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勇気をくれる花

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勇気をくれる花

リアクション

3.

「咲夜、何か聞こえなかったか?」
 と、健闘勇刃(けんとう・ゆうじん)は動きを止めた。
『空飛ぶ箒』に乗ってヴュレーヴの花を探索していた勇刃は、出来るだけ静かに森の中を進んでいた。
「そうですね、女の子の悲鳴のような……」
 と、同じく箒に乗った天鐘咲夜(あまがね・さきや)は返事を返す。
 先ほどから森がざわついていることには気づいていたものの、二人は直接魔物と出くわしていないため、あまり気にしていなかった。
 どうしたものかと迷っていると、再び声が聞こえた。しかも今度はごく近いところから聞こえてきた。
「助けに行くぞっ」
 と、勇刃はそちらへ方向転換をした。
「あ、待ってくださいー!」
 あわてて後を追う咲夜は、正義感あふれる彼の背に頼もしさを覚えるのだった。

「きゃあああああー!」
 何度も声を上げるうちにチェリッシュは楽しくなってきた。
 レガートの速度も思ったより速くないし、魔物の視線は感じても襲ってこないため、余裕を覚え始めたのだ。
「レガートさん、もっともっとー」
 と、楽しそうに笑ってぎゅっとレガートにしがみつくチェリッシュ。どう育てたらこんなに自由奔放な子どもが育つのか、不思議なものだ。
 などと考えている余裕はレガートにはなく、魔物を避けるのに精一杯だった。
 そこへ現われたのは勇刃と咲夜だ。
 ひたすら駆けていくレガートの後方に魔物を見つけると、勇刃はすぐに彼らの前へ停止して安全な方向へ誘導する。
「こっちだ!」
 レガートがそちらへ進むのを見て、咲夜は護衛するように後を追った。
 残された勇刃は箒から地面へ降りると、ヒーローとしての本領を発揮し始めた――。

 ところ変わってツァンダでは、松田ヤチェル(まつだ・やちぇる)が夕食の買出しをしていた。
 昨年末、めでたく恋人同士になったヤチェルと叶月だが、これまでと違う関係が始まることはなく、手をつなぐこともキスもしていない。さすがに清い交際すぎると危惧したヤチェルは、一緒に夕食する約束を取り付けていた。
 しかし、休日の昼間から彼は空京へ出かけていってしまい、買出しはヤチェルが一人ですることになった。恋人同士なら二人で買出しをしたいところだが、仕方がない。
「……やっぱり魚かしら」
 と、ヤチェルは新鮮な鮮魚たちとにらめっこした後、二匹ほどをかごの中へ入れた。彼の好物を作るのは彼女として当然だ。
「でも、どうせなら凝ったものを作ってみたいような気もするわね……うーん」
 ふと顔を上げたヤチェルは、誰かがこちらへ近づいてきていることに気がつく。
 同好会の仲間である鬼崎朔(きざき・さく)尼崎里也(あまがさき・りや)だ。
「あら、二人とも買出し?」
「ああ。ヤチェルもか、偶然だな」
「まさかこんなところで会えるとは……これまた僥倖というものですな」
 言いながら里也は、ヤチェルの持っているかごの中を覗き込んだ。
 一人分にしては量が多く、大人数にしてはやたらと少ない。
「買出し内容を見るに……今夜は叶月と夕食しちゃうぞ、といったところか」
「えっ、何で分かったの!?」
 ドキッとしてヤチェルは半歩ほどあとずさった。
「フフ、伊達に英霊やっておるわけでない! このくらいの観察眼あって当然だな!」
「ああ、ちょうど新鮮な魚が二匹入っているな」
 と、朔も中身を見て呟く。
 ヤチェルは仕方ないというように息をつき、彼女たちへ言った。
「そうよ。今日は二人で食事なの」
「して、叶月とはどんな感じなんだ?」
「どんなって……」
 思わず返答に困るヤチェルに里也はつめよった。
「さあ、お姉さんたちに話してみるのです。アドバイスをしてあげるぞ……朔が」
「って、何言ってるんだ、里也は!」
 朔がすばやく突っ込みを入れ、里也はまじめな顔をして言い返す。
「自慢ではないが、復讐で忙しかった私に色恋沙汰の助言など出来ん!」
 言われてみれば、彼氏がいる朔の方が的確なアドバイスをしてやれるだろう。
「でも、アドバイスすることなんて……」
 と、朔はヤチェルを見た。
「叶月のことだから、まだ何にも出来てないんじゃないか? スキンシップすら」
「う、まさにそのとおりだわ」
 ヤチェルは視線をそらし、今年に入ってからの彼と過ごした時間を思った。以前と変わらずにただ隣を歩くだけ、話をする時も距離をとり、彼の方から何か行動を起こそうとする気配は一切ない。
「あたしはやっぱり、手をつないで歩きたいんだけど……」
「そうだな。スキンシップは大切だと思うよ。うちの親とか、事あるごとにキスしたり抱き合ってたし……」
 朔は少し頬を赤らめると、視線をわずかに下げた。
「私も、恥ずかしいけど、彼氏にそういう風に甘えてしまったりとか……まぁ、男の人ってやり過ぎない程度にそういうことしてくれたら、嬉しいんじゃないかな?」
「……そうねぇ」
 彼が何もしてこないなら、自分が動くしかないわけだ。
「まぁ、もし積極的行動が取りたいのなら、とりあえず酔わしてしまえばよいのです。本音とか、聞けるのではないですかな?」
 にやりと笑う里也に苦笑を返すヤチェル。しかし、それもまた一つの手段だ。
「気持ちを伝えることも大事だと思うから、何か贈ってあげたらいいんじゃない?」
「バレンタインのチョコなら、もう用意は出来てるわ」
「じゃあ、何かプラスしてみるとか、渡すときに何かスキンシップでもいいけど……」
「うーん……そうねぇ、ちょっと考えてみようかしら」
 と、ヤチェルは斜め上を見上げて考えた。

