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リアクション
第二章 神様おしえて
ビューンッ!
スキル【地獄の天使】で翼を生やした『仮想現実』 エフ(かそうげんじつ・えふ)は、滑空しながら先へ急いでいた。
目的地は、勿論このような惨劇を引き起こしたスーパーの食品売り場である。
そして、その後ろを由乃 カノコ(ゆの・かのこ)がドタドタと走っていく。
「エフさん。珍しくモーレツに熱血しとる。やっぱ、恵方巻きはエフさんにとって大事なんだな、うん。……って、考えとったらエフさん……消えてもた!? 置いてかれたにゃー!?」
カノコは慌てて、木に登るとスーパー【トヨトミ】の方角を見た。
やはり、エフは見当たらない……と思ったら、木の下で恵方巻きを食べているではないか。
「休憩かいっ!? そんな事より早く、出所ば突き止めてやめさせにゃーあっ! 時間ないで!!」
口を動かすエフの手を掴むと、カノコは走り出す。
エフはまるで風船のように、風に吹かれてブランブランとカノコに引っ張られていった。
「カノコ。フライング恵方巻きの出所を突き止めて、このような行為をやめさせましょう……(もぐもぐ)。ついでにお茶もお願いします(もぐもぐ)」
「お茶なんぞあるかいっ!!」
カノコは粉塵を巻き上げながら突き進む。
☆ ☆ ☆
(……んっ、後ろから粋の良いのが来るのぅ。まぁ、皆。考える事は同じじゃな)
カノコらの追撃を背に、草鞋を踏みしめながら音の立てずにルファン・グルーガ(るふぁん・ぐるーが)らは走っていた。
だが、その隣でギャドル・アベロン(ぎゃどる・あべろん)は不機嫌そうな表情を浮かべている。
「どうした、ギャドル? 不機嫌そうじゃのぅ。何か不満か?」
「不満かだとッ、ルファン!? 俺様の性格を知っているだろ! なんで俺様までスーパーに行かねばならんのだ! せっかく鬼がいたのだから鬼退治をすればよいではないかッ!!」
「いやいや、ギャドルが鬼退治なんか始めたら、とんでもない事になっちまうだろ」
ウォーレン・シュトロン(うぉーれん・しゅとろん)はおちゃらけた表情を見せると笑った。
「馬鹿な、俺様を見くびるな! 力の加減くらいわかっとるわ!」
「まぁまぁ、その辺りでやめといた方がよいのぅ。そなたの力はわしらが一番知っておる……しかしじゃ、鬼をいくら退治しても事件は解決せん。元を断たねばならん事は知っとるはずじゃ」
「……ウ、オホン……さすがはルファン。俺様の性格をよくわかっとる。やはり元を断たなきゃならん!」
そのやりとりを見ていたウォーレンは口を覆ってほくそ笑む。
いつみても、老獪なルファンと直情的なギャドルの不思議な掛け合いは飽きない。
しかし、その笑みも一時的なもののようだ。
「……おっと、お二人さん。そろそろだぜ。上、見てみな」
ウォーレンは親指を立てると空を差す。
すると、その角度が低くなっている事がわかる。
「どうやら目的地のようだな。いやーなんつうか、恵方巻きでこんな騒動って、そうそうないだろ。……恵方巻き食べて鬼になったってことは、豆でも投げたら元に戻るんじゃねぇの……ウグッ」
「黙れ、行くぞ」
ギャドルはウォーレンの首に腕を巻いて憎まれ口を塞ぐと、戦場に着たかのように足を進める。
ルファンも、空飛ぶ恵方巻きを眺めながら後を追った。
その表情は事件を楽しんでいるように見えたという。
☆ ☆ ☆
そして、ここはスーパー【トヨトミ】の店内。
地域の大型店として名を馳せ、黄金色の壁にテレビ局が殺到したこの店も今は昔。
……過去ほどの売り上げもなく、南東の方角に存在するスーパー【トクガワ】に客を取られて寂れた様相を呈していた。
しかし、その惣菜売り場の周辺に強者どもが集結している。
買う為に来たのではないだろうが、目的は恵方巻きだった。
(ふむ、ここに全ての謎があるに違いません。この黒いラッピングには……)
惣菜売り場には、妙齢でふくよかな女性が立っており、やる気がなさそうに半額のシールが貼られた恵方巻きを宣伝していた。
だが、売り場に積み上げられた恵方巻きを見ると、かなりの数が余ってしまっているようだ。
(あまり人気はないようですが、あの女性がスキルを使っている様子はなさそうですね。ギラリッ!)
