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「アイリ、あぶない!」
 恋人のヤジロ アイリ(やじろ・あいり)を庇う様に、セス・テヴァン(せす・てう゛ぁん)が飛び出した。
 遠巻きに戦闘の様子を見ていたのだが、ツタが一本、こちらに向かって伸びてきた。
 どうやらあのツタは可愛い男の子を狙っている、ということはセスも把握している。大切な恋人をツタの餌食になどさせない。熱い決意を持って、アイリを背に庇ったのだが――
 ツタはむしろ、セスの方を選んだ。
「なっ、何をするのですか! ちょ、やめ、やめなさい!」
 にょろにょろと、セスを捕獲しようと蠢くツタをなんとかかんとか躱しながら、セスは悲鳴を上げる。
「貴様、アイリが可愛くないと申すか!」
 どう見てもツタに捕らわれている男の子達よりアイリの方が可愛い(注:セスの主観)のに、ツタがアイリを狙わないということに激しい怒りを沸き上がらせる。
「いやセス、俺、女だから。対象外だろ」
 ――見た目も口調もは完全に男の子の様であるが、アイリは歴とした女の子。薔薇の可愛い子センサーには引っかからない。のだが、セスはそこのところを失念して居る。
「もう、今朝からそわそわしている姿など、可愛いあまりに今すぐにでも! あらゆる意味で! 食べてしまいたいのを我慢しているというのに!」
「なっ、ちょ、落ち着け! 恥ずかしいから!」
 恋人かわいさにとんでもないことを口走るセスに、アイリは慌てて叫ぶ。が、ツタに追われているセス相手にはなかなか突っ込みもままならない。
 ああもう、とアイリは薔薇に向かい合った。
 そして、静かに――とはいかないが、心で薔薇に語りかける。
――おい、その子達を離せ。じゃないと、虫を呼んでお前を喰らいつくすぞ?
 本来は穏やかに植物と対話する為の技術だが、この状況では多少の脅かしも必要だろう。
 アイリは、その全身から威圧するようなオーラを発し、強い口調、の、イメージでもって威圧してみる。
 しかし。

――ふふふ……可愛い受け達はすべてこの俺様のもの……もっともっと、艶めかしい姿を見せて貰おう! お前達も堪能するが良い!

 どうやら作り手の妄想というか願望というかが、性格付けに色濃く反映されてしまっている様だ。全く耳を貸す様子は無い。
 っていうか、俺様だったのか、薔薇。
 「受け」って何だろうと、ちょっと疑問に思わないでもなかったが、アイリはとりあえず、交渉決裂と判断した。
 ひゅいぃ、と鋭い口笛を吹く。
 すると、どこからともなくわさわさと、小さな虫たちが姿を現した! 冬なのでいつもよりちょっぴり少ないけど!
「あの薔薇を喰らい尽くしてやれ!」
 アイリの命令に従い、虫たちはうぞうぞとツタにたかり出す。が、いかんせん薔薇の魔物はそこいらの薔薇とは圧倒的に質量が違う。いくら冬でおなかを空かせた虫の群れとはいえ、すべて食い尽くすには、週単位の時間が掛かるだろう。
 地味にダメージは与えられているらしく、ツタは鬱陶しそうに暴れるが、しかし戦闘不能に陥らせるには至らない。どころか。
「いいいいいいいいやああああああああああ!!」
 人質数名から悲鳴が上がった。どうやら、虫たちに集られたらしい。
「……あれは……良いのですか、アイリ」
「後で恋人に慰めて貰えば、大丈夫なんじゃないかな」

 ツタから逃げ回りながら、セスがちょっと心配そうに人質達を見上げた。
「げぇ、虫きらーい」

 そんなことを言いながら、とっ捕まっていた嘉神 春(かこう・はる)は火術で小さな火を起こした。じゅう、と焦げ臭い匂いがして、ツタが燃えた。その隙に、春はするりとツタを振り払って脱出する。

