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春を寿ぐ宴と祭 ~葦原城の夜は更け行く~

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春を寿ぐ宴と祭 ~葦原城の夜は更け行く~

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第八章  異変
「どうだ、咲耶。そっちの様子は?」
「ハイ。皆さん、もう酔いつぶれるかお部屋に帰られるかしてしまい、今は南濘公がお一人で飲んでいらっしゃいます」
「そうか。ソロソロだな……」

 コンパニオンとして会場に潜入させている高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)の報告に、ほくそ笑むドクター・ハデス(どくたー・はです)
 世界征服を目指す秘密結社オリュンポスの大幹部であるハデスは、四州島にもその毒牙を伸ばさんとしていた。

「よし、見事南濘公を篭絡し、四州島征服のための足がかりを作るのだ!」
「頑張って下さいね!兄さん!」
「何を言うのだ。お前も一緒に来るんだぞ、咲耶」
「エ!?私も行くんですか?」
「お前にしか出来ない秘策を考えてあるのだ。ちょっと、耳を貸せ」
(また、ろくでもない事考えてるんでしょ、兄さん――)

 露骨に疑いつつも、素直に耳を貸す咲耶。

「エェ!嫌ですよそんな!『ア〜レ〜って言いながら、帯を引っ張られてくるくる廻る』なんて、そんなハズカシイこと出来ません!」

 ハデスが咲耶に要求したのは、最近では時代劇でも滅多にお目にかからなくなった、古式ゆかしい伝統芸であった。

「何を言う咲耶!いいか、これは南濘公が我がオリュンポスと共に世界を伺うに足る人物かどうかを見極めるための、重要な役目なのだ!」
「……どこかですか?」

 咲耶は、(どうせまたテキトー言ってるんだろう)と思いながら、疑いの眼差しでハデスを見る。

「何せこれ程大胆なコトを、衆人環視の中やろうというのだ。これに乗ってくるくらい南濘公が大物なら、必ずや征服計画への協力も承諾するだろう!」
「ねぇ兄さん?私思うんだけど、この話に乗ってくる人って、単に『バカ』なだけなんじゃない?」
「細かいコトは気にするな!さぁ行くぞ!」

 かくてハデスの計画は、礼のよって礼の如く見切り発車されたのであった。


「お初にお目にかかります。南濘公様。わたくし、『オリュンポス屋』と申す者にございます」

 いつの間に用意したのか、紺地に白で『オリュンポス屋』と染め抜いた羽織を身につけたハデスは、南濘公鷹城 武征(たかしろ・たけまさ)に、深々を頭を下げた。

「うぅん?誰だオマエは?」

 すっかり酔っ払っている南濘公は、微妙に焦点の定まらない目でハデスを見る。

「わたくしめは、オリュンポスの番頭……ではなく大幹部を務めます、ハデスと申す者にございます。以後、お見知りおきを」

 用意してきた包みを、ツ――と差し出すハデス。

「なんだ、コレは?」
「ククク、お代官……もとい南濘公様。こちらは黄金色の菓子でございます。どうぞお納めください」
「一体、何のつもりだ?」
「ハイ、我がオリュンポスと致しましては、武征様とお付き合いをお願いしたいと思いまして……」
「付き合い?オマエ、オレに付き合うというのか?」

 ハデスの話をつまらなそうに聞いていた南濘公の顔が、パッと明るくなる。
 
「ハイ。!それはもう、是非に。他にも、献上の品を用意してございます――」

 と言って、脇に控える咲耶の方を振り返ろうした時――。

「まぁ、飲め!」

 ハデスの口に、一升瓶が突っ込まれた。

「む!むぐ!むぐぐぐ!!」
「に、兄さん!」

 一升瓶を逆さにされ、物凄い勢いで酒を流し込まれるハデス。

(ちょ……オマ……!し、死ぬ!コレはサスガに死ぬ!!)

