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 予定よりかなり遅くなってしまったけれど、と前置きをしてからパトリックが挨拶し、いよいよティーパーティーは幕を開けた。
 各々、恋人同士寄り添って、あるいは他のカップルと合流して、穏やかな時間を楽しんでいる。

「先ほどはご協力ありがとうございました。お騒がせして申し訳ない」
 窓際で、立ったまま紅茶のカップを方向けているリネン・エルフト(りねん・えるふと)フリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)の二人の元に、パトリックが挨拶にやってきた。
「気にしないで。困ったときはお互い様よ」
 朗らかに笑うフリューネに、パトリックはもう一度丁寧に頭を下げた。
「今日は一日、ゆっくり楽しんでいって下さい」
 では、と立ち去ろうとするパトリックを、不意にリネンが呼び止めた。
「あの、パトリック……」
「どうしました?」
「今日はお招きありがとう。……でもその、フリューネとのこと、他のひとにはあんまり、話さないでほしいの」
 恥ずかしそうに言うリネンの様子に何かを察したか、パトリックは大丈夫ですよ、と笑った。
「これでもデリカシーは、持ち合わせているつもりですから」
 なお、内心、ちっ、と思ったのは秘密である。
 パトリックが立ち去った後、リネンは改めてフリューネに向かい合った。
「その……この前はごめんなさい、後のことも考えないで……」
 しょんぼりと眉をハの字に下げ、リネンは肩をきゅっと窄め、頭を下げた。
 フリューネの表情は見えない。
「こんな風に見られたのは……ちょっぴり、嬉しかったけど。フリューネは、どう?」
 是非恋人同士でお越し下さい、と書かれた招待状を受け取った時の事を想いだし、リネンは少しだけ口元をほころばせ、頬を染めながら顔を上げた。
「あまり、気にしないで。でもさすがに、あんまり騒がれるのは、ちょっと恥ずかしいかな」
 フリューネはそう言って、小さく笑った。
「だよね。これからは、気をつけるわ」
 なによりもフリューネを困らせたくない。リネンは自分に言い聞かせるように、言った。
「それにしても、この紅茶、美味しいわね」
「そうね、クッキーも最高!」
 それから二人は、紅茶とお菓子をネタにして他愛の無い話で盛り上がる。
 何気ないひとときだけれど、こうして共に過ごせる事が、リネンにとってはたまらなく幸せなことだ。
 と、そこへ。
「いたいた! フリューネさん!」
 ぱたぱたと二人の元へ駆け寄ってくる人影――朝野 未沙(あさの・みさ)だ。
 手には何やら、大きな袋を抱えている。
「未沙?」
「あ、リネンさんもこんにちは。ほらあの、フリューネさんに作って上げるって約束したメイド服、あれが出来たので、お渡ししたくて」
 そう言うと、未沙は抱えていた袋から中身を少し取り出して見せる。
 いつも未沙が愛用しているお手製メイド服と同じデザインのメイド服だ。丁寧に畳まれ、袋に収まっている。
「まあ、ありがとう、未沙」
 フリューネは嬉しそうににっこりと笑うと、未沙の手から袋を受け取る。
「採寸の通りには作りましたが、もしかしたら合わないところがあるかもしれないですし、ちょっと試着してみてもらって良いですか? ゲストルーム、入って良いらしいですから」
「そうね、お願いしようかしら。ごめんねリネン、ちょっと待ってて」
「大丈夫よ。フリューネのメイド服姿、楽しみに待ってるわ」
 ふふ、と笑って手を振るリネンとしばし分かれ、未沙とフリューネはホールを出る。
 玄関ホールを抜けた建物の反対側には、数部屋のゲストルームが並んでいる。疲れた時など、自由に使えるよう、ドアは開け放たれている。
 そのうちの一つをしばし借りることにして、二人は部屋に入るとドアを閉めた。それから未沙は、袋の中身を取り出して広げて見せる。
