワケ?」

 セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が、ややウンザリした顔で言う。

「何でよ〜。そんなちょっと10回乾杯した位でグチグチ言わなくったっていいじゃない。オメデタいんだからさ〜」
「15回よ」
「アレ〜、そんなに乾杯したっけ〜」
「ちょ、ちょっと気をつけなさいよセレン!その衣装借り物なんだから!」

 杯を手に持ったまま、フラフラしているセレンに、セレアナは気が気ではない。

「なんで〜。マスターが『好きにしていい』って言ってたも〜ん!」

 セレンは今、店の女中の制服と同じ、矢絣(やがすり)の小袖を着ていた。
 「あたしもあんなの着てみた〜い」と駄々をこねたセレンが借りたのである。
 セレアナは、カウンターの向こうの店主に、(スミマセン!)と手を合わせた。
 もうすっかり諦めているのか、店主は(もういいよ!)とばかりに苦笑いを浮かべている。

「セレンちゃ〜ん、ちょっと〜!」
「ハ〜イ!」

 陽気な土方のおっさんに呼ばれ、スキップしながらテーブルに向かうセレン。

(これは、後でお酒の飲み方を一から教えないとダメね――)

 その背中を見ながら、人知れずため息を吐くセレアナ。
 だが、その心底楽しそうな顔をみていると、

(私もあれくらい脳天気ならラクなのかしら)

 とも思う。
 自分が内に溜め込みやすいタイプなのはよく分かっているし、「少しは変えた方がいいんじゃないか」と常々思ってはいるのだが。

(とはいえ、セレンがあの調子じゃあね……)

 上機嫌で今日18回目の乾杯をしているセレンを見ていると、「とにかく自分がしっかりしなくては」と思ってしまうのだ。

「ネェさんも、大変だねぇ」

 おかわりを差し出しながら、店長がセレアナに話しかける。

「えぇ、まぁ……。でも、好きでやってることですから」

 そう自嘲気味に言って、酒を口に運ぶ。

「まぁそうだろうけどさ、腹も立つだろ、色々」
「それは……そうです」
「そういう時はさ、怒るんだよ、遠慮なく」
「怒る――?」
「そうさ。ああいうタイプは、言わなきゃわかんないからな。自分が我慢しないから、他人が我慢してるなんて、わかんないんだよ」
「でも、今私までそんなコトしたら――」
「あぁ、ウチの店のコトなら気にしないくていいぜ。どうせ今日はもう貸切だし、払いはあのネェさんが持ってくれるんだろ?」
「――それも、そうですね。私、ちょっと行ってきます」
「オゥ、頑張んな!」

 店長の声援を背に受けながら、セレアナはセレンにつかつかと歩み寄る。

「ちょっとセレン!」 
「え、ナニ――って、あ、アダダダダ!」

 振り向いたセレンのほっぺたを、力一杯引っ張るセレアナ。 

「全くアンタは!少しは人の言う事聞きなさいよ!」
「ひ、ヒタヒよひぇれあな!」
「ウルサイこのバカ女、少しは反省しなさい!!」
「ひゃ、ひゃんしぇいした!ひゃんしぇいしたから!」
「この!この!この!」
「ご、ゴメンなひゃい〜!」

 子供のような2人のやり取りに、座がどっと沸く。

(アラ――?意外とコレ、楽しいかも?)

 間抜けな顔で涙をちょちょ切らせているセレンの顔を見て、セレアナは(こういうのも悪くないかな――)と思い始めていた。



「隣は、随分と賑やかなようじゃのう」
「元々が祭な上に、誰かの誕生日らしいですからね」
「そりゃ目出度い。それは、賑やかにもなるかも知れんのう」

 隣の居酒屋から聞こえてくる喧騒に目を細めながら、宅美 浩靖(たくみ・ひろやす)は小上がりに腰を下ろした。

「お久し振りです、宅美さん」

 源 鉄心(みなもと・てっしん)は、宅美に軽く頭を下げる。
 今日の宴席は、祭にかこつけて鉄心が設けたものである。
 これまで鉄心は、宅美と幾度かの戦いを共にしてきた。
 その戦いを通じ鉄心は、宅美を尊敬すべき先達として、また何でも話せる良き相談相手として、認識するようになっていた。

「おじサマ〜♪」

 満面の笑みで、宅美の隣に座るイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)
 彼女は彼女で、すっかり宅美になついてしまっている。