「チェリッシュちゃんは、いったいどこへ行っちゃったのかしら?」
 不安げな顔をして言う蓮華にスティンガーは適当な返事を返した。
「魔物にやられてるかもな」
「大丈夫だよ、きっと!」
 と、打ち消すように口を開く紅鵡に、陽一も続いた。
「そうですよ。みんな目的は同じなんですし、また会えるはずです」
「そ、そうよね」
 自信を持ちたい蓮華と片想いの相手へ告白したい陽一。魔物の相手を先決としながらも、花に興味のある紅鵡。
 一同は顔を見合わせると、チェリッシュの探索もかねて目的地を目指すことにした。

   *  *  *

 風にそよぐ淡い桃色の花々、ふわりと舞い上がった香りは空へ溶けてかすんでいく。
 時代に居場所を追われて、人目から遠ざかってしまっても、その美しさは人の心を後押しする……。

 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は『人の心、草の心』を使用し、ヴュレーヴの花の在処を探していた。
「そうか、分かった。ありがとう」
 と、木に礼を言って仲間へ振り返るエース。
 教えてもらった方角を指さしながら、嬉しそうに言う。
「こっちの方に進めば道が開けてくるってさ。そうしたらヴュレーヴの花も見えてくるはずだ」
「よし、それなら早く行きましょう」
 と、元気いっぱいに返すルカルカ・ルー(るかるか・るー)
 さっそく歩き出した彼女を追うようにリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)も歩き出す。
「もうすぐでヴュレーヴの花に会えるのね!」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)と一瞬だけ目を合わせた。しかし二人は何も言うことなく、リリアの後を追っていく。
 リリアはダリルとメシエのよく知る人物とそっくりだった。しかし中身はまるで逆なため、何とも言い難い違和感がある。それでも、婚約者であったメシエにはいろいろと思うところがある様子だ。
 魔物の冬眠を妨げないよう、静かに一行は進んでいく。
 やがて先ほどの木が教えてくれたように道が開けてきた。
「あ、もしかしてあれがヴュレーヴ?」
 薄暗かった森を抜けた先には太陽光のよく差す丘があった。淡い桃色の花があちらこちらに咲いており、花畑となっていた。
「ああ、久しぶりに見たな。確かにヴュレーヴの花だ」
 と、実物を知っているメシエは言う。
「そうか、ようやく見つけられたな」
 エースは眼前に広がる光景にしばし見とれた。魔物たちもここには来ないらしく、人の手もほとんど入っていないことが分かる。
「さっそく話しかけてみましょう」
 と、リリアは前へ踏み出して花のそばにしゃがみこむ。その直後、どこからか低いうなり声が聞こえてきた。