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【2022バレンタイン】病照間島の死闘

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【2022バレンタイン】病照間島の死闘

リアクション

 こっちだ、という言葉もないままに。
 ただ、杜守 柚(ともり・ゆず)は高円寺 海に手を引かれるままに森の中を駆けていた。
「……っ!」
「きゃっ」
 目の前に突然、金髪の少年が現れた。
 海と柚が警戒したのは、その少年があまりにも美しいからでも、その後方に首輪をつけられた少年がいるからでもない。
 ただ、その手に握られた鉈、その一点に。
「とりあえず……樹と一緒に帰るために、みんな斬っちゃえばいいよね」
「あぁ、もう好きにしてくれ」
 笑顔のミシェル・アーヴァントロード(みしぇる・あーう゜ぁんとろーど)吉崎 樹(よしざき・いつき)は半ば捨て鉢気味に返事をする。
「か……海くんを傷つける人は、許しませんっ……ふわっ?」
 ナイフを構え果敢に声を上げる柚の身体が、浮いた。
 海が柚をふわりと抱き上げたのだ。
 そのまま柚の意向も聞かず、駆けだす海。
「あの……あのっ、海くん。大丈夫ですか? その、重くないかな、とか」
「軽い」
 言葉少なに答え、木と木の間を駆け抜ける海。
「逃げるの? じゃあ追いかけちゃおうかな。樹以外の人間は、皆殺しにしてしまいたいんだよね!」
 甲高いミシェルの声が森に響く。
「……それは、聞き捨てならんな」
「おまえと意見が合うのは不満だが、椿様に危険が及ぶ発言は、たしかに捨ててはおけないな」
「誰?」
 ミシェルの前に、3人の人影。
 ネオスフィア・ガーネット(ねおすふぃあ・がーねっと)ヴィクトリア・ウルフ(う゛ぃくとりあ・うるふ)、そして二人に守られるようにして立つ、白雪 椿(しらゆき・つばき)だった。
「……つまり、キミ達が先に死にたいの?」
 殺気を漲らせるミシェルを見て、椿はそっとガーネットとウルフの手を取る。
 その手は、僅かに震えていた。
「大丈夫ですよ…… 私達にあなた方を傷つける意志はありません。お互い、この場から引きましょう」
 果敢に前に出ようとする椿を、ガーネットとウルフが押しとどめる。
「いや、違うんだ」
「そうじゃないんです、椿様」
「え?」
 突然、ガーネットが椿の顔を両手で挟むと明後日の方向に向けた。
「なんとー! あんな所にでっかいわたげウサギがー!!」
「え、ええ?」
 椿がわたわたしている隙に、ウルフが動いた。
 ガーネットの腰に差した日本刀を引き抜き、躊躇わずミシェルに切りかかる。
 鉈で応戦するミシェル。
 ミシェルの大きい一振り一振りを、ほとんど避けずに突っ込むウルフ。
 ウルフの身体に傷口が増え、そこからチョコレートが流れ出る。
(や、ヤバイ……この隙に、どっか安全な場所に……)
 ミシェルたちの戦闘を眼前で見て、恐怖で固まっていた樹。
 しかしすぐ自分が危険な状態に置かれていることに気が付き、そっと避難をはじめる。
 パートナーは見捨てる方向らしい。
「あ、こら! 待ちなよ樹……!」
 ミシェルが動き出した樹に気づき、彼の首輪に繋がる鎖に手を伸ばす。
 その隙を、ウルフが見逃すはずがなかった。
「あの、どこにウサギがいるんですか?」
「ほらほら、そこなのだよ、そこそこ!」
 椿に惨劇を見せないように、聞かせないように、ガーネットが必死で声を張り上げる。
「ぐっ……」
 そのおかげで、椿の耳には届かなかった。
 ミシェルの鉈が、腕ごとウルフの日本刀によって払われた音が。
 腹に深々と刀が刺さる音が。
 ミシェルの腹から、口から、チョコレートが拭き出す音が。
「あ……ミシェ……」
 パートナーの死と、自分に迫った死への恐怖にその場にへたり込む樹。
 その首輪からじゃらりと垂れる鎖を、ウルフが踏みつける。
 日本刀が煌いた。

   ※   ※   ※

「ウサギ、見つかりませんでしたね……いや、それよりもあの人たちが去ってくれて本当に良かったです」
「そうであるな」
「きっと椿様の説得が効いたのでしょう」
「そうだといいのですが……」
 森を出た椿は立ち止まると、二人の手をぎゅっと握りしめる。
「ね。頑張りましょう。皆で絶対に、この島を出ましょう」
「椿」
「椿様」
 椿の笑顔に、つられて二人の表情も緩む。
 その次の瞬間。
 ライトを消した自動車が、三人に向かって暴走してきた。
「あ」
「つば……っ」
「椿様!」
 どん、どん、ぐしゃり。
 自動車に、三人分のチョコレート塊が張り付いた。

「おかしいなあ……ねえ玖朔さん。今日は道端に石ころがたくさんなの。変ですよね」
 自動車の運転席に座る水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)が、同じく運転席に、自分の背中に密着するようにして座っている霧島 玖朔(きりしま・くざく)に話しかけた。
「ま、恋路には邪魔者が付き物っていうからな」
 車は走り続ける。

   ※   ※   ※

「……もう、大丈夫みたいですよ、海くん。怖い人は行ったようです」
「ああ」
 物陰に隠れていた柚は、自分を庇うように肩を抱きしめていた海に告げる。
(なんだか海くん、いつもとちょっと違うような気がします……)
 肩に回された海の手に、ほんの少し心臓の鼓動が早くなる。
「それじゃあ、行きましょう。一緒に脱出しましょう」
「……ああ」
「どうしたんですか?」
 口では柚の言葉を肯定するものの動こうとしない海を不思議に思い、顔を覗き込む。
「……これ以上、柚を奴らの目に晒したくない」
「?」
 柚の肩を抱く海の手に力が籠る。
 自分を見つめる海の瞳に、柚は吸い込まれそうになる。
 だから。
「……いっそこのままこの島に柚を閉じ込めて永遠に俺意外と接触できなくすれば……」
 小さく呟く海の声は、柚には届かない。
「その、海くん?」
「何だ」
 柚の口から、思わず場違いな質問が出る。
「……私のこと好きですか?」
 その言葉に、無表情だった海が、ふっと笑う。
 海の顔が柚に近づく。
 唇が、耳元に。
 唇が、動く。
 しかしその唇から、言葉が出ることはなかった。
 出たのは、チョコレート。
「海くん?」
「あははっ。またいちゃついてるカップルを見つけちゃったぁ」
「うふふ……おねーさんでもう何人目かなぁ」
 音もなく倒れた海の後方に、ミリー・朱沈ら三人が立っていた。
「海くん、海くん……っ!」
「ゆ、ず……にげ……」
 最後の言葉を交わす二人を待ちもせず、フラットは竹槍を高々と掲げた。





 吉崎 樹:死亡
 ミシェル・アーヴァントロード:死亡
 白雪 椿:死亡
 ネオスフィア・ガーネット:死亡
 ヴィクトリア・ウルフ:死亡
 杜守 柚:死亡
 高円寺 海:死亡