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第三章

「今帰ったぞー」
 空京から帰宅したアレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)が、荷物の入った包みを置くと大きく溜息を吐いた。
「あー疲れたのぉ……」
「ああお帰り。目的の物は買えたのか?」
 柊 真司(ひいらぎ・しんじ)の言葉に、むふふとアレーティアは笑みを漏らす。
「ああ、逃しておったら帰ってきておらんよ。これを見よ!」
 そう言ってアレーティアが取り出した物は、限定版イコプラ【ブルースロート チタニウムフィニッシュ】だ。これを買う為に早くから彼女は空京の街へ一人で出向いていたのであった。
「ああ……見よこの神々しさと言っても過言でない代物……流石限定版、苦労しただけあったわい……早速これから組み立てるとしようかのぉ」
 購入してきたイコプラに頬ずりしつつ、うっとりとアレーティアが呟く。
「そいつはよかった……ところで、何か変なことなかったか?」
「変な事……? おお、そういや変な奴に話しかけられたのぉ」
「変な奴?」
「そうじゃ。わらわがこの限定版を買って帰る際の事じゃ。なんというか……珍妙な格好をした輩が話しかけて来たのぉ」
「何て話しかけてきたんだ?」
「それがおかしな話でのぉ。『愛する物はあるか?』とか言うんじゃよ……どうかしたかの、真司?」
 考える仕草にアレーティアが言うと、慌てて真司が手を横に振る。
「ああいや、何でもない。それで、どうした?」
「うむ。わらわの愛する物と言ったら決まっておるだろう? イコプラじゃよ。イコプラの魅力について余すことなく語ってやったわい。この内部機構の再現度の素晴らしさや――」
「ああいや、よくわかった」
 長くなりそうな話を途中で遮ると、不満そうにアレーティアが頬を膨らます。
「なんじゃ、ここからじゃと言うのに……ところで、何故そんな事を聞くのじゃ?」
 アレーティアの問いに真司は答えず、テレビのチャンネルを回す。いくつか番組を変え、ニュース番組に行き着いた。
「……その話を聞いてきたのって、これか?」
 アレーティアが首を傾げつつ覗き込む。
――そこには、危険人物として報道されている伝道師の姿が映っていた。



――伝道師は街を歩き、であった人々から愛する物事を聞いて回っていた。
 外見に怪しむ者も多かったが、まだそこまで報道が回っていないせいか、アンケート感覚で答える者も少なくは無い。

「「「さあ、どれだ!」」」
 三人に同時に言われ、顎に手を当て考える伝道師。
 火動 裕乃(ひするぎ・ひろの)長谷川 平蔵(はせがわ・へいぞう)伊撫神 紀香(いぶかみ・のりか)は、それぞれの持論を展開し、誰の持論がいいか、という論争にまで発展していたのだ。その判定を伝道師が行う羽目になったのだ。
 
 まず裕乃は『愛とは『好き』の最終形態』と言った。
「『好き』と言う感情なくして『愛』は無し。いきなり告白時に『愛してます』なんて言ったら一方的で押し付けみたいな気もしますし、大概は引くかと思うんですよ」
 平蔵の場合、『愛とは『単純に好き』だという事』と言った。
「自分が好きってこたぁそれが愛って事だろ? 要するに自分の好きだって物は全てに愛を注いでるって事だ。あたいが間違ってるか? んん?」
 そして紀香は『愛は目に見えぬ財産』という事を述べた。
「与えられればうれしいし、そのうれしさはお金で手に入らない分幸福感も半端無い。また自分が愛を与える側にしても、すごく幸せでうれしくなれるから『愛』は目に見えぬ、絶対に手放してはいけない全世界共通の財産だと思うんだ」

「どの意見も悪くは無いと思うけど、どうなの?」
「ふむ……結論を出しました」
 そう言うと、伝道師はRPGを構えた。
「さて、2人共更生受ける覚悟はできた?」
「へっ、バーロー。御裁き受けるのはあんたらだろ? 潔く諦めるんだな」
「なーに言ってるのよ。2人ともご愁傷様♪」
 誰もが『自分は免れる』と思っている中、伝道師が撃った……3人に向けて。
「喧嘩両成敗ッ!」
「「「何じゃそりゃー!?」」」
 3人が爆風に包まれた。
「いや、今のひどくない?」
「愛故の裁きです。誰かを犠牲にするならいっそのことみんなやっちまえ、という愛です」
「……もしかして考えるのが面倒だった、とか言う?」
「はっはっは」
「せめて否定しようよ!?」
 哀れ、3人は犠牲となったのだ。



「まあオレが言いたい事は……この世界は二元論やブール的には考えられないという事だ。何が言いたいかと言うと─────そうだね、ここに5kgの錘があるとしよう。さて、これは重いかい?」
「5kg、か……」
 瀬山 裕輝(せやま・ひろき)の言葉に、アゾートが考える仕草を見せる。
「正直微妙だろう? じゃあ別に100kgの錘があるとしよう。それは重たいのがよくわかる。では、0kgの錘があるとする……まあ、あるとすればそれは軽いだろう。では最初に戻る。5kgの錘を自分ならこう答える。『5kg重くて、95kg軽い』と」
「ふむふむ」
 アゾートが頷く。
「けど同じように、『80好きで40嫌い』は『40好き』にはならない。好きの逆は嫌い、愛するの逆は憎しむ、など馬鹿らしい阿呆らしい。人間の感情など四則演算の後付け理由は通じないよ……っておい、聞いてるのか?」
 全く微動だにせず腕を組む伝道師。
「……おーい?」
「zzz……」
「って寝てるよこの人!?」
 アゾートの声に驚いたように伝道師が顔を上げる。
「え? き、聞いてましたよ? 算数ができなくても何故か銭勘定はできる人が多いって話でしたよね?」
「そんな話微塵も無かったよ!? 四則演算くらいしかあってないし!」
「冗談ですよ……さて、どうしたものか」
 伝道師が考える。物の考え方というのは人それぞれで、裕輝の考え方というのも一つの考え方である。
 それを否定する道理は伝道師には無い。何か言葉をかけるとしたら、どの言葉が適切か。
 しばし思考……結果、思いついた言葉を口にした。
「貴方がそれでいいならそれでいいんじゃないですか?」
「ふん!」
 アゾートが伝道師の後頭部をひっぱたく。
「何するんですか?」
「もうちょっと言葉を選ぼうよ! あ、ごめん邪魔したね。それじゃこれで」
 そう言うとアゾートが伝道師を引き摺るように去って行った。
「……何だったんだ?」
 裕輝がを傾げるが、答える者は居なかった。