 必死に手をバタバタさせて訴えるハデスだが、既に完全に出来上がっている南濘公は、全く気づかない。
 結局、半分以上残っていた一升瓶の中身を全部飲まされてしまった。

「お!オマエ、中々イケる口だな!ハデスとかいったな、気に入ったぞ!」
「お、おありがとう……ござい……」
「に、兄さん!しっかりして、兄さん!!」

 こうしてハデスは大きな代償を払いつつも、四州征服の足がかりを得るコトに成功したのであった。



「まぁ。これは、楽しそうでありんすなぁ」

 南濘公やハデスの酒盛りを、ハイナは少し羨まし気に見つめた。
 今日の行事は全て終了しているし、城下の暴動も、既に鎮圧した。後は、円華たちに任せても大丈夫だろう。
 方々で酒を勧められ、また実際飲みもしたが、何せ立場上酔う訳にもいかず、正直ちっとも飲んだ気がしなかった。
 出来れば、ゆっくりと杯を重ねたい所だ。


「お疲れ様、ハイナ!……じゃねぇや。お疲れ様でした、ハイナ様♪」
「垂さんではないでありんすか。どうしたんでありんすか、その格好は?」

 【瀟洒なメイド服】を着た朝霧 垂(あさぎり・しづり)に、驚くハイナ。
 彼女の記憶によれば、教導団団長の随員として参加した垂は、確か軍の礼服を着ていたはずだ。

「いえ〜、それが〜……。皆さんがお給仕をしているのを見ていたら、つい我慢出来なくなってしまって……」
「そうでありんしたか。まぁ、垂さんなら安心して任せられますし、お手伝いして頂けるのであれば大変有難いですけれども」
「そうですか?そう言って頂けると嬉しいぜ――じゃなくて、嬉しいです」

 普段使い慣れない敬語を使っているので、微妙にたどたどしい。

「それより、もしよろしければ、ご一緒にいかがですか? 地球から取り寄せた『幻の銘酒』です。よく冷えてますよ?」

 ニッコリ笑って、【超有名銘柄の日本酒】を取り出す垂。《至れり尽くせり》で、飲み頃の温度を完璧にキープしてある。
 逸品を目の前にして、ハイナの目がキラリと光った。

「さすがはメイドさんでありんすね。あちきの今一番欲しいモノを、見事当てるとは」
「ご主人様の望みを完全に把握するのが、一流のメイドの第一条件だぜ!……です」
「では、この後あちきが何と言うか、当然わかっているでありんすね?」
「えぇ。とことんお付き合いしますよ、ご主人様♪」

 そう言って、一歩脇にずれる垂。
 そこには【超有名銘柄の日本酒】がズラリと並んでいる。
 ハイナは喜びの余り、垂に抱きついた。




 聞き慣れた足音に、火村 加夜(ひむら・かや)は読んでいた小説を着物の合わせに仕舞い込んだ。
 居住まいをただし、じっと待つ。
 足音と共に、見慣れた姿が近づいて来る。
 婚約者の、山葉 涼司(やまは・りょうじ)だ。

「お疲れ様です、涼司さん」

 加夜は立ち上がると、婚約者である涼司を出迎えた。

「あぁ――!さすがに疲れた――!」

 涼司は精も根も尽き果てた、と言った感じで叫ぶと、ソファに突っ伏すように倒れこんだ。

「大丈夫ですか?涼司さん」
「ん――、ダイジョブダイジョブ」

 突っ伏したまま、手だけヒラヒラとさせる涼司。
 口で言うほどには、大丈夫ではないように見える。

「だいぶ飲まれたみたいですね」
「ん――。南濘公に掴まって、飲まされた……」
「まあ、鷹征様に?」
「あぁ――。バケモノだ、アイツは。アレだけ飲んでも、まるで潰れる様子がない。目に付いたヤツを片っ端から取っ捕まえては、酒飲ませてる」
「それでですか――。何か、飲みます?」
「み、みずくれ。みず〜」
「ハイハイ」

 つぶれる寸前と言う感じの涼司を微笑ましく見つめながら、加夜は水を用意する。

「はい、涼司さん。お水ですよ」
「ん――。さ、サンキュ――」

 涼司は起き上がって水を一気飲みすると、またソファにバッタリと倒れる。

「あら、もう飲んだんですか?それじゃ、もう一杯お持ちしますね」

 水を汲みに行こうとする加夜の手を、突然涼司が掴んだ。

「り――涼司さん?」
「水は……もういい。それより、少し側にいてくれ。加夜――」
「……はい」

 加夜は、涼司の隣に腰掛けると、彼の頭を膝の上に導いた。

「どうですか、涼司さん?」
「ん――。気持ちいい――」

 そう言って、気持ちよさそうな顔をする涼司。
 加夜はその頭を、愛おしそうに撫でる。

「なぁ、加夜」
「はい?」
「お前といると、落ち着くな」
「そうですか?そう言って頂けると、嬉しいです。すごく――」

 嬉しそうに、微笑む加夜。

「――ウン。すごく、ホッとする……」

 最後に呟くようにそう言って、涼司は、静かに寝息を立て始めた。 
 加夜は、涼司の頭をそっとソファに下ろすと、幸せそうな彼の顔をそっ――と撫でる。

「おやすみなさい、涼司さん――」

 加夜は、そっとキスをした。



「これは――、一体何ですか、貞嗣様」

 葦原 房姫(あしはらの・ふさひめ)の目の前には、千両箱がうず高く積まれている。
 
「せめてもの、お詫びの印です」
「お詫び?」

 かつての夫、鬼城 貞嗣の意外な言葉に、房姫は驚きの声を上げる。

「扶桑の噴花やエリュシオンの侵攻のせいで、貴女とは、きちんとした別れが出来なかった。あなたが大奥で味わった苦痛を思えばとても足りるものではないが、受け取って欲しい」