「ささ、宅美さん。まずは一献」
「お、有難う」

 ティー・ティー(てぃー・てぃー)のお酌を、嬉しそうに受ける宅美。

「では、久々の再会を祝して――乾杯」
「「カンパ〜イ!!」」
「乾杯」

 鉄心の音頭で乾杯した四人は、まずは四州料理で舌鼓を打った。
 葦原島で唯一四州料理を出すこの店も、鉄心が苦労して探しだしたモノだが、それだけの甲斐のある味だった。
 一通り料理を堪能し、皆がそれなりに満足した所で、鉄心が口を開いた。
 
「宅美さんは、海兵隊に所属されていたこともあったそうですが、東洲の話など耳に入りませんか?」

 これも、今日宴席を設けた理由の一つでもある。
 
「東洲か。確か、同期の誰かが基地司令になってるはずだが……。誰だったか――うーん……?」

 宅美は必死に記憶の糸を辿るが、ある所までいった所で急速に記憶にもやがかかり、どうしても思い出せない。

「済まんな鉄心君。年を取るとどうしても物覚えが悪くて――。少し時間をくれないかね、調べておくから」
「いえ、いいですよ。どうせ、行けば分かることですから」
「なんだ、四州に行くのかね?」
「いや、一度行ってみるのもいいかな〜と」
「観光かね?」
「ええ。まだ、あまり人行っていない所みたいですからね」
「おじ様!おじ様も一緒に行きましょうよ、四州島!」
「ん?なんだワシもかね?しかし、ワシが行ったら邪魔になるんじゃ――」
「そんな、宅美さんなら大歓迎です!」
「イコナもすっかりなついてるしな」
「宅美のおじ様は、鉄心みたいに私のこと邪険にしないもの!」

 鉄心に向かって、アカンベーをするイコナ。

「なんだ、鉄心君が邪険にするのかね?それはイカンなー、鉄心君」
「そうよ!イケナイのよ鉄心は!」
「わかったわかった」
「わかってない、もう!」

 プン!と頬を膨らませるイコナ。
 
「でも宅美さん、子供の扱いお上手ですよね」

 ティーが、感心したように呟く。

「子供じゃないもん!」
「あぁ、こう見えても地球には孫がおるからね」
「え!宅美さん、お孫さんいたんですか!?」

 一様に目を丸くする3人。

「あぁ、最近会っていないがね」
「おじ様の家の子なら、きっと毎日楽しいのでしょうね」

 そう言いながら、イコナが鉄心の方をチラッと見たのを、宅美は見逃さなかった。

「そうだな……。ただ、お前がなりたくても、宅美さんは迷惑だろうな」
「な、なんで――!迷惑なんかじゃないもん!」

 思わず涙目になって怒るイコナ。

「大丈夫よイコナ。鉄心は、ヤキモチ焼いてるだけですから」

 ティーのとりなしも、すっかり機嫌を損ねてしまったイコナには通用しない。
 結局イコナは疲れて寝てしまうまで、散々駄々をこねまくり宅美に甘えまくったのであった。

「ねぇ、宅美さん?」
「ん?なんだね?」
「宅美さんは、イコナのコトどう思います?」

 テーブルに突っ伏して寝息を立てているイコナを見ながら、訊ねる鉄心。
 酒が進んでいるのか、随分と顔が赤い。

「――どうしたね?急に」
「いえ。随分前から、考えてはいたんです――」
「何をだね?」
「イコナの事です。初めの内は、ただの書物だと思っていたんですよ。この人間の様な振る舞いも、生存のための方策として、プログラムされたモノだと――」
「そうか。彼女は、魔導書なのだったな」

 宅美も、すっかり忘れていた事実である。

「こんなに――俺なんかよりよほど人間らしい生き物だと知っていれば、拾わなかったんですがね……」
「後悔しとるのかね?」
「せめて、兵隊稼業でなければ――とは思うんですが……」

 なんとも言えない表情で、呟く鉄心。

「戸惑っておるのだな。自分の中で、想像以上にイコナ君が大切な存在になってきた事に」
「大切――?俺が、イコナを――?」

 宅美の言葉に、驚く鉄心。

「そうだ。君は彼女を大切に思っておる。でなければ、悩む必要など無い。一旦契約した以上、君の死は彼女の死と同義だからな」
「い、いや――。そんな、それは――」
「違うかね――?」

 心の底を見透かすような宅美の目に、言い返す事のできない鉄心。
 懐から愛用のブライヤのパイプを取り出し、火をつける宅美。

「鉄心君。君は、軍人だな?」
「も、勿論です」

 突然の質問に、鉄心は面食らったように答える。

「軍人なら、大切なモノに対しどう振る舞うべきか、君は知っているはずだ」

 パイプを、大きく吸い込む宅美。
 吐き出した煙が、ゆっくりと立ち上っていく。
 その煙を見つめながら、鉄心は、宅美の言葉の意味を考えていた。