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春を寿ぐ宴と祭 ~葦原城の夜は更け行く~

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春を寿ぐ宴と祭 ~葦原城の夜は更け行く~

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(フゥ……。少しは自信あったんだけど、これは中々に大変かも)

 大岡 永谷(おおおか・とと)は椅子に背を預けながら、ドリンクに口をつけた。
 喉を過ぎていく冷たさが、心地よい。

(「話しかけられたら、相手をすればいいや」なんて思ってたけど――)

 教導団団長金 鋭峰(じん・るいふぉん)の随員として宴に参加した永谷は、自由に行動する時間を与えられたのだが、いざ交流を持とうとしても、相手が見つけられない。
 たまに相手が見つかって、二言三言話をしたとしても、それ以上続かないのだ。
 久し振りに着物で過ごしたせいもあって、永谷はすっかり疲労していた。

「外交官が専門職な理由が、よくわかったぜ……」

 途方に暮れたように、天井を仰ぐ永谷。

「失礼。少々、よろしいですか?」
「うわわっ!」

 その視線の前に、突然男の顔が現れた。
 突然のことに、椅子から転げ落ちそうになる。

「あぁ、これは失礼。驚かせてしまったようで」

 胸を押さえて、動機を鎮めようとする永谷の目の前に、グラスを薦める男。
 永谷は差し出されたグラスを一気に飲み干して、ようやく少し落ち着いた。

「な、なんですか、一体?」
「いえ、貴女が天井を見つめていたので、何かあるのかとお尋ねしようかと……」
「べ、別に……。ちょっと疲れたから天井を見ていただけで――」

 そこまで話した所で、改めて目の前の男を見る。
 上等な仕立ての、マホロバ風の服。抜けるように白い肌。女性のように繊細な造作の顔。涼やかな瞳。確か何処かで――

「あ、あなたは、峯城 雪秀(みねしろ・ゆきひで)様!」

 弾かれたように立ち上がり、思わず敬礼してしまう永谷。
 雪秀は、振袖姿の女性が直立不動の姿勢で敬礼する姿に、クスクスと笑い始めた。

「え?あ!し、しまった!つい、いつもの癖で!」

 取り乱しついでに、言葉遣いや立ち居振る舞いまで、いつものように戻ってしまっている。

「あぁ。これはまた、失礼しました。どうにも笑い上戸なのが、私の欠点でして――。しかし、軍人だったのですね。ええと――」
「大岡永谷――中尉です」

 憮然とした表情で答える永谷。『どうせ化けの顔が剥がれたのなら』と、既に投げやり気味だ。

「なるほど。では大岡中尉。貴女を忠勇誉れ高きシャンバラの軍人と見込んでして、お願いしたいことがあります」
「な、何です?」

 打って変わって真面目な顔をする雪秀に、面食らう永谷。

「私の、話相手になって頂きたい」
「話し相手?」
「はい。私は、シャンバラや地球について色々と知りたいことがあります。それを、教えて頂きたいのです」
「それは構わないけど、そういうのなら、他にもっと訊く相手がいるんじゃないですか?」
「いえいえ。他の方々は私が北州公の名代と分かると、途端に警戒してしまって、通り一辺のコトしか話してくれません。そんな、本を数冊読み漁れば手に入る知識など、聞いても仕方ありません。私が聞きたいのは、生きた情報なのです」
「生きた情報――?」
「えぇ。貴女も軍人であれば、分かるハズです。実体験に即した情報というのが、どれほど重要なものか――」
「そ、それは――」
「それに、貴女と話すのは楽しそうだ」

 そう言って、にっこりと笑う雪秀。

「た、楽しそう?」

 見た目から受ける印象とはまるで異なる雪秀の言動に少々面食らいながらも、永谷は、話し相手になろうと決めた。


「――という訳で、史上最高の冒険家になるのが、俺の夢なんです」

 風祭 隼人(かざまつり・はやと)が自分の夢を熱っぽく語ると、南濘公鷹城 武征(たかしろ・たけまさ)は、大声で笑った。

「ハッハッハ!史上最高とは、またデカく出たな!まぁ、目標はデカいに越したことは無い!しかし、史上最高の冒険家を名乗るなら、まず四州に来ないことには話しにならん」
「変化に富んだ島だと、聞いています」

 四州の話を聞けるとわかって、思わず身を乗り出す隼人。

「そうだ。四州には万年雪の積もる山も、向こう岸が見えないような巨大な海も、どこまでも続く森も、一度入ったら抜け出せないような沼も、人がほとんど近寄らないような場所が、幾らでもある」
「それは是非、行ってみたいです!」
「そうか、なら来い!他所は知らんが、我が南濘はオマエのようなヤツは大歓迎だ!」
「本当ですか!?」
「あぁ。今ウチでは密林の開拓を進めているんだが、何せ地図もロクにないからな。中々はかどらん。あそこを調査してくれるヤツなら、誰でも大歓迎だ!」
「ハイ!是非やらせてください!」
「そうかそうか!――ん、酒が切れたな……。オイ、誰か!酒を頼む!」


「それでしたら、是非南濘公にお試し頂きたい酒がございます」
「ん、オマエは――?」
「お初にお目にかかります。武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)と申します」
「牙竜……」

 突然現れた牙竜を、胡乱(うろん)気に見る武征。

「それがし、武征様のお噂を聞くに及び、是非一度お会いしてみたいと思っておりました。よろしければ、私もご相伴に預からせて頂きたいと存じます――灯」
「はい」

 傍らに控えていた龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)が進み出ると、武征と隼人、そして牙龍の前に盃を置き、酒を注いだ。
 牙竜は真っ先に盃を手に取ると、それを口元へと運ぶ。
 最初に酒を飲んで、毒など入っていないことを示そうというのである。

「待て」

 武征は牙竜を止めると、先に自分の盃を一気に飲み干した。

「……フム。悪くない酒だ。少し弱いのは気に入らんが、何より味と香りがいい」

 武征の予想外の行動に、目を丸くする牙竜と灯。

「どうした、つがんのか」

 灯は、目の前に突き出された空の盃に気付くと、慌てて酒をついだ。
 武征は、それも一息に飲み干す。

「――南濘公は、豪胆な方だとは聞いてはおりましたが、よもやこれ程とは……」
「オマエは、人を殺すのに毒を使うような男ではない。それくらい、見ればわかる」
「……公の慧眼、この牙竜感服仕りました」

「感服などせんでいいから、オマエも飲め!隼人、お前もだ!――おお、そうだ。灯といったか。オマエ、酒は飲めるか?」
「は、はい。嗜む程度には」
「そうか。なら、オマエも飲め!俺は、酒を飲まぬ女は嫌いだ」

 盃を、ずいっ!と灯の前に差し出す武征。
 灯が受け取ると、武征はそこになみなみと酒を注ぐ。

「では、いただきます」

 そっ――と盃に口をつけると、灯はそれを一気に飲み干した。
 途端に、武征の顔に満足そうな笑みが浮かぶ。

「コヤツめ、何が『嗜む程度には』だ!――よしよし。今夜は無礼講だ、どんどん飲め!隼人、牙龍!もし酔いつぶれでもしてみろ!その時は四州に足を踏み入れし事、まかりならぬからな!」
「えぇ!」
「これは、意地でも潰れる訳にはいきませんな」

 牙龍はニヤリと笑って、グイと盃を呷(あお)った。