 箱の一つを開けると、中には帯で巻かれた小判が、ぎっしりと詰まっている。

「手切れ金……などと言っては聞こえが悪いかも知れないが、今は、葦原藩も色々と大変な時。貴女の好きなように使って頂けると、有難い」
「貞嗣様――。お気持ちは有難いのですが、私も、そして葦原の者たちも、恩賞目当てで働いた訳ではありません。これは、受け取れません――」

 つ――と箱を押し返そうとする房姫。
 その手を、貞嗣が押し止めた。
 二人の手が、重なる。

「貞嗣様――」
「受け取ってください、房姫。私は貴女にこれまで、夫らしい事を何一つしてあげることが出来なかった。勿論、金で解決出来る問題でない事は良く分かっている。しかし――……。私にはもう他に、貴女にしてあげられる事が無いのだ」

 房姫の手を、ギュッと握り締める貞嗣。
 彼女はこれまでに、これ程辛そうな顔をする貞嗣を、見たことがなかった。

「どうか幸せになって欲しい、房姫――さらばだ」

 貞嗣は最後に一際強く房姫の手を握ると、何かを振り切るようにして部屋を出て行った。


「――房姫様?」

 襖をそっと開けて、ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)が入って来た。
「二人だけにして欲しい」という房姫の願いを受けて、ずっと隣室に控えていたのである。

「姫様……」

 俯いたまま、肩を震わせている房姫に、ハイナはかける言葉を持たない。
 房姫が、貞継に少なからず想いを寄せていたことを、ハイナは気づいていた。
 しかし房姫のその想いは、もう二度と届くことはないのだ。

「ハイナ――……、ハイナ!」

 止めどなく涙を流しながら、ハイナの胸に飛び込む房姫。
 ただ黙って、房姫を抱きしめるハイナ。
 房姫は、声を上げて泣いた。



「白姫――?白姫ではないですか。一体ここで何をしているのです?」

 心の痛みに耐えながら、一人廊下を歩いていた貞嗣は、人待ち気な顔で立つ女性を見つけた。
 樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)だ。

「さ、貞嗣様――!?いえ、あの、その――」

 一体何を慌てているのか、白姫は顔を真っ赤にして、俯いてしまっている。

「――私を、待っていたのですね?」
「はい――。貞嗣様が房姫様にお会いになると聞いて、私、いてもたってもいられなくて――。は、はしたない真似を致しまして、申し訳ありません――」

 恥じ入るように、身体を小さくする白姫。
 貞嗣は白姫に歩み寄ると、その身体をそっと抱いた。

「え――?」

 驚いて、顔を上げる白姫。
 貞嗣の白姫を見る目は、限りなく優しい。

「貞嗣様――!私、怖かったのです。もし、貴方があの方の元に行ってしまったら、そしてもし貴方が戻ってこなかったら、どうしようかと――」

 目に涙を浮かべながら、告白する白姫。

「心配を、かけました。白姫――」

 貞嗣は、白姫の涙をそっと拭うと、口づけを交わした。

「私と房姫の間には、何もありません。私は今、あの人に別れを告げてきたのです」
「別れを――?」
「はい。確かに私とあの人とは、一度は夫婦(めおと)となった仲です。しかし、私と房姫はこれまでに、褥(しとね)を共にしたこともありません」

 その言葉に、一瞬ホッとした顔を見せる白姫。しかしその顔は、すぐに思いつめたような表情に変わる。

「貞嗣様――。私を、浅ましい女だとお思いではありませんか?」
「いいえ。愛おしいと思いこそすれ、浅ましいなどとは思いません」
「愛おしい――。そう思ってくださるのですか?」
「はい。私はあなたを、愛おしいと思っていますよ、白姫」
「――嬉しい……!」

 白姫は貞嗣に抱きつくと、もう一度口づけを交わす。
 貞継の胸が、わずかに疼いた。