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春を寿ぐ宴と祭 ~葦原城の夜は更け行く~

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春を寿ぐ宴と祭 ~葦原城の夜は更け行く~

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第六章  葦原城の夜

 葦原城での宴は、まだ続いていた。
 ステージでの演目は全て終了したものの、参加者たちは無数にある小部屋に分かれて、思い思いの時間を過ごしていたのである。

(フゥ……)

 西湘公名代水城 薫流(みずしろ・かおる)は、軽くため息をつきながら、会場の一隅(いちぐう)に設けられたバーカウンターにもたれ掛かった。
 方々への挨拶回りが、ようやく一段落ついたのである。

「飲み物でも、いかがですか?」

 突然の声に顔を上げる薫流。
 いつの間にか目の前に、紅いカクテルが置かれていた。
 カウンターの向こうで、バーテンダーの格好をしたファトラ・シャクティモーネ(ふぁとら・しゃくてぃもーね)が、笑顔を浮かべている。

「あら――。有難う、頂くわ」

 どこか物憂げな仕草で、カクテルグラスに口をつける薫流。
 白い喉が、コクリと鳴る。

「――美味しいのね。何というお酒?」
「そうですね……では、『薫流』とでも」
「あら、私と同じ名前?」
「たった今、薫流様をイメージして作ったばかりのカクテルですので」
「まぁ……。地球では、そんな風にお酒を作るのね」
「何十種類というお酒や果汁などを組み合わせて、新しいお酒を作ります」

 ファトラは、自分の左右や後ろに並ぶ、様々な酒を示して言う。

「地球には、色々な物があるのね。先ほどの歌といい、本当に素晴らしいわ」
「国を開けば、西湘でも地球の色々な文物を手に入れることができます。この葦原島のように」
「そうね……。そういうのも、悪くないかもしれないわ。もっとも、大公様が何というかわからないけれど」

 自嘲気味に笑う薫流。
 西湘では、藩主水城 永隆(みずしろ・えいりゅうの事を、慣例的に『大公』と呼んでいた。

「薫流様は、国を開きたいと思っているのですか?」
「国を開いたほうがいいのか、それとも今のままがいいのか。それを見極めるために、私はここにいるのよ」
「もう御心は、定まりましたか?」

 探るような視線を送るファトラ。

「さて、どうからしね……。貴女は、西湘に開国して欲しい?」
「モチロン、それを望んでいます。私は、地球の人間ですから。でも、手を結ぶ相手は、地球だけとは限りません」
「……どういう事かしら?」
「例えば――、そう、エリシュオンとか」
「エリシュオン?」

 意外そうな声を上げる薫流に、ファトラの目が細められる。

「エリシュオンのオケアノス地方を治める選帝神は、マホロバとの関係を模索しています。西湘と関係を結べるとわかれば、選帝神はきっと喜ぶでしょう。明倫館を牽制することが出来ますから。それに、エリシュオンは広大です。エリシュオンと通商が結べれば、西湘の経済は活性化します」
「私は、地球人のバーテンダーと話をしていたと思っていたのだけれど――」

 薫流は、グラスに残ったカクテルを一気に飲み干した。

「エリシュオンの外交官と話をしていたのね」
「私は確かに地球人ですが、エリシュオンとも繋がりがあるのです」
「美味しかったわ、有難う。……また、作って頂けると嬉しいわ」

 薫流はそれだけ言うと、意味ありげな笑みを残し、去っていった。



「ルドルフ校長。その装束はお気に召しんしたか?」
「あぁ、これはハイナ総奉行。これは大変良いモノですね。気に入りました」

 ルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)は、ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)に満足気に頷く。
 ルドルフは今、マホロバ風の装束に身を包んでいた。
会場の警護に当たる侍たちの装束を気に入ったルドルフのたっての希望で、貸し出されたのである。

「皆さんも、中々の男振りでありんすよ。このまま、明倫館に転校されてはいかがでありんす?」

 ルドルフの随員であるリア・レオニス(りあ・れおにす)たちや、彼と歓談していた叶 白竜(よう・ぱいろん)も、ルドルフに誘われマホロバの装束を身につけている。

「総奉行、他校の生徒たちを誘惑されては困ります」
「これは失礼しんした。でも皆さん、この葦原島と明倫館がお気に召しましたなら、いつでもいらしてくんなまし。歓迎させてもらいんすえ」
「えぇ。是非に」
 
 にこやかに笑みを交わすルドルフとハイナ。

「ところで、ハイナ校長とルドルフ校長にお伺いしたいことがあるのですが――」
「なんだい?」
「なんでありんす?」

「お2人から見た、四州の印象をお聞きしたいのです」
「印象?」
「はい。タシガンも葦原島も四州島も、それぞれに独自の文化を持っていますが、私には、いずれの文化にもどこか神秘的な物が感じられるのです」
「神秘性……でありんすか」
「確かに、いずれの文化にも、どこかエキセントリックな所が感じられる。キミは、中々いい感性をしているね」
「ご歓談中失礼致します。総奉行、お話が」

 警備に当たっていた、女武者姿の紫月 睡蓮(しづき・すいれん)がやって来て、ハイナに何事か耳打ちをする。

「申し訳ございんせんが、ちょっと失礼させてもらいんす」

 皆に礼をして、去っていくハイナ。
 その足取りが心なしか早いのを、白竜は見逃さなかった。

「ルドルフ校長、何事かあったようですね」
「あぁ。そのようだね」

 白竜の指摘に、ルドルフも頷く。

「様子を見てまいります、校長」
「待ち給え」

 立ち去ろうとするレムテネル・オービス(れむてねる・おーびす)を、ルドルフが止める。 

「今はまだ、その時ではない」

 ルドルフは、静かに頭を振る。

「今の僕たちは、ハイナ総奉行のゲストだ。そしてゲストの身の安全を確保するのは、ホストの責務である。僕たちはゲストとして参加した以上、ホストである総奉行を全面的に信頼して、身をゆだねるのが礼儀なのだ。今ここで僕たちが勝手な振る舞いをしては、彼女に対し礼を失する事になる」