いつもながらニッポンの文化は、エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)の探究心をワクワクとさせる。
公園に飛んできた謎の黒い物体を食し、オニの表情になった者によるホドコシ。
エメにとって、風習と言うにはあまりにも奇怪な儀式だった。
だから、不定期テレビ番組【プロジェクトN】のディレクターとして、デジタルビデオカメラを片手に潜入してきたのだ。
「……ょっと、何をしているんですか……」
「えっ?」
「お客さん、撮影なんかしてもらっちゃ困るんですが?」
そんなエメの後ろに、いぶふかしげな顔をした店員がたっていた。
細長い眼鏡をかけ、神経質そうな顔をエメを伺う彼は、いかにも主任らしき風格を醸し出している。
(この人は……おそらく偉い人ですね)
エメは目を光らし、背筋をピンと伸ばしたエレガントな姿勢で応対する事にした。
ノブレス・オブリージュな威厳を保ち、結婚式にでも呼ばれたような白いスーツ姿で、歯を光らせると彼を見下ろす。
「フフッ、撮影中ですからお静かに願います。店主」
「だから、他のお客さんの迷惑になるんで、撮影を止めてくださいと言っているんですが……」
男の話の筋は通っていた。
エメは、カットしないで貴方も出すからとか、ちゃんとモザイク入れますからとか伝えたが、このジャパニーズには通じない。
二人のやり取りはちょっとした騒動になり、周りがざわめき始めた。
☆ ☆ ☆
その騒動の後ろで、ヴェルデ・グラント(う゛ぇるで・ぐらんと)はエリザロッテ・フィアーネ(えりざろって・ふぃあーね)に声をかける。
「チャンスだ。調理場に潜り込むぞ。」
「そうね。あなたの【元凶は恵方巻きにとり憑いた奈落人】って言う、無茶苦茶な謎解きは置いといても……」
「んっ? どうした?」
客を寄せる為の明るいはずの店内。
扉の前を通り過ぎる主婦に、暗い影が差しているように見える。
奇妙な感じと言っていいのだろうか。
その扉の向こう側の何ともいえない禍々しさに、じっとりとした嫌な汗が流れ落ちていく。
先に裏口より侵入し、調理場の中を覗き込んだ戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)も同じような感覚を覚えていた。
不純な動機の元、フライング○○の作り方を手持ちのカメラで撮影しようと思っていたが、調理場に立っている一人の女性から醸し出される異常なオーラが小次郎の動きを封じていたのだ。
☆ ☆ ☆
そして、そこは調理場の中――死んだ魚のように、虚ろな表情をした女性が立っていた。
「どうして……どうして、こんなに一生懸命作っているのに……こんなに美味しいのに……こんなに美味しいのに……」
彼女の名前は【則巻 マモリ】。
とても頑張り屋、恵方巻きが大好きで、一人黙々と恵方巻き作りを頑張っていた。
だが、揚げ物やハンバーグに比べると、恵方巻きは売れない。
いつも最後まで残ってしまい、半額になってしまう。
(なぜ、どうして……)
日本の米を使用し、キュウリ、シイタケ、だし巻、でんぶ、ウナギ等の七種の具材を使った海苔巻き。
恵方巻き。
しかし、マモリはそれを超える恵方巻きを作ろうと頑張る。
頑張って、頑張って……いつしかそれは情念となり、マモリに不思議な【印】を植えつけた。
(……食べれば……食べさせすれば……神様……)
そして、節分の最中、【印】が奇妙な光を帯びる。
舌の中央に浮かび上がったのは【契約の印】。
魔女の血筋を受け継いだマモリは、偶発的に【印】を呼び出した。
同時に小さな天使が現れて、彼女の恵方巻き作りを手伝い始める。
(…………何、この感覚……)
一種のトランス状態になったマモリは、恵方巻きを次々を作り出していた。
普段なら先ほど行ったように、恵方巻きを作り、パックにつめ、シールを貼って持っていく店員に渡せばいい。
恵方巻きはスーパーの惣菜売り場に十分に並んでおり、作る必要は無いのだが、作れば作るほど、手元から消えていく。
(あぁ……皆の元へ恵方巻きが配られているんだわ。なんて素晴らしいの……)
天使が舞い降りて、彼女は良き事をしているかのように思えた。
しかし、その実は違い、彼女を包んでいるのは深い闇で、そして、彼女を手伝っているのは鬼だった。
「この作り方は真似しちゃ……いけないですね……」
不順な動機でここにやってきた戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)も両ほっぺたは叩くと、覚悟を決めたように息を呑んだ。
だが、それ以上に息を呑んだのは、足元が小さな鬼に囲まれており、鬼らがこんな事を言ったからだ。
『恵方巻き、食べてない奴、みっげ!』
黒い呪詛は自らの使命を果たすべく動いていく。