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リアクション
4
「別にロビン・フッドの肩を持つつもりはないけれど――」
白波 理沙(しらなみ・りさ)は雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)と共に、『魔法の額縁』の隠し部屋から離れ、回廊を見回りに訪れた。
壁には贋作の絵画が、尤もらしい警護の元飾られている。
見ただけでは偽物には思えないが、きっと噂の怪盗なら、こんなのには騙されないだろう。理沙はそんな風に考える。
「何かしら深い理由がありそうよね」
「だからって盗みは正当化できないわ」
「うん。だから、まずはとっ捕まえないと」
ふぁ、と欠伸を噛み殺してHCのディスプレイを見る。
大まかな侵入経路を予測し、カイル・イシュタル(かいる・いしゅたる)、ノア・リヴァル(のあ・りう゛ぁる)と手分けして警備を行っていた。
カイルから定期報告を受け取ったのに対して、こちらからも異常なしと報告を返す。
「やっぱり変装とかしてるのかな」
「有り得るわね。でも、だからって疑心暗鬼になり過ぎたってしょうがないわ」
「私に変装されたら、あれやってみたいなー。『今ここに私がこなかったか!?』」
「『馬鹿野郎、そいつがロビン・フッドだ』って」
理沙が、うんうんと頷く。
「そもそも今回はロビン・フッドがどんな人間なのか、そもそも人間なのかすら分からないんだから。理沙、あなたが本当にロビン・フッドだと思われてしまうかもしれないわよ」
「うーん。それじゃ極端な話、泪がロビン・フッドかもしれないとか? ロビン・フッド、なんか好きみたいだし」
「ゼロじゃないでしょうね」
確率で言えば、ね。雅羅が答える。
5
「わたくしの手で泥棒さんを捕まえて目立ちますわよ!」
その意気ごみのまま、白鳥 麗(しらとり・れい)は『魔法の額縁』が隠し置かれている一室、額縁の丁度下の台に隠れ身で潜んでいた。
光学迷彩の布で隠された額縁は鍵付きのラックにかけられ、代わりに数多の贋作の額縁が恭しく並べて壁に掛けられている。
額縁には麗がトラッパーによって罠を仕掛けている。
兎に角、泥棒を捕まえること。そして目立つこと。
麗はそればかりを考えている。
「お嬢様、差しでがましいようですが、賊に出会ったら、その真意を確認すべきかと――」
サー アグラヴェイン(さー・あぐらべいん)が幾度目かになる質問を、麗の潜む台から少し離れた場所から問うた。
「もしかしたら、その正体を暴かない方が良い事があるやもしれません故……」
「賊を野放しにしていいわけありませんわ。アグラヴェイン。もしも何か気になることがあるというなら、お前が自ら調べなさい」
「……それも尤もでしょうな」
とはいえ、賊を捕えたいが為にそんな狭いところに潜み隠れるというのも品に欠ける気がしてならない。
しかしそればかりはお嬢様の意思。干渉することではないだろう――そう割り切ってしまう。
「お嬢様、立ち振る舞いは優雅に」
正義感が強いのも時には考えものであると、そう思いながらアグラヴェインは部屋を後にした。
地下部に供えられた隠し部屋は美術館の職員でも一部の者しか知らない巨大金庫だ。
開閉は自由に行えず、陽が沈むと同時に締め切る運びになっていた。
アグラヴェインは一旦美術館の敷地を出て、外壁を見上げた。
高い壁には、水平線からの陽の光は幽かにも届かない。
真っ暗な夜が近付くが、途絶えぬ喧騒と人並みと町並みは、まだまだ煌々と電気の光に晒されていた。
6
「そろそろ『魔法の額縁』の使い道もネタ切れになってきた感じね……」
上原 涼子(うえはら・りょうこ)が美術館の周囲を歩きまわりながら呟いた。
パパラッチが如き精神で、ロビン・フッドを探しまわっては、聞き込みを繰り返す。
怪しげな姿を見かけては追いまわすが、それもまた、地元の新聞記者だったりと収穫は無い。
「結局、絵画の中の誰かか何かを呼び出そうとしている、の一択でしょう」
「死別した誰かと再開したい――だとか。それなら同情出来なくもありませんが……」
サー・ガウェイン(さー・がうぇいん)、レイリア・シルフィール(れいりあ・しるふぃーる)が言うのを聞いて、涼子が「うーん」と唸る。
「けれど、それだって本当の再開と言えるかは微妙だもんね。理屈じゃ、あたしの絵を額縁に入れたら、もう一人あたしが出てきちゃうってことになる」
「非実在の『誰か』なら問題はありませんが。その絵画の中の『誰か』が、どこまで実在の『誰か』と同一だと言えるか――そう考えてしまうと、こちら側『三次元』と絵画の中『二次元』は相容れないように思えます」
例えば、<こちら側の存在>が<こちら側の存在>と再開したくて額縁を使用しても、そこから表われるのは<あちら側の存在>になる。
そうしたら<こちら側の存在>からしたら<あちら側の存在>は、異質な物質に他ならない。
その再開は虚飾の再開にしかなり得ない。
「額縁自体は、別のところで見られたことがあるらしい。元々の所有者が取り戻そうとして、義賊を頼っているということも考えられる」
筧 十蔵(かけい・じゅうぞう)が言う。
「それじゃ額縁を手に入れたいと思っている『誰か』は、<あちら側の存在>だと考えるのが妥当?」
「『再開』が目的ならば、恐らく。ただ単に、絵画に描いた架空の召喚獣を呼び出し、兵器のように利用しようと考えてるやも知れん」
やっぱり――と。ふと、涼子の背中に声がかけられた。
「――本当に義賊だというなら、誰かの『再開』の為、絵画を盗み出そうとしている、って方がロマンチックで良いわよね」
コートを羽織ったセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が、つかつかと涼子たちに歩み寄る。
「ロビン・フッドを探しているの?」
「ええ。あなたたちは?」
セレンフィリティと傍らのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)を見比べるようにして、涼子が問う。
「まあ、私たちも同じだわ。ちょっと手段は違うかもしれないけれど」
虎穴に入らずんば虎児を得ず、とはよく言う話で。セレンが笑う。
「そろそろ行きましょう。もう夜になるわ」
「了解、っと。それじゃね」
言い残して、二人は人込みを縫って、美術館内へ消えて行った。
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