「うわぁ……相変わらず器用ね。尊敬しちゃう」
 市販品に引けを取らない仕上がりに、思わずフリューネは感嘆の声を漏らす。
「じゃあ、着替えをお願いします」
「あ、そうね……」
 未沙に促され、フリューネはよいしょ、と来ていたワンピースのファスナーに手を伸ばす。すとんとそれを地面に落とすと、美しい四肢があらわになる。
――うーん、フリューネさん、いつ見ても綺麗な体してるなー
 羨望の視線を送りながら、未沙は手にしたメイド服を広げた。そして、着やすいように広げて持つと、フリューネの足下にしゃがみ込む。
 細く、それでいて形の良い脚が目の前に。ちょっぴりどぎまぎしながら、フリューネにメイド服を着せ付けていく。
「どうかしら?」
「うん、ちょうど良いみたいですね」
 黒いワンピースの上から白いエプロンを重ね、エプロンのひもを後ろで蝶結びにしてやる。
 仕上げに、レースをあしらったヘアバンドを髪に差し込めば、完璧なメイドさんのできあがりだ。
「よく似合ってます! 早速お披露目に行きましょう!」
 はしゃぐ未沙に押し出される様にして、フリューネはゲストルームを後にするのだった。


 応接室では、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)ティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)が、二人でワイングラスを傾けていた。紅茶も良いけれど、飲みたい気分だった。
 持ち込んだワインと、ローストビーフなどのおつまみを広げ、ちょっぴり大人な雰囲気だ。
「ここなら、同性で出入りしても違和感ないかなって思ったんだけど、正解だった見たいね」
 バレンタインデーなど、どこへ行ってもカップルばかり。その点、この屋敷には女同士か男同士かしか居ない。
「ねえティセラ、あなた、食事とかはどうしているの?」
 祥子は世間話の延長で、ずっと気になって居たティセラの私生活について踏み込んだ。
「そうねえ……やっぱり、外食が多いですわね」
 紅茶の淹れ方はプロ級のティセラだが、それは料理が出来るとイコールではない。
 その答えに、祥子はやっぱりねぇ、とため息を吐く。
「もしよかったら、私の家に住む? 手料理くらいは提供できるわよ」
 それは友人として、純粋にティセラの体を心配する気持ちから出た言葉だ。しかし、ティセラは一瞬驚いた様に目を見開いて、それから暫く黙って考えてしまった。
 あながち冗談では無い、というかそうしようかしらと言われれば大喜びで家に迎えるつもりでの発言、とはいえ軽く流されても大丈夫なよう、冗談めかして言ったつもりだ。そんなに真剣に悩まれると、祥子の方もなんだか困ってしまう。
「ティセラ?」
「あ、ごめんなさいね。その……考えてはおきますが、そうすると、セイニィが一人になってしまいますから……」
「ああ、それもそうだわね」
 それならそれで良いのよ、と祥子は場を繕うように笑った。断られたことは少し残念だけれど、しかし真剣に考えてくれた結果の答えだと言うのは、よく分かる。
「でも、気が向いたらいつでも来てくれていいからね」
 これでこの話はおしまい、と言う様に祥子は言うと、皿の上のローストビーフをひとつフォークで刺し、それをティセラの口元へと差し出す。
「はい、あーん」
「あら……ありがとうございます」
 ティセラは楽しそうに微笑んで、ぱくり、とそれを頂いた。
「ティセラ分不足が深刻なのよ、甘えさせてー」
 それから祥子は、少し大げさにそう言って、オーバーアクションでティセラに抱きつくフリをする。実際には、肩にすり寄る程度だけれど。それでも二人の距離が近くなる。
「何ですの、私分って」
「んー、ティセラから貰える元気とか、かな」
 ふふふ、と楽しそうに笑いながら答える祥子に、ティセラは納得したのかどうなのか、そのまま凭れてくる祥子を優しく受け止める。
 二人は暫くそのまま、楽しい歓談のひとときを過ごすのだった。