「これは――差し出た事を申しました。我が身の短慮、恥じ入るばかりです」
「気にすることはないよ 。私の身を案じてのことだというのは、わかっているつもりだ」 
「お気遣い、痛み入ります」

 恐縮して、深々と頭を下げるレムテネル。

「ルドルフ校長」

 ルドルフとレムテネルのやり取りを黙って聞いていた、白竜が口を開く。

「何かね?」
「小官は、教団に所属する軍人です。そして軍人の第一の責務は、一般市民の生命・自由・財産の保護にあります。小官は、この責務を全うしたく思うのですが」
「もちろんだ。キミは、キミの責務を全うし給え」
「有難うございます」

 鷹揚に頷くルドルフに、白竜は踵を鳴らして敬礼を返すと、足早に歩み去った。

 
「さて、キミたち。キミたちは、今日の宴をどう見た?」

 話題を変えるように、残った3人に訊ねるルドルフ。

「どう――ですか?」
「あぁ。思ったままを、言ってくれればいい」
「そうだな……。正直俺は、『まとまりがない』という感じがした」

 宴の演目を思い出しながら、ザイン・ミネラウバ(ざいん・みねらうば)が言った。

「地球の物を中心に、シャンバラの物もあり、マホロバの物もあり、葦原島の物もあり、でしたからね」
「確かに今日の演目は統一感の無い、ある意味混沌と言っても良い物だった」

 ザインの意見に、リアとルドルフも同意する。

「ルドルフ様。私は思うのですが――」

 ややためらいがちに、レムテネルが口を開く。

「何かな?」
「この『混沌』というのは、今の葦原島と明倫館が置かれた状況、そのものを示しているのではないでしょうか」
「同感だ 」

 レムテネルに同意を示すルドルフ。

「地球、シャンバラ、マホロバ、そして葦原島。この4つの要素が混ざり合い、新しい何かが生まれてくる。今この島は、そうした創造の過渡期にあるだよ」
「創造の――」
「過渡期、か……」

 オウム返しに繰り返すリアとザイン。

「我が薔薇学も今、変化を模索している所です」

 ルドルフの言葉を引き継ぐレムテネル。

「その意味では、ハイナ様の苦労は他人事ではないと感じます。私たちも、古きを重んじつつ新しきを加えていきたいと、そう思います」
「そうだ。私たち美を志す者は、常に高みを目指す事を忘れてはいけないのだ。――君は、実に素晴らしい生徒だ」
「そ、そんな――!。有難うございます」

 予想だにしなかったルドルフの言葉に、レムテネルはそういうのがやっとである。

「さて、諸君。我々も混沌の中から何かを生み出すべく、交流を続けようではないか。それが、我々ゲストの務めだ」
「「「はっ!」」」

 3人は力強く返事を返した。 



「総奉行。先ほど、警備本部から報告がありました。城下南部区域で、暴動が発生しつつあるとの事です」

 葦原城内の、瀟洒な庭の一角で、ハイナは紫月 唯斗(しづき・ゆいと)の報告を受けていた。

「南部区域というと――」
「スラム街のある一角ですな」

 エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)が補足する。
 純粋な軍事・学園都市である葦原城下にも、スラム街は存在する。
一万の駐留兵は葦原城に大量の消費をもたらし、そしてその消費は金を呼ぶ。その金を目当てに島中から人が流れこんで来ていた。
 大半は何らかの理由で食い詰めた農民たちである。

「詳細は?」
「今、御上教諭や樹月 刀真(きづき・とうま)が確認している所です」
「分かりんした。では唯斗。あなたも円華さんたちに協力してあげてくんなまし」
「ですが、総奉行は――」
「あちきは大丈夫でありんす。城には警備の者も、校長たちの随員もいんすから。事は急を要しますえ」
「わかりました。では――」

 唯斗は《神速》を生かし、一瞬で姿を消す。
 後には、その身に纏うプラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)の輝きを残すのみだ。
「また何かあれば、報告を」
「ハッ――」
「お願いしんすえ」

 ハイナを見送ると、エクスは傍らの木立に歩み寄る。

「立ち聞きとは、感心せぬな」
「そんな、立ち聞きなんてトンデモない」

 木の影から現れたのは、世 羅儀(せい・らぎ)だ。
 口に『ガラム・スーリヤ』を咥えている。

「ちょっと一服しようと思ったら姉さんたちが来たんでね。つい、いつもの癖で隠れちまった」
「煙草くらい、隠れずに吸ったらどうだ。未成年と言う訳でもあるまい」
「ウチの相棒がうるさくてね」

 やれやれとばかりに、ガラムに火をつける羅儀。
 パチパチと火花が飛び散る。

「庭を汚すなよ」

 それだけ言うと、エクスは羅儀を残し立ち去った。
 羅儀は一人、独特の芳香を味わう。

 ゆっくりと煙を吐き出しながら、空を見上げる羅儀。

「しかし、面倒な事になったな。この宴、春を呼ぶのか春の嵐を呼んでしまうのか……」

 巻き起こった風に、煙が一瞬でかき消されていった。