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――人通りがない裏通りの広場にて。
「はぁッ!」
 セシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)が吼え、殴る。
 その拳を顔面で受けつつ、伝道師がセシルの顔面を殴る。
 セシルが殴る。伝道師が殴る。セシルが殴る。伝道師が殴る。セシルが、伝道師が――お互いを殴り続けていた。
 身体は勿論。顔面でもお構いなしに拳を握り、殴っていた。
「なあ楽しいなぁ! 伝道師とやらよぉ!」
 セシルが叫ぶ。これ以上なく嬉しそうに。
 ちなみに、これは粛s更生ではなく、セシルなりの愛の表現方法である。

――セシルは格闘技や戦いの愛なら誰にも負けない、と言った。
「しかし、その愛を語るのなら言葉は無粋という物。宜しければ拳で語りたいと思いますわ」
 そう言って、彼女は伝道師に拳を向けた。
「ふむ、そう言う事ならばお相手しましょう」
と、伝道師は応え、現在の殴り合いに発展している。

「せぇやぁッ!」
 セシルが気合と共に、伝道師の顔面に拳を叩きつけた。
「しぃッ!」
 ほぼ同時。伝道師もセシルの顔面に拳を叩きつける。
 交互に顔面を殴り、
「……はぁ」
セシルが片膝をつく。
「……参りましたわ」
 セシルはそう言って、笑った。その顔は悔しさなどは無く、やりきった清々しさを感じる。
「……けど、本当に躊躇しませんわね。乙女の顔面殴りますか、普通?」
「そういう遠慮は貴女にとって無礼になると思いまして」
「ええ、その通りですわ」
 そう言うと、セシルはその場で大の字になって寝転んだ。【肉体の完成】で強化していたとはいえ、ぶっ続けで延々殴り続けていたのだ。疲労もダメージも溜まりきっている。
「手当は?」
「不要ですわ。こうしていればその内回復しますので……如何でした、私の愛は?」
「ええ、中々いい『殴り愛』でしたよ。それでは、失礼します」
 伝道師はそう言うと、セシルは黙って拳を天に突き上げた。

「終わった?」
 少し離れて待っていたアゾートが言うと、伝道師が頷く。
「ええ、お待たせしました」
「……けど、拳で語るってよくわからないね」
「そういう表現方法もあるってことですよ……しかし、いささか疲れましたね」
 そう言った時であった。
「よぉお疲れ!」
 執事服と腰エプロンを纏ったシン・クーリッジ(しん・くーりっじ)と、九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が近寄ってきた。
「おや、どちら様ですか?」
「通りすがりの執事とその連れだよ。さっきの殴り合いが見事だったから、その労いをね」
「さ、どうぞ!」
 そう言うとシンが【ティータイム】で紅茶を取り出し、押し付けるように伝道師に渡す。
「お? 毒とか心配してんのか? そんなの入ってないぜ?」
 そう言うとシンは自分の分も取り出し、飲んで見せる。
「いえ、マスクなので飲めないだけです」
「……なら取りなよ」
「今取ったら面白くないじゃないですか」
 呆れたようにアゾートが溜息を吐く。
(……お、おい……どうするんだよ。飲まないぞ!)
 シンが慌てたように九条に耳打ちする。少し考える仕草を見せると、
(おっけー! そのままやっちゃえ!)
と九条はサムズアップでゴーサインを出した。
「よっしゃ! おらぁッ!」
 シンが突如、伝道師の鳩尾を狙い蹴り上げた。
「おうッ!?」
 手に持った紅茶が宙に舞う。同時に、伝道師の身体が前にくの字に折れ曲がる。
「狙い通り! しゃぁッ!」
 そのままシンは伝道師の頭を掴むと、肩にあてがい尻餅をついた。スタナーというプロレス技である。
「ぬおっ!?」
 衝撃が頭骨を貫き、伝道師が大きくのけぞる。
「ファイトー! いっぱぁーつ!」
 その背中を、九条が飛び上がりドロップキックを放った。耐え切れず、伝道師がよろめく先には
「へいカモン!」
いつの間にか火を模したハーフマスクを装着したシンが、腰エプロンを引っ張りスタンバイ。よろめいた伝道師の頭は吸い込まれるようにエプロンと腰の間に収まり、
「必殺! 墓堀ドライバー!」
伝道師の身体をパイルドライバーの体勢に垂直に持ち上げ、脳天を地面に叩きつけた。
「よーくわかったか! オレの方がパイルはうまいんだよ!」
 倒れる伝道師に中指を突き立てるシン。
「……いきなり何?」
 そんな突然の展開についていけないアゾートが呟いた。
「いやね、さっきテレビ中継でこの人プロレス技使ってるの観てたらシンが『オレの方が上手くパイルができるんだー!』とか言い出したから――ん?」
 九条が見た先で、伝道師がゆっくりと立ち上がった。
「あれを食らってまだ立ち上がるのか! そうでなくちゃな!」
 ゆらりと、伝道師がシンの前に立つ。
「……今度はこちらの番ですかね」
「おうよ! さあ何処からでもこい!」
「ええ……えーっと、ちょっと足を開いてくれますかね? 肩幅くらいまで」
「ん? こうか?」
「そうそう。それでは……ふんッ!」
 開いた足の間――股間を、思いっきり伝道師が蹴り上げた。
「はぅッ!?」
 男性の大事なところを蹴り上げられ、シンが前のめりになる。そこを伝道師は捕らえると、シンの頭を股に挟み、そのまま前方へ転がるように飛んだ。
「んなッ!?」
 痛みにより踏ん張る事も出来ず、頭を引かれたシンの身体は後ろへ反り、足が地面へと離れる。そして、そのまま180度回転し、頭頂部をコンクリートに叩きつけられた。
「あ、あれは! カナディアンデストロイヤー!? こんなところで見ることができるだなんて……!」
 その光景を見た九条が叫ぶ。
「え? 何それ?」