 薔薇には相変わらず数人のコントラクターがとりついて、無力化を図ろうとしている。
 百合園女学園の校長である桜井 静香(さくらい・しずか)も、放っておけないと判断したのだろう、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)と共に薔薇の鎮圧に参加して居る。……が、攻撃して居ると言うよりも追い回さて居る静香をロザリンドがフォローしているだけ、というような気もする。
 そのほかにも、セフィー・グローリィア(せふぃー・ぐろーりぃあ)オルフィナ・ランディ(おるふぃな・らんでぃ)エリザベータ・ブリュメール(えりざべーた・ぶりゅめーる)の見回り組三人組、それにリネン・エルフト(りねん・えるふと)フリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)の空賊二人組、さらにはセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の二人の軍人娘といった女性陣が、薔薇に警戒されないのを良いことに人質を救出しようとして居るのだが、どうも人質に近づこうとする気配には敏感なようで、攻めあぐねている。
「体内から攻められりゃ、もうちょい楽なんだろうけどなあ!」
 そう言いながら小型飛空艇を駆るのは、見回り三人組のウチの一人、オルフィナだ。
 植物は概して、表皮は硬いが内部は柔らかい。特にツタのようなタイプは。
 もし薔薇がくぱっと口を開けてくれでもすれば、そこから飛び込んでやるのだが。あいにく、眼前の薔薇には口らしい器官は見当たらない。
「早く捕まっている人たちを助けないと! そろそろ体力も削られて来ているでしょうし」
 飛空艇に乗ったエリザベータは、ツタの届かない所で体勢を立て直すように旋回して、人質たちの様子を見遣る。はじめは暴れる余裕があった人質の皆さんも、度重なる薔薇からのセクハラの所為か、徐々にぐったりとしてきている。
「あたしが足止めするから、その隙にみんなを!」
 そう叫ぶと、セフィーは薔薇の足下――地面の上に露出している、根めがけて斬りかかった。
 相変わらず女性の気配は察する事ができない様で、薔薇はあっさりセフィーの攻撃を許した。しかし、ツタよりもさらに太い根を切り落とすのには、かなりの力か、技術が必要だ。ちょうど適するスキルのないセフィーは、想像以上に苦戦した。何とか一本を切り落とすが、無数に有る根でもってバランスを取っている薔薇に取って、それはたいした足止めにはならない。
「あーもう、まとめて燃やしたいッ!」
「それは避けた方が無難だな、周囲の枯れ木を巻き込む可能性が高い」
 苛立ちを募らせるセフィーの叫びに答えたのは、薔薇の学舎の制服を纏ったリア・レオニス(りあ・れおにす)だ。
「薔薇が暴れてる、というから来てみたのですが――まさか本物の薔薇とは」
 薔薇学の生徒だと思った、とは敢えて言わず、リアは肩を竦めてみせる。
 ……つい先ほど薔薇学生が暴れて居たのは事実だが。
「なるほど、人質を取られているのか……行くぞ、レムテネル」
「ええ」
 リアはパートナーのレムテネル・オービス(れむてねる・おーびす)に声を掛けると、薔薇の根元に向かって駆けだしていく。が、それを見過ごす薔薇では無い。すかさず二人に向けてツタを伸ばしてくる。
 リアは冷静に、自らの分身を投影する。しかし、薔薇は視覚で相手の姿を捕らえている訳ではない。的確に、リア本体を狙って触手を伸ばす。
 通用しないか、と舌打ちしたリアは、携帯電話を通じて光条兵器を呼び出す。巨大な槍様のそれでひと薙ぎすると、リアに迫っていたツタはすぱーん、と軽快な音を立てて真っ二つだ。
 その隙に、レムテネルがアルティマ・トゥーレを放った。強烈な冷気が、薔薇の動きを鈍らせる。
 其処へリアの光条兵器が奔る。
 すぱん、と人質を捕らえているツタが切り落とされ、体にツタを巻き付かせたままの人質達は重力に従って落下する。
「危ないですわ!」
 と、其処へすかさず割って入るのはエリザベータとオルフィナの操る飛空艇。
 落下する人質達を、見事に空中でキャッチして、そっと薔薇から離れた所の地面へと下ろしてやる。
 二人でフォローしきれなかった分は、セレンフィリティやセレアナ、リネン、フリューネらがしっかり地面近くでキャッチする。
 これで無事、捕らえられていた人々は解放された。