・カナディアンデストロイヤー
 超簡単に言うと、回転式パイルドライバー。相手の頭を足で挟んだままローリングクラッチホールドの要領で前方に飛び、相手ごと回転させて叩きつける。受け手の技術も必要となる技。詳しくはグ●れ。

「さて、こちらの方の更生は終わりました」
 足元のビクンビクンと痙攣するシンを見て伝道師が呟く。
「……次は貴女、ですかね?」
 そして、九条を見据えた。
「む、やるの?」
「当然でしょう?」
「……まあ、流れ的にはね……でも私は逃げる!」
 そう言うと、九条がダッシュ。
「逃がしません!」
 その後を追う伝道師。
「――と、見せかけてダイヤルを回すよ!」
 九条が、前方の電灯に飛びつくとそれを軸にして回転。両足を伝道師の顔面目がけて振り回した。
「変則のまじかる☆ダイアル916! だまして勝利を勝ち取るのが魔法少女の家訓よ――え?」
が、その両足を、伝道師はキャッチし、
「ふんッ!」
振り回した。
「おわっ!?」
 九条の手が電灯から離れる。すると伝道師は、勢いをつけたまま両足を離すどころか、しっかりと抱えた。
「こ、この体勢は……ツームストン!?」
 九条の言葉通り、それはツームストンパイルドライバーと呼ばれる体勢であった。
「せぇやッ!」
 伝道師は回転しつつ、膝をつくように九条の脳天を地面にたたきつける。身体は抱え込まれ、逃げる事も出来ない彼女はその衝撃に、意識を手放した。
「安らかに眠れ……レストインピース……」
「いやだから何それ?」
「いえ、ツームストンやったらこれやらなきゃいけないでしょう。お約束って奴ですよ」
「それわかる人何人いるんだか……」
「……くっくっく」
「何奴!?」
ゆっくりとアキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)が手を叩きながら現れた。何処か愉しそうに、笑みを漏らして。
「通りすがりの元神父だ。いい物を見させてもらった……いいプロレス技だったぜぇ……?」
「む、貴方もプロレス好きですか?」
「如何にも……」
 そう言うと、アキュートは口の端を吊り上げた歪んだ笑みを浮かべた。

「諸君、俺はプロレスが好きだ。
 諸君、俺はプロレスが好きだ。
 諸君、俺はプロレスが大好きだ。
 派手な技が好きだ。
 トップロープから飛び上がり、美しい軌道を描いてフライングプレスを決めて、相手にトドメを刺す瞬間は、心が躍る
 ヤラレっぷりが好きだ。
 相手のパンチを受けた後、反撃するそぶりを見せた悪役が、急にフラついて顔面から崩れ落ちる様は、爽快の一言だ
 表情が好きだ。
 協力していた仲間が、裏切る瞬間のイっちまった笑い顔には、恐怖すら覚える
 ハードコアが好きだ。
 グロッキーな相手をテーブルに乗せ、梯子上から飛んでテーブルごと敵をぶち破る
 自分もダメージを受けながらフラフラと立ち上がり、勝ち名乗りを受ける姿は、感動すら覚えるという物だ!」


 恍惚とした表情で、アキュートは語っていた。
「と、いうわけでいい物を見させてもらった。感謝しよう」
 そう言うとアキュートは両手を高く天に掲げ、背を見せ去っていった。いつの間にか首元には赤いタオルがかけられていた。
「どうやらプロレスファンのようですね」
「……ボクよくわかんないんだけど、プロレスってそんないい物なの?」
 アゾートに問われ、伝道師がうーむと唸る。
「好き嫌いはあるでしょうがねー、一時期に比べると衰えが見えちゃってるのが残念です。最近地上波放送も減ってますし、近所の書店に週刊プロ●ス入荷してねーって誰かさんが嘆いてましたよ」
「割とどうでもいい情報だね、本当に」

――その時だった。
「そこまでだッ!」
 何者かの声が広場